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私の正念場

 宿になっている伯爵別邸の大広間は、即位式に同行していない使用人十数人でザワザワとしている。別邸の管理人が王宮から配布された魔術具を設置して魔石を置くと、その上部にふわっと大きく映像が浮かび上がった。

「わあすごい、ほんとにここから観られるのね!」

「王宮の大広間でかいな。領主と神官たちも、すごい数だ」

 感嘆の声をあげる人たちの中で、私はカバンから録画の魔術具を取り出して必死に準備をしていた。

「あ、そろそろ始まりそうよ、アルテさん。準備できた?」

「えっ いえまだ…ちょっと待って、っと…よし!」

 私は慌てて手鏡のような魔術具に魔石を嵌め、即位式の映像の方へ向けてみる。鏡には映像が映っているし、鏡の淵がほんのり光っているから、ちゃんと作動しているはず、間違いない。

「さて皆さま、始まりましたよ、ご静粛に」

 管理人が告げると、皆口を閉じて映像に集中しだした。

 最初に、白い豪華な聖衣をまとった大聖堂の大司教が、退位の儀式開始の宣言をした。壇上で着座していた王と王妃が立ち上がり、ゆっくりと一歩ずつ壇上から降りてくる。参列者と同じ高さまで降りてきて、居並ぶ彼らに向かって口を開いた。

『私はここに、王位を退(しりぞ)くことを宣言する』

 そして大司教の方に向き直り、手に持っていた錫杖を彼に渡した。王は自らの手で頭に乗った冠を取り上げ、従者が捧げ持つクッションの上に(うやうや)しく載せる。そして王妃と目を合わせ、再び参列者に向き直ると、二人で優雅にお辞儀をした。その途端、いっせいに起こる拍手と魔法による花吹雪。在位中の功績に対する賞賛と敬意を示すその光景が、美しい。顔を上げた王と王妃はホッとした顔をしていて…魔竜討伐とかいろんなことを乗り越えてきて、きっとここが最後の正念場だったんだろうなあと、私はなんだかちょっと感動してしまった。

 王と王妃が臣下の列にそのまま並ぶと、彼らを含めた居並ぶ参列者が、ザッと左右に割れた。王の椅子へと続く道が開かれて、次は王太子の即位式だ。入り口近くの扉から、聖歌隊が入ってきた。


(ルル、ルルはどこだあーっ?!)


 私は魔術具の柄をぐぐっと握り締めながら聖歌隊の姿を辿る。幸いその姿はすぐ見つかった。子どもたちが背の小さい順で入ってきたからだ。同じ服を着て同じような背の中でも、ルルの美しい飴色の髪は目立つ。親の欲目と言われるかもしれないけど、天使のオーラは隠せないのだ! 

 私が鼻息荒くその姿を追っている間に音楽隊のファンファーレが鳴って、大広間の大きな扉がゆっくりと開かれた。王太子と王太子妃が輝かしい衣装をまとい、道の真ん中を王座に向かって歩いていく。彼らが大司教の前につくときには、その周りに聖歌隊も整列を終えていた。

 大司教が王太子に向かって、『そなたは神の御前に何をする者か』と問いかける。王太子はそれに応えて、『このレンクロイ王国の平安を守る者である』と宣言する。大司教が『その支えとなるように』と錫杖を渡し、王太子はそれを高々と掲げた。その時、周囲に居た聖歌隊が、神の寿ぎを伝える聖歌を歌い始めた。

「あっ ルルちゃん映った!」

「えっ どこ?!」

 態度を繕う余裕もなく、私は画面をガン見する。次の瞬間、画面にルルの顔が大写しになった。

「ぎゃあああああ」

「うおおおおおお」

「ああああああああ」

 周囲がどっと湧き、私は目をこれでもかと見開いてその姿を目に焼き付けた。それは数秒で、もちろんルルだけじゃなくて周辺の子どもたちも含んでいたけれど、並み居る王族、貴族の前で堂々と誇らしげに歌うルルは、本当に輝いていた。

「はー! やっぱりルルちゃんは頭一つ抜けて綺麗だわー!」

「だなー! 撮る方もやっぱり綺麗な子は映したいよな! 真ん中だったし、絶対ルルちゃん映したかったんだぜあれは!」

「あらそんな…」

 と言いながら、私の内心は(そうでしょうそうでしょううちの子は最高ですからー!!!!)と鼻を天まで高く伸ばしていた。


 その後、新王が自ら王冠をかぶり、前王夫妻や妹の王女とその夫である勇者が(ひざまず)いて挨拶し、参列者がいっせいにそれに習って膝をつき、儀式は終わった。皆が顔を上げたその時から、再び聖歌隊が祝賀の聖歌を歌い始め、天井から光の花が降ってくる。

 大広間の皆がワイワイ言っているのを聴きながら、私は豆粒のように小さく映る娘の姿だけを、ずっと見つめていた。

 誇らしい気持ちでいっぱいの心の片隅に、ほんのちょっとだけ寂しさもあった。

 なんだか少し、遠くに行ってしまったみたいで。


 ***


 即位式後は王宮前で国民へのお披露目があって、その後参列者全員でのパーティがある。聖歌隊も参加だったので、ルルが帰ってきたのは夜だった。きっと『楽しかった~!!』って言っていつもの輝く笑顔で駆け寄ってくるのだろうと思っていた。ところがだ。

(あれ…?)

 馬車を降りたルルは、なんだか少し沈んだ雰囲気だったのだ。私の顔をみてホッとした表情をしたけれど、駆け寄ってこず確かめるように一歩一歩歩いてくる。

「? お帰り。映像、写ってたわよ。歌もすごく良かった」と私が言うと、一応笑って「うん」と言うものの、なんだか微妙な顔つきで私を見つめている。

「どうしたの。疲れた?」

 私が聞くと、ルルはハッとしたように目を見開いて、えへへと笑った。…違う、苦笑いした。…苦笑い? この子がそんなのしたの、初めて見たんだけど。私が驚いていると、ルルはその苦笑いのまま私の手を握った。

「うん、人一杯だし、疲れちゃった。今日お風呂入れるかなあ?」

「あ、うん。館の方が準備してくれてるみたいよ。お腹は空いてないの?」

「うん、パーティでたくさん食べた。美味しかったよ」

「そう。ならいいけど。じゃあ今日はお風呂入って早く寝なさい。明日お土産買いに行くんでしょ」

「うん、そうする~」

 話しているうちに少しいつもの感じになってきたので、私は少しホッとしてルルと館へ入って行く。…まあ疲れるのは疲れるだろうし、明日になれば元気になるかな…? そう思った。


 …のだけれど。


 次の日になっても、ルルの様子がなんだかおかしい。街に出ても俯きがちだし、カルテヒアの皆のお土産を選ぶうちに目が輝いて楽しそうになってきたものの、気付くと少しボーッとしている。大丈夫かと聞けば「大丈夫!」と笑うのだけれど、すぐ顔を反らして真顔になってしまう。…これ、即位式の前後に、絶対何かあった。明日はもう帰途に着くし、今日の夜絶対に聞いてみよう。そう思っていたら、宿に着いて夕食前に、使用人から声をかけられた。

「アルテさん、ちょっと」

「はい?」

「シュレイン様がアルテさんを呼んでらっしゃるの。三階の、右奥から三番目の客室に行ってくれる?」

「え? あ、はい。すぐ行きます」

 ちょうどルルがお風呂に入っている時だったので、使用人にルルへの伝達を頼んで、私は地下から館の三階へと向かった。シンプルな地下の内装とは違って豪華な装飾品が並ぶ廊下を歩いていくと、指定された客室に辿り着いた。ノックをすると、お付きの神官が扉を開けてくれる。すると部屋の奥の椅子に、シュレイン様がこちらを向いて座っていた。

「ああ、アルテさん。来てくださってありがとうございます」

「こ、こちらこそお呼びくださってありがとうございます」

 挨拶する前に柔らかな声をかけられて、ちょっとどぎまぎしてしまう。すすめられるままに彼女の向かいに座り、お茶を一口いただいた。私が顔を上げたタイミングで、シュレイン様がにこりと微笑んで口を開く。

「実は、ルルさんのことでお話しておきたいことがあって、来ていただきました」

「は、はい」

 まあそうだろうと思っていた。ルルの様子が変な理由について、一緒に即位式に出ていたシュレイン様が、何かご存じなのに違いない。

 ―彼女が話してくれたのは、こういうことだった。


 どうも、即位式後のパーティの際、ルルはとある中年の貴族女性に声をかけられたらしい。神官様の一人が遠巻きに見守っていたが、会話はよく聞こえなかったそうだ。けれど、ルルはなんだかすごく困っている顔をしていたようで。神官様は平民でさすがに貴族へ簡単に声をかけられないので、首席神官のシュレイン様に伝え、シュレイン様が間に入って会話を終わらせたそうだ。

「それは大変お手数をおかけして…ありがとうございました」

「いえいえ。子ども同士ならともかく、大人の貴族相手では困るのも当然ですから。でも、その後からなんだかルルさんの元気がなくなってしまって。会話の内容がわからないので申し訳ないのですが、お母様にはお伝えしておこうと思った次第です。ルルさんは何か言っていましたか?」

「いえ…。様子がおかしいなとは思っているのですが…。自分で言い出さなければ、折を見て娘に聞いてみます。ありがとうございました」


 部屋を出た私は、考えながらゆっくりと地下の部屋に戻っていた。…なんだろ。差別的な言葉でも投げつけられたかな。もしかして、ルルに花をくれた貴族の子の親とか? あるいは、映像でルルが大写しになったことへのやっかみとか…。そりゃ平民より、貴族の子が目立った方がいいもんねえ…。そう思いながら部屋に戻ると、ルルがお風呂から出て髪の毛を拭いていた。

「あ、お母さんお帰りなさい。用事済んだの?」

 使用人は私が誰に呼ばれたか伏せてくれたらしい。

「うん、たいしたことじゃなかったわ。明日の予定とか」

 私はそのままルルに代わって髪を拭いてあげる。…まあ、私も心の準備できてないし、帰り道も一ヶ月はかかるんだし、その間に聞いてみよう。そう思い、その夜は二人で早めに眠った。


 帰途について、しばらく経った。

 ルルはだんだんいつも通りになってきて、仲良くなった従者や神官様と楽しそうにしている。私もホッとしたけど、何があったか話してくれる気配はない。

(う~ん…たいしたことじゃなかったのかな? でも、時々ボーッとしてるし、なんだか急に、大人びたような気がするんだよねえ…)

 そんな思いを抱えて旅を続け、あと一週間程度でカルテヒアにつくというある日。いつも馬車で一緒だった従者さんが、領主夫妻付きになることになった。

「領主ご夫妻についてた子が熱出したらしくって。途中の宿で療養することになったから、ここから先は私がつくことになったの。あと一週間だけど、親子水入らずで楽しんでね~!」

 従者さんは手を振って馬車を後にした。これは、ルルと二人きりで話せる絶好のチャーンス! 私は今日、ルルに聞いてみようと決意した。


 ガタゴトと馬車が揺れる昼下がり。私は向かいに座っていたルルに声をかけた。

「ねえ、ルル」

「ん? なに?」

 外を見ていたルルが私を振り返った後、私は立ち上がり、おもむろに彼女の隣に座った。

「え? お母さん、何?」

 怪訝な顔で私を見上げるルルに、私は少し口角を上げて尋ねた。

「ルル、即位式のとき、何かあったでしょ」

「!」

 ルルは目を見開いて、その後ばつが悪そうに眉を八の字にした。

「う、う~ん…」

「お母さんにも、話して欲しいなあ」

「……」

 ルルはしばらく私を見上げて困り顔をした後、俯いて上目遣いをしながら、ボソッと言った。

「…お母さん。ラファエルって誰?」

「…え?」


 頭が 真っ白


 ―は?

 ―なんで? 何でその名前が出るの? まさか、まさか―


「会ったの?!」

 私はガッとルルの肩を掴んで詰め寄った。ルルの顔が強張る。

「ち、違う、名前聞いただけ」

「…っ…」

 私は息をのみ、ルルの肩から手を離して自分の額に当てた。会ってない。良かった。ううん、良くはない、名前聞いたって、なんで、なんで?

 混乱して目を泳がせる私の耳に、ルルの困惑した声が響いた。

「お、お母さん、もういいよ。別に誰でもいいし、私、知らなくていいよ」

「―ッ 待って!」

 私はバッと顔を上げて、ルルの手を掴んだ。


 逃げちゃダメ。―逃げちゃダメ! 私にはわかる。おそらく今この瞬間は、私の人生の正念場だ。それに、ここは走り続ける馬車の中。ドアを開けて転がり落ちない限り、絶対に逃げられない。

 ―よかった!馬車で!


「ごめん、びっくりしただけ…ちょっと待って。ちょっとだけ待って。待ってくれたら…ちゃんと聞くし、ちゃんと…話すから」

 私が息を切らせて必死に言うと、ルルもごくんと息をのんで、「う、うん」と頷いた。私は大きく息を吸って、大きく吐いてから姿勢を正して、なんとか顔に笑みを浮かべた。…いや、たぶんひきつってたと思うけど。

「ほら、ルル、話してみて」

「う、うん…」

 ルルはまだ戸惑いながら、ぼそぼそと話し出した。

「パーティの時ね、綺麗なドレス着たおばさんが声かけてきてね…」


 豪華な羽の扇で口元を隠したその女性は、こう言ったそうだ。

『あなた、ラファエルのご親族かなにか?』

 ルルが、「存じ上げないです、奥様」と、神殿で教わった通りの礼儀正しい言葉遣いで答えると、女性は少し首を傾けて続けた。

『そう…。わたくし、あなたにとてもよく似た男の方を知っているのよ。髪の色も、目の色も、顔つきも。とても他人とは思えないわ』

 …と。ルルがどう答えていいのかわからず困っていると、神官様が間に入ってくれたという。


「……」

 なんということだ。まさか、王都でラファエルの話を聴くと思わなかった。でもよく考えれば、彼は吟遊詩人なんだから、王都に来たことがあっても全然おかしくない。それにあの美貌と声なんだから、貴族の目にとまることだってあるだろう。―貴族の目に止まったら? お抱えになる? それとも、婚外恋愛を楽しむ貴族女性に囲われる? ―どうでもいい。それはどうでもいい。今大切なのは、ルルにラファエルのことをなんて伝えるかだ。


(―頑張れ、アルテ。今まで何回も頭の中で練習して来たでしょ)


 そう。ルルが歌手になりたいと言い出した時から、こんな日が来るかもしれないと思ってた。―それが今日とは思わなかったけどね!

 私はあまりに急に試練を課してくる神様を恨めしく思いながら、慎重に口を開いた。

「ルル。ラファエルっていうのはね… あなたのお父さん」

 すると、ルルはパッと顔を上げて目を輝かせた。

「やっぱりそうなんだ! 遠くに行っちゃって会えないって言ってたよね。王都にいたのかな?」

 ルルの期待に満ちた目に胸がズキンと痛む。それを必死に隠しながら、私は苦笑いした。

「わからないわよ。その人は知っているって言っただけでしょ?」

「そっか…」

 途端に落胆した様子のルルにまた、ズキンとくる。挫けるな、アルテ。ちゃんと言うんだ。

「お父さんはね、ルルが生まれる前に、どこか遠くに行ってしまったの。どうしてかはわからない。それ以来会ってないのよ。どこにいるかもわからない」

 私はできるだけ淡々と、事実を誠実に伝えようと言葉を紡ぐ。するとルルは少し眉尻を下げて、私を見つめた。

「お母さんは、お父さんに会いたくないの?」

 一番聞かれたくない質問だった。でも、なんて答えるかはちゃんと考えていた。私は真剣な顔でルルを見つめる。

「…私は、ルルとギルドの皆といる、今が楽しいから。そっちの方が大事なのよ」

 するとルルはじっと私を見つめ、ふっと視線を俯かせた。

「…そっか… うん… そうだよね…」

「でもルルがどう思うかは、ルルの自由よ」

 私が少し食い気味にそう言うと、ルルは再びパッと顔を上げた。

「え?」

 目を丸くしている娘に、私は安心させるように口角を上げた。

「好きに思っていいんだからね」

「……」

 そのまましばらく私の顔をみていたルルの口元が、ふわりと緩んで弧を描いた。

「―うん」

 笑ってくれたことにホッとして、私も自然と笑顔になる。するとルルは、「疲れた! 寝る!」と言って横に倒れ、私の膝にバフンと頭を載せた。

「ええ?」

 私は呆れた声をだしつつ、ルルがよそよそしくならず甘えてきたことに、心底安堵した。


(…私、ちゃんと言えたよね? 自分にもルルにも嘘つかずに、でもできるだけルルを傷つけないように…できたよね? ルルが何を思っても大丈夫なんだって…伝わったよね?)


 頑張った自分を褒めたい気持ちと、どっときた疲れと、残る不安でいっぱいになりながら、私はルルに聴こえないよう小さくため息をついた。膝にある娘の身体(からだ)の温もりと重みが、なんだかとても愛おしい。飴色の髪の毛を撫でていたら、時と共にだんだん気持ちが落ち着いてきた。ガタゴトと小さく揺れる馬車の音を聴きながら、私はただ、ルルの頭を撫で続けていた。


 私の膝枕で寝て、起きたらいつものルルに戻っていた。


 ただ、それ以降、ルルは一切ラファエルの話題をださなかった。


 ーそれなのに。

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