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わたしたちはまだ、言祝ぎの鐘を鳴らさずにいる  作者: 赤羽 倫果
第  二  幕   因果の糸は、未来にも続くのか、それとも……
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アーモンドの木だけ、取り残された場所では

 帝都インフェリアルから南へ十里ほど、ウルスラとエルザはアレマン駅に降り立つ。汽車からプラットホームに流れる人の群れを縫うように、ウルスラたちは駅舎の出口を目指す。幅のせまい石段に足を取られそうになりながらも、二人は寸暇を惜しんで駈け降りた。


「ここの地熱は、万病に効くと昔からの言い伝えがありまして……」


 アレマンの夏は涼しく、冬は温暖な気候に恵まれているため、転地療養のための長期滞在する貴族も少なくない。


「あら、そうなの」


 数時間も汽車に揺られ通しだったせいで、体のあちこちが痛い。エルザの丁寧な説明も意図せずに、ウルスラはさらりと受け流してしまう。


「随分とにぎやかだわ」

「名物の朝市にございます」


 駅の広場には、種々の露店が軒を連ねている。身分の貴賤を超えて、買い物を楽しむご夫人の姿もあった。あの忌まわしい事件がなければ、ウルスラも家族とこの地で過ごしただろう。



「ラヴィリエ公爵領の別荘地も、ここと目と鼻の先よね」

「その通りにございます」



 先代のラヴィリエ公爵が存命中、貴族間の関係は円滑だったらしく、母が最初の婚姻をキツネ目と交わしたのも、そのような事情があったからだ。


「辻馬車ってすぐ掴まるの」

「交渉次第と申しますか」


 エルザの不安をよそに、ウルスラは広場を見渡す。



「行きましょう」

「お嬢様」



 ウルスラは躊躇することなく、辻馬車のたむろする一角へと向かった。



 女二人の旅行者だと、悪者に騙されることも多々ある。しかし、迷っている間にも、辻馬車を捕まえる機会を逸してしまう。幸いなことに、馭者との交渉もすんなりまとまって、二人は移動手段を手に入れることが出来た。


 乗り心地は、決して褒められたものではないが、辻馬車は一路、この地で最も古い教会を目指した。



 侯爵領を統括する公事館は、宰相の息がかかっているはず。中央の政から独立を維持する、教会に向かう方が無難だろう。



 ――何かしらの、手がかりがあればいいけど……。



 彼女たちの胸内は、不安と焦燥が入り乱れていた。




 しめやかに鳴り響く、鐘の音を聞きながら、ウルスラは教会の尖塔を仰ぎ見る。


「お嬢様」

「ええ、行きましょう」


 二人は並んで、石畳の続く小径を歩き出した。



 併設の図書館は、礼拝堂よりも奥まった位置に建てられている。鬱蒼と生い茂る木々の小径を抜けた先。簡素な造りの建物が、二人の目に飛び込んだ。


 しなびた木戸を、二人がかりで開け放つ。受付係らしい司書は、こちらに気づく素振りは全くない。


「修道士どの」


 エルザの問う声に肩をふるわせて、眠りの森の住人は、うっとうしそうにあくびした。



「あの事件のこと、忘れた方がいいのではないのか」



 寝起きを邪魔されて、機嫌の悪い修道士が嫌味を垂れ流す。


「家族の弔いのため、どうしても知りたいのです」


 ウルスラの気迫に怖じ気づいたのか、彼は面倒くさそうに二人を二階へ誘った。



「ここ、使っていいから」



 大規模火災の犯人を捕まえるためではなく、家族を弔うためとの訴えが、功を奏したのか、ウルスラたちは円卓の席にありつく。


「ここの管区長より、余計なことを話すなと、言われているのだが」


 彼が携えた資料は、火災直後にまとめられた調査報告書だった。



「騎士団所属の騎士が救い出したシャルロッテ様は、教会の施療院で亡くなられています」

「そうなのね」



 ウルスラを守り切っての絶命に、紙をめくるエルザの手がふるえる。その他の家族は、まばらながらも食堂で発見されていた。



「発火時間は、夕食の祈りに際してかしら」



 食堂で見つかった亡骸は、性別不明とある。指折り数えているうちに、ウルスラは不自然な点に気がついた。



「夕食時、メイドは全員食堂を離れるはずよね」

「はい。ああでも、小さなお子様がいらっしゃれば、お世話係のみ残りますわね」



 己を身ごもっていた母は、火元から離れていたと推察して、残りは父と母方の祖父母である。給仕役の執事はいいとして、すみに書かれた記号の意味が理解出来ない。


「別荘のあった場所は……」

「ここと目と鼻の先にございます」


 髪を整える素振りで、手鏡に記号を複写する。取るものも取りあえず、別荘へ赴く必要はありそうだ。




 すっかり更地となった別荘の跡。当時の面影を伝える物と言えば。



「この、アーモンドの木だけは、残されたのでございますね」



 そのようにつぶやいて、エルザは涙ぐむ。落ち着いた頃合いで、彼女は母の誕生を記念に植樹されたのだと、ウルスラに語りかけた。


「あれは……」


 アーモンドの木の向こう側。長身の男性が一人、更地の上に佇んでいる。



「サンダース卿」



 ウルスラの呼びかけに、マクシミリアンはふり返る。緊張の糸が解れると同時に、ウルスラは彼の元へ駆け寄った。



「ご無事でしたか」

「ああ、騎士団に辞表を叩きつけたから、ここに来たんだ」



 いらぬ出来事に巻き込んで、ウルスラは慰めようにも、適切な言葉を見つけられず、うつむくことしか出来ない。



「それより、大火事の痕跡一つないのだな」

「あっ……ええ」



 ウルスラは手鏡を取り出して、

「火事の調査報告書の記号ですが」

 手鏡に複写したものを、彼の眼前に差し出した。



「犬?」

「あの……」



 マクシミリアン曰く、飼い犬や飼い猫の類いの亡骸を示す記号なのだとか。


「火元が食堂ならあり得ないか」


 二人の遣り取りを離れて見ていたエルザに、当時の様子を伺う。やはり、食堂に番犬を入れたことなど、侯爵家では一度もなかったらしい。



「それより、君に見せたいのだが……」



 そう言いながら、マクシミリアンはコートの内ポケットから、色あせた二通の便箋を取り出した。

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