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わたしたちはまだ、言祝ぎの鐘を鳴らさずにいる  作者: 赤羽 倫果
第  二  幕   因果の糸は、未来にも続くのか、それとも……
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それが、出火の引き金になろうとは……

残虐な場面を、連想させるシーンがあります。

ご注意下さい。

 受け取った便箋の裏側には、『アメリア=ネッカ』の記名がある。


「彼女が『リア』ね」

「女官長どの」


 ウルスラは手にした物を、エルザに向ける。同時に彼女は、二人の元に馳せ参じた。



「母上から、興味深いことを聞いたんだ」

「リサデル様から?」

「この方が件の……」

「どうした」



 エルザの説明に、マクシミリアンは合点した様子で頷いた。



「女性は元子爵令嬢だ。なんでも、学院卒業と前後して実家が破産したため、帝都から夜逃げしたらしい」



 日記の内容とほぼ違いはない。事後の調査で該当者が見つからない理由も、実家の破産により貴族籍を失ったからだ。


「まず、これを読んでくれ」


 ウルスラは隅から隅まで、手紙を丹念に読み込む。リサデルに宛てた手紙には、今までの苦労話が報われて、スヴェン侯爵家の紹介により、職を得られることへの安堵が綴られていた。



 ――希望に満ちた内容に反して、文字が微妙に歪んでいるような?



 不意にわき起こる疑問。それを口にしないまま、手紙をマクシミリアンに返す。二通目は彼に促されて、ウルスラが直接中身を取り出した。



「これは、おかしくないか」



 先に中身を改めていただろう、マクシミリアンの口から疑問の声がこぼれる。母からリサデルに宛てた手紙には、寄る辺のないアメリアたちを匿って欲しいと、切実に訴える内容だった。


「この二通だが、君が最初に読んだやつは、事件の起こる三日前に、母上が受け取っていたんだ」


 問題は二通目の方だ。事件から一週間後、リサデルの元に届けられたそうで。



「一通目は、誰かに指図された内容ってところかしら」

「そうだろう」



 ――母は、彼女がウソの手紙を、何者かの命令で書いていたと察していた。だから、リサデルッ様の隠遁先に、母子を逃がそうとしたのね。



 敷地内を一巡りした後、三人は館の出火付近に踏み込む。かつて、家族が食事を囲んだ場所だった。


「ウルスラ?」


 全ての音が閉ざされると同時に、彼女の意識は時空の歪みを越えた。




 見たことのない食堂の片隅に、いつの間にかウルスラは一人きりで立ち尽くす。



 ――バタン……。



 食堂のテーブルの席に目を向ければ、老夫婦が仲よさそうに腰を下ろす。肖像陶板でしか知らない、祖父母の姿にウルスラは息を飲み込んだ。


 ――ギギギィ……。


 再び開けられた扉の方から、真新しい服をまとう子供がやって来る。少し遅れて来た母親の顔は、まるで死人のように青ざめていた。


 母と子の表情の違いに、ウルスラの背筋を嫌な汗が流れる。



『神と聖霊の祝福に感謝します……』



 祖父の祈りを聞くように。テーブルに並んだご馳走を前にして、落ち着きのない我が子を母が窘める。彼女がおもむろに、我が子の背中を二度ばかり。軽く叩いた直後だった。



 閃光と共に立ち上る火柱。天井を突き破る炎の渦。仰ぎ見るウルスラに向かい、赤い悪魔が雄叫びを上げて降りかかる。



「ウソでしょ」



 両手で顔を抱えてしゃがみ込む。ウルスラの頭上から、マクシミリアンの呼び声がとどろいた。


「一体、どうしたんだ」

「しっかり、なさいませ」


 エルザに抱えられて、どうにかウルスラは身を起こす。


「あれは、犬ではないのよ」

「何? まさか……」


 男のマクシミリアンですら、口にするのもおぞましい事実。母子は何者かによって、『人造魔導具』に改造されていた。



「お……お待ち下さい。そんな、母親が」



 母親が我が子に対して、愛情を示す仕草が『引き金』だったなど、誰が信じるだろうか。


「あり得るのかもしれない」

「えっ……」


 マクシミリアンの何気ない一言に、二人は呆気に捕らわれる。



「母上は一度、アメリアどのの行き先を耳にしたことがあるそうだ。隣国の王都にある、質の悪い娼館に落とされたと……」

「あっ……それでは」

「子供はその折りの?」



 父親不詳の子供を一人で育てる、理不尽に晒されていたならば、『邪法の引き金役』に我が子を差し出す可能性は、十分に考えられる。


「そんな……」


 涙ぐむウルスラの予想を、悪い意味で裏切るように、

「例え金持ちに身請けされたとしても、娼婦とその子供の末路はよくないと、昔から相場が決まっている」

 マクシミリアンはかすれ声を、しぼり出すように答えた。




 鐘の音を数えるまでもなく、朝は果てしなく遠い。狭い部屋に並ぶベッドの隣では、エルザの寝息がかすかに聞こえた。



「お嬢様」

「わたし……」



 おぞましい過去を垣間見たせいで、食欲がほとんどない。せっかく、エルザが用意してくれた麦粥も、手つかずに残してしまう。


 侯爵家の大規模火災の謎。まさか、『人造魔導具』を使った遠隔操作だったとは。



 ――あれ、今では使うことの出来ない。邪法の筈なのよ……。



 『宮廷魔術師』の試験でも、邪法の存在が消された背景しか、ウルスラは把握していない。何せ、『帝国法典』で禁止されてから、五百年以上は経過しているためだ。



 ――古の邪法の使い手……強敵だわ。



「シャルロッテ様?」



 不意をつく寝言に、ウルスラは寝返りを打つ。エルザは夢の世界の母と会って、何を語らっているのだろうか。



『明日にでも、公爵家別荘に向かおう』



 日が昇りきらないうちに、ラヴィリエ公爵家の別荘に赴かなければならない。


「皇太后陛下は、このことをご存知なのかしら」


 主人が黒幕でないように、ウルスラは心から願った。

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