8話 大好きな憧れの銀細工師とご対面
ハムン商会の船は快適だった。
「はあ?! ループト公爵令嬢?!」
「あら。ソッケ国内でも有名な方ね」
「そりゃあうちと違って破天荒の塊だからな」
シャーリー様が真面目の見本ならディーナ様はお転婆の見本だと言う。
「ドゥエツ全ての領地に顔がきくし、他国相手でも主導権を握る程の人だからな……うち含めて三国の商会は影響を受けやすい」
政務をする中で話はよく聞いていたし、すごい方なのは理解していた。けど、現場でのループト公爵令嬢についてを初めて聞くに伝説は真実だったとしか思えない。
「ほら、着きましたぜ」
「ええ。ありがとう」
ドゥエツ王国、諸島リッケリ主島シーヴ。
南の大陸とソッケ王国含めた三国の間にある複数の島の内の一つで、領主がいる拠点となっている島だ。
港に降りるとすぐに入島管理担当が来る。ディーナ様のメモを渡すとちらりと私を見ただけで通してくれた。
「あの、私の身分を確認されなくてよいのでしょうか?」
「問題ありません。ループト公爵令嬢のこの紙が別人に渡っている場合、インクの色が変わりますので」
あの風変わりなペンにそんな機能があるなんて知らなかった。やはりディーナ様は想像を超える方!
「ありがとうございます。差し支えなければ領主様の屋敷を教えていただきたいのですが」
「こちら真っ直ぐ進み登った丘の上の屋敷です」
「ありがとうございます」
街は活気に満ちていた。中継地点である諸島リッケリは貿易・物資補充を主に栄え、主島シーヴ以外は最近観光地としても人気が高い。
「……ここね」
島で一番高い丘の上に位置する屋敷。他の家と比べれば格段に違う。
ちょうど外に侍従がいたので声をかけた。
「あの、ティルボーロン伯爵にお会いしたく伺ったのですが、いらっしゃいますか?」
「お約束されている方ですか?」
「いえ、約束はしておりません。その、これを」
ディーナ様のメモを渡す。侍従が見てもいいか聞くので頷き、中身を見た侍従の眼が少し開いた。そして「こちらへ」と屋敷の庭を通りすぎ玄関まで案内してくれる。
ディーナ様のメモすごすぎ。
「お入り下さい」
「ありがとうございます」
玄関に入ってすぐに執事が現れ侍従がメモを渡す。別室に案内された。
彼が部屋に入ってきたのはお茶を出されてすぐだった。
「初めまして。バーツ・フレンダ・ティルボーロンです。えっと……弟子? になりたいから来たと聞いたんですが」
「はい!」
美しい深い濃紺の瞳に髪は緑褐色の混じる灰色。どちらも銀がよく映えそうな色で引き込まれる。
薄く灰色がかったピンク色の瞳とブロンドに黄緑の混じる髪を持つ私と対象的な色合いだ。
銀細工と同じ、深く静謐な美しさを持つ方だと感じた。
「ああ、銀細工の弟子、ですか?」
「そうです! 十五年前卿の銀細工を買ったのですが、それからずっとちゃんと作りたくて……私が作り始めたのは五年前なんですが」
「十五年前……」
旦那様がまだ坊っちゃんだった頃ですなと側の執事が笑った。
「こちらです」
あたためていたティルボーロン様の銀細工を見せる。
「……確かに私の作品です」
「手入れも行き届いておりますな」
ティルボーロン様は少し考え「君が手入れを?」ときかれたので頷いた。
「はい。独学なのですが」
むしろ手入れをしなくてもこの輝きは失われないと思っている。
銀の扱いが丁寧で、無理に縒ったりしていない。この細工の細かさはティルボーロン様にしか出せないし、細かいだけではなく長年愛用してても崩れることも綻ぶこともない現役を貫く丈夫さも持ち合わせている。
それはまるで銀細工筆頭のティルボーロン様そのものだ。一日見ていられる。ティルボーロン様の心身の美しさが現れた国宝の銀細工。
ああ、やっぱり好き! この美しさは誰にも作れない!
「旦那様良かったですね。随分と熱心な愛用者がいらっしゃいました」
「はっ! 私ったら声に?!」
「ええ」
お恥ずかしい限りだ。ことティルボーロン様の銀細工になると視野が狭くなる。それもこれも彼の銀細工が美しいのがいけないよ。美しさは罪。
「すみません……でも好きなんですうう」
「充分伝わっておりますよ。ねえ、旦那様?」
たくさんの小説の中からお読み頂きありがとうございます。
ついにヒーロー出ましたぞー!(遅い) 今作ヒロインのエーヴァはシャーリーといいバーツといい好きな人にオタク的ノリで好きを語る人物像です。そして嫌いな人間には塩オブ塩(笑)。ひどい(笑)。