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わたしたちはまだ、言祝ぎの鐘を鳴らさずにいる  作者: 赤羽 倫果
第  二  幕   因果の糸は、未来にも続くのか、それとも……
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新しい未来に向かって、わたしたちは歩き始める

 ウルスラたちが帝都に戻ってから、早くも一週間が経過した。


『宰相の急死。そして、夫人は何処へ……』


 そのような見出しを打って、新聞は帝都を揺るがす醜聞を囃し立てるばかり。余りにも呆気ない幕引きに、ウルスラの心は重く沈んだ。



 エルザたちの支えもあり、ウルスラが公爵家での生活に慣れた頃、養父ダヴィッドがタウンハウスを訪れた。


「と言う訳で、ようやく議会が……」


 激務でやつれた感は否めないが、相変わらず淡々とした口ぶりに、ウルスラは取り戻した日常をかみしめる。



 セバスチャンの目配せで、メイドたちが部屋を出た直後、

「そなたの貴族籍変更を承認した。暫定的にだが」

 ダヴィッドの口から、事実をもたらされた。



「今、なんとおっしゃいましたか」



 養家の籍を離れて、本来の身分を取り戻す。そこまでは、ウルスラでなくとも理解出来る。

 問題は、その後に続いた『暫定的』とは如何なる意味をはらんでいるのか。ウルスラは話の脈絡が見えず、困惑色を浮かべた。


「あの……」


 気難しいダヴィッドの顔色を伺いつつ、ウルスラは言葉をつむぎ出す。



「帝位継承権の都合上……」

「ああ、お義父様の」



 サロンの席で向かい合う、二人の会話がかみ合わないこと。あまりの滑稽さに、セバスチャンは顔を背けた。



「私ではなく、そなたの……」

「お待ち下さい」

「待つも何も、近いうちに、そなたは帝室に入らなければならなくなる」



 十年前、帝国法典の改正により、皇女または帝室直系に近い公爵令嬢にも、帝位継承が認められた。


「アドルフ陛下が、いらっしゃるではありませんか」


 ウルスラの反論を否定するべく、ダヴィッドは首を横にふる。


「ラヴィリエ公爵家を継承するため、議会が退位を促す予定だ」


 変死を遂げた宰相と夫人の間に子供はなく、公爵夫妻は遠縁の娘を養女に迎えてた。後宮支配を目的とした縁組みだったが、彼女は皇太子の元に嫁いですぐに、産褥熱で儚い命を散らしている。



 長い別居生活の果てに、二人同時に亡くなったため、ヴァルブルカがアドルフの臣籍入りを願い出たそうで……。



「帝位の意味を理解されていない、今のうちに歴史を書き換えたいのだよ」



 如何にも、冷徹なダヴィッドらしい言葉の使い方に、ウルスラは世の摂理を垣間見る。


 周辺諸国に気取られぬよう、速やかに次期宰相を決めなければならない。最有力候補のダヴィッドにしてみれば、政敵の傀儡に過ぎない幼帝がのさばるより、己が養女が帝位に就く方が、何かと都合がいいのだろう。



「一層のこと、お義父様が帝位を伺う方が……」

「政には、バランス感覚も必要なのだ。それを怠ってはならない」



 これ以上、文句をつけても意味はないと。不服ながらも、ウルスラは養い親の顔を立てることを選んだ。




「まさか、キツネ目も……。同時に亡くなるなんて……」


 生前の宰相と言えば、養父を筆頭に敵の多い人物だった。父母の死に関わっていた訳ではないが、仇同然の相手に対して、哀悼の意を示す気になどなれない。例え、周囲から誹りを受けたとしても、己にウソはつきたくなかった。 



 養父を見送った後、ウルスラは母の遺品を収めた寝室にこもり、読書にふける。公爵家の書庫から引っ張り出した、古代史を隅から隅まで目を通すものの、解決の糸口は中々見つからない。



『人造魔導具』



 禁忌の邪法を扱うことはもちろん、関連する書物を読むことすら、今は厳しく禁じられている。一介の魔術師でしかないウルスラが、真相を追究する手立てはほとんどないため、藁にもすがる思いで歴史書に答えを求めたが、どうやら無駄足になりそうだ。



 ――夫人の過去の思念に現われた魔術師と、今回の件は同一人物の仕業なのかしら?



 公爵家の別荘にいた使用人たちは、ウルスラの処置のお陰で『洗脳魔法』が説かれたものの、未だ後遺症に悩まされている。



『あんたの腕と、かけられていた期間が短かいから』



 療養さえ怠らなければ、元の生活に戻れるだろうと、施療院の修道士は話していた。


「問題は山積みね……」


 分厚い古代史を閉じて、ウルスラは窓縁から離れた。




「先触れを承りましたが……」


 開け放つ大窓から吹き込む風によって、サロンに敷き詰められた絨毛が波打つ。そんな昼下がり、セバスチャンは意外な人物からの接触があったと、ウルスラに申し出た。



「皇太后陛下がお越しになると?」

「はい」



 事件は一応の決着をつけたが、邪法の使い手は誰なのかも判然としていない。今回の企みに皇太后は、全く無関係だったのか。ウルスラには、真偽を見極める必要があった。



 ――あの方が自ら、わたしの命を奪いに来たのかしら……。



 浮かんでは消えゆく疑念をふり払い、

「お受け致しましょう」

 ウルスラは面会に応じることに。


 ちらりと見た時計は、約束の刻限まで一時間を切っている。


「お嬢様……」

「心配ないわよ」


 身なりを整えるべく、ウルスラは自室へと急ぐ。黒いレースで襟を縁取ったドレスに身を包んだ頃、階下から呼鈴の音がさざめいた。



 雲の切れ間から注ぐ日射しが、絨毛の上に窓枠の影を残す。柔らかな感触が足先に触れた瞬間、セバスチャンの開けた扉越しに、ヴァルブルカが現われた。



「『帝国法典』が改められたのを、貴女も知っておりますね」



 ハーブ仕込みの紅茶香る、サロンにヴァルブルカ声が響き渡る。想定外の言葉に、ウルスラは相手を見据えた。


「ウンベルト二世陛下の改革だと聞いています」

「そう……」


 それまで、女性への帝位継承を認めていなかったが、先々代は法律を変えて女帝践祚の道を開いた。


「陛下は、ご自身のお体の具合に気づいていたのよ」

「え……」


 人払いもしない状況下だと言うのに、ヴァルブルカの突然の告白に、居合わせた者たちの視線が泳ぐ。


「いずれ、議会から正式な沙汰があるけれど……」


 彼女の夫、ウンベルト二世は皇太子時代、外遊先で悪い病にかかり、それが原因で子胤を無くしていた。



「不妊は女の責任が常識ですから……」



 侍医から聞かされて、ラヴィリエ公爵が事実をもみ消す。凡庸な皇帝を廃して、アランデル公爵を帝位に推す一派を牽制するためだった。


「あの……」

「多分、貴方の養父どのはご存知のはず。あの御仁はずっと、我が一族の悪行を追っていらしたからね」


 ヴァルブルカの口から持たされた、帝室を揺るがす醜聞に対して、ウルスラは脳裏をよぎる言葉を、必死で押さえ込む。先代皇帝の父親は、一体、誰なのかと……。



「わたしが知らされたのは、夫の臨終間際のことよ。まさか、こちらが眠っている間に、夫の大叔父に襲われていたなんて……」



 幼帝アドルフの正当性が否定される前に、ラヴィリエ公爵家の存続と引き換えに孫を退位させる。このようなしたたかさは、若輩のウルスラは持ち合わせていない。



「やっと、肩の荷を降ろすことが出来るわ」

「陛下」



 ヴァルブルカは首を横にふりつつ、

「本当は、貴女のご両親が生きている間に、事実を公表するべきだったと、後悔の日々を過ごしていたから……」

 己の幕引きを、ウルスラに対して示した。



 紅茶のカップを下げる、給仕役を見つめながら、

「ザーリア伯爵もようやく、意中の方を奥方に迎えることが出来るわ」

 意味深な言葉をつむぎ出す。


「え?」

「あら、ご存じなかったの? 彼には成人した隠し子もいるわ」


 小首をかしげて瞠目したままのウルスラを見て、ヴァルブルカが声高らかに笑う。



「いつの間に?」

「いずれ、わかる日が来るわよ」



 茶目っ気たっぷり、ヴァルブルカがからかう。驚きの余り、ウルスラは瞬きしか出来なかった。

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