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わたしたちはまだ、言祝ぎの鐘を鳴らさずにいる  作者: 赤羽 倫果
第  一  幕   過去の『白い結婚』の因縁により、わたしたちの運命が静かに回り始める
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つかの間の休息に、ミモザの香を添えて

 当方の異世界モノに出る『サンドイッチ』は、『サンドリッジ』表記に変形しています。

 誤字ではありませんよ。

 あれから三日が過ぎても、襲撃犯の黒幕はわからずじまい。ウルスラは、皇太后の命令の元、大事を取り、不本意ながら養家での『療養』に入った。



「それで、例の彼とどこまで進んだの?」



 見舞いに来て早々、コリーナの第一声にウルスラは唖然とする。


 ——そんなこと、聞いてどうするのよ!


 無為の時間を持て余し気味だったため、彼女の来訪は嬉しかった。しかし、サロンのソファに座るなり、口にするような言葉ではない。


 平常を装って、ウルスラは呼び鈴を鳴らした。


「本当のところ、どうなの?」

「そんなことないわ」

「またまた、嘘をついて……」


 どう、説明したら、コリーナは誤解を解いてくれるのか、さっぱりわからない。


 まさか、己とマクシミリアンがすでに、男女の仲に発展していると、勘ぐられてしまうとは。想定外の事態に、ウルスラは何から話すべきか、考えを巡らせる。


「失礼します」


 普段からすまし顔のメイド長も、心なしか口元が緩んでいるような。居心地の悪さに、ウルスラは苛立ちを募らせた。



 ミモザの香あふれる紅茶を一口つけてから、

「見舞いの手紙くらいは、頂いたわよね?」

 コリーナが意地悪く質問する。



「サンダース卿とは、あれ以来、何もないのよ」

「あら、残念なこと」

「そうかしら」



 人並の恋愛願望を持つコリーナと違って、ウルスラは彼女の発した言葉の意味が理解できない。任務に忠実な彼のことだ。入婿による伯爵家乗っ取りの、決定的な証拠集めに奔走しているはずだ。


 寂しくあるが、相手からの便りを待ちわびるほど、ウルスラは在り来たりな恋愛願望を、持ち合わせていなかった。



「せっかく、貴女にも『優しい季節』が訪れたのだと、期待したのに」



 ——全くもって、余計なお世話よ。



 喉をこみ上げる言葉を抑えようと、ウルスラは皿に手を伸ばす。果物をはさみ込んだサンドリッジは、心なしかいつもより、酸味が強かった。




 しとやかに降り注ぐ雨は、庭の草花を潤している。ここ一週間余り、日照りが続いていたから、色褪せた枝葉も、徐々に鮮度を取り戻しつつあった。


 互いの近況に花を咲かせながら、二人は茶菓子を満喫する。


「そうそう、あの入婿だけど、一昨日から行方不明らしいわ」


 唐突に、コリーナが話題を切り替える。カップを口から離したまま、ウルスラの目が大きく見開いた。



「やっぱり、驚くわよね」

「ええ」



 マーブル模様のクッキーをかいつまむ、コリーナの様子から、入婿の出自は公になっていないらしい。


「これ以上、変な騒動に巻き込まれなくて、みんなもほっとしているのよ」


 受付係の業務は輪番制だ。かつて、理解力に乏しい人々の対応を、ウルスラも請負っていたから、彼らが如何に安堵しているのか、想像に難くない。


 彼の生死は気になるところだが、今は一週間後に差し迫る、茶会の準備を優先しなければならなかった。



「たまには、ミモザティーもいいかしら」



 茶菓子の選定を決めかねていたと、今更ながら、ウルスラは思い出す。


「うちの実家なら茶葉に合う、花の砂糖漬けやジャムも生成しているわよ」 


 ピルグラム子爵家の所領は、東部有数の茶葉の名産地である。最近、子爵家が茶菓子やジャムの生産工場の運営に乗り出したばかりとのこと。


 これまでの茶会で、茶葉や菓子類を仕入れていた商会は、こたびの騒動と関わり合いも深いため、注文を控えるよう、皇太后からの達しも受けている。



「どうかしたの」

「ちょっと、宮仕えの悩み事が絶えないのよ」



 唯一の難点は、ピルグラム子爵家の寄り親が、現宰相の公爵家だと言う事実。政治的なバランスを配慮から、仕入れ先候補から外さなければならなかった。



 ——今回だけ、目をつぶればいいかしら。



 急を要する事態だからと、己を正当化するなり、

「乾燥果物入りのシフォンケーキと、ピクルスのチーズ添え。サンドリッジにはさむ具材も考えなくては」

 段取りに没入する。



「ふふふ……そんな風だと、恋する暇なんてないわね」



 コリーナのからかいが、サロン中に響き渡る。彼女の意味ありげな視線すら受け流して、ウルスラは茶会の手順を指折り数えた。




「お嬢様、失礼します。あの……お嬢様っ」



 タイプライターの手を止めて、ウルスラがゆっくりとふり返る。ゴーンと鳴る鐘の音が、五回目で終わると同時に、家令のクロタールはわざとらしく咳をこぼした。



「あら、夕食の時間まで一時間もあるじゃないの」



 稟議の文言を打ち終えたとは言え、仕事はまだ終わってはいない。急ぎの用事でない限り、ほっといてくれてもいいのにと、ウルスラは苛立ちを露にした。



「旦那様が、お話があるそうで、食堂にてお待ちしております」

「え……いつ、お戻りになられたの」

「三十分ほど前に」

「何で、先触れを受けた時点で、呼んでくれなかったのよ」

「旦那様が、仕事を途中で投げ出すのは煩わしいだろうと、気を遣われたからです。似た者親子ですな」



 最後の一言、余計なお世話だと、ウルスラは嫌味を腹の奥に押し戻す。老獪なクロタール相手の舌戦で、彼女が勝てた試がないからだ。


「女子の身づくろいは、時間を要するとでも、旦那様には申し伝えておきます故……」


 クロタールの手が鳴ると同時に、メイドたちが徒党を組んで部屋に雪崩れ込む。



「お嬢様。御髪だけでも整えましょう」



 あれよあれよと、ウルスラは鏡台の前に連行されてしまう。こうなれば、彼女に逃れる術などなかった。



「自分の髪、余り好きじゃないのよ」

「艶やかな光沢の、ストロベリーブロンドではありませんか」



 髪の手入れを受け持つメイドは、在り来たりな栗色の髪の持ち主。微妙に目立つばかりの赤毛より、平凡な色味にウルスラは憧れていた。


 いつの間に、用意されたのだろうか。小花をあしらった髪飾りが、両脇の髪を後頭部にまとめた個所に、メイドの手でそっと添えられる。



「ご覧下さいませ」

「ありがとう」



 真後ろで手鏡を持つメイドの、なんと晴れやかな面立ちだろうか。



 ——これ、用意したのは誰なのかしら。



 女性慣れしていなそうな、あの養父が選ぶような代物ではない。一体、誰が選んだのかと、ウルスラは鏡越しに映る飾りを訝しむ。



「そろそろ、お時間になりますわ」

「そうね」



 養父の待つ食堂に向かうべく、ウルスラは重い腰を上げた。


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