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わたしたちはまだ、言祝ぎの鐘を鳴らさずにいる  作者: 赤羽 倫果
第  三  章   すれ違う二人に、悪魔は静かに忍び寄る
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こうして、彼らの野望は静かに崩れ去った

 帝国の未来を左右する、血縁鑑定の日を迎えた。夜半からの雨脚が、ようやく峠を越えたものの、頭上は分厚い雲におおわれていた。


「お足元に、お気をつけ下さいませ」

「わかっておる」


 地下の霊廟に続く通路は、壁際の燭台がかすかに点るばかり。階下に向かう誰もが、季節外れの寒さに身を震わせていた。



「天上の女神のご加護を賜りし、我らの父祖とともに……」



 鼻をつく香油の匂いに、参列者たちが顔を曇らせる。蝋燭の炎が不気味な陰影を映す中で、神官長の祈りだけが朗々と響いた。


 眠気を誘う祈りの文句が途切れて、参列者のため息が一帯を包む頃、

「こちらが、先々代陛下の遺髪にございます」

 修道士の一人が、筆頭公爵の元に差し出す。


「ふむ……これを」


 フランツの目配せを受けて、

「しかと、承りました」

 直ちに遺髪は、紋章院の文官にゆだねられた。



 銀色の光をはじく皿が、エリオットの眼前に捧げられた。


「ここに、血を数滴垂らして下さいませ」

「わかった」


 修道士の指示通り、エリオットは短刀で指先に傷をつける。好奇の目にさらされながら、彼は自らの血を皿の上に垂らした。




「こちらの準備は、整っております」



 紋章院の文官の合図を受けて、フランツが杖を床に打ちつける。コツンと響く音に、一同が居住まいを正した。


 公平を期すため、鑑定はその場で行われる。

 列席者の顔を一巡りした後、

「始めよ」

 フランツの号令を機に、文官は鑑定作業に入った。



 文官の魔法の詠唱に呼応して、銀の皿が光を放つが、それもほんの一瞬のこと。突然、巻き起こった突風に煽られて、蝋燭の炎がかき消えた。



 ――バンッ!!



 静寂を打ち破る轟音に釣られて、みなが一斉に後方に顔を向けた。


「殿下の御前にあるぞ」


 ウルスラの前に立つ女官長を庇おうと、エリオットが颯爽と身を翻す。

「衛兵ども、何をしている」

 クラレンス侯爵の怒声が飛び交う中、これに応じるべき衛兵たちが現われる気配が全くない。参列者たちが立ちすくむ一方で、鉄仮面をつけた無頼漢は、あろうことか剣の切っ先を突きつけた。



「そなたたちは逃げるのだ」



 フランツの意をくみ取り、エリオットは賊を討ち取らんと討って出る。うろたえるばかりの神官長から聖杖を奪い取って。


 彼が賊と打ち合う間に、フランツは女たちの退路確保に動いた。

「閣下」

「危のうございます」

 フランツの頭上に、賊の凶刃が降りかかる。



「ウルスラ……なんと」



 身を挺して祖父を庇った結果、ウルスラの肩口から鮮血が吹き出した。



「えっ……殿下」



 床に倒れたはずのウルスラだが、衆目の前で霧散する。

「賊も消えた?」

 エリオットの一撃は、的確に賊の鳩尾を打ち据えていた。手応えの余韻の残る手を、彼はまじまじと見つめる。響めき立つ傍観者たちも首を傾げつつ、互いの顔を見合わせた。



「一体、何が起きたのだ」

「殿下は何処に……」



 突如、壁際の燭台が煌々と燃え上がる。あれだけ寒かった霊廟が、やわらかな陽気に包まれた。



「わたくしなら、ここにおりますわよ」



 開け放ったままの扉口から、ウルスラの声が響いた。



「マクシミリアン?」



 婚約者のエスコートを受けて、ウルスラは裾裳を引く。

「長きにおよぶ不在。誠に申し訳ございませんでした」

 第一騎士団の正装をまとい、マクシミリアンが頭を垂れた。



「妾を忘れては困るぞ」

「女公に、まさか……」



 呆気に取られながらも、フランツは片膝を折る。ヴァルブルカすら淑女の礼を執る前を、一人の修道女が過ぎ去った。



「久しぶりだなアランデル公爵。そして、神官長よ」 

「ミカエラ殿下……」 



 思わぬ人物の到来に、クラレンス侯爵の表情が強ばった。 




『帝国の白い魔女』



 膨大な魔力を示す髪と瞳の色故に、ミカエラは『忌み子』の扱いを受けていた。彼女は物心つく前に『神籍』入りしたため、存在を知る王侯貴族は少なかった。


「そなたの野望は、潰えましたな」


 ヴァルブルカの皮肉を受けて、クラレンス侯爵はグッと奥歯を噛みしめる。


 フッとミカエラはため息交じりに、

「先々代……最初から存在しないものを」

 まさかの一言をつぶやいた。



「存在しないとは?」



 察しの悪い文官のオウム返しを呼び水にして、動揺の輪が一気に広がる。己の存在意義が崩れ去る恐怖におののきながら、エリオットは侯爵を見つめた。


「何を申される。エリオット殿は……」


 クラレンス侯爵の言い訳を否定するべく、ミカエラは首を横にふった。



「私は長年、弟の影武者として傀儡の役目を果たして参りました。そのせいで、ヴァルブルカに苦労を強いたこと、とても心苦しく思っていましたの」



 黒いベールを翻して、ヴァルブルカが前に踏み出す。

「公爵閣下のみ、ご存知だったかと……」

「先々代陛下が十歳のみぎり、長患いの果てに崩御されたと」

 したり顔のフランツとは違い、神官長は視線を泳がせた。



「エリオットと申したな。そなたは、そこの不届き者に騙されておる」

「あの……」



 ミカエラは、哀れむような視線をエリオットに向けて、

「まさか、白い結婚の潔斎を利用して、『ホムンクルス』を錬成するとは、思いもしませんでしたわよ」

 予想だにすらしない言葉を言い放った。


「それは……」


 ハッと、口をふさいだ神官長の姿に、エリオットは目を見開く。



「前宰相の悪行を引き継いで、帝国の政を操るなど許す訳に参りませんわ」



 ウルスラの宣誓を聞く側で、エリオットは膝からゆっくりと崩れ落ちた。

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