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アイリスの依頼・1

(うう…ちょっと飲み過ぎたかも)


 翌日の朝。ベッドから身を起こした途端起こった頭痛に、私は昨日の暴挙を後悔する。こめかみを押さえながらキッチンに向かい、トニルのスープの残りを温め、チーズを足す。トロリとチーズが溶けて、パンを篭に並べたところでルルが起きてきた。

「ふあぁ…お母さん、おはよ~…」

(あら~ 天使が目をこすりながらあくびをしてる…。可愛いわあ…)

 私は覚め切らない頭で今日もそんなことを思い、二人でぼーっとしながらスープにパンを浸してもそもそと食べた。

 今日の私は仕事が休み。だからルルを学校まで送って行く。玄関を出たところで、ルルを迎えに来たロルフに出会った。

「あ、ロルフ君。いつもありがとう、今日は私が送って行くから大丈夫よ」

「あ、そう…わかった。ルル、また明日な」

「うん!いってらっしゃーい」

 明らかに残念そうな顔でルルに頷き、ロルフは階段を駆け下りていく。

(うーん、まあそうよねわかるわかる。可愛いうちの子と学校行きたいよね、ごめんごめん)

 私は内心ニヤニヤしながら、ルルの手を繋いで階段を降りていく。建物から出たところで、ハタと思いついて立ち止まった。…ロルフ君ももう十二歳。祖父のギルド長に似て体格も良く、男らしくなっている。うちの子と万が一のことがあっては…

「…ルル、ロルフ君とは行き帰り以外に遊んだりするの?」

「え? うん。学校で休み時間に皆と一緒に遊んだりするけど」

「そう。…えーと、嫌なことをされたことはないよね?」

「うん。ロルフあんまり笑わないけど、怒ったりしないし。あ、でも帰り道で知らないおじさんが声かけてくると、すっごい怖い顔して手を引っ張ってくるよ。早足になるからついてくの大変」

「おお、なるほどなるほど~」

(素晴らしい! ロルフ君いい仕事した。汚れた大人が下世話な心配してごめんね!!)

 私は満足して頷き、城下町をルルと歩く。商店街はまだ準備中でテントを張っているところが多いが、顔見知りの店主たちはルルをみると「おはようルルちゃん」と手を振ってくれる。それに天使の笑顔で手を振り返すものだから、店主たちはデレデレの笑顔で私たちを見送ってくれる。よし、帰りはあの店で買い物しよう。きっとおまけしてくれるはずだ。そんなことを思いながら学校へ向かう。


 教養学校は、小さくても各町にひとつずつ設けることになっている。人口が多い分、城下町の学校は大きくて、中級貴族の邸宅くらいはある。実際、ずいぶん前に潰れた家門の邸宅を再利用したものなのだそうだ。その門の近くまでくると、遠くから元気な声が聴こえた。

「あっ ルル、おはよー!」

 駆けてきたのは、深緑の髪をみつあみにした女の子だ。

「ミーナ、おはよー!」

 ルルが嬉しそうに返していると、ミーナは近くまできて私を見上げた。

「おばさんも、おはようございます!」

「はい、おはよう、ミーナちゃん」

 ええ、おばさんと言われることにも慣れました。二十九歳なんて、子どもにとっては間違いなくおばさんですから何も問題ございません。ギルドの傭兵が言ったら誰であろうと許しませんけどね。

 手を繋いで学校に入る二人を手を振って見送り、私は商店街の方へと歩き出した。

(う~ん、二日酔いがまだとれないな… どこかで休憩しようかな。休みだし、いいよね)

 私はカフェに入ると、温かい紅茶を頼んでオープンテラス席に座った。まだ早いうちなので、通りにはあまり人が多くない。私は紅茶をすすりながら、ぼーっと街並みを眺めた。


 城下町は綺麗な石畳で、建物も柔らかい白壁に、黄や青の屋根が鮮やかだ。周辺の領と比べて小さいけれど、可愛らしくてのんびりしているカルテヒアの城下町が私は大好きで、こうしてその街並みに居てそれを眺めることができるという事実が、私の今を肯定してくれる。そんな気がする。

 ゆっくりした時間の中、紅茶がじんわりと身体をあたためるにしたがって、だんだん頭がすっきりしてきた。

(…さて、今日は帰ったら洗濯をしないとなあ…あと掃除…床ぶきもしばらくできてないし…)

 そんなことを考えていたら、紅茶のポットが空になった。私はカフェを出て散歩がてら商店街を見て回る。歩いている間にやりたいことを思い出し、お菓子屋さんに入って焼き菓子を買った。しばらく話していない友人に、差し入れをしに行こうと思ったのだ。

(この前、子ども連れで一緒に湖に遊びに行ったの、いつだったっけ。楽しかったなあ)

 ふんふんといい気分で友人の仕事先に向かって歩いていると、正面から見知った顔が走ってきた。ハアハアと息を切らせてこちらに向かってきたのは、まだ若い新人の傭兵、ハルトだ。

「あー! いた! アルテ!」

 彼は私を見つけて大きな声をだし、走る速度をグンと上げた。自分に向かって猛ダッシュしてくる男に、自然と足が一歩下がる。

「うわ、嫌な予感」

 私がついそう口にした時、ハルトはちょうど目の前に到着した。

「ひでえな、まあ当たってるかもしれないけどさ」

 そう言って腰に手を当てる。私はさらに嫌な顔をしながら同じように腰に手を当てた。

「なんですか。私今日休みなんですけど」

「知ってるよ。でもエリーが困っててさ、アルテを呼んできて欲しいって涙目で頼むもんだから」

「ええ…」

 エリーは傭兵ギルド受付二年目の女性だ。まだ新人に毛が生えたくらいの経験値しかないから、対応できないことがあるのもわかるのだけど。でも、だからエリーが担当の日は、必ずギルド長がいることになっているはずだ。

「ギルド長はどうしたんですか?」

「それがギルド長もさ、アルテがいいなら来てもらえって。もちろん呼び出し代払うからって。あ、エリーはまたクッキー山ほど焼いて持っていくからって言ってたぞ」

「あら、それはほんとに大ごとみたいですね」

 私は黒ぶちメガネをくいっと上げて仕事モードに入る。呼び出し代は当然として、エリーのクッキーはルルの大好物だから是非とも手に入れたい。商談成立としよう。

 行きましょう、と言ってギルドに向かって歩き出す私の横に、ハルトはホッとした顔をして並ぶ。

「急がないとだろ? 馬車使う?」

「要りません。早足で十分です。…それで? ハルトさんは私を探してくるのにどんな報酬を?」

 私が横目でじろっと見上げると、彼はビクッと肩をすくませて手を頭にやった。

「え。…ああ、いやあ、エリーが一回お茶してくれるって言うんで…」

「…やっぱり。やたらとエリーに声かけてるって、私の耳にも入ってますからね。勤務外のことはともかく、業務の支障になったら評価点引きますよ」

「か、勘弁してくれよ…気をつけます」

 眉尻下げて肩を落とすハルトに、私は口角を上げる。

(うんうん、素直で良い! 逆ギレしたら邪魔しようと思ってたけどね!)


 私は傭兵ギルドのベテラン受付。ギルドの若い女の子をたぶらかす男に目を光らせる、お局なのだ。


 *


「ああ、アルテさん!! 良かった! ありがとうございます~」


 ギルドのドアを開けるなり、エリーが心底安堵した声を投げてきた。彼女と依頼の話をしていた傭兵に会釈して、少し時間をもらう。エリーは傭兵が了承の頷きを返して一歩下がったのを確認し、再び私の方を向いた。

「黒いフードつきマントを着た女の人で、朝一番に来たんです。深い事情がありそうだったから、個室で依頼書書いてもらってたんですけど、私じゃとても処理できない内容で…。ギルド長に見せたら、アルテさんにお願いしたいって」

「ああ…あの人ね…」

 昨日閉める間際に来てクリフさんに追い出されてしまった、全身黒ずくめの若い女の人。直後は結構気にかかっていたけれど、残務と帰宅後のルルの爆弾発言ですっかり忘れていた。個室に通す対応は適切だし、ギルド長におうかがいをたてたのも間違ってない。うん、えらい!

「対応それで良かったと思うよ、お疲れ様。じゃあ後はギルド長に聞いてみる」

「はい! お願いします!」

 エリーは蜜柑色の髪をふわりと揺らして嬉しそうに笑う。私もにこっと口角を上げて奥の事務所に向かった。背後から「ハルトさんもありがと~!」と言うエリーの声と、「いやあ、ハハハ」という鼻の下を伸ばした照れ笑いの声が聴こえて、内心肩をすくめる。

(はいはい、デートの約束は終業後によろしくね!)

 そう思いながら事務所のドアを開けると、奥の机で書き物をしていたギルド長が顔を上げた。

「おう、アルテ。すまねえな休みの日に」

「ほんとですよ。まあいいですけど」

 私はふう、と息をついてギルド長のところへ向かう。怪我で現役を引退しても、大柄で筋骨隆々の姿は迫力満点、カルテヒアの傭兵の頼れるボス。それがギルド長のガランドさんだ。彼は、私の恩人の一人。ラファエルに捨てられてどん底の妊婦だった私は、たまたまマーシャさんの住む森で行き倒れ、助けてくれたマーシャさんがガランドさんに、ギルドで私を雇って欲しいと頼んだのだ。ガランドさんはマーシャさんのお母さんに恩があったらしく、その恩を返す時だと思って引き受けてくれたらしい。だから彼に恩がある私も、彼に頼まれたらたいていのことは断れない。

「それで、依頼書はどれですか?」

「ん。これだ」

 彼は脇に置いてあった依頼書をとって私に渡した。私はそれをざっと読んで眉を上げる。

「…何ですか、これ」


『依頼人:アイリス・エルファレル

 依頼内容:依頼人の家に依頼人付きのメイドとして住み込んで、依頼人の護衛と義姉への嫌がらせをすること

 依頼期間:無期限

 報酬:月に三百ガレ

 その他:二十代~三十代の女性を希望』


 私は思わず手を額にやって天を仰いだ。これはエリーが泣きそうになるわけだ。はいそうですかと受け取って掲示板に載せられるようなものじゃない。

 家名があるということは、依頼人は貴族。その邸宅に住み込んでメイドですと? 待て待て待て。それはほぼほぼ転職じゃないか。メイド仕草できる傭兵なんか、普通いるか? いやいない。傭兵になるような女性は、おおむね体力自慢で腕っぷしに自信があって脳筋の、サバッとした人が多いのだ。貴族のねちっとじめっとした社会に適応できると思えない。おまけに、嫌がらせとはいえ他者を害する依頼なんて、普通だったら受けられるわけがない。ギルドの信用問題に関わる。相手が明らかに犯罪行為をしてきてるとかの大義名分があれば別だが、グレー案件なのは間違いない。

「受けるんなら一本釣りだが、俺も最近の若い女傭兵はあんまり詳しくなくてな。お前の方が知ってるかと思ってよ」

「それはまあそうですけど、それにしたって内容が…。とにかく、もう少し事情を聞かないと。依頼人は?」

「まだ個室で留め置いてる。いくか」

「はい」


 ギルド長と一緒に個室に入ると、そこには既に黒いフードを脱いだ、藍色の髪のうら若き女性が座っていた。昨日見たときよりも落ち着いて、堂々とそこにいるようにみえる。

「お待たせしました。ギルド受付主任のアルテです」

 挨拶してギルド長と並んで彼女の正面に座る。待ちくたびれたのか、琥珀色の瞳が少し疲れた様子で、ふう、と小さく息を吐かれた。私もわからないように軽く深呼吸して口を開く。

「依頼書を拝見しました、アイリス様。ギルドで普段お受けする内容とは少し違いますので、もう少しお話うかがってよいでしょうか。どうしてギルドに依頼されようと思ったのですか?」

「友人がギルドにお願いしたことがあったものだから。初めての依頼だったけど、親切にしてもらったって言っていたわ」

「ご友人…ですか」

「フローラというのだけど」

「ああ…」

 一年半くらい前、男の子と一緒にきて王都までの護衛を依頼してたあの子か。クリフさんの知り合いみたいだったから、手続きをクリフさんに手伝ってもらったけど…。

「フローラさんのご友人だったのですね。エルファレル家といえば、男爵家でいらっしゃいますよね」

「そう。私は次男のシャルル様に平民から嫁入りしたの。コレル家具店わかります?」

「ええ、大きいお店ですから。そちらのお嬢様だったのですね。…貴族様へのお嫁入りは、さぞご苦労も多いでしょうね。それが今回のご依頼につながったのでしょうか」

「そう。住み込んで欲しいのは今のエルファレル家の邸宅です。私は本館ではなくて隣の別館に住んでいるのですけど。ああ、別に夫に不満はないのよ。全てがあまりに平凡で物足りない人だけど」


(おおっと、いきなりぶっちゃけますね~! 不満はないといいつつ物足りないとか言われて、旦那様お気の毒~!)


 私は内心口を引きつらせながらニコニコと話を聴き続けた。

「依頼書みたらお分かりと思うけど、困ってるのは夫のすぐ上の義姉(あね)なの。平民からの嫁なんてってあからさまな態度で、ことあるごとに嫌がらせしてくるから」

「なるほど。どのような嫌がらせですか?」

 内容によっては依頼を受けられるかもしれない。私は紙とペンを用意して書きとる準備をする。アイリスさんはそれをみて、勢い込んで話し始めた。怒りのせいか、口調がだいぶくだけている。

「最初は結婚式の次の日だったわ。新婚旅行に出ようとしたら、私の靴がないのよ。実家から連れてきた私のメイドが半泣きで探していたら、わざわざ本館からやってきた義姉が、『飾りが少なすぎて使用人のと間違われたんじゃない? 使用人の部屋でも探してみたら』って言うの。ハア?って思いながら探してみたら、下女が住んでる地下のごみ箱にあったのよ」

「は、はあ…それはいかにもわかりやすい…」

 なんだそれ、子どものいじめか。っていうか、子ども相手なら酷い話だけど、大人相手でそんなレベルじゃ依頼受けられない。私は先を促すようにアイリスさんを見つめた。彼女は一つ頷いて再び口を開く。

「新婚旅行から帰ってきて、本館で男爵様…お義父様(とうさま)も含めた家族全員での晩餐をしたときよ。隣の夫の料理のソースと、私の皿のソースの色が違っていたの。私の方が濃い緑色で。嫌な予感はしたけど、男爵ご夫妻の前だからそのまま食べたら、あまりに辛くて咳き込んでしまって。そしたら斜め前の義姉がニッコリ笑って『あら、お口に合わなかったかしら。あなたのご実家とは使ってる材料が違うでしょうからね』ですって。後で聞いたら、料理人は義姉が雇った人だったらしくて」

「うわ~…」

 これまた古典的~。でもまだこのくらいじゃあね…と思っていたら、アイリスさんは眉をひそめた。

「私はその晩、酷い腹痛に襲われて。それ以来、家族そろっての食事ではいつもそんなふうなの。食べないわけにもいかないから少しは口にするけれど、必ずその後具合が悪くなる。あまりに続くから、こっそりナプキンに包んで実家お抱えの薬師に調べさせたわ。そしたら、不妊の作用がある薬物が入ってたんですって」

「!」

 それは酷い。身体に対する明らかな害なら、ギルドが護衛を受けてもおかしくない案件だ。私は隣のギルド長と顔を見合わせて、頷いた。アイリスさんは私たちの様子を見てホッとしたのか、少し表情を和らげて続ける。

「他にもいろいろありますけどね、部屋に鼠の死骸が置いてあったり、寝室のシーツに虫が仕込んであったり…よくもまあ次々と考えられるものだわ」

「ま、まあ…それは酷いですね。旦那様にはご相談になったのですか?」

「夫には話してみたけれど、『料理人や使用人にはちゃんと注意しておく』と言うだけで、義姉のことだとは思ってもいないみたい。夫にとっては優しい姉みたいだし。そんなふうだったから、あの人には何の期待もしてないわ」

「そ、そうですか…」

「私は元々実家の店に来る貴族の様子を知っていたから、貴族の世界に入れば何かあるだろうと思って覚悟をしてた。嫌がらせに負ける気はないけれど、連れてきた私のメイドは優しい子でね、私が気の毒だって言って毎日泣きながら部屋のチェックをしているのよ。薬物の解毒剤も実家の兄が手に入れてくれたけど、高いものだからそうそう迷惑もかけられないし」

「そうなんですね…アイリスさんもですけど、周りの方が大変なのもお辛いですよね。しかし、お義姉様はどうしてそこまでされるのでしょうか…」

「お義父様は、私たちの結婚が家の利益になれば、今度は義姉を平民の富豪に嫁がせるつもりらしいわ」

「え」

「だから私たちの結婚を破綻させて、平民と貴族の結婚は利益にならないとお義父様に思わせたいのでしょう。プライドの高い義姉だもの、平民との結婚なんて絶対に嫌でしょうし」

「なるほど…」

「でもだからといって、私が被害を被るいわれはないわ。自分の両親に訴えるなり、夫に浮気を勧めるなりすればいいでしょう。だから、これ以上私に手を出すなという脅しの為に、嫌がらせをし返したいのよ」

 (そっかそっか~って、夫の浮気はいいんかい)

 私は内心ツッコミながらペンを置いた。依頼を受ける最低限の大義名分は得たし、今日はこのくらい聴き取ればいいだろう。

「ご事情はわかりました。受けられる傭兵が見つかるかはわかりませんが、探してみるので数日お待ちください」

「わかりました。見つかれば実家に連絡をください」

 そう言い残し、彼女は再び黒いフードを目深にかぶって帰って行った。私とギルド長は顔を見合わせ、はああと大きなため息をついて個室を出る。

「…頭痛えな…。とりあえず誰かいねえか、お互い考えてみるとするか…」

「そうですね…」

 そう言って事務所の椅子に座り、額に手を当てた時。ポーンと時計の鐘が鳴った。大変、もう五の刻だ!

「すいません、娘のお迎えがあるので帰ります」

 慌てて席を立つ私に、ギルド長は「おう、今日は悪かったな、お疲れ」と手を上げた。



「…お母さん、難しい顔してどうしたの? 今日はお仕事お休みだったんじゃないの?」

 手を繋いで学校からの帰り道を歩いていると、ルルが私を見上げて心配そうに聞いてきた。ああ、子どもの前で難しい顔してしまった…ダメだなあと思いつつ、ひそめた形で固まった眉を取り繕うこともできなくて、私は苦笑しながらひとさし指を立てる。

「…ルル、今日の教訓。どんなにいい人に頼まれても、休みの日の呼び出しはできるだけ断ること」

「ええ? 遊びにいっちゃダメなの?」

 ルルが目を丸くして聞いてくる。私は慌てて手を顔の前で振った。

「いやお仕事の話ね、遊びはいいの」

「なあんだ、良かった~」

 そう言って笑うルルになんだか癒されて、私もつい笑顔になる。そうしたら、ルルがもう一つ笑顔になれる話を思い出した。

「そうだ。ルル、今度エリーがまたクッキー焼いてくれるって」

「えっ ホント? やったー!」

 今度こそ満面の笑みをして見上げてくるルルに、心身の疲れが吹き飛んでいく。まあいいや。これで今日の苦労はチャラとしよう。

(ん、クッキー…お菓子と言えば)

 私はルルとつないだ手と反対の手に持った、紙袋の中身を思い出した。そうだ、友人のところに差し入れに持っていくはずだったお菓子、結局渡せなかった。彼女の仕事場も今日は閉まったはずだし、またの機会にするしかないか…そう思った時。


「…あ。あの手があるか」


 私はあることを思いついた。



アイリスは前作第二話に出てきてます。

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