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わたしたちはまだ、言祝ぎの鐘を鳴らさずにいる  作者: 赤羽 倫果
第  一  幕   過去の『白い結婚』の因縁により、わたしたちの運命が静かに回り始める
8/31

『敵』が誰なのか、そんなはずはないと思うけれども

「救護員はまだなの?」

「しばし、お待ち下さいませ」



 ヴァルブルカの叱責に応えるように、給仕役の一人がサロンを飛び出す。急を要する事態にも関わらず、貴婦人たちは遠巻きに見ているだけ。


 お高くとまるだけの人間ほど、自ら動くことを知らない。世の中の真理が顕わになった。



「お気を確かに」

「うっ……」



 虚ろな傍観者たちにかまうことなく、ウルスラは倒れた夫人に対して、治癒魔法を展開させる。遅くとも、展開から三分以内で呼吸も落ち着くはずだが。


 

 ――おかしいわ。魔法が効力を示さないなんて……。



 治癒魔法の効果がほとんどない。ウルスラが魔力をより一層、注いでいるはずが、若い夫人の顔色はより一層、青ざめるばかりだった。


「一先ず、コルセットの紐を緩めて差し上げましょう」

「ええと」


 ただ一人、ウルスラの助けに入ったのは、地味なドレスをまとう、見知らぬ貴婦人だった。



「ああ、イザベラ! 貴女が来てくれて助かるわ」

「そのための医女ですもの。当然ですわ」



 このご夫人、どうやら主人の昔なじみらしい。イザベラ女史が脈を触る。そのため、ウルスラは一旦、魔法の展開を止めた。


「イザベラ様? 如何されました」

『彼女、妊娠中よ』


 イザベラからの思念通話を受けて、ウルスラはおおよその事情を察する。



 ――彼女の懐妊を疎ましく思う者が、毒を盛ったと言うことなの?



 衆目の前での魔法展開を中座させる。ウルスラは改めて、胎児の宿る腹部にのみ力を注いだ。




『やはり、赤子の身に起きた異変が、中毒症状の原因だわ』



 イザベラ女史の忠告がなければ、ウルスラの強すぎる魔法が、彼女と赤子の命を奪ったかもしれない。あり得ただろう結末に、彼女は身ぶるいがとまらなかった。


「如何された」


 騒ぎを聞きつけて、マクシミリアンがサロン内に入る。


「急病人を運ぶ、担架を用意して下さいませ」

「わかった」


 主人の許可の元、扉を一つぶち壊して、急ごしらえで担架を用意する。騎士たちがテーブルクロスを剥がして、即席の担架にかけてすぐに、若き貴婦人をそっと上に寝かせた。


「寝心地の悪さは、勘弁して欲しい」

「はい」

「振動を立てないように、運び出すのだ」

 

 マクシミリアンの命を受け、若夫人はサロンから運び出された。



 ――せせら笑うなど、皇太后の御前であると言うのに。



 悔しいけれども、ウルスラに彼女たちの不敬を罰する権限はない。


「皇太后陛下を」


 隣に立つイザベラの忠告を受けて、ウルスラは我に返る。己の権限で、主人を私室に下がらせなければと、即座に行動に移った。



「あの者を、医務室で休ませなさい」

「ご命令、しかと承りました」



 念には念を入れて、マクシミリアンに彼女の警護を依頼する。皇太后や宰相夫人への加害を警戒して、見張りを展開させたはいいが、こたびの不祥事はそれが裏目に出てしまった。そう、言いようがない。



「宰相夫人は、私に任せて」

「本当に、ありがとうございます」



 己の未熟さを噛みしめて、ウルスラはイザベラに礼を示す。ヴァルブルカの護衛に就いた、騎士たちの背中を追って、ウルスラもサロンを後にした。




 それにしても、奇妙な出来事だ。『暗部』の働きがまともなのであれば、提供した食べ物が、毒物に汚染された可能性は低い。


 何より、駆けつけたイザベラ女史ですら、脈を取りながらしきりに首をかしげるほどだった。


 何かを思い出したくて、ウルスラは一人立ち止まる。



「まさか……そんな」



 彼女がまだ、一介の魔術師見習いだった頃のこと。薬学課程の参考書を、かいつまんだ記憶が唐突に甦る。赤子に特定のシロップを与えた場合、顕著な中毒症状を起こす事実を。



「いけない。あのご夫人を一人にしては」



 皇太后の元を離れてはならない。己の職務の本分が脳裏をよぎるものの、ウルスラは見て見ぬふりなど、出来るはずがなかった。



「女官長どの?」



 マクシミリアンの呼びかけをふり切って、ウルスラは元来た方へと走り出す。


「何があった」


 先に回り込んだ相手に行く手を阻まれて、ウルスラはその場に止まる。



「彼女の命が危ないわ」



 マクシミリアンのすぐ脇を、通り抜けようとするものの、彼はウルスラを踏みとどまらせようと、腕をつかんだまま離そうとしない。彼の手をふり解こうにも、女の力がおよぶはずもなく、ウルスラは相手を威嚇するように、ギロリと睨みつけた。



「本当なのか。あのご夫人が、命を狙われていると」

「ええ」



 ウルスラの一睨みに虚を突かれて、マクシミリアンは彼女の手を解放する。


「理由は定かではないけど、今回の件、『暗部』すら信用出来ないの!」

「まさか……確証は?」

「ないけれど……」


 茶会に関する食品の大半は、宰相の息のかかった商会を通して仕入れている。あの女が皇太后の面前で、商品を声高に説明したのも、それを取り巻きに自慢するためだ。



「侯爵家のご夫人と言えども、当主はさしたる地位に就いていないぞ」

「それでも、彼女は命を奪われそうになったのよ」

「なら、一人で突っ走るな。俺もついて行く」

「え」



 一歩二歩と、気がついた時には、マクシミリアンの背中が遠くにある。ウルスラが思い巡らせる間も、彼女は命の危険に晒されているではないか。


 気を取り直して、裾裳を手繰り寄せたウルスラが、彼の後を追いかける。一刻の猶予もままならない中で、二人は医務室に向かった。

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