40話 失われつつある恐怖
手にとった銀細工は踏まれ歪んでいた。一部の欠けも見られる。
「あらあら、そんなやわなものをお作りになっているの?」
見上げるとさも愉快だといわんばかりの笑みをたたえた女性がいた。
あちらは私を知らないだろうけど私は知っている。第二王子派でシャーリー様のことをよく思っていない貴族の一人だ。
これはわざと壊された可能性が高く、犯人は第二王子派? こんな雑で粗末な嫌がらせをするの?
「その程度のものを作るだなんて詐欺なのではなくて?」
少しずつ人が離れていった。争い事に巻き込まれたくない者と権力関係で弱い者は自然と離れる。
そして相手の言葉を鵜呑みにして銀細工に興味を失せてしまう者もいるだろう。
「国をあげての結婚式にふさわしくありませんわ。まあもっとも、国を捨て他国の王太子に取り入ったご令嬢にはぴったりかもしれませんね。平民の作るものを裏切り者がまとう。お似合いですわ」
「なんて無礼な!」
「エーヴァ」
シャーリー様のことを悪く言われ顔を上げる。すっとバーツ様が視界を遮った。冷静さが戻る。
「バーツ様」
「細工を直そう」
まだ何か言いたそうなところをバーツ様が笑顔で一蹴した。
私をエスコートして一度大きな会場を出る。すぐにアリスとその旦那様が声をかけてくれた。
「お部屋をご用意しますわ」
「ありがとうございます」
途中ひそりと耳打ちされる。
「エーヴァ、大丈夫?」
「……ええ」
無事でよかったと言ってくれる。少し気持ちも落ち着いてきた。
「こちらです」
社交界で一般的に使われる部屋の一つだった。案内されたからか私とバーツ様しかいない。
アリスと旦那様は優しく声をかけてくれた上で私とバーツ様だけにしてくれた。侍女を使わず案内してくれただけでも十分なのに。
「エーヴァ、怪我はない?」
バーツ様が私の両手をとって心配そうに見つめる。触れ合いにどきりとしたけど、それも恐怖はなかった。どちらかというと恥ずかしさの方が大きい。
「はい、私はなんとも……でもこの子が」
机の上に置いた無惨な銀細工。
粉々になっていないけど、歪みや欠けがある。
「この程度なら直せるよ」
「本当ですか?」
「本来は最初から作り直すけど、今回は特別」
長く愛用している方がどうしても直してほしいと来て、その度に直していたからバーツ様は対応できる。
「今度教える」
「はい」
こんな時にと持ち運べる道具や素材は一式持ってきていた。馬車からおろして部屋に持ってきてもらう。
バーツ様が作業に入ったら、あっという間だった。
「速い……」
「手早くやるのがコツだよ」
バラけても困るからね。
ああやっぱり美しい細工を害するだなんて考えられない。
「いくら直せても……やっぱり許せません! あれはわざとでした!」
「そうだね……でも結構あるんだよ」
「え?」
バーツ様も過去、何度か壊されたらしい。幸い御祖父様がいらしたことで大人からあからさまに嫌がらせはされなかったけど、バーツ様と同じ年の子供はふざけ半分でよく壊してきたという。泣きながら御祖父様に直し方を教えてもらったと。
「……バーツ様っ」
「あはは、エーヴァ泣きそう」
「泣きたくなります! こんなに美しい銀細工が壊されるなんて! 子供がふざけてても許せません!」
軽く笑い続けつつも作業の手は緩めずにバーツ様は続けた。
「エーヴァが今、僕の代わりに怒ってくれたし悲しんでくれたら大丈夫」
「それは」
なんて健気! 思わず好き! と言ってしまった。
「うん。僕も好き」
ほら見てごらん、と銀細工を差し出した。私のことを考えてすぐに話題を逸らしてくれる。
ふと、失う恐怖がそこまで登ってきてないことに気づいた。
「どう?」
「……素晴らしいです! 違和感なく直っています! しかも以前の細工より細かくなっています!」
「手を加えたからね。曲がっていたのを見て閃いたんだ」
「さすがです! 窮地でさえ好機に変えるなんて! 格好いいです!」
「ありがとう」
まだ怒りは完全におさまっていないけど、銀細工がよみがえった喜びの方が大きい。
「本当によかった……」
「そうだね」
私たちは会場に戻った。
「この短時間で元通りに?」
「いや、前のものより細かく色々増えているぞ」
「銀細工はこのようなこともできるのですか!」
短時間の修復に加え、アレンジを増やしたところが興味を引いたらしい。より多くの声がかかる。先程壊しにかかった件の貴族はいなくなった。アリスが仕事をしてくれたのだろう。
「いくらかパーツを作り、付け替えができるような形で細工を作ることも可能です」
「私たちでもできるの?」
「できるようなものをお作りします」
当然、職人に直してほしければ要望に応えることはできる。けど、貴族の家はわざわざそこまでしないだろう。
カスタマイズできるのは遊び心がくすぐられるし、同じ土台のプレゼントでも違うものになるから誰かと被らない。大方貴族は侍女に頼むと思うけど、側仕えでもできるものを作ればいい。
なにより唯一無二を纏うのが常の貴族層にはうけがいいだろう。そもそも、銀細工は一つ一つが手作りだから被ることはないし、同じものを作っても別物になる。そこにさらに付加価値がつくのだから放っておけなくなるのが貴族の性だろう。
「では後日手紙をだします」
「私も」
「ありがとうございます」
壊される場面があったけど概ねうまくいった。このまま少し時間を過ごして帰る形になりそうだった時、最悪の出会いが訪れる。
「……エーヴァ?」
「…………御、父様」
「あなた、どうかして……エーヴァ!」
「御母様……」
たくさんの小説の中からお読み頂きありがとうございます。
エーヴァがやっとバーツに返事できそうなとこまで感情持ち直してきたと思ったラストひどいもんです(笑)。このあたりから本格的にクライマックス編突入ですかね。いつも通りのハピエンまでしばしお待ちください。




