34話 私がききたいのはバーツがどうしたいかです
「ちょっとバーツ」
「ディーナ様!」
騒ぎを聞いてディーナ様が間に入ってくれた。
「バーツの気持ちは素敵だけど、エーヴァが困ってるでしょ」
「あ……」
「ドロム公爵も夫人も。久しぶりに顔を合わせたんだから、もう少し優しくしてください」
ディーナ様には頭が上がらないらしく、御両親も静かになった。
気まずそうにしているバーツ様の御両親を見た後、バーツ様に向き直り、よくよくバーツ様の表情を見ている。
「バーツってば何したいの? 言い争いしたいの?」
ディーナ様の言葉に肩が鳴る。
はしたなくても構わないと触れていたバーツ様の腕に深く腕を絡めるとバーツ様が私の瞳を捉えた。
「バーツ」
「……」
私が呼ぶもバーツ様は全く声を発しない。ディーナ様が小首を傾げた。
「エーヴァ」
「はい、ディーナ様」
「バーツを任せる。今日は帰ってもらってもいい?」
「はい」
「こっちは私が話するから」
「はい」
「バーツ、今日は銀細工のお披露目に来たんでしょ?」
ぎこちない所作で頷くバーツ様にディーナ様は「堂々と帰りなさい」と言い切った。そして私に目配せをし、その意図を察する。帰るタイミングだわ。
バーツ様の腕を引くとすんなり従ってくれた。あくまでバーツ様のエスコートに見えるように進む。
ディーナ様の言う通り、堂々と歩く意識をとった。諍いなんてなかったかのように戻ろう。
「ティルボーロン伯爵」
馬車に乗り込んですぐ、ディーナ様の元護衛騎士現婚約者が駆け寄ってきた。
二つに折ったメモ用紙をバーツ様に渡す。
「ディーナからです」
「……分かりました」
中身を一緒に見ると「明日も来なさい」と書かれていた。元々社交界の招待状は今日明日どちらも参加できるものだ。私はもう一度いけるなら行きたい。問題はバーツ様だ。
「……」
「バーツ、伺っても?」
馬車の中、無言で頷かれる。
思いきってきいてみた。
「御両親と話をして和解したくはありませんか?」
「……」
長い沈黙の後、少し掠れた声で応えてくれた。
「……そうだね。御祖父様も望んでいるから」
「私がききたいのはバーツがどうしたいかです」
「え?」
「御祖父様が望まれているのかは関係ありません。バーツが御両親と話し合って仲を改善したいかが大事だと思うんです」
したくなければ、明日の社交界には参加せず音信不通にすればいい。けど逆なら動かないと。動くなら今が最大のチャンスだ。
「……」
「……」
しばらくの無言の間、バーツ様は考え続けていた。
一つ瞬きをゆっくり深くしてから決まる。
「…………話すよ」
「はい」
「エーヴァの言いたいこと、分かってる。今日の銀細工お披露目も本当にするつもりだったろうけど、僕に両親を会わせるつもりだったのも察していたよ」
「差出がましい真似をすみません」
「いいんだ。そうでもしないと動かないままだった」
やっとその時が来たんだとバーツ様が微笑む。少し強ばりがとれている気がした。
「明日の社交界のために準備したいことがあるんだ」
手伝ってくれる? と言われ、喜んでと応えた。
「はい! お手伝いします!」
「ありがとう」
* * *
「大丈夫です」
緊張に固くなるバーツ様の腕をとる。エスコートをされつつもできる限り支えられるよう努めた。
「うん、行こう」
バーツ様がしっかり前を見た。大丈夫。
「バーツ!」
「ループト公爵令嬢」
「こっち」
来て早々ディーナ様に呼ばれる。
広い会場の中の壁際端に場所を作ってくれていた。
御両親は先に到着していて、昨日より表情が暗い。ディーナ様が間に入ってどんな話になったのだろう。
「バーツ」
「……昨日は失礼しました」
バーツ様が真っ先に謝った。
これには御両親以外の私も含め、ディーナ様ですら驚く。
「いえ、私もこの人も悪かったわ。ねえ」
「ああ……あんな話をしたかったわけではない」
「………」
無言の時間が少し、バーツ様が小さな箱を二つ取り出した。
箱をバーツ様が開け、中身を見て御両親が少しだけ肩を揺らした気がする。
「これを、受け取ってもらえますか」
「これは……」
「婚姻した時に御父様がくださったものか」
「え、覚えて、」
「当然だろう」
徹夜でバーツ様と銀細工を作った。極細の模様で編んだ家紋がついたアクセサリーピンだ。これは今回、新しい銀に合わせてバーツ様がリニューアルとして作ったのだけど、元々はバーツ様の御祖父様が作られていたものだった。
バーツ様の御祖父様から見た自分の子供たちへ向けたものだ。
「御祖父様が祝いだとくれたのに返してしまった」
たくさんの小説の中からお読み頂きありがとうございます。
これが本当にこじれていた場合、エーヴァのすることは余計なお世話になるんですが、当人たちの心情を察した上で動いています。察せる力と相手のフィールドに踏み込める力があるヒロインです。
 




