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わたしたちはまだ、言祝ぎの鐘を鳴らさずにいる  作者: 赤羽 倫果
第  一  幕   過去の『白い結婚』の因縁により、わたしたちの運命が静かに回り始める
10/31

彼女の告白が、過去の因果を引き寄せる

 招待客の帰宅が落ち着いた頃、外は日が暮れかけている。マクシミリアンは部下に命じて、医務室から棺を運ばせた。


 弔いのために用意した白バラを手にして、ウルスラはうつむき加減で、棺の担ぎ手の後ろに続く。


 ――サンダース卿の妙案って、常識の範疇を超えているわ。


 偽りの弔いを装う。確かに敵の目を欺くに相応しいだろうが、いささか悪目立ち感は否めない。道行きですれ違う人々の目を気にしながら、ウルスラはため息一つこぼした。



「女官長どの、後ろの幌口から乗ってくれ」

「ええ?」

「早く」



 マクシミリアンの手に足をかけて、幌口から中に入り込む。ランタンの灯りすらなく、安置された棺すら見えにくい。


「木箱で済まない。そこに座って、祈りを捧げるんだ」

「はい」


 硬い蓋の上に腰を落として、ウルスラは項垂れる。時折、騎士団の面々がこちらの様子を伺いに来るが、彼女の祈りを疑う者はいなかった。




「聖母子教会まで、棺を運んでくれ」

「御意」



 マクシミリアンは、馭者に行き先を告げる。軍靴を鳴らす音が、徐々に近づいたかと思いきや、荷台がブワンと音を立てて、幾度ばかりかたわんだ。


「本当に、大丈夫よね」

「ああ」


 会話が可能なまでに回復したものの、ユリーネを皇太后宮から運ぶのも容易ではない。


「聖母子教会って、帝都の南東部の?」

「あそこのシスターと顔見知りでな。あそこが一番信頼出来る。馭者の身元も心配はない」


 ゆっくりと、車輪が石畳を削るようにすべり出す。走って止まってを二度ばかり繰り返した後、マクシミリアンは外の様子を見に立ち上がった。


「追手の気配は、今のところなさそうだ」


 重い棺の蓋を、マクシミリアンが持ち上げる。つっかえ棒はないため、ウルスラは蓋が閉まらないように魔法を施した。


「あの……」


 不安におののくユリーネの顔が、彼らの目に飛び込んだ。



「ごめんなさい。こんな方法で貴女を連れ出すなんて」

「わたしの方こそ、わがままを申し出て、ご迷惑おかけします」

「横になったままでいい。こちらの質問に答えてくれ」



 彼女に結婚を持ちかけたのは、案の定、宰相からだった。


「ただ、わたしの実家は伯爵家と言っても、めぼしい財産も少なく、旦那様にとっても、利益をもたらすものではなかったように思います」


 ウルスラとマクシミリアンは、話の意図がつかめず互いの顔を見合わせる。


「と、いいますと?」

「そもそも夫は、侯爵家の直系男子ではありませんから」


 ウルスラの問いに、ユリーネはか細い声で続けた。



 ユリーネの夫は、侯爵家の遠縁の子爵家長男に過ぎず、外務省も文官の上級試験の合格によって、奉職しただけだった。



「宰相の寄子貴族?」

「はい、ピリグラム子爵家の出にございます」

「何ですって」

「どうした? 女官長どの」



 ――コリーナったら、そんなこと言っていなかったわ。



 果たして、これは偶然だろうか。マクシミリアンがいる手前、コリーナの名を出す訳にもいかず、ウルスラはユリーネの話の続きを待った。


「要するに、ユリーネ夫人のご夫君は、宰相の肝入りで侯爵家を継承した」

「はい」

「もしかして、ご夫君は貴女の懐妊を知っても、無関心だったとか」



 核心を突く流れに、ユリーネは涙を浮かべて、

「その通りにございます」

 声を詰まらせながら、辛い現実を肯定した。




「幾度か子が流れるように、仕組まれただと!」

「声が大き過ぎます」



 正義感を持ち出すのも、時と場所をわきまえてからにして欲しい。マクシミリアンの怒りに理解しつつも、ウルスラは呆れ果ててしまう。


 ――だから、あの時、迎えを拒んだのね。


 イザベラ女史がさりげなく、宰相夫人を牽制していなければ、彼女の命は手折られたかもしれない。



 ――そう言えば、皇太后陛下とあの女ギツネって、犬猿の仲だったわ。



 宰相の身内と言えども、皇太后が身内びいきと一線を画す、中立公平な人物でよかったと、ウルスラは不幸中の幸いを噛みしめる。



「とりあえず、状況を整理しよう」

「はい」



 一先ず、スヴェン侯爵家について。過去の重大事件事故を取り扱った、保管記録を読んだマクシミリアンの記憶にも、侯爵家の当主夫妻と娘夫婦が、南の別荘地の家事に巻き込まれて亡くなった、としか残っていなかった。



「直系が断絶した理由はそれね」

「ですが、一人だけ助かった子供がいたのです」

「いや、そのような記録はなかったはずだが」



 ユリーネ曰く、彼女の叔父が別荘地在来の騎士団に所属していて、燃え盛る炎の中から瀕死の妊婦を救助していた。



「は?」

「その女性は侯爵家伝来の指輪をされていて、叔父が腹を割いて赤子を取り上げたそうです。直後、叔父は赤子を知り合いの女性に託して、数年あまり各地を放浪していました」


 衝撃の内容に、マクシミリアンの喉が鳴る。


「どうしてそれを?」

「わたしの持参金は、叔父からの信託財産でした。嫁ぐ直前、病の床についた叔父を看取る際、その話を聞かされておりました」

「ところで、子供の行方は」

「何分、赤子の性別はもちろんのこと、詳しい特徴と言えば……あっ」


 ユリーネは思い出したように、ウルスラの方に目を向ける。



「光沢のある赤毛が、今も目に焼きついていると、叔父が申しておりました」



 彼女の告白に、ウルスラは急な目まいを覚える。養父の話した、『家名を明かせない』条件に合致しているではないか。



「その赤子は、まさか……」



 マクシミリアンの問いに、ウルスラは何も答えることが出来なかった。

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