彼女たちの誕生日会
傭兵ギルドがある地区の家庭は、月一回合同で、その月に生まれた子どもたちの誕生日会を開いている。
通りにある食堂を貸し切りにして開くその会には、食堂の食事も出るけれど、各家庭が料理やお菓子を持ち寄ることになっている。手作りできない家庭は、好きな食堂に持ち帰りを頼んでもいい。自分の子どもには家でプレゼントをあげ、他の誕生日の子には誕生日会にプレゼントを持ち寄るのだ。
ルルの誕生月、白の月の誕生日会は、一週間後だ。作る時間もないし、料理がそこまで得意じゃない私は、いつも隣町にある行きつけのマウル食堂で持ち帰りをお願いしている。
「ルル、今回は何持っていこうか」
「こないだ食べた、移動食堂のお肉のパイがいい。でもケインお兄ちゃんたち、まだ居るかなあ」
「まだいると思うわよ。来月また出発だって」
「ホント? じゃあ間に合うね、やったー」
マウル食堂のご主人には二人の息子がいるのだけど、次男のケインくんは、奥さんのフローラちゃんと大陸各地の名物料理を出す移動食堂をしている。時々長期で領外に出るので、どれもタイミングが合わないと食べられないレア料理なのだ。好奇心旺盛なルルは、全メニューを制覇する気満々だ。今回だって、肉のパイ以外に食べたことない料理も食べたいと言っていて。そんな会話をしたのは二、三日前だったような気がしていたのに、今日はもう誕生日会の当日だ。仕事と子育てしてたら、毎日があっという間。
「ジュースはこっち、酒はあっちのテーブルなー」
「子ども向けの揚げ物はこっち、大人向けの煮込みはあっちに置くからね」
「プレゼントはどこ置く?」
会場の食堂は朝から開いていて、都合のつく人たちが準備する。私も自分の娘が祝われるのだから、当然休みを取って参加だ。主役はあくまで子どもたちだけど、大人も軽くお酒を飲むことは許されている。この地区に住む人たち以外の人が、飛び入り参加することも多い。そんな感じで割と自由な会だけれど、傭兵ギルドがある地区なので、飲み過ぎて羽目を外した大人はギルドの傭兵にお仕置きされる。そのおかげで、うちの地区の誕生日会は他の場所のより安全なんじゃないかと思っていて、私としては鼻が高い。羽目を外す傭兵がいたらどうするかって? そりゃ私がお仕置きするのだ。問題ない。
「子どもたちはこのモールを壁に貼り付けて―。花飾りもテーブルに置いてー」
「はーい!」
昼前になると、子どもたちがわらわらとやってきて会場の飾りつけを始めた。昼過ぎになると、地区で子どもの居る家庭がおおむね集まった。今月誕生日の子どもたち五人が前に並んで、一人ずつ名前言って挨拶。うちのルルもお気に入りの服を着て、嬉しそうに立っている。
(はあ~ やっぱりうちの子可愛いわ~)
私が内心うっとりと娘に見とれている間に、子どもにはジュース、大人にはお酒が配られている。先月誕生月だった一番年上の子が乾杯の音頭を取り、誕生日会の始まりだ。
「白の月の皆、誕生日おめでとー!」
「「おめでとう!!」」
パーンとクラッカーが引かれ、わあっという歓声が起こる。持ち寄られた料理を楽しみながら、近所の皆とワイワイおしゃべりをする。小さい子たちは駆けまわるし、時々転んだり、ケンカしたりもするけれど、それを年長の子どもや教養学校を出た十四歳以上の子たちが世話したり仲裁したりする。大人はそんな子どもたちの成長を微笑ましく見守るのが、最高の楽しみで、酒のつまみなのだ。
宴もたけなわになると、持ち寄りのプレゼントがくじで誕生月の子どもたちに配られていく。とはいっても人によって差がついてはいけないので、お菓子とか文具とか、ちょっとしたものだ。それでも小さい子は喜ぶし、大きい子には物足りないかもしれないけど、人から物をもらったらありがとうを言うのが道理。それがちゃんと教育されているかを見る場でもあるのだ。よくできている。
拍手と笑いが次々に起こる中、入り口の扉を開けて誰かが入ってきた。見覚えのある、豊かなベージュの髪の女性は…
(あれ、セイラさんだ。帰ってきたのかな)
彼女はきょろきょろと周りを見渡して壁際にいた私を見つけ、パッと顔を輝かせて近づいてくる。
「こんにちは! ギルド受付のおねーさん。あたしも飛び入り参加していいかなあ?」
「セイラさん、お帰りなさい。参加は自由なのでどうぞどうぞ。依頼は終わったんですか?」
私が聞くと、彼女は二カッと笑って腰に手を当てた。近くのおばさんが彼女に酒のグラスを渡してくれる。それにお礼を言って、再び私の方を向く。
「うん、さっきね。ギルド受付で今日は誕生日会って聞いたからさ、参加してみたくて来ちゃった」
「クリフさんは?」
「さっきまで一緒だったけど、ギルドで報告済ませて家に帰ったよ。今の奥さんに、『一ヶ月で帰る』って言ってたらしくてさ。ギリギリになったからすごい焦ってたわー」
カラカラと笑うセイラさん。マーシャさんのこと、あまり悪く思ってないのかな…? そんなことを思いながら、聞いてみる。
「…お父さんと、いい仕事ができましたか?」
するとセイラさんは壁にとん、と背をつけて、満足そうに顔を上げた。
「うん、すごくいろんなこと教えてもらった。たぶん父さんだけだったら二週間くらいで終わってたと思うんだけど。あたしに大型魔獣との戦い方から何から、全部教えてたから時間かかったんだよね。あ、でもその分質のいい素材獲れたから、今回もS評価間違いなしだよ」
「それは良かった」
そこでいったん話は途切れて、私たちは賑やかな皆の様子に意識を戻した。お酒で機嫌のよくなったおじさんが得意の笛を吹き、それに合わせて子どもたちがくるくる回って踊っている。セイラさんも、「おお、故郷の町の祭りみたい。楽しそうだね」と笑っている。私も楽しく皆の様子をみていたら、隣から少しためらいがちな声が聴こえてきた。
「…ホントは、あと数日引き延ばそうかと思ったんだよね」
「え?」
振り向くと、セイラさんがほんのちょっと俯き加減に続ける。
「だって、最初から『一ヶ月』って言うんだもん。…でも、『同じ間違いを繰り返したくないから』って言われたらさ…」
「あ…」
元奥さん…エミリィさんと、小さいセイラさんを置いて長期間家を空けていたのを、クリフさんは本当に、心から後悔してたんだろう。だからもう、マーシャさんにはそんな思いはさせないと決意した。それはいいけど、私としては嬉しくもあるけど…でもそれをセイラさんに言うのはどうなのよ? クリフさん。
私がセイラさんを心配したところで、彼女はパッと顔を上げて明るく言った。
「でもまあ、良かったんだよ。『間違いだった』って、そう思ってたんなら。あたし、来て良かったよ」
「…そう。なら、良いですけど」
ホッとした様子の私をみて、彼女は肩をすくめた。
「逆にママは家を出たこと、全く後悔してないからね。それもどうかと思うけど」
「へ、へえ~…?」
どう返していいか困って苦笑いしていると、食堂の中央で、誕生月の子の中で一番年長、十三歳になった男の子が声をあげた。
「皆さーん! 聞いてください! えっと、今日は僕たちのために会を開いてくださってありがとうございました。お礼に、今日は皆さんに感謝の気持ちを音楽で伝えることにしました」
そう言って、誕生月の子たちが前に並ぶ。それぞれ、鈴とか、縦笛とか、簡単な楽器を手にしている。そして彼らの真ん中で、少し前に進み出てきたのは、何とルルだった。少し照れ笑いして、チラッと私の方を見る。
(え? あの子何も持ってない。…もしかして、歌うの?)
私が驚きながらも頷くと、ルルはニコッと口角を上げ、人々の頭の上辺りを見上げて歌いだした。
「ー!!」
その声に、私は驚いて目を見開いた。
―天なる父と、母の慈しみ
そのなかに、我らの喜びはありー
天使だ。天使の声だ。
透明で綺麗だけど少し艶があって、人の心を魅了する… ああ、そうだ、ラファエルの声が高くなったような、彼が子どもだったらこんな声だったろうと思うような… でも不思議、全然悲しくも、苦しくもならない。ただ、夢みたいに綺麗で、愛おしくて…
周りの大人からも、感嘆のため息が聴こえる。
「なんて綺麗な声…」
「学校で習う賛美歌だね」
それで初めて気づいた。そうか、賛美歌か。だから彼の影が及ばないのかもしれない。吟遊詩人の彼の歌は、恋の歌が多かった…
歌に合わせて鳴る鈴の音、声に重なる笛の音もよく合っていて、みんなよく練習したんだなというのがわかる。最後の一音が終わって、周囲からは惜しみない歓声と拍手が送られた。お辞儀が終わると、ルルはパタパタと私の方に駆けてきた。
「お母さん! どうだった?」
「うん、すごく良かった。感動しちゃった」
私が素直に褒めると、ルルはとっても嬉しそうに笑った。最高に可愛い。
「えへへ。じゃあ歌手になってもいい?」
「んー、そうね。このまま頑張ってみたら、いけるかも?」
「やった!」
飛び跳ねて喜び、再び友達のところへ駆けて行くルルの背中を見送る。すると、セイラさんが「いやー皆良かったー。ご褒美あげに行こう」と言ってその後ろを追って歩いていった。空いたその場所に、近所の奥さんが入ってくる。
「なになに、ルルちゃん歌手になりたいの? そりゃ悩むよねえアルテさんも」
そう言う彼女に、私も苦笑して頷く。それを聞いていた旦那さんが、がばっと奥さんの肩を抱いて首を傾げた。あ、顔が赤い。こりゃ酔ってるな。
「いいじゃないか、あんなに上手いんだから。何が悪いんだ?」
「決まってんでしょ。あんたみたいのに飲み屋で絡まれるかもしれないからよ」
奥さんがグイッと押し返して頭をぺちっと叩く。そう。ちゃんとした舞台で歌える歌手は本当に一握りだし、そこに辿り着くまでには時間がかかる。有名になるために、夜の飲食店や小さな劇場でたくさん歌わないといけない。そういうところは、とても治安がいいとは言えない。たまに劇場警備の依頼がギルドにもくるから、わかるのだ。
(う~~ん、さすがにいつも護衛をつけるお金はないしなあ…)
私が顎に手を当てて思案していると、横から別の声が聴こえた。
「じゃあ、聖歌隊はどうですか」
「え?」
振り向くと、反対隣りにロベール君がいた。彼は今日は…あ、仕事午前までか。
「ロベール君、来てたの」
「うちのがルルちゃんにプレゼントあげたいと言うのでお邪魔しました。…さっきのも賛美歌でしたし、ルルちゃん神話とか好きなんですよね? うちの子のプレゼントも神話の本ですし。あ、これは内緒で」
人差し指を口にあてた彼に口角を上げて応じると、隣の奥さんも応える。
「聖歌隊かあ、それいいわよ。神殿で歌うだけなら、変なのは寄ってこないでしょ」
「なるほど。そうですね…」
私も腕組みして真面目に考える。聖歌隊は子どもから大人までいるし、無償で歌う人もいれば神殿から給料をもらって礼拝の度に歌う専属もいるらしい。贅沢はできないだろうけどギリギリ暮らしていける程度にお金もらえるのなら、手堅い職なのでは。…おお、いけるんじゃない?
(それなら、私も心から応援できるかも)
胸に希望の火が灯る。その時、ルルがまた私を振り返って駆けてきた。
「お母さん、みてみて。傭兵のお姉ちゃんにもらっちゃった」
ルルが手の上に乗せていたのは、白い水晶みたいな鉱物だった。魔獣素材のついでに拾ったのだろうか。私が顔を上げると、向こうでセイラさんが私にひらひらと手を振っている。周りにいた他の子たちも同じものをもらったようで、手に乗せたり灯りに透かしたりしていた。
「あのお姉ちゃんも、今月誕生月なんだって」
「あら、そうなんだ」
「だから『ここでの仕事が今月でホントに良かった』って言ってたよ。そうだよね、こんなキレイな石たくさん見つけたんだもんね!」
「…うん、そうね」
私は微笑んで、白い水晶を見つめた。セイラさんが見つけたのは、この水晶よりずっと綺麗に輝くものだったろう。彼女は本当に幸運だった。クリフさんがまともな人だったから。マーシャさんが言うように、きっと彼に会いに来るまでいろんな葛藤があっただろう。ギルドでの対面を終えて出て行って、宿でどんな気持ちで息をついたのだろうか。
(良かったね、セイラさん)
そう思いながら、今度は部屋の隅でカルロ君からプレゼントをもらっている娘を見る。無表情に本を突き出すカルロ君を見て、ロベール君が「あいつ…ぶあいそ過ぎるだろ」と困ったようにぼやくから、ついクスッと笑ってしまった。一方ルルは全然気にせず、ありがたく受け取っているようだ。セイラさんにも、ルルにも、とてもよい誕生日会になった。でも…父親について、ルルの場合はセイラさんみたいに上手くいくことはない。それは確実。ルルには『父親は遠いところに行ってしまって、もう会えない』と伝えているから、たぶん死んだと思っていると思う。小さい頃にそう話して以来、父親のことを聞いてきたことはないし…。
(…でも、次聞いてきたら、ちょっと言い方考えないといけないかな)
そう考えながら、お酒のグラスを空にする。ヤケで飲んでるんじゃない。気分はそう悪くない。
(…あれ、私けっこう前向きじゃない?)
そんな自分が、ちょっと嬉しかった。
内容的に昨日上げれたら良かったんだけど。こどもの日には間に合わなかった…。
なかなか進まないけど、始めたからにはちゃんと終わらせたい。
結末までのプロット考えようと思います!