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わたしたちはまだ、言祝ぎの鐘を鳴らさずにいる  作者: 赤羽 倫果
第  一  幕   過去の『白い結婚』の因縁により、わたしたちの運命が静かに回り始める
9/31

狙われた理由を探れば

 茶会の中止により、皇太后宮は騒然としている。特に車停まりの一帯は、尋常ではない忙しさに見舞われているだろうと、想像に難くない。


 主人の許可なく、持ち場を離れるべきではない。ウルスラは、処罰を甘んじて受け入れる覚悟で、医務室に向かう。


 ――今は、あのご夫人を助ける方が先決よ!


 ウルスラは儚げな夫人の危難を、見過ごすことが出来なかった。


 それにしても、サロンの出入り扉から、医務室までの道のりの遠いこと。裾裳に足が絡んで、何度も躓いてしまいそうになる。



「大丈夫か」

「ええ」



 余りのつまづきの頻度に、マクシミリアンが不機嫌そうに、ウルスラのもたつくさまを眺める。



 ――女性用のズボンがあれば、いいのに……。



 不躾な愚痴をこぼす訳にもいかず、マクシミリアンの後を追って、ウルスラは西側の回廊を走り抜ける。ようやく辿り着いた突き当たり。医務室の扉口を守るはずの衛兵が、全く見当たらない。


 マクシミリアンが扉を開け放つ直前まで、ウルスラは彼女の無事を祈った。




「わたし……ここは」

「よかった。気づいてくれて」



  体に力が入らない、夫人の上体を支えながら、ウルスラはゆっくりと助け起こす。マクシミリアンに用意させた、レモン水入りのカップを彼女に手渡した。



「お迎えは、何処に依頼したらいいのかしら」

「あの、それよりも赤ちゃんは?」

「大丈夫よ。それよりも、旦那様はご存知なのかしら」



 ウルスラの問いに答えることなく、 彼女はうつむいてしまう。


「失礼ながら、家名を聞いてもよろしいかな」


 察しのいいマクシミリアンが、ウルスラに代わって質問を差し替えた。


「申し訳ございませんでした。わたし、スヴェン侯爵家の当主の妻で……」


 ユリーネ=シェーンヴァルトだと、ようやく名乗りを上げる。二年前にスヴェン侯爵家に嫁いだ身の上で、皇太后主催の茶会に初めて臨んだとのこと。


「少しの間、両の手の甲を見せて下さるかしら」

「ええ」


 指先は針仕事でつけた、刺し跡が薄らと残っているが、爪はしっかりと磨かれている。返された掌も、毒物による湿疹やかぶれは見当たらない。両目が少しばかり貧血症状を呈しているが、これも妊娠を考慮すれば許容の範疇だ。


「刺繍はされるの」

「ええ、それしか取り柄がありませんので」


 刺繍針に毒を盛られていたならば、爪先に重篤な症状が現われるはず。ユリーネの腹部に手を当てて、赤子の様子を探る。毒に晒された時間が短かったため、心音は一定のリズムを刻んでいた。



 ――彼女が口にしたスコーンのシロップだけ、別の物に差し替えられていた可能性が高いわね。



 それは、毒味方を請負った『暗部』の中に、暗殺者が紛れ込んでいる。導いた答えに、ウルスラは怒りで身をこわばらせた。


「やはり、犬が問題か」


 マクシミリアンの問いに、ウルスラは黙って頷いた。




 スヴェン侯爵家とは、あまり聞き慣れない家名である。マクシミリアンの説明によると、数年前、爵位を継いだ当主は外務省の幹部だが、目立つような人物でもないため、その夫人が命を狙われる要素が見当たらない。



 マクシミリアンが面を上げて、

「女遊びの線もないか」

 突拍子もない言葉を投げかけた。



 彼の放った言葉が理解出来なくて、ウルスラは固まってしまう。


「貴方、失礼ね」


 解毒が叶ったとは言え、療養が必要な女性を前にして口にしていい言葉ではない。



「政治的要因以外となると、痴情のもつれしかないだろう」



 彼に憧れを抱く、令嬢がこの場に居合わせたならば、全員が卒倒するに違いない。


「あの………。旦那様の女遊びは知りませんが……」


 彼女が言い淀む様子から、命を狙われる心当たりはあるらしい。



「もしかして、ここでは話づらいことかしら」

「はい」



 ここを出るにしても、彼女の身を隠す必要がある。何か、妙案はないだろうか。



「そうだ」

「サンダース卿?」

「一番、怪しまれない方法を思いついた」

「あの」



 ウルスラとユリーネが顔を見合わせる間に、マクシミリアンは医務室の扉の向こうに消え去った。

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