29話 バーツ、自身の両親と再会
「すみません、お待たせしました!」
「大丈夫だよ。銀も積み終わったから行こうか」
「はい!」
「……バーツ?」
今まで聞いたことのない、違った声がバーツ様にかかる。
そこには二人の男女がいた。
二人を見た途端、バーツ様の身体がこわばる。
「っ……」
「バーツ? どうかしました?」
声をかけても反応がない。視線は名を呼んだ男女に注がれたままだ。
「あなた」
「どうした……バーツ、なのか?」
二人の男女は年上で、おそらく夫婦だろう。上等な服装から貴族だと分かった。護衛の騎士もいる。護衛騎士を見るにドゥエツ王国帰属のようだ。恐らく、視察団に関わる人間だろう。
「まさかバーツなの?」
「何故ここに? 話を聞くに諸島の領主をしているんだろう?」
「……ここへは銀をとりに来ました」
まあ! と大袈裟に驚き次に嘆き始める女性。男性も渋面を見せた。
銀をとりに来ただけだというのに?
「あんな遊びをまだ続けているの?! 領主という仕事を置いて?!」
「遊びじゃない」
「だからループト公爵令嬢が領地リッケリに行かれたのか……お前という奴はどこまで周囲に迷惑をかける! たかが銀細工なんかのために」
「これ以上は黙ってください!」
バーツ様から聞いたことのない大きな声がでた。
その剣幕に驚く。するとバーツ様が私に気づいて「ごめん」と謝った。
「怖がらせたね。ごめん」
「いいえ、大丈夫です。あの、こちらの方々は?」
「……両親だ」
今まで話にも出なかったバーツ様の御両親。
今の会話と弟子入りしてからの様子と話を聞いた時のことを考えるに、あまり良好とは言えない。
バーツ様が全てを注いでいる銀細工を御両親は"たかが"と言った。私よりも筆頭としてずっと銀細工師をしてきたバーツ様には侮辱以外のなにものでもない。
私だって今の言い方はむっとしたもの。私よりもずっと銀細工師として尽力されてたバーツ様の怒りは想像に難くはない。
「いや、もう縁を切っている。他人だ」
「バーツ、なんてことを言うのです!」
「僕はとうにティルボーロンという姓をもらっている」
「ループト公爵令嬢が仰るから認めたものを! 本来は我が公爵姓を継ぐはずだったんだぞ!」
このままじゃ我が公爵家は潰えると言う。バーツ様から乾いた嘲笑がこぼれた。
「知るものか。あんたたちが潰してるようなものだろう」
御祖父様が領地を管理していたんだ。
あんたたちは過去も今も何もしてないだろう。
バーツ様は次から次へと御両親を批判する。
「わたくしたちは国の外交という高尚な仕事をしているのです」
「だから領地は御祖父様任せでもいいって? 御祖父様が亡くなった時ですら戻ってこなかったくせに」
「あの時は外遊でキルカス王国にいたのです。とても戻れる状況ではなかったのよ」
「だからと言って放っていい理由にはならない」
「国の中枢の仕事こそが貴族の栄誉だ! 最も優先されることだろう!」
「いつもそうだ。御祖父様も僕もないがしろにして、最期ですら看取ってくれないのに、何故っ」
だめだ。
このままだと事態が悪くなる一方。一度引き離した方がいい。
冷静さを欠いたバーツ様に極力優しく触れる。
「バーツ」
「!」
「バーツ、私の声が聞こえますか」
「!」
瞠目し、次に静かに瞳を閉じた。深く息を吐くこと二回。
次に目を開くといつも通り、とはいかないまでも、私をしっかり見られるぐらい冷静になったバーツ様がいた。
「…………エーヴァ」
よかった、気づいてくれた。表情が変わり申し訳なさそうに目尻を下げる。
「宿へ戻りましょう」
「エーヴァ」
視察団の一部が御両親を呼んだ。
チャンスだ。
「バーツ、後でこちらに来なさい。話がある」
「僕はないし、会う気もない」
「バーツったら、御父様になんてことを言うの!」
「バーツ、帰りましょう」
なにかを言おうとしたバーツの腕に触れて止める。
すぐにバーツ様は我に返って言葉を飲み込んだ。
「エーヴァ、行こう」
「はい」
バーツ様が御両親に背を向ける。私は彼に手をとられ少し引っ張られる形で馬車に連れていかれた。
立ち尽くす御両親が少し悲しそうに見えた。
たくさんの小説の中からお読み頂きありがとうございます。
言い方がむっとする以前に同じことをエーヴァは自分の両親から言われてますがね…。にしても頭沸騰するぐらい感情高ぶってるバーツがエーヴァの声で冷静に戻れるのはすごいと思います。エーヴァもすごいけど、バーツもすごい。アンガーマネジメントできるの羨ましい。




