傭兵ギルド受付の一日
私はアルテ。レンクロイ王国の南にあるのどかな領地、カルテヒア領- その城下町にある、傭兵ギルドの受付だ。
現在二十九歳の私がこの職を得て、十一年。受付としてはベテランの域だ。もう普段の業務は、考える前に身体が動く。今日も朝来てからほぼ何も考えずに床を掃き、カウンターを拭き、依頼書とペンを用意した。魔術具に魔石がセットされているのをちらりと確認して正面を向く。さあ、ギルドの一日の始まりだ。
「ハキムさん、開錠お願いします」
「はいよ」
制服姿でカウンターに立った私は、守衛のハキムさんにギルドの扉の内鍵を開けてもらう。両開きの扉を閉じていた大きな横木が抜かれると、外で待っていた傭兵たちが入ってきた。彼らは特に挨拶もなく、カウンター左の掲示板に向かう。そこには多種多様な依頼書が貼られていて、傭兵は自分が受けたい依頼を受付まで持ってくる。しばらくすると、一人の傭兵が受付にやってきた。
「姉ちゃん、これ頼む」
四十代後半くらいの男性、恰幅が良くて、ドワーフを思わせる外見。ここで今日初めて、私の頭がはっきりと覚醒した。
(おっとー初見さん! 他領から来た人かな? うんうん目つきは穏やかでいい感じ! 朝から扉の前で待っているくらいだし、勤勉な人だよね! うわーそれにしても立派なおひげ。こういうのって毎日洗うの大変なんじゃない?)
残念なことに、私の脳内は常にこんな感じである。しかしそんなことを人には悟らせない。かけたメガネをついと押し上げ、淡々と対応する。
「はい、エイド村に湧いた大鼠型魔獣退治ですね。まずはお名前を教えてください」
「ギルム」
「ギルムさん…ああ、昨日登録されてますね。傭兵歴は…百年、ですね。ベテランの方に登録して頂いて助かります」
(おおっとこれは! 本物のドワーフさんだったかー! いやー私初めてお会いするのよね、嬉しー!)
内心大興奮だが、もちろんそんなことはおくびにも出さず手続きを進める。
「数が二十ほどと多いみたいですけど、お一人でされますか?」
「以前罠を作って退治した経験がある。少し時間はかかるが一人でも問題ない」
「わかりました。では依頼主のエイド村村長さんに連絡しますので、少々お待ちください」
いったんギルムさんには右手の談話コーナーで待っていてもらい、連絡用魔術具を手に取る。ボタンを押すと魔石から魔力が流れ、その間に話すと各要所にある同種の魔術具へ声を運ぶことができるのだ。
「傭兵ギルドの受付アルテから、エイド村村長へ。ご依頼の魔獣退治、希望の方がいらっしゃいます」
数秒すると、魔術具から返事が返ってきた。
『畑の種付けまでに終わって欲しいので、一ヶ月以内に終わらせられるなら即契約する』
そこでギルムさんに来てもらい、直接話をしてもらう。彼も条件を満たせると言ったので、無事契約となった。こうしてその場で契約されることもあれば、依頼人がギルドまで来て傭兵と面談してから契約することもある。契約書は依頼人側にあるので、そちらで書いてもらう。
「では、よろしくお願いします。報告は魔術具でも直接こちらにいらしてもかまいません」
「うむ」
そう頷いて、ギルムさんはギルドを出発していく。
(行ってらっしゃーい!! お気をつけてッ!!)
心の中でぶんぶん手を振りながら、契約成立を日誌に記録した。
これが受付の基本的な業務のひとつだが、今回は非常に円滑に契約できた事例だ。話をしてみれば細かい条件が合わなかったり、報酬の駆け引きがあったりしてなかなか契約に至らないこともある。でもその間にギルドが入ることはない。あくまで依頼人と傭兵間で解決してもらう。だから、そこのトラブルに巻き込まれることはない…のだが。
「ちょっと待て。それは俺が今取りかけた依頼だ」
「はあ? 先に手にかけたのは俺だろ」
(おっしゃー!! 今日も来た来た!! みんな朝から元気!!)
掲示板のところで、若い男性の傭兵二人がつかみ合って依頼の奪い合いをしている。私は内心ワクワクしつつハキムさんに目配せする。彼もニヤッと頷いて、二人のところに向かう。
「おい、ギルドでケンカはご法度だぞ」
「うるせえな! こいつが悪いんだよ!」
「ああ⁈ 新参のくせに生意気なんだよ」
(わあ~!! なんて初々しいセリフ! 若い!! もっとやれ! 殴りだしたら出禁にするからもっとやれ!)
私は書類の整理をする横目で、二人のケンカをガン見である。若い二人はハキムさんが離そうとしても睨み合ったままだ。こういうときはたいてい周りの傭兵が仲裁に入るものだが、今いるのはこの二人だけ。
(なのによりによって同じ依頼を選ぶなんて、実はこの二人、すごく気が合うのでは…? やだ、熱い友情の予感? 素敵!)
そう思った時、ギルドの扉がギイと開いて一人の傭兵が入ってきた。私は今度は明らかに目を輝かせて声を上げる。
「クリフさん!」
「おう。…ん? ああ、またやってんな」
手を挙げて挨拶した彼は、すぐに殴り合い寸前の二人に気づいてくれた。
「そうなんです。お願いしていいですか?」
「おう」
そう言ってなんでも無いように二人に近づき、片方の傭兵を後ろからガシッと羽交締めにした。
「うわっ なんだてめえ」
それをみてもう片方の傭兵がニヤッとしたところで、ハキムさんがそっちも羽交い絞めにする。
「おい、何すんだよ」
反抗するのをほっといて、クリフさんとハキムさんは二人を受付まで引きずってきた。片方の傭兵が手にしていた依頼書をハキムさんが取り上げ、私に出す。私はその内容を吟味する。
「お二人が希望されてたのはこの依頼ですね。ええと、依頼主はアキト町の宝石商イブラムさん、内容は一家がエシュカル領への旅にいく時の荷の護衛、ですか。お二人がこの依頼を受けたい理由は何ですか?」
「言う必要あんのかよ」
片方の傭兵が噛みつく。
「類似の依頼があれば斡旋しようと思ったのですが、要りませんか?」
すると彼は顔を反らして、ボソッとつぶやいた。
「…街道の護衛は楽だし、豪商の依頼だから報酬が高い」
(おお、ちょろい! 反応が可愛い!)
「…あなたは?」
変な感動をしながらもう片方の傭兵に聞くと、そちらはもう少し真剣な声だった。
「エシュカル領は俺の故郷だ。この報酬なら目標の金は貯まるし、家にも帰れる。早く帰りたいんだ」
本当かどうかはともかく、そう聞いたらもう仕方がない。私は昨日受付してまだ未処理だった依頼書をペラペラとめくり、そのうち一枚を取り出して最初の傭兵に差し出した。
「『イカル町家具商キルトさん、コルテス領視察の荷の護衛』…これなんかどうですか? こちらは往復だから報酬も同じくらいですし」
「お? おお。それならいい」
「ではそういうことで。お二人とも、お忘れのようですからお伝えしておきますが、ギルド内での私闘、特に殴り合い、斬り合い、魔法戦はご法度です。違反は一回目が出禁二ヶ月、二回目が半年、三回目は永久ですからね。よろしくお願いします」
私はにこりと笑んで両者に依頼書を渡す。順番に依頼人に連絡すると、さっきあんなにガラが悪かった二人は、途端に丁寧な口調で依頼人と話しだした。弁えていると言えばそうだけれども、すごい変わりようだ。無事契約が成立してギルドを出ていく二人に、私は再び心の中だけで手を振った。
(途中で素がでないといいけどね~! 依頼人は意外とそういうの見て評価にぶちこんでくるからね~! がんばって~!)
傭兵の評価は四段階だ。上からS、A、B、C。それぞれの評価の数で、毎年ランクがS、A、B、Cと更新される。評価の基準は決まってないから、依頼目的が無事に果たされても、途中で不快な思いをしたら評価を下げる依頼人もいる。傭兵は自分のランクを理由に依頼人に報酬加算を要求でき、ギルドも高ランクの傭兵を斡旋するときは報酬増額をお願いしているので、評価は当然高い方が良い。
「さすがのさばき方だったな。お疲れ」
クリフさんが二人を見送って声をかけてきてくれた。彼は私が知る限りずっとランクSを更新中。依頼を着実にこなすし、人柄もいい。そういう人しか毎年Sを取ることはできないのである。そんな彼は、今まで一つ所に居を構えず国内を渡り歩いてきたのだが、最近このカルテヒア領に定住することに決めたそうだ。彼ははっきり言わないけれど、私はその理由を知っている。隣町に人生のパートナーができたのだ。
(ふふふ… 何せその縁を繋いだのはこの私!! いや絶対そうなるんじゃないかと思ってたもん、マーシャさん綺麗だし情も深いし最高にイイ女なんだからね!!!)
マーシャさんというのは、私がどん底の時期に助けてくれ、ギルドに紹介してくれた恩人だ。いつか絶対恩返ししたいと思っていたから、彼女の依頼をクリフさんに斡旋したのがいい縁に繋がって、こんなに嬉しいことはない。そんな思いを噛みしめながら、彼にニコリと返す。
「いえいえ、ご助力ありがとうございました。午後の守衛、クリフさんがしてくれるんですよね。よろしくお願いします。まだ時間あるので事務所で休憩どうぞ。依頼もこの前から入れ替わったので、みていってください」
「おう。ありがとな」
そう言って彼は掲示板の方へ歩いていく。定住を決めてから近場の仕事しか受けないことにしたそうで、だいたい領内の魔獣退治依頼を受けている。その合間にギルドの守衛や運営を手伝ってくれるようになったので、こちらは大助かりである。午後の治安も安心だと、私は上機嫌で次の傭兵の応対をした。
***
午後になって、ギルドも込み合ってきた。奥の個室では依頼人と傭兵が契約交渉をしているし、談話コーナーで情報交換する人たちもいる。受付には傭兵が依頼書をもってくるだけでなく、依頼人が依頼書を取りに来る。ギルドで書いていく人もいるし、持ち帰って書く人もいる。受付は提出された依頼書に不備がないか確認したりもするので、なかなか忙しい。受付が手一杯で待ちの列が長いと、文句を言ったり横入りしようとする人が出てくる。そういう人は守衛が注意し、きかないと列から引きずり出して最後尾に並び直させる。そうやって午後は慌ただしく過ぎていき、日暮れ前の六の刻、ギルドの門は閉まる。
忙しかったけれど、午後は特にトラブルもなく終われそうだ。先ほどギルドにいた最後の傭兵も帰って、誰もいなくなった。私はふう、と一つ息をついて顔を上げる。
「クリフさん、扉を閉めてくだ…」
そのときだった。ギイッと音を立てて、人が一人入ってきた。
「え…」
全身を覆う黒いマントに、黒いフードを深々とかぶって。扉を閉めようとしていたクリフさんも動きを止め、目を見開いてその人を見ている。それもそのはず、マーシャさんが外に出るとき、いつもこんな格好をしているからだ。でも、今日は彼女が来るとは聞いていない。この前の依頼の評価だって、事情があって直接来れないと魔術具で連絡があったのに。
「マーシャさん?」
私は声をかけてクリフさんをみる。しかし、彼は少し肩をすくめた後、私を見て首を振った。え、違うの? こんな格好して城下町歩くの、マーシャさんか流しの魔術師くらいなのに。しかし、彼女が声を出すと、私にもすぐ違う人なのが分かった。
「あの、今から依頼、できますか」
大人っぽいマーシャさんと違い、うら若い女性の声。フードからのぞく髪はマーシャさんの灰銀と違い、藍色だ。彼女の切羽詰まった声に不安を感じ、私はすぐ了承の声を返そうとする。
「いいで…」
「受付は六の刻で終わりだ。明日二の刻から来てくれ」
「⁈」
クリフさんがすげなく返して、私は内心のけぞった。
(えええ⁈ こんないかにも訳アリですって人来てそれ⁈)
クリフさんは平然と女性を見下ろしている。彼女は断られると思っていなかったのか、やや戸惑っているようだ。しかし、一つ小さくため息をついてフードをさらに深く下げた。
「…わかりました。明日出直します」
くるりと踵を返して彼女が出て行ってすぐ、クリフさんは扉の横木をはめてギルドを閉めた。あっけにとられている私に向かってさらりと口端を上げる。
「今日もお疲れ。あとなんかすることあるか?」
「…ないですけど…クリフさんってそういうとこありますよねー…」
「ん?」
(人は良いのに妙に頭固いっていうか融通がきかないっていうか何ていうか、いやまあ今から話聴いたら絶対残業だから助かったといえばそうなんだけどなんだけど、あの人心配だなァどうしたんだろ)
私は脳内でまくしたてながらカウンターを片付けて、受付けた依頼書を持って奥の事務所に入った。連絡用魔術具に残っていた依頼人からの録音を聞いてこちらから連絡し直し、詳しい依頼内容を聴き取っていく。最初はさっきの人が気になっていたが、聴き取り始めたらそれどころではない。すぐに依頼に集中する。
カルテヒア領は基本的に平和な領地なので、依頼もそう物騒なものはない。一番多いのが害獣や魔獣退治、次に護衛や用心棒、三番目に土地の探索だ。今日も害獣退治二件、護衛が三件。私が仕事をしている間、クリフさんは扉の前で剣の手入れをしている。いつもは守衛も受付が終わったら終了なのだけど、今日はギルド長が用事で出ているので、代わりに終業までいてくれているのだ。
七の刻を知らせる魔術具がポーンと鳴って、やっとギルドの一日が終わった。私は明日貼る分の依頼書と日誌をしまい、クリフさんと一緒に外に出て事務所の扉を閉める。
「今日もお疲れさまでした。次回は来週でしたよね。またお願いしますね」
「おう。あんたもお疲れ。気をつけて帰れよ」
「あ、そうだ。マーシャさんに伝えておいて欲しいんですけど」
「お? おお、ああ…」
動揺したクリフさんに内心ニヤッとして続ける。
「今度また娘の分の保湿軟膏買いに行きますね。よろしくお伝えください」
「あ、ああ、わかった…」
頭をかいて少し耳を赤くしながら帰っていく彼を、私はニンマリと見送る。だけど、少しだけ羨ましい。私にはいない、愛し合うパートナーのいる場所に帰れることが。でも、私にだって帰る場所はある。私だけの家族…私の娘の待つ家が。
(…さ、帰ろ! 今日の夕飯は何にしようかな!)
夕焼け空の下、賑わい残る城下町の大通り。
私はきゅっと口角を上げて、家路へと足を向けた。
執筆方針を活動報告に書いてみます。