嫉妬に取り憑かれた、哀れな女の末路……後編
それは、嫉妬に取り憑かれた、哀れな女の過去だった。
貴族の当主として凡庸過ぎる父。名門公爵家の出を鼻にかけて、常に夫らを見下す母。彼らの間に生まて、ザビーネの性根はねじ曲がる。
これに加えて、学院時代の成績も芳しくなく、厚化粧で上塗りを重ねた派手なだけの見た目もあり、彼女を『婚約者』に望む貴族の令息はいなかった。
初恋の従兄弟、シュテファン=ラヴィリエ。彼の最初の結婚が破綻するように、影で糸を引いたのも、後釜を狙ったから。
シュテファンの『身分違いの想い人』とは、実は公爵の隠し子。すなわち、腹違いの姉に過ぎず、夫の『秘密の恋人』だと誤解したシャルロッテは、白い結婚の潔斎を経て離縁を選んだ。
――まあ、勘違いする方が愚かってこと。おかげでわたしが、シュテファン兄様の妻に選ばれたのですもの……。
流行のドレス姿を映す鏡の前で、ザビーネは己の幸福を噛みしめる。
この日、父の跡を継いだ兄のエスコートにより、彼女はさる貴族の催す夜会に参加した。
「ジークフリート様とシャルロッテ様ね」
『シャルロッテ』など、ありふれた名前だから気にも止めなかった。次期皇帝の呼び声も高い、ジークフリートの隣に立つ彼女を見るまでは。
「うそでしょ……」
ジークフリートに手を引かれて、シャルロッテがザビーネの前を通過する。優美に微笑みながら、貴婦人たちと談笑する彼女の眼中に、ザビーネが映ることはなかった。
ラヴィリエ公爵家の若夫人だった頃、義母の嫌味に晒されていたたせいか、シャルロッテは同世代のザビーネよりやつれていた。離縁が成立してから一年余り。かつて見下していた相手は、見違えるように美しくなっていた。
『本当に、お美しくなられて……』
『次期、皇后に相応しいだけの教養を、お持ちですからね……』
そう遠くない未来、ラヴィリエ公爵家は外戚の地位を失ってしまう。ザビーネの心は、止めようのない嫉妬心に囚われた。
宰相夫人となって、帝国の社交界を牛耳りたい。野心あふれるザビーネは、どうすればシャルロッテの夫を失脚させることが出来るか。
それだけを考えていた、ある日のこと……。
『後は、わたしに任せればいいのよ』
そのように申し出た相手は、魔術しか取り柄のない、薄気味悪いくらいの地味な女。夫シュテファンが、新婚早々に手を出した愛人だった。
あの魔女にせがまれて、体のいい『生贄』を探し出した。お人好しのシャルロッテを騙すなら、コイツしかいないと……。
あの大火災が起きたのは、それから間もなくだった。跡取り息子一家を失い、筆頭公爵家当主は僻地に隠遁。夫は着実に、出世の階を昇って行く。
ザビーネは念願が叶い、社交界の女帝に君臨した。
「忌々しい……シャルロッテが……」
黒い瘴気が、ザビーネの口から放たれる。このままでは、マクシミリアンとエルザもただでは済まない。ウルスラは魔力をふり絞り、防御魔法の強化に努めた。
「夫人?」
「あれは」
防御魔法に集中する余り、ウルスラは目の前で何が起きたか、一瞬、理解出来なかった。
「シャル……シャル……ああああああっーー」
防御魔法自体、敵に害をおよぼすような作用はない。にもかかわらず、ザビーネの体が常識を超えた速度で老化が始まった。
「許し……て。シュ……兄様」
人としての悔恨からだろうか。魔物の瞳から、一筋の涙がこぼれ落ちる。
「瘴気は収まったか?」
瘴気の渦と共に、宰相夫人だった魔物も消え失せる。魔力切れもすんでのところで、ウルスラは床にへばり込んだ。
「お嬢様」
「それよりも、夫人は何処に?」
三人三様、寝室を見渡すが夫人の姿はない。示し合わせた訳でもなく、一同が同じ場所に視線を向ける。
「あの灰は……」
ウルスラの体を支える、エルザの言わんとすること。その意味を理解した途端、絨毛を掴むウルスラの手がにわかにふるえ始める。
余りにも呆気ない幕引きに、誰もが言葉を失った。




