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幸せを掴むよ、だって祝福の花が舞うから

作者: 満原こもじ

 バーキン男爵家のディック様。

 メガネをかけていて少し猫背で痩せ型で本好きで。

 わたしも本が好きなので、図書室でよくお会いします。

 目立たない令息で一見愛想がないように思えるかもしれませんけれども、実は話し上手なんですよ。


 彼のことが気になり始めたのはいつだったかしら?

 そう、初めて話しかけた時ですね。

 貴族学校で、たまたまディック様が長靴を履いていらしたのに気付いたからです。


『ディック様、今日は長靴なのですね?』


 親しいわけでもないのに、唐突に話しかけたのは不躾だったかもしれません。

 違和感があったので、つい。

 ディック様はちょっと驚いたようでしたが、穏やかに話してくださいました。


『午後から雨が降るのですよ。帰宅時間頃には土砂降りになると思います』

『あら、そうなのですね?』

『携帯用の油紙を引いた簡易雨具があります。差し上げますよ』

『ありがとうございます』


 でもちょっと信じられませんでした。

 朝の時点では雲一つなかったのですよ?

 でも果たして午後には大雨になって。

 ディック様にいただいた雨具が大変役に立ちました。


 ですから次の日、お礼にクッキーを差し上げたのです。


『あれ? これはハーブ入りですか?』

『はい。あの、お口に合わなかったでしょうか?』

『これタイムですよね? 好きです。僕もハーブには興味があって、家で何種も育てているのですよ』


 わたしもハーブは大好きです。

 わあ、趣味が合うのですね。

 嬉しくなってしまいました。

 その後よく話すようになって。


 ディック様はすごいのです。

 特に天気予報は百発百中で。

 天気が崩れるような時は教えてもらうようになりました。


 話すようになるまで知らなかったのですが、ディック様は学校の成績もすごくいいのです。

 大したことないですよって謙遜していらっしゃいましたけど、大したことありますよ!

 頭のいい令息って素敵ですねえ。

 眼鏡までが知的に見えてきました。


 定期考査で出そうな部分をディック様に教えてもらったら、本当にズバズバ的中させたんですよ。

 にも拘らず、難しい問題はわたし解くことができなかったのです。

 悔しいのでディック様と一緒に勉強させていただくようになりました。


『御迷惑ではないですか?』

『いや、全然』


 今のところディック様の良さに気付いているのは、わたしだけではないですかね?

 ディック様といるとホンワカした気持ちになるのです。

 和みますねえ。


          ◇


 ――――――――――ディック・バーキン男爵令息視点。


 いいことなのか悪いことなのかは判断がつきづらい。

 でもこういう自分と付き合っていかなければならないことは重々理解している。

 どうも僕は生まれつき感受性が高いようなのだ。

 いや、精神的にナイーブだということではなくて、同じ物事に接しても得られる情報量が多いという意味なのだけれども。


 だから気圧や風向き、温度や湿度の変化、雲の形や動きなどから、ほぼ一〇〇%の確率で天気を当てられるという特技がある。

 元々気象について興味があったということが大きいのだろうけど。

 知識や情報量が多いほど未来がわかるから、図書室通いが習慣になった。

 隅々まで新聞を読むのは日課だし。


 一方で僕の感受性の高い体質は対人にも適用される。

 跡継ぎでもない男爵家の子の成績がいいなんて、貴族学校では嫉妬の対象になるんだよ。

 僕にはそういうのわかるから。

 チクチクした感情が刺さるのが嫌で、なるべく人とは関わらないようにしていた。

 一人になれる図書館が好きなのは当然でもあった。


 もちろん貴族には交友や人脈も必要だとは、百も承知なんだけどさ。

 僕の高感受性体質は社交に向いてない。

 僕は次男で家を継ぐわけではないし、まあ人間関係以外は結構何でもこなせると自負してもいた。

 一人ならどうとでも生きていけると思っていたんだ。


 そんな時だ。

 シェリー・マトクリフ子爵令嬢が話しかけてきたのは。


『ディック様、今日は長靴なのですね?』


 ちょっと驚いた。

 でもシェリー嬢は特に僕を揶揄するという意図はなくて、心底不思議がっているようだった。

 まあわかる。

 その時は奇麗な青空が広がっていたから。


『午後から雨が降るのですよ。帰宅時間頃には土砂降りになると思います』

『あら、そうなのですね?』

『携帯用の油紙を引いた簡易雨具があります。差し上げますよ』

『ありがとうございます』


 たまに少しいいことした気分で、悦に入っていたかもしれない。

 シェリー嬢は素直で可愛らしいものな。

 そうしたら次の日お礼だとクッキーを作ってきてくれて。

 ハーブで話に花が咲いて、それから親しくなった。


 と言っても話をしたり、一緒に勉強したりくらいなのだけれど。

 でも思春期の男子としては意識してしまうわけだよ。

 マトクリフ子爵家って三人姉妹で男児がいないよなあ。

 シェリー嬢って長女だよなあって。


 いやいや、僕が婿に入るなんて考えが飛躍し過ぎているってわかってるよ?

 だってシェリー嬢は可憐でいい子だもん。

 いくらでも婚約者になりたい令息がいるだろうし。

 普通に考えたらより家格の高い家から婿を取るのが、マトクリフ子爵家の立場として当然だわ。


 ところがシェリー嬢にこんなこと言われた。


「あのう、ディック様。少々お話よろしいでしょうか?」

「いいけど……改まって何だろう?」

「わたしの婚約者になっていただけないでしょうか?」

「えっ?」


 シェリー嬢がそういう気持ちでいてくれたことはすごく嬉しい!

 でもマトクリフ子爵家の総意じゃないよね?


「ディック様はとても頭がおよろしいので、わたしでは不足だと思いますが」

「いやいや、逆だよ! シェリー嬢に僕なんかもったいないんだって!」

「ということは、ディック様のお考えとしてはわたしが婚約者で構わないということですか?」

「構わないなんて。こちらからお願いしたいくらいだよ」


 格下のバーキン男爵家からお願いなんてできないけど。

 でもシェリー嬢嬉しそう。


「バーキン男爵家の御当主様の意向としてはいかがでしょうか?」

「僕は次男だから。貴族学校までは面倒みてやるけど、その後の進路は自分で責任持てって言われているんだ。口出しなんかされないと思う」

「よかったです」


 うわあああああ!

 破壊力高い!

 恥ずかしそうに俯く仕草がツボ!


「ディック様。わたしの父に会ってもらえないでしょうか?」

「子爵に? いいけど」

「父にはディック様の素晴らしさが理解できないようなのですよ。実際に会ってもらえれば理解できるでしょうから」


 ええ? ハードル高い!

 いや、でもシェリー嬢の期待の目には逆らえない。


「ではマトクリフ子爵家邸を訪問させていただくよ」

「ありがとうございます!」


 僕の将来に関わることだ。

 精一杯努力はするけど、さて、どうなることやら。 


          ◇


 ――――――――――三日後、マトクリフ子爵家邸にて。シェリー視点。


 ディック様が我が家を訪れてくださいました。

 ディック様にはぜひともお父様を説得して、わたしの婚約者になってもらわねばなりません。

 だってディック様は素敵ですから!


 お父様には前もってかなりアピールしてあります。

 こんな感じでした。


『ふむ、ディック・バーキン君か。バーキン男爵家の次男? 聞いたことがなかったな』


 お父様はマトクリフ子爵家を継ぐことになるわたしの婚約者候補を、随分調べているようでした。


『貴族学校の同級生なのです』

『つまりシェリーが気に入るほどの美男子ということだな?』

『美男子……ではないかもしれませんけど』

『ではどこが気に入ったのだ?』

『とても頭がよろしいのですよ。わたしの成績が上がったのもディック様のおかげなのです。勉強を教えていただいて』

『ほう?』

『だけでなく、ディック様は天気を当てる特技があるのですよ』

『天気を? 本当ならばかなり有用な技だな』


 商売や農業に応用が利くと考えているみたいでした。


『正直なところ、より高位の貴族家から婿を迎えるのが我が家のためかと思っていた。しかし能力に期待するというのもいいかもしれんな。シェリーが気に入っている令息ではあるし』

『では?』

『会ってみようじゃないか』


 やりました!

 ディック様と話せば絶対に良さは通じますって。


 あ、ディック様がいらっしゃったようですね。


「お招きありがとうございます」

「わざわざありがとう。かけてくれたまえ」

「はい」


 当たり障りない挨拶から世間話。

 ええ、いい雰囲気です。

 ディック様はまとう空気の柔らかい好男子ですからね。

 お父様の印象もよさそう。

 となるとポイントはやっぱり……。


「時にディック君」

「はい、何でしょうか?」

「ディック君は天気を当てることができると、シェリーから聞いておるのだが」


 当然お父様の興味はそこですよね。


「一種の経験則みたいなものなのです。僕の天気予報は、こと王都に関して言えばほぼ外れないと考えていただいてよろしいです」

「例えば明日の天気はどうなるだろうか?」

「明日は花が降ります」

「「は?」」


 花が降る?

 そ、そんなの聞いたことがありませんよ?

 ディック様ったら何を?


 ――――――――――ディック視点。


 マトクリフ子爵家邸にやって来た。

 シェリー嬢の父君、当主であるルパート様が僕に会いたいということで。

 もちろんうまくいけばシェリー嬢と婚約の運びになるだろう。

 ドキドキするなあ。 


「お招きありがとうございます」

「わざわざありがとう。かけてくれたまえ」

「はい」


 これが子爵ルパート様か。

 嫌々僕に会うという気配ではないな。

 むしろ僕に興味があるみたい。

 シェリー嬢が僕のことをルパート様に話してくれているのだろう。


 しかし僕に興味を持つならば、やはり天気予報についてが焦点なんじゃないかな。

 明日の天気を当てろという展開になりそう。

 ツイてたな。

 だって明日の天気は……。


「時にディック君」

「はい、何でしょうか?」

「ディック君は天気を当てることができると、シェリーから聞いておるのだが」


 うん、これは当然。

 僕が格上の家に婿入りできるとすると、天気予報に価値を見てくれる場合だろうから。


「一種の経験則みたいなものなのです。僕の天気予報は、こと王都に関して言えばほぼ外れないと考えていただいてよろしいです」

「例えば明日の天気はどうなるだろうか?」


 来た。

 ここでこの質問が来るなら、僕とシェリー嬢は結ばれる運命なんだろうな。

 興奮を抑え、あえて自信ありげな口調で……。


「明日は花が降ります」

「「は?」」


 ハハッ、ルパート様とシェリー嬢がポカンとした顔をしている。

 だろうね。

 花が降るとだけ言われても、何が何だかわからないから。


「……ディック君。冗談ごとではないのだがね」

「冗談ではありません。明日は一日中風の少ないいい天気ですよ。花が降るのは正午頃になるはずです。おそらく二度と見られないような美しい光景になりますから、お見逃しなきように」

「ディック様、楽しみにしておりますわ!」


 シェリー嬢はこれだけで信用してくれるんだな。

 ルパート様は半信半疑のようだが。


「明日も学校は休みなのです。昼に伺ってよろしいでしょうか?」

「ハハッ、食事を用意しておこう。待ってるよ」


          ◇


 ――――――――――翌日、マトクリフ子爵家邸にて。シェリー視点。


「……確かに花だ」


 お父様が呆然としています。

 昨日ディック様の仰った通り、花が降っているのです。

 赤、白、黄色と、色とりどりの花が。

 信じられないような幻想的な光景ですねえ。


 満足そうなディック様に催促します。


「ねえ、ディック様。これはどういうことなのですか? 種明かししてくださいよ」

「うん。カーペル山麓で一昨日竜巻が発生したという記事を、昨日の新聞で読んだんだ」

「カーペル山麓と言えばこの時期、ホルン草の開花で有名な?」

「そうそう。シェリー嬢ならば、ホルン草が首折れ草って呼ばれるくらいちぎれやすい花だってことは知っていると思う」


 存じております。

 だからホルン草の花は、水に浮かべて飾るのが定番だったりします。


「ホルン草が咲いてるところに竜巻が起これば、当然花は空高く持ち上げられてしまう。カーペル山麓で舞い上がった花は風向きと風速からして王都方面に運ばれる。そして天候が落ち着くと自然に落ちてくる、という仕掛けだよ」

「ディック様すごいです!」


 普通そんなこと想像できます?

 ディック様格好いい!


「ディック君の教養と思考から導き出される予測は素晴らしいな!」

「恐れ入ります」

「マトクリフ子爵家では長女のシェリーが家を継ぐことになるのだ。ぜひともシェリーの婚約者となってくれまいか? ディック君の頭脳でもってシェリーを支えて欲しいのだ」

「僕でよろしければ喜んで」


 やりました!

 ディック様がわたしの婚約者ですわ!

 喜びのあまり、思わずディック様に飛びついてしまいました。


「こら、シェリー! はしたないではないか!」

「だって嬉しかったのですもの」

「ありがとう。僕も嬉しいよ」

「ディック様……」

「シェリー、少し落ち着きなさい。まだバーキン男爵家の了解は取れていないのだぞ?」

「えっ?」

「あまりに幼稚な振舞いで婚約を断られてしまったらどうするのだ」

「困ります!」


 一大事です!

 でもお父様もディック様も笑っていますね?


「いや、うちの父は断ったりしないから」

「本当ですか?」

「本当だよ」


 ディック様の仰ることは安心感がありますねえ。


「ああ、たくさん花が降ってきた。僕達の婚約を祝福しているようだね」


 ディック様の柔らかい笑顔が好きです。

 わたしはこの奇跡みたいな日を、一生忘れないでしょう。

 今後もどうか、よろしくお願いいたします。

 ファフロツキーズという現象があります。

 本来降るべきものではない、例えば魚などが空から降ってくるものなのですけれども、花が降ったら奇麗だろうなあと思い、こういうお話を書いてみました。


 最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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 よろしくお願いいたします。

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こちらもよろしくお願いします。
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― 新着の感想 ―
上位貴族と結婚させたいお父様なのに娘が気に入った人にも会ってくれて優しいですね。 祝福の花がとても素敵でした!
ほんわかした可愛いお話でした。 気象予測での活躍とか、その後のお話も読んでみたいと思いました。
素敵……(うっとり)。 お忙しい(と思われる)本業の傍、素敵なお話ばかりを次々と世に出される先生は、ガチ目に超弩級天才か異世界転生者か人生二回目と信じてます。はい。
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