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わたしたちはまだ、言祝ぎの鐘を鳴らさずにいる  作者: 赤羽 倫果
第  二  幕   因果の糸は、未来にも続くのか、それとも……
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嫉妬に取り憑かれた、哀れな女の末路……前編

 翌朝、窓の外は、不気味なほどの濃い霧におおわれていた。外出を躊躇したくなるような悪天候に、ウルスラの気分は優れない。


 身支度にいそしむエルザを前に、弱音を吐く訳にもいかず、ウルスラは重い腰を上げざるをえなかった。



「行ってらっしゃいませ」



 部屋の鍵を預けたコンシェルジュも、心なしか視線が定まっていないように見える。



 ――嫌な予感がするけど、ここで引き返す訳にいかないから……。



 見上げた空は、鈍色の雲が流れるばかり。ほんの少し離れただけで、互いの顔さえわからないほどの、霧の中で待つこと十分。マクシミリアンの手配した辻馬車が、彼女の目の前で停車した。



 

 マクシミリアンの手を借りて、ウルスラは簡素な車の奥に座る。


「おかしいです」

「如何された」


 数年ぶりの来訪なれども、エルザはこの一帯の気候になじみがあった。季節柄、朝靄の立ち込めることの少なくないとは言え、この状況は異常なのだとか。


「誰かがわざと?」


 マクシミリアンはちらりと、ウルスラを見やる。

「悪意のある魔力は、ほとんど感じないけど」

 彼女の探査能力が、何者かによって阻害されていた。


 仮にこの状況が魔術師によって引き起こされているならば、相当の手練だと言っても過言ではない。

 地面を抉る蹄と車輪の音以外、外を伺い知ることすら不可能な状態に、みなが押し黙った。



「本当に、何も見えないな」



 館の外壁の色でさえ、判別出来ない。女たちは忍び足で、マクシミリアンの後に続く。鈍い音の響く中で、扉は静かに開いた。


「お待ちしてました」


 先触れのない訪問だったにも関わらず、家令は慇懃と挨拶する。横に並ぶメイドに加えて、見習いらしい執事の顔も、どことなく精彩を欠いていた。


 警戒を怠らないように、慎重な足取りで三人は階を昇る。やけに長い廊下の突き当たりの扉口で、ウルスラたちは歩みを止めた。



 日が昇りきった時刻だと言うのに、寝室の中は窓の帳が降ろされたまま。寝台を囲む天幕の先に人影が映った。



「陛下」



 マクシミリアンの挨拶が始まると同時に、ウルスラとエルザが淑女の礼を示す。


 ――おかしいわ。いつもの陛下なら。


 不敬を知りつつも、ウルスラが上目遣いから周囲を伺った時だった。


 暗黒の渦が人影を取り込むように、邪法陣が幾重にも展開する。



「貴女は皇太后陛下ではないわ」



 ウルスラの叫びに呼応して、天幕の帳が跳ね上がった。



「忌々しい、シャルロッテの娘がっ!!」



 夜着の裾裳を翻して、魔女の形相でウルスラを見下ろす。

 空中に浮かぶは宰相夫人。ザビーネ=カーマインだった。




「本当にバカな娘ね。母親そっくりで」



 三人の周囲を、じわじわと黒い瘴気が迫り来る。


 ――夫人の額の紋章は……。まさか。


 宰相夫人自身、潜在魔力すら多い訳ではない。故に邪な力を有する、質の悪い邪法使いの依代にされたのだろう。本人のあずかり知らないうちに……。



「浄化は?」



 マクシミリアンの問いに、ウルスラは黙って首をふる。『人造魔導具』と化したモノを、人に戻す方法は存在しないからだ。



 激しさを増す、瘴気の渦から二人を守ろうとして、ウルスラは防御魔法を展開し始める。瘴気の渦に押され気味の彼女を嘲いながら、ザビーネの形相は魔獣と化していった。

 

「まあ、あの世へ行く前に、いいことを教えてあげる」


 興奮を抑えきれない、ザビーネの舌禍が部屋中にとどろくと同時に、ウルスラの脳裏には、過去の出来事が映し出された。

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