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わたしたちはまだ、言祝ぎの鐘を鳴らさずにいる  作者: 赤羽 倫果
第  三  章   すれ違う二人に、悪魔は静かに忍び寄る
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暗黒の力が、彼女の世界を奪う時

 車を牽く馬の脚並みが、ゆるやかに響き渡る。帝国議会議事堂まで、あと十数分はかかるだろうか。


「ご準備下さいませ」

「ええ、承知しているわ」


 エルザに急かされるまでもなく、色味を変えた車窓の景色から目を離す。対面に座したエルザの掲げる手鏡を覗き込み、ウルスラは髪のほつれを整えた。



 皇太女となってから、帝国議事堂には片手に収まるほど訪れているが、議会の聴講には未だ慣れていない。しかも、今日の議題は、ウルスラの未来がかかっている。



 ――しっかりするのよ。



 大通りからまっすぐ伸びた路の先。開け放たれた鉄城門を越えれば、車止めまで物の十秒もかからない。甲高い馬の嘶の直後、彼女たちを乗せた馬車が止まった。


「お手をどうぞ」

「ご足労なこと」


 衛兵の手を借りて、エルザが先に馬車から降り立つ。不届き者の襲撃を警戒しての慣わしだ。



「お足元、気をつけて下さいませ」

「承知していてよ」



 黒い裾裳をたくし上げて、ウルスラは一段一段、慎重な足運びで地に足を置く。彼女の帝位継承に対して、意を唱えた相手を見極めなければならない。


 朝露の乾ききらない地面を、ウルスラは覚束ない足取りで踏みならす。彼女の見上げる先には、黄金の女神像が佇んでいた。



 警護の任に就く衛兵たちの敬礼に続いて、

「皇太女殿下の御成にある」

 声高な宣誓を浴びながら、ウルスラは前を見据える。



 調子を揃えたラッパ音に慄いたのか、白い鳥たちがまばらに、孤空へと飛び立つ。あれだけ濃かった霧も、今やすっかり晴れている。ひんやりとした風に足元を掬われながら、一行は前に進んだ。




 地を唸るような響めき、とまでいかないものの、階下の喧噪が増す中で、無作法にもウルスラは、中二階の特別席から半身を乗り出す。行き交う人の流れを伺うためだけに。 

 

 壇上から放射状に伸びる座席は、ほどほどに埋まりつつあった。



「そのような真似をして、落ちたらどうする」



 ウルスラがふり返った先では、憤然たる態度のフランツがいた。


 議場の様子を映すウルスラの手鏡を見るなり、

「やはり、あやつが請求者を擁立しおったか」

 フランツの口から憤懣がこぼれ落ちる。


「あやつとは?」

「ダビッドの対抗馬のことよ」

「なるほど」


 ザーリア伯爵と宰相の座を争った、クラレンス侯爵の得意満面の笑みを見るなり、フランツが面白なさそうに吐き捨てる。どうやら、『女帝践祚反対派』の旗頭でもある侯爵一派が、彼の人を捜し当てたらしい。



「そなた、あれの真偽をどう見る」

「そのように申されましても……」



 不機嫌な祖父を慰めようにも、的確な言葉を見繕えず、ウルスラは苦笑いを浮かべる。遠くから見る限り、彼が帝室の男系か否かを判断するのは難しそうだ。



「第一騎士団の行方も、未だわからないままでな……」

「左様にございますか」



 筆頭公爵たるフランツの独断で、第二騎士団が調査に当たっているものの、第一騎士団並びにアントウェルペン共和国の使節団は、行方不明のままである。


 双方が国境で合流した直後、とともに帝都へ向かった。そこまでは、捜索隊によって確認されている。

 帝国の精鋭を揃えた騎士団が、正体不明の敵に倒されたのかと、帝都は一時的な政情不安に陥った。



 ――もしも、『迷宮魔法』の使い手が絡んでいるなら、第二騎士団が手がかりすら掴めていないのも、仕方ないかもしれない……。



 面だって捜索に当たることの叶わない、ウルスラに出来ること。婚約者の帰還を、信じて待つだけだ。



「よし……。ウルスラの帝位継承は、支持されたか」



 次の議題は先々帝との『結縁鑑定』の是非。議論が白熱する一方で、マクシミリアンの所在不明も影響したのだろう。議会は鑑定実施を、僅差で可決した。



「うむ」

「公正な鑑定の遂行を。今は祈りましょう。お祖父様」



 釈然としない祖父を余所に、ウルスラは手を叩いて支持した。




  難局を乗り切るための妙案を練るにも、疲労を抱えたせいで、上手くまとまらない。数多の馬車がひしめくせいもあってか、皇宮までのわずかな道のりさえ、遅々として進もうとしなかった。



 ――エリオット=シュミットどのは……。



 帰り際の挨拶にて、ウルスラの前に膝をつく彼の人は、驚くほどダヴィッドに似ていた。養父の面立ちが、帝室男系の特徴を表しているとしても。


 隣に立つフランツの青ざめた表情に対して、クラレンス侯爵の浮かべた満面の笑みに、ウルスラは空恐ろしさを覚えた。



「侯爵家には、女子学院の卒業を控えた令嬢がいらしたと、記憶しておりますが……」



 エルザの発した言葉に、ウルスラはおおよその事情を飲み込む。


「なら、仕方ないわね」

「あの……」


 エルザの眼前にありながら、ウルスラは車窓の縁に寄りかかる。今はただ、己の立場を忘れて、微睡みの世界に没入したかった。



 うつらうつら、重いまぶたを無理に押し上げれば、馬車が皇宮に渡る石橋に差しかかる。皇太女としての自覚を呼び覚まし、ウルスラは身繕いを始めた直後のこと。



 ――ガタンッ!



 前触れもなく、車が大きく揺れ動く。



「殿下ッ」



 悲痛な叫び声を荒げながら、エルザはウルスラの上に覆いかぶった。



 ――ドクン……。 



 嫌な予感とともに、ウルスラの鼓動が跳ね上がる。次の瞬間、起こり得る厄災が、彼女の脳裏に映し出された。


 ――馬車に『仕掛』が施されていて?


 咄嗟の判断により、ウルスラは『防御魔法』を展開する。



 ――何者の仕業なの? 



 彼女は考えるより先に、『転移魔法』に切り替えた途端、ウルスラの意識が暗闇の底へと引きずり込まれる。



「ウルスラさま」



 遠ざかる声の主に向けて、必死に手を伸ばすものの、ウルスラの身は異空間に投げ出された。

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