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わたしたちはまだ、言祝ぎの鐘を鳴らさずにいる  作者: 赤羽 倫果
第  二  幕   因果の糸は、未来にも続くのか、それとも……
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亡き人のぬくもりに、導かれた先では

 最新話です。

「大丈夫かな」

「ありがとうございます。サンダース卿」


 二人は示し合わせた訳でもないのに、同じ方向へ歩き出す。交わす言葉もなく、マクシミリアンとの距離は開くばかりだ。


 ここへの立入も叶わないだろう予感から、ウルスラは母の遺言を手提げ袋に忍ばせていた。それを手放すまいと、きつく握りしめて、彼女は埃だらけの階を降りて行った。



 降りる途上でウルスラは、マクシミリアンと視線がかち合う。直後、彼の肩越しに映る扉が、不意に破られた。



 制服のボタンの形状から、第一騎士団の従卒たちだろうか。彼らの行く手を遮ろうと、マクシミリアンは両腕を伸ばした。



「ウルスラ=ザーリア嬢。皇帝陛下の命で、召喚状が出ている」



 召喚状を読むまでもない。まだ見ぬ敵は、なりふり構っていられないのだろう。 

 おおよその事態を察して、ウルスラはマクシミリアンの隣に立った。


「待ってくれ」


 今にも帯剣に手をかけそうな、殺気立つ彼を制して、ウルスラは真っ直ぐ相手を見据える。


「これは……」

「お承り致しましょう」


 ウルスラは優美な笑みを浮かべて、淑女の礼を執る。誰かに促されるまでも無く、彼女は相手の意向に従った。


 切なげな雄叫びを背にして、ウルスラはふり向くことなく、彼らの用意した馬車に乗り込んだ。




「まあ、なんて念入りだこと」



 身分のある咎人を乗せる馬車だけあって、窓は厳重に目張りがされている。ご丁寧なことに、『封印魔法』を施した上で。


 ――でも、変なのよね……。


 透視魔法を用いて、外の様子を伺う。馬車は明らかに、宮殿とは違う方向に走っている。ウルスラの記憶違いでなければ、騎士団長は宮殿への連行を宣言したはずだが。


 閉ざされた空間内で、暇を持て余す彼女の口から、か細い息がこぼれた。



 ――太陽の位置と川沿いの景色から察して、向かうは……。



 馬車は帝都の中心地から離れて、共同墓地へ向かおうとしている。どうやら、彼らの目的はウルスラの『抹殺』にあるらしい。


「さてと……」


 みすみす、殺されてたまるものかと。彼女の胸奥で、反骨精神が頭をもたげる。


「マクシミリアン? 聞こえるかしら」


 相手の思念に向けて、ウルスラは語り始める。


 魔力操作に慣れない相手に対して、思念通話など無駄だったのか。



 意識を解くすんでのところで、

『ウルスラ』

 マクシミリアンの心の声が、ウルスラの脳内に届いた。



「今から、転移魔法でここを脱出を試みようかと……」

『え……大丈夫なのか』

「まあ、なんとかなるかしら」



 不幸中の幸いと言うべきなのか。馬車に施された結界は、ウルスラから見てさほど強くはない。



「念のため、身代わりは残すわ。貴方は、お母様のところで待っていて欲しいの」

『……わかった。気をつけてくれ』

「ありがとう」



 手提げから鋏を取り出して、肩口から一房だけ髪を切り取る。


 ――お気に入りのストールだけど、仕方ないわね。


 ストールに包んだ髪に向かい、ウルスラは魔力を注ぐ。これらが、彼女の形代となるように。



「転移先だけど」



 すでに、伯爵家への家宅捜査の手がおよんでいると見なせば、行き先から外さなければならない。思い出したかのように、ウルスラは再び手提げ袋の中をあさった。



「カードに書いてある所在地だけど、無人だったような……」



 座席の下からの突き上げが、徐々に増している。彼らが目的の場所に到着する前に、転移しなければならない。


 迷っている間に、馬たちの足並みがゆったりとリズムを刻み始める。カードを握りしめて、ウルスラは『転移魔法』の呪文を唱えた。




 転移魔法の展開中、ものの十秒もせずに目的地に降り立つはずが、ウルスラの見上げた先で、青白い光の弧が幾重にもゆらめいている。



『あら、迷子なの』



 声のする方に視線を向ければ、顔の見えない女性がこちらに近づいて来た。



『さあ、参りましょう』



 この世の存在ではなかろうと、一目で理解出来た。しかし、何故か恐怖や警戒と言った感情が、一切、わき起こらない。相手から差し出された手を疑うことなく、ウルスラはしっかりと握り返した。



『あなた、アップルパイはお好き?』



 優しげな声に思わず、ウルスラは隣の女性の顔を覗き込んだ。


「あの……」


 己と同じ髪と瞳の色の女性が、軽やかに笑い出す。同時に、光の渦が消え去り、ウルスラはゆっくりと目を開いた。



 日の光になれるまでの間、柔らかな風を両頬にそよがれながら。辺りを見渡せば、人気のない庭で佇んでいた。


「ご当主不在にもかかわらず、想像より荒れていないわね」


 出発直前、メイド長から託されたカードに書かれた所在地。それは、アランデル公爵家のタウンハウスだった。


 煉瓦を敷き詰めたポーチを歩きまわり、ようやく正面の扉口を見つける。つい、普段通りに呼鈴に手をかけた時だった。



「お帰りなさいませ」

「あ……セバスチャン?」

「はい」



 館の外観からして、ここはザーリア伯爵家のタウンハウスではない。伯爵家にいるはずのセバスチャンは、ウルスラの到着を待ち構えたように、慣れた所作でウルスラを招き入れた。



「お嬢様。お待ちしておりました」

「エルザも?」

「はい」



 メイド長までもいつもと同じく、黒い裾裳を広げてウルスラを出迎える。



「状況の説明だけど」

「はい」

「お願い出来るかしら」



 ウルスラの、ぎこちない問いかけに対して、

「ご帰還のほど、お待ちしておりました。ウルスラ・マルグレーテ様」

 エルザの声は、今までないほどに低く抑えられている。



「私たち親子の、真の主人はアランデル公爵閣下にございます。お嬢様」



 セバスチャンの見上げた先。ロビーの壁には、あの女性の肖像画が掲げられていた。

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