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わたしたちはまだ、言祝ぎの鐘を鳴らさずにいる  作者: 赤羽 倫果
第  一  幕   過去の『白い結婚』の因縁により、わたしたちの運命が静かに回り始める
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謎が一つ溶け、また、新しい謎が生まれた

 近衛騎士団の本営は、宮殿から南へ二里ばかり離れた場所にに存在する。 


「こちらへどうぞ」

「はい」

 

 ウルスラは、慎重な足取りで馬車を降りる。直後、帝国教会の鐘が厳かに、鳴り響いた。



 歴代皇帝の嗜好に合わせて、建て替えを繰り返した皇宮と違い、騎士団本営は建国以来の建築様式を、今日に伝えている。武力制圧から法治統制に移り行く時代、騎士団の在り方も問われていた。


「足元に、気をつけて下さい」

「お心遣い、感謝致します」


 窓の外は、すっかり日も落ちて、建物内にある数多の蝋燭に火が灯される。


 独特の臭気が漂う回廊を、歩く道すがらで、

「ところで、襲撃犯の心当たりは」

 頭上から降り注ぐように、テノールの響きが、ウルスラの耳に届いた。

 

 一体、なんと答えたらいいだろうか。目の前の衛兵たちが、大扉を開けるさまを見ながら、ウルスラは思い巡らせる。


 一分二分、柱時計の細い針が、三度目の頂を指す頃合いで、

「身代金目当てではありませんの」

 彼女は、ありきたりな答えを発した。


「左様か」


 雑務に追われる部下を下がらせて、マクシミリアンはウルスラに革張の椅子をすすめる。どうやら、彼自身がウルスラに詰問するようだ。


「奴らは帝都を縄張りにする、闇組織が雇ったゴロツキではない」


 彼の発した言葉の意味を、ウルスラは理解できず、小首をかしげるばかり。


「実は、犯罪にも種類があって……」


 誘拐、窃盗、麻薬密売、売春斡旋など、犯罪の数だけ闇組織は存在する。



 『互いに干渉しない』不文律があるのだと、その手の世情に疎いウルスラに向けて、マクシミリアンは簡素に説明した。



「まあ」



 正式な貴族の令嬢ではないとは言え、己を襲撃したゴロツキどもは、単なる誘拐犯だと、彼女は思い込んでいた。


 護衛を付けず、宮殿から出た馬車に女が一人きり。金を取れる見込みがあれば、誰でもよかったはずだと。



「奴らは全員、東部辺境の訛りだった」



 マクシミリアンが断言する地域は、ブルーノ辺境伯領とも一致する。思い起こせば、あの太った入婿の奇妙なアクセントも、辺境訛りの影響だろう。



「そうなると……」

「如何されたかな」



 ——いけない。あの件を話す訳には……。



 初見の相手を信じてみようか。不意に、マクシミリアンと視線がかち合い、気恥ずかしさから項垂れる。


 しかし、このまま時間を持て余して、黙秘を貫いても、ウルスラに利益はない。


 こそばゆい状況を打破出来そうな、妙案はないだろうか。


「どうされた」


 マクシミリアンの長い脚が、前後で組み変わる。 


「法典の権利に従い、黙秘させていただきます」


 相手の瞠目を見定めて、ウルスラは一手を講じた。



「なんと」

「と、言いたいところですが、こちらの条件をくみ取って下さるなら、お話してもよくてよ」



 相手の出方を伺いつつ、ウルスラは追い打ちをかける。


「善処致そうか」


 身を乗り出すマクシミリアンに対して、ウルスラは取引を持ちかけた。




「足元に、気をつけられよ」

「ありがとう」



 マクシミリアンの手を借りて、ウルスラは石段を降りて行く。夜会でのエスコートを彷彿させる、優雅な手ほどきに、何度も足がもつれそうになりながら。


「二十数年前の、肖像陶板ね」


 古参の騎士の案内人の愚痴に、ウルスラは現実へと引き戻される。ランタンの灯りだけが頼りの地下では、一歩を踏み外すだけで大けがは免れない。


 一段一段ゆっくりと、彼らは石段を下った。



「三十分以内で。頼みましたよ」

「ご苦労」



 騎士団本営の地下室手前で、案内人が踵を返す。膨大な保管品を前に、ウルスラは息を飲み込んだ。


「白い結婚の六十日前の潔斎のため、女子修道院に向かって出発したまでは、伯爵家のメイドたちが証言している」

「ええ、そうのようですわね」


 しかし、予定時刻を過ぎても、夫人を乗せた馬車は、修道院に到着しなかった。


「この木箱らしい」 


 マクシミリアンから預かったランタンを、灰だらけの木箱にかざす。墨で夫人の名前を記した蓋を開けると、黄ばんだ薄紙が目に飛び込んだ。


「あら、もう一つあるわね」


 小ぶりの代物を、マクシミリアンが取り出す。丁寧に薄紙を除ければ、平凡な容姿の肖像が露になった。


「これは、一緒に行方不明になった夫人の侍女だ」

「一人ではなかったの」

「ああ」


 初めて知る情報に、ウルスラは侍女の絵姿を、じっと見つめる。


 ランタンの灯りだけでは、思うような鑑定が出来ない。ウルスラが手をかざすと、白い光によって陶板の鮮度が、格段に跳ね上がった。



「これは……」

「なにが」



 灯りをかざす、マクシミリアンの問いかけに、

「入婿は夫人の息子でははい」

 ためらいつつも、ウルスラは答える。


「なんだって」

「彼女こそ、あの入婿の母親よ」


 手にした侍女の肖像陶板を光にかざして、ウルスラは断言した。



「君が狙われた理由はこれか」

「えっ?」



 マクシミリアンの発した言葉を反芻するうちに、ウルスラはようやく合点する。



「伯爵家の乗っ取りを企む連中からすれば、君の力は脅威に他ならない」

「そんな……」



 冷えた空気がランタンの炎を揺らす中で、ウルスラは呆然と立ち尽くした。

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