10話 大好きな人と同居
「そうでしたか」
直近まで政務の仕事に一生懸命取り組んでいたし、両親とは喧嘩したくなかった。婚約破棄だって、ヒャールタ・グングのことは好きではなかったけど、あんな噂に惑わされて破棄をしてくるとは思わない。全てを投げ出したことに多少なりとも思うところはある。あるけど、それ以上に銀細工を作りたい。
ああ、だめね。暗いことは考えないようにしよう。
今は新しく進むだけだ。私は銀細工師になる。決めたのよ。
「ループト公爵令嬢からの推薦状はどうやって?」
「婚約破棄の後に街で会った元婚約者に絡まれているところを助けてもらいました」
その時銀細工をお礼に渡したら喜んでくれたことと弟子入りの後押しをしてくれると言ってくれた。
「あの方らしい」
ティルボーロン様が呆れたように笑う。
「確かに貴方の技術は本物です。ループト公爵令嬢が推薦状を出すのも頷けます」
「ありがとうございますっ!」
「もしご家庭の用事があれば途中帰郷なさっても問題ありません」
「もし何かあっても帰郷しませんし、ティルボーロン様にはご迷惑をおかけしません!」
まあ私が銀細工師を目指すことが分かっても、銀細工師筆頭がティルボーロン様で、弟子入りで彼の元へ行っているとは分からないだろう。
もう家を出たのだから戻るつもりもない。そもそも破門されているだろうし。
「では明日からでよろしいですか?」
「はいっ!」
領主としての仕事もあるので、合間になると言われ全然大丈夫ですと意気揚々と応えた。
夢の第一歩が叶ったのだから最高よ。
「そうだ。お名前を伺っても?」
「ああ、失礼しました! 私、エーヴァと申します!」
名を削除されているだろうし、敢えて姓は名乗らなかった。服装も平民仕様にしてるから姓を名乗らないことに違和感はないはず。
「エーヴァ様はこの後どうされるおつもりですか?」
「はい。適当に宿に泊まるつもりです」
「……一人で?」
「はい!」
港町で中継地点だから宿は確実にある。多少粗末でもやっていける自信はあった。
ティルボーロン様が無言になり固まる。かろうじて出て言葉が「宿屋……」だった。
「先程ここに来る間にいくらかありましたし、今ならまだお部屋に空きがあるかなと」
「……旦那様」
執事がティルボーロン様に耳打ちした。
深く頷いた彼が私に提案をする。
「エーヴァ嬢は私の弟子です。私の屋敷の客室を利用してください」
「そんな、御配慮は嬉しいのですが」
「エーヴァ様、恥ずかしながら私ども客室を持て余しております。そして僭越ながら私個人の要望ですが、娘や孫ほどのお嬢さんをお一人にするのは心配ですし、できるならこの屋敷で最大限のおもてなしをしたいのです」
領地として忙しく、国はほぼ任せきりで関わりが少ないのだろう。となると客は数えるほどに違いない。けど領主としての威厳を保つには客を迎えもてなし発展しているという見たところの世間体が重要になる。そういうことね。
「それに!」
「え?」
急に熱のこもった語りになった。
「普段引きこもりでご友人らしいご友人もいない旦那様に弟子ができるのですっ! これを祝わなくてどうするのですかっ?!」
小さい頃から面倒を見ていたらしい執事は是非是非と咽び泣いた。ぱっと見たところ、そこまで引きこもり感ないけど?
「えっと……では御言葉に甘えます」
「ありがとうございます。クリスティーナ」
「はい」
扉が開くと老齢の女性が控えていた。中に入り一礼される。
「侍女長のクリスティーナです。ご案内します」
「ありがとうございます」
「では、こちらへ」
食事の頃に連絡が来ると言ってティルボーロン様と別れた。
ああついに!
銀細工が学べる!
* * * * * *
「ペーテル」
「はい」
「これでよかったよね?」
「そうですね。旦那様が尽力されておりますので治安はよくなりましたが、さすがに若い女性お一人で港町の宿屋は危険でしょう」
「だよね……」
妙に常識離れしている。服装は平民のものだけど、所作や言葉遣いが洗練されていた。婚約破棄も平民の間ではあまり聞かない。
貴族然としている。
けど、貴族は自分の手が汚れても銀細工を作ろうとは思わない。特に女性はそういう傾向が高く、概ね買う側だ。
「不思議な人だな」
「調べますか?」
「いやいい。ループト公爵令嬢がメモを書いただけで充分保証されてる」
腕は本物だった。彼女には確かな才能がある。
「彼女の作る作品をもう少し見てみたい」
「なんとっ! 坊っちゃんにも春がっ」
「違う。気になるのは銀細工」
「ええええ。私は嬉しゅうございます」
「聞けって」
正直楽しみなところではある。領地経営はできるからしているだけだし、銀細工は一人で作ってても新しいものが中々生まれない。いい刺激になりそうだ。
「楽しみだな」
たくさんの小説の中からお読み頂きありがとうございます。
エーヴァの庶民風な装いも空しく結局バレてる(笑)。でも大好きな人に弟子入りできたんだから、そのあたりはもはやどうでもよさそう。
 




