九話 僕はホモじゃない!
魂の叫びです。
爆発四散した奥の院の跡地で開かれた……いや、開かれる前にお椀とメイドによる悪ふざけで血の大惨事となってしまった会合。
中作君のホモ疑惑で出てきた『妖刀マンゴスチン』こと『マンゴス姉さん』の登場で場は更に混迷を極める事になった。
だから僕はホモじゃない!
だがここで更に『鬼』と『鬼婆』も登場する始末。
もうなんなんだよ!
僕はホモじゃないって言ってるだろ! 特に鬼は無理だよ! でかいだろ! ペッペッチーンは無理に決まってるだろ!
そんな感じが……前話までのまとめになるかな。うん。僕はホモじゃないよ。
なんか色々あったので、ひとまず落ち着いて話そうぜ、そんな事になりました。お椀が意外と熱い奴でおどろ……きはしないかな。おっぱいに向ける情熱は本物だったし。
そんなわけで。
血の池となった『奥の院』の跡地からお堂に移動することにした一行。流石に血の臭いがする所で落ち着くのは無理ということで、そうなった。
血まみれのハゲこと『女の子が大好きな中作君』と血まみれの和服女子こと『マンゴス姉さん』は流石にそのままではアカンとなったので妖怪不思議パワーで洗浄される事になった。
「ひっひっひ。久し振りの生き血が鼻血とは笑えるねぇ」
なんかばーちゃんが地面に流れてた血も含めて全て吸収してた。まるで逆再生の映像を見てるようにばーちゃんの足元から血が吸われていったのだ。
妖怪パゥワーである。しゅげぇ。
僕らに関しては、ばーちゃんが直で触ったらすぐに綺麗になった。妖怪ホンマすげぇと思った。ばーちゃん、実は吸血鬼?
そんなわけで中作君は『女の子が大好きナイスガイ』に完全シフトしたのである。赤くもないし、鉄臭くもない。素敵なボーイさ。ふふふのふ。
そんなプレイ坊や中作君なので、ホモホモうるさいマンゴス姉さんの手を無理矢理握って仲良く渡り廊下をてけてけ歩くことにした。来た道を引き返す感じだね。
手を繋ぐとホモホモ姉さんが真っ赤になって黙ったので良しとする。手汗すごいけど。
来た道を戻る関係上、当然の事として、これに遭遇した。
カメである。
カメさんはまだひっくり返っていたので戻しておいた。ジタバタしてたので可哀想になったのだ。中作君はイケメンだね。
お礼として竜宮城に誘われたが修学旅行中ということで断っておいた。
律儀というか、なんというか。ちょっとカメさん、善人過ぎやしないかと心配になったが、鬼曰く『それは罠だ。乙姫は極度の引きこもりだが寂しがりやでもある。話し相手は誰でも良いのだ。最終的に丸飲みするからな』とのこと。
なるほど。乙姫怖いね。確かにそんだけ恨まれてても、おかしかねぇな。いじめ善くない!
ということでまたカメをひっくり返して放置しておいた。犯罪善くない!
『いややー! もうあいつの話に付き合うのは、いやなのー! 同じ話をエンドレスっ! もう飽き飽きなのー! 何百年も同じ話なのー! たしゅけてー! たろー! あ、たろーは呑まれたか……だれかー! たしゅけてー! 今なら竜宮城が待ってるのー!』
そんなカメの悲鳴をあとにして、僕らは進んだ。一体何人の太郎が乙姫に呑まれたのか怖くて聞けないよぉ。
そんなこんなで渡り廊下をてけてけ進む。
「……」
道すがら、無言で僕を見つめる雪女さんにも遭遇した。プルプル震えながらの恨み節である。しかしこれもスルー……するとホモ疑惑が濃厚になるので片手を差し出してみた。
雪女さんはニヤリと笑うと手を握ってきた。
普通に冷たい。というか、あっという間に肩まで凍り付いた。これには僕もビックリだ。
そしてすぐにドスの効いた声が隣から聞こえてきた。これには僕もビックリだ。
「……あぁ? 人の男に手ぇ出すたぁ、いい度胸してんなぁ」
……雪女さんは逃げた。和服だったのに太ももがはだけて丸見えになるほどの全力疾走で逃げていった。すごく変なパンツを履いていたが、僕は見なかった事にしたよ。うん。
「中作……あの子、男の娘よ」
「……やっぱりそうなんだ」
見なかった事にさせてもらえなかったよ、ぐすん。
全力疾走する雪女。はだけて見えたパンツは……まさかのトランクスタイプだった。僕と同じ柄物のお徳用パンツだ。五枚で千円。お得だね。
「やっぱり中作はホモなの?」
「だって本人も雪女って言ってたじゃん!」
そんな属性見抜けねぇよ!
そんな賑やかな会話をしつつ、酔いつぶれてる大蛇の横を通り、妖怪だらけだったお堂に僕らは着いていた。蛇は普通にイビキをかいて寝てたのでスルーした。ウワバミって言うけど本当はお酒に弱いのかな。
「……随分と荒れてるわね」
「まだ復活してなかったかー」
お堂の中は死屍累々のままだった。イタチとか穴熊とか狼とかウサギがそこらに転がって痙攣してるし、粉になってたぬりかべさんは修復の途中だ。粘土っぽい。
ここで会合すんのかぁと少しげっそり。まずは掃除かなぁと掃除道具を探し始めた中作君。
そんな働き者ナイスガイきゃー!抱いてー!中作君は、すぐに後ろから声を掛けられる事になった。
「中作……話はついた。下山するぞ」
「え?」
それは渋い鬼の声。なんでそんなに渋いのかと突っ込みたくなる渋い声だ。僕だって……くそぅ。でも凍ってた腕を治してくれたのは姉さんではなく鬼である。サンキュー!
僕らの後ろの方を歩いていた鬼達は妖怪同士で混み入った話をしていたようだ。僕は姉さんとラブラブしてたから気付かなかったけど。
なんせ僕と姉さんはラブラブしてたからね。
ふふっ。ラブラブだぜ?
「駄目ですぅ~! 話はついてないですよ~!」
「……おい、鬼。なに泣かしてんの?」
ゆるふわ系と呼ばれそうな女性が泣きながら鬼に抗議していた。彼女の背は鬼の胸までも届いてないので大人と子供に見える体格差だ。
お椀を肩に乗せてるから……多分彼女が『辛口』さんの真の姿なのだろう。エロい尼も良かったが、今の姿も可愛らしい。やはりエロい尼衣装、あれはコスプレだったようだ。顔の造形も変えるコスプレなんて本気度が違うね。流石妖怪だ。
なんて思っていた。
鬼がげんなりしながら口を開くまでね。
「……中作。これは狸だ。嘘と騙りはこいつの常套手段。これも雄だぞ」
「妖怪ってそんなんばっかか!」
僕の中で妖怪のイメージが揺らいでいた。
姉さんは流石に……いや、まさか!
「姉さんは付いてないよね!?」
思わずマンゴス姉さんの股間を凝視したのも……当然だよね?
「このおばかー!」
「ごぶう!」
まるで異世界転生ファンタジーに出てくるモンスターみたいな鳴き声を出して、僕はお堂の壁まで吹き飛んだ。
壁に打ち付けられ床にどしゃりと崩れ落ちる。いや、これ、現実だからさぁ、少し手加減してくれないかなぁ。げふぅ。
あと雪駄は……雪駄は……脱いでほしかっ……た。
ここで中作は脱落である。
ヤクザキックに合わせて背後に自ら飛んでいたようだが、それでも人間が耐えられる威力ではない。よくぞ死なずに気絶で済んだものだ。
「中作が大変! あんたたち! なんてことすんのよ!」
「ええっ!? 犯人はあなたですよね!?」
狸も驚く傍若無人ぶり。
妖刀女は本当に変わった。変わりすぎだ。
「丁度良かろう。まだ中作が知るべき事ではない。我らの正体もな」
一番知らせたくない相手が都合良く気絶。いや、死にかけたから都合良くとは言えぬのか。まぁいいや。簡単にくたばる人間でもない。それよりも母だ。母が不味い。中作が気絶したから母が本気を出す。本気の説教が始まってしまう。
……やっべぇ。俺、逃げたいんですけど。
「ひっひっひっ。あれでも一応普通に暮らしてる人間だからねぇ。人ならざるものが人間に過度に接触してどうなったか。あんたら分かってんだろうねぇ。分かってんのか? あぁ? 鵺よ」
母の声が変わる。それは物理的な力となり、お堂に『圧』となって押し寄せた。重力が三倍になった気がする。横たわる妖怪達も『ぷげー』とか『むぎゅー』とか呻いている。
ああ、やはり説教が始まってしまった。
この『圧』は昨日、中作少年が京都駅に降り立った時から『妖刀マンゴスチン』より発生していた『圧』と同じものだ。あれの発生源は母だったのだ。妖刀女ではない。
母は怒っていたのだ。それも長い間ずっと。それこそ千年の時を怒りの心で過ごしてきた。妖刀女に寄り添い、その心を重ね、少しでも彼女の魂が癒されるようにと。
中作と出会い、母は笑顔を取り戻した。
だが、その怒りは冷めていない。なんなら妖刀女よりも激しく煮えたぎ続ける熔鉱炉なのだ。
既に母から笑顔は消えている。鬼婆である。普通に鬼婆だ。空気がチリチリと帯電して感じるほどの怒気。
マジパネー。
それに対峙するのは日本の妖怪ナンバー2の古狸と古参妖怪の鵺。そしてずっと絶望している異邦の妖異だ。メイドは森に置いてきたのでここには居ない。安倍の式も恐れをなしたのか、『こんきち』なるものが増えることはなかった。つまりオフ会の続きか?
「いやいや、そうは言われましても俺らは止める側と言いますか」
お椀が果敢に言い訳を始めた。やめろ。なんで火に油を注ぐんだ。
「止めたのかい? ああ、きっと止めたんだろうねぇ。源氏と平氏、人間同士の戦争はそんなに楽しかったかい?」
母が笑顔だ。全く笑ってない笑顔が……怖っ!
「すいませんでしたー! ほら、晴明が死んで俺らも落ち込んでたし……」
「ふざけてんじゃないよ!」
鬼婆の怒声が辺りに響き渡る。
声の『圧』でお堂がたわむ。というか次の瞬間に吹き飛んだ。あっという間にすべてが吹き飛んだのだ。
何故だ。最近は爆発オチが流行っているのか。確かここも重文だった気もするが……まぁいいや。中作は多分平気だろう。妖刀女も側にいたし。
「全く……何も学習していないねぇ」
「母上、全員吹き飛んでますが」
文句を聞く奴もいない。全てが吹き飛んだのだ。辺りは見渡す限りに更地が広がり……一部だけ建物が切り取られたように残されている。中作だ。中作のいる場所だけがポッカリと無事に残されている。
……あれ? 妖刀女は何処だ?
「かー! 情けないったらありゃしないよ! この程度も耐えられないのかい!」
母はプリプリと怒っている。
「……」
思わず無言になった。
母は鬼婆の姿をしているが……まぁ見た目通りの存在というわけではない。
かつては人間だった事もある。
かつては『神』として崇められた事もある。
歴史の教科書に必ず出てくる有名な人……だった事もある。
そしてあの陰陽師。安倍晴明と恋仲になったこともある。なんなら道満と二股かけてたとか……実は10人以上と当時関係を持っていたと本人は言っていた。
俺の父親はそのうちの誰かになる。
身内のそういう話は本当に辛いからやめてほしい。ナニの大きさ比べとか本当にやめて。やめたげて。もうみんな死んでるから。いたたまれないから。
「あの小娘が頭張ってる時点でろくな組織じゃないのは分かってたけどねぇ。今頃脳天に梁が刺さってる頃かい」
「母上、あまり派手に動くのは不味いかと」
梁とは屋根を支えるぶっとい木の棒の事を指す。柱は縦に立てるが、梁は横だ。いや、そんなことはどうでもいい。
きっとネットニュースになるだろう。京都の空に丸太舞う、と。いや、そうではない。そんなことよりだ。
「あれでも一応頭です」
死なれると面倒だ。いや、妖怪だから死んでもそのうち復活するからどうということも無いんだが。
「どうせ死にゃしないよ。それよりも中作は……治療しとかないと修学旅行がおじゃんになっちまうねぇ」
ポッカリとそこだけ撮影のセットのように残されたお堂の壁と板張りの床。そこに倒れている中作は完全に気を失っていた。口から普通に血を吐いている。多分肋骨が折れているだろう。背骨は平気か? 内臓も……まぁ無事ではあるまい。しかしである。
「過度な接触はよろしくないのでは?」
一応聞いておいた。母とは全ての息子にとって『理不尽で恐ろしい』ものなのだから。
「湯葉食いたくないのかい?」
「早速治しましょう」
こうして京都の会合は終わった。母が健在であることを示すだけで妖異達には十分すぎるほど伝わっただろう。
『人間と関わるな』と。
母も心中複雑だろう。中作と妖刀女が親密になることで彼女の呪いは緩み、人の心を取り戻した。元が人間とはいえ妖異となった存在が人間性を取り戻したのだ。
陳腐であるが、我らはそれを『愛の成した奇跡』と呼んだ。
こんな恥ずかしい事を中作に言えるわけがない。気絶してて本当に助かった。診察したら肋骨がほとんど砕けていたが、とりあえず命に別状は無し。頭のへこみはそのままにしておいた。それは自力で治してほしい。それは愛ゆえに負った勲章だから。
妖刀女と中作は、是非ともそのままでいてほしいと我らは思っている。
あくまで『中作と妖刀女限定』になるが。
かつて妖異達は人に紛れ、人の争いに加担し、殺戮に興じた事があった。
時は平安末期。平氏と源氏が対立し、国を分けての戦をしていたときのこと。妖怪達はこの戦に便乗し、思う存分暴れまわったのだ。
この戦では本当に多くの人間が死んだ。
村が消える。
町が滅ぶ。
そんな事が当たり前に起きる地獄だった。
それは人間同士の殺しあいだけではなく、血に酔った妖異による無慈悲で無意味な惨殺も多々起きたのである。
生きるためでもなく、必要だからでもなく、ただ享楽の為。妖異は人を殺して殺して……それでも止まらなかった。
そんな妖異に襲われた国があった。
家族や友人。知り合いを全て殺された女が居た。
女は復讐を誓い、『妖異を滅ぼす妖異』になった。
その妖異が馬鹿な戦を終わらせたのは、なんの皮肉だろうか。
人間も妖怪もその教訓を忘れてしまった。
『人と人ならざるものは交わってはならぬ』
でも中作と妖刀女は別に構わんだろう。それが俺と母の結論だ。なんせどちらも一応人間……だと思う。うむ。一応な。元人間と多分人間だ。中作もかなり怪しいラインに来ているが……多分人間だ。多分な。
我ら親子が『妖刀卍護朱鎮』であることを中作が知る必要はない。
あのハゲは『妖刀マンゴスチン』と仲良くしていればそれで良い。
だから『俺達に関わるな』
ということを現代の妖怪達に説明しようと思っていたのだが……。
「……はっ! 姉さんの股間にジャイアントエレファントが!」
中作が起きた。変な夢でも見ていたようだ。どんな夢だ、おい。
「……寝惚けにしても酷いねぇ」
「頭は治してないから仕方無い」
体は治したが頭は……多分無理だろう。元からの異常は治せん。目の前できょろきょろと辺りを見回すハゲ中作。中天に差し掛かった太陽を反射して、とかく眩しい。
「……あれ? なんか……え、ここどこ? なんで何も無いの?」
中作は混乱していた。いや、混乱しているように見えて、その目は油断なく辺りを見渡している。やはりこいつは人間じゃない気がした。
「妖怪達が大暴れしてねぇ。全部吹き飛んじまったよ。ひっひっひっ!」
鬼婆が笑い、ハゲが引く。
「……うわぁ。マジかぁ」
そこに母の酷い嘘を見た。俺も、ドン引きである。
マジっすか、お母様。そこまで中作に嫌われたくないんですか。実の孫でもそこまで可愛がってなかった気がしますぜ?
この鬼婆に好かれている事も中作の『女難』になるのだろう。いや、母に好かれたから『女難』になったのか。
なんせ『邪馬台国』の女王だった事もあるからなぁ。
ま、丁度良いからこの辺で次話に回すとしよう。
それにしても妖刀女はどこまで飛んでいったんだ。情けない奴め。
真面目な話とアホな話を混ぜると……変なものが出来ますねぇ。うーむ。