七話 朝チュンから始まる恋もあるよね。
今回は出だしから大人な話です。お子ちゃまには少し刺激が強すぎるかな。
朝チュン。
それは男のロマンらしい。
そして女の子のロマンでもあるらしい。
「おや、起きたのかい、中作」
朝、目が覚めると、真横に鬼婆が全裸で寝てた。
この時の感想を四百文字で表しなさい。
『そんなに書けねぇよ。ショックでな』
そんな訳で、修学旅行三日目のスタートです。きゃはー!
◇
朝の食堂。今日の天気は曇り。中作君の心も曇り模様である。
朝食に手が出ない。なんなら箸を持つことすら億劫な気分。鈴木中作はひたすらにアンニュイであった。
「……」
「どうしたんだい、朝御飯は活力の源だとあんたも言ってたじゃないか」
こちら鬼婆さん。朝からご飯をむしゃむしゃ平らげております。
「……なんでばーちゃんなん?」
なんとか出た言葉に力はない。
「あぁ? 婆に婆であることの説明をしろというのかい? 禅問答になるよ」
そして鬼婆はニヤリと笑うのだ。いや、嗤うのか?
「いや、なんでばーちゃんだけなん?」
「年寄りは朝に強いんだよ。あの二人は低血圧だからねぇ」
「……へー」
忘れてはならない。ここはホテルの食堂だ。そして中作君は修学旅行の真っ最中。
つまりは同級生も朝食の時間であるよね、普通に考えれば。
やや遠巻きに見ている同級生達も『なにあのジャージを着た老婆。鈴木って刺繍されてるけど……すごく鬼婆っぽくね』とか話しているのが聞こえてくる。
いや、鬼婆なのはその通りだし、なんなら着ているジャージは鈴木中作君のものである。
鬼婆が着ているのは襤褸じゃない。でもジャージの下は生である。中作君はこの旅行中、ジャージを着るのを諦めた。
いや、そんなことはどうでもいい。何故鬼婆が夢の中から現実世界に抜け出しているのか、そして何故に朝から全裸で横に寝ていたのか。それが重要である。
いや、もっと大切な事があった。
「ばーちゃん。僕、初めてが、ばーちゃんになっちゃったの?」
「ひっひっひ! 初物は、いつの世もご馳走だからねぇ」
「そっかー」
何となく無事な自分には気付いている。朝起きたら服は着てたし。ばーちゃんの悪ふざけだと分かってはいるのだ。でも朝チュンのバージンが鬼婆になった中作君である。もうその記憶は決して消えることはないだろう。
多分髪の毛が生えていたら、その全てが真っ白になるほどの衝撃を受けた中作君である。
これで鬼が横で寝てても甚大なるショックを受けてた自信がある中作君である。一応相手が女性であるし、良しとしとこう、そうしよう。
中作君は現実を呑み込んだ。ごぶりとね。
でも現実は呑み込んだ先から追いかけて来るものでもある。
そう、女教師が困った顔をしながら近付いて来るように。
「……鈴木君。その方は……ご家族の方ですか?」
修学旅行先で老婆をホテルの食堂に座らせる生徒。そんなのが居たら先生も大変だろう。家族にしてもアウトだし、家族じゃなければ、一体なんなんだとなる。
中作君は悩んだ。少し悩んで出た言葉は、これだった。
「……家族だね」
彼の中では鬼婆は家族であった。そんな答えがスルッと出た自分にビックリである。
「おやおや、嬉しいことを言ってくれるじゃないか。あたしゃ血は繋がってないけど、この子と一緒に暮らしてる者さね。この子の世話役と思いな」
「はぁ……世話役……ですか?」
女教師が怪訝な顔をする。確かに現代では『世話役』なんて聞き慣れない言葉ではある。どこのボンボンだよって話だからねぇ。
「何かと問題起こしてるからそのサポートに来たんだよ。飯は中作にツケときな」
「ばーちゃん……あ、反論出来ねぇや」
既に修学旅行がとんでもない事になっている中作君。初日には教師を『あふん!』させ、二日目は妖怪達を『あふん!』させまくった彼である。
昨夜も大変な騒ぎになったのだが……まぁ死人は出てないので良しとするのだ。ごぶりとね。ごぶごぶごぶりとね。
「……中作君を宜しくお願いします!」
担任の女教師が鬼婆にガバリと頭を下げた。腰の角度が綺麗な直角を描く。え、そこまで? そこまでやるの?
「……本当に苦労してるねぇ。教師なんて難儀な仕事だけど……まぁ少しは肩の力を抜いてやるんだよ」
「……っ! はい! お祖母様!」
「……ん?」
担任の返事に、なんか変なニュアンスを感じた中作君である。でも涙ぐんでる先生に聞くわけにもいかず、とりあえずご飯を食べることにした。やはり朝御飯は活力の源だよね。肉だよ、肉。畑の肉でも肉は肉。
◇
さて、いきなりの朝チュンに驚かれた事だろう。中作少年も驚いていたので、これは面白いとして先に結論を持ってきた形になる。
では時を巻き戻して、何故鬼婆が彼の隣で全裸になったのか、その謎を紐解く事にしよう。
時は遡る。あのカオスの時へと。
「おい、鬼。朝から部屋でゲームしてないで、ばーちゃんのパンツを急いで買ってこい。流石に現実世界でノーパンは危険すぎる」
「……いま良いところなんだが」
すごく大切な所なんだが。ようやく地の文の正体を種明かし出来る所なんだが。いや、ゲームも確かにやっているのだが。
「セーブしろセーブ。ばーちゃんのノーパンテロで犠牲者が出る前に……お?」
……お?
「やべぇ! ばーちゃんが早速廊下で口説かれてるじゃん! 高校生は猿ばっかかよ! 鬼ぃ! 早くパンツ……もう紙おむつでもいいから買ってきてー! 僕はなんとか時間を稼ぐから!」
……母もシャバに出て浮かれているようだ。若い娘の姿に変化した挙げ句、『童貞殺し』と呼ばれるセーターを着て……修学旅行で浮かれる男子高校生を誘惑している。それもホテルの廊下でだ。身内のそういう姿を見るのは正直辛い。
「ひーっひっひっひっひ! あたしゃ美魔女だよ!」
「ばーちゃん! そこは美女でいいんだよ! いや、美婆?」
「語呂が悪いねぇ」
「びばばだもんね」
中作少年と過激な格好をした美女は、のほほんと会話しているが……母に声を掛けた中作の同級生は不味い事になっていた。
「……」
目はうつろ。口は半開き。股間はパオーン。完全に『呑まれた』姿だ。流石横乳丸出しセーターは『童貞殺し』の字を持つだけの事はある。なんという破壊力。なんという肌色率か。
「……あれ? ばーちゃん。こいつらに何かした? ヤバくね、これ」
「おやおや、あたしの魅力に坊や達がギンギンじゃないか。中作、ちょっと搾ってみるかい? 一番搾りだよ」
「セクハラァ!」
……埒が開かないので、とりあえず時間を戻す事にする。
ハゲの中作君が妖怪達の大本山……『比叡山』を陥落させたあの日へと。
◇
修学旅行二日目。比叡山。本堂にて
本堂で酒盛りしていた数多の妖怪を倒したハゲの中作。『頭光指殺少年』と自ら名乗り、逃げ惑う妖怪にも容赦なく止めを差して回ったこの外道。
本堂に動くものが居なくなる(痙攣しているのは除く)と更に奥へと獲物を求めて歩みを進めた。
連れである妖艶な尼と金髪少年もそのあとを急いで追う。
本堂の惨状はこの二人をして止める暇も無かったが、この比叡山の秘奥……『奥の院』へと続く道に控える妖怪達は皆長老格である。
それとハゲをぶつけてみるのも一興かなぁと尼と外つ国の妖異が思っていたのは確かである。
本堂の妖異達は、いわば雑魚。足軽雑兵、その程度。人に比べれば確かに驚異ではあるが、人でもなんとかなる相手である。
しかし奥の院へと向かう道々には更に強大な力を持つ妖異がひしめいていた。
それとぶつかれば流石に歩みが止まるだろう。尼と金髪少年は、そう思っていた。
「ふはははは! わしゃあ赤ちゃんが大好きでのぅ! 好きが高じて産婦人科病院の婦長をしとるんじゃ!」
「へー。大蛇なのに立派な社会人なんだねー。とりあえず、そいやっ!」
「あふーん!」
部屋に入りきれず渡り廊下の庭先で酒を飲んでたウワバミを『頭光指殺少年』が瞬殺。倒す意味が分からない。
「ふひひひひ」
「なんか気持ち悪いから、そいやっ!」
「あふーん!」
出オチすら許されなかった『サトリ』も凶刃に倒れた。猿の妖怪で対人戦なら負けなしとも言われる妖怪だが、ハゲの反射的な動きだけで倒された。妖怪同士だとかなり弱い部類に入るのでこれは妥当か。
「いけいけごーごー!」
「げひゃひゃひゃひゃ! 妖怪いずくんぞ、なにするものぞ! なにするものぞぉぉぉぉ!」
いや、それはお前にこそ、聞きたい。
「うふふふ。私は雪女。人が触れれば途端に凍りつかせる魔性の女……」
「お椀アターック!」
「アタックチャーンス! 目指せおっぱい!」
「あふーん!」
物理系に対して抜群のカウンター能力を誇る雪女もハゲによってあえなく散った。お椀妖怪とのツープラトンである。
間違ってもお椀単品によるおっぱいセクハラではない。ちゃんと脇腹をお椀で『ぐーりぐり』だ。
冷めた瞳のクールビューティーもハゲとお椀には勝てなかったのだ。
だが、遂に妖怪界でも最強を誇る門番が二人の前に現れる。
「ここは通さんぞ! 人間と妖怪のタッグであろうが我は倒せぬと知れ! この無敵装甲は決っして破れぬわ! ぐわははははは!」
最強の門番。その正体は……小さなカメだった。片手で持てるサイズのカメである。それが渡り廊下の最後にいた。ちょこんといた。
「……カメ?」
「カメだね」
「……ちっこくね?」
「密度を上げるとこうなるんだって」
「……とりあえずひっくり返しておこうか」
「のわーっ! たすけてー! たろー! たすけてー!」
カメはひっくり返され、ジタバタともがいていた。小さな手足でチョコチョコである。腹には何故か『竜』の文字が書かれている。
「……このカメ、もしかして竜宮城のカメさん?」
「うん。あれ、実話だし」
「そっかー」
ハゲ、小さなカメをひっくり返したまま、そのまま通りすぎる事にした。まさに外道である。
「あ、ちょっ……元に戻してー! たすけてー! 誰か! 誰かー! たろー! たしゅけてー! 竜宮城に行きたいかー! だったら、たしゅけてー!」
後にはカメの悲鳴だけが残された。尼と金髪少年も面倒臭そうだからスルーした。
最強の門番も突破され、『奥の院』まであと少しという所まで来たハゲ一行。歩みはやはり止まらない。
「……なんかさ、なんで妖刀の所有者なのにおかしくなってないんだーって悩んでた自分が馬鹿らしく思えてきたわ」
「……そうですね。元からおかしかったんでしょう。妖刀が彼を選んだ訳ではなく、彼が妖刀を手にした、それだけの事だったんですねぇ」
煤けた尼と、くすんだ金髪少年が見守る先、遂に『奥の院』が見えてきた。
そこは離れのような場所だった。隠れ家のようにひっそりと自然の中に佇む古びた庵。藁葺き屋根の小さな庵である。苔むした敷石の先に隔世の感を映し出す『奥の院』は……何故か中から悲鳴が聞こえてきた。
「ぎゃぁぁぁぁぁ!」
それも汚い悲鳴だ。断末魔だ。
勿論ハゲもお椀もそれが聞こえている。尼にも金髪少年にも聞こえている。尼は見るからに憔悴していた。声の主に心当たりがあったから。
「……なんか事件の臭いがするね」
「うん。事件だね」
ハゲとお椀はお目目が爛々である。間違いなく今の状況も楽しんでいた。
お前ら、マジか。
そんな眼で金髪少年が見ていることにも気付かぬ二人。気付いていても変わらなかったと思うので……まぁそんなもんだろう。
「ふふふ、ここは例の台詞を言うべき所かな? ワトスン君」
「そうだよね、ミスター」
変な事を言い出した二人であるが、ここで勘違いをしてはならない。
この荒れ狂う二人、少なくとも一方は、何か目的があってここまで来たわけではない。何となくなのだ。何となく足を進めて妖怪を探し、片っ端から『あふーん!』させていたら、ここまで来てしまっただけなのだ。間違っても『会合の場所を探して』なんて意識はハゲの中には欠片も存在していない。
故にここがなんなのか鈴木中作は全く分かっていない。自然の中に佇む趣ある『奥の院』も、『あー。何か田舎にありそうな小屋があるー。ぼろっちいな』ぐらいの感覚だ。
ここが比叡山の中でも重要な場所であることを全く分かっていないハゲと、分かっていて楽しんでいるお椀。
会合は確かにここで行われる。しかしそれを知るのは『お椀』と『尼』と『外つ国の妖異』だけ。ハゲの中作は何も聞かされていないのだ。端から見ると、完全にハゲのカチコミ……妖怪大本山への『殴り込み』以外のなにものでもない。
何も知らないでその暴挙に出ている犯人は……。
「あれれー? 犯人はジッチャンの中にいる! 会議室でな!」
おかしな事を言い出した。ここに来て更に頭がおかしくなったハゲ中作。いや、おかしいのは元からだから……元からか。うん。元からだ。
「……なんか混ざりまくったねー」
お椀ですら少し間を置く、いかれ具合。尼と金髪少年は既に突っ込む気力すら残っていない。一人だけ元気なのだ。ハゲだけが。
「めぼしい奴を全部混ぜてみたよ。で、会合って何処でやんの? ここで終点みたいだけど」
言いながら辺りを見渡す中作君。ここは既に外である。木々の隙間から差し込む光が脳天直撃で彼の頭に反射する。
ここで意外な事実が判明した。妖怪を片っ端から『あふーん!』させていた中作君は思ったよりも冷静だったようだ。会合のために比叡山に来たのに、出会う妖怪全てをノリだけで『あふーん!』させてきた奴が冷静であるはずがないのだが、奴は冷静だった。冷静ってなんだっけ?
「てっきり忘れてると思ってたー」
「いやいや、こんなところまで来といて目的を忘れるわけないじゃん」
……正論である。ハゲの口から出てきたのは、間違いなく正論だった。頭おかしい奴にまともな事を言われて他の面子は黙り込んでしまった。お椀ですら『お前……お前ぇぇ』である。
みんなが黙ったので風の揺らす葉の音がさらさらと、ここが山の中であることを教えてくる。
何とも言えない沈黙がしばし辺りを支配した。鳥の声も虫の鳴き声もしない、風に揺れる葉擦れの音だけが聞こえてくる。ここは比叡山の山の中。本来なら動物の気配に満ちている場所だ。しかし辺りには虫一匹飛んでいない。鳥のさえずりも聞こえない。
ハゲ中作こと、『頭光指殺少年』のインパクトで、すっかりその存在感を失っているが、ハゲの背中には『妖刀マンゴスチン』が背負われている。
常時生き物を遠ざける『圧』を放つ鬱陶しい妖刀が。
しかしそれよりも鬱陶しいのがハゲの頭の反射光だったりする。まさに目障りなこと、この上なし。
しばし謎の間がハゲ一行に訪れた。鈴木少年もいきなり現れた沈黙の間に戸惑いを見せる。エロい尼を見、金髪少年の顔を見、そしてお椀を見る。
そして責める視線を向けられてる事に何となく気付く。ハゲは地味に衝撃を受けた。そんなに決め台詞がいまいちだったのかと。
修学旅行中ということで彼も自身のテンションがおかしな事になっているとは思っている。
でも相手は妖怪ですし。
妖怪ですよ?
だって妖怪なんだもん。
ここなら監視もないですしー。
だったら全力でいけるよね。
なんせ『妖刀マンゴスチン』の所有者が妖怪相手に舐められる訳にはいかないから。
相手がこちらを『値踏み』するならば、せいぜい『高値』になるよう足掻いてみせよう、どこまでも。だって僕は恋するボーイだからさ。by中作。
本当に意外というか、分かりにくい事だが、鈴木中作という人間は強かでクレバーな面を持っている。
幼少期を海外の色々な地域で過ごした中作君。両親に引っ張り回されて過ごした日々が、彼を精神的にタフガイにした。タフというか老成か。
確かに彼は高校二生の男子ボーイである。しかし彼の内面はこの世の残酷さをこれでもかと経験したヤサグレソルジャー引退組の精神に匹敵する。
いつも『普通』であることを旨とする変人、中作君。
彼は人がどれだけ残酷になれるのか、それを実際に見てきた人間だ。平和な日本で育ってきた温室育ち達とはそこが違う。違いすぎるのだ。
度々話題になったこれ。
『妖怪を殺して平気なの?』
じゃない。間違えた。これは今やってるゲームのやつだ。正しくはこっち。
『なんで妖刀の持ち主なのに狂ってないの?』
彼が妖刀に呑まれていない理由。それは彼が地獄を経験した人間だからに他ならない。
なんなら妖刀が怯むほどの地獄を潜り抜けて来たのが鈴木中作なのである。メンタルの強さ、狂気耐性は折り紙付きである。
彼の物怖じしない性格と世渡りに長けていること。そして無駄に高い家事スキルは、それが故となる。
本人は『自分は普通っすよ』と語るが、それは騙りである。普通の人間は、たとえそれがモフモフでも妖怪の脇腹をツンツンしようとは思わない。いわんや大蛇なんて尚更だろう。
だが、ここでも勘違いしてはならない。
鈴木中作は『特別』ではない。
彼は決して『特別な存在』ではないのだ。
彼の両親も『変人』ではあるが、間違いなく『凡人』である。好奇心が旺盛で世界を股にかけるバイタリティー溢れる商売人であるが、妖怪ではない。妖異でもない。先祖代々歴とした人間である。そしてその息子たる鈴木中作少年も、間違いなく人間なのだ。
人生経験値がすごいだけで。
物心つく前から世界を旅してきた中作君である。綺麗なものも、汚いものも沢山見てきたのだ。
人間は可能性の化け物である。妖異よりも弱く、だが時として妖異を遥かに越える力を発揮出来る生き物。
それが人間だ。
特別な存在でなくても『変わる』事が出来るもの。それが『人間』という生き物なのだ。
あの『特務六課』の喪女達がどうしようもなく『凡人鈴木中作』に惹かれてしまうのは、彼から滲み出る『深み』を何となーく感じてしまうからなのだ。
何故か良い女ほど、悪い男に惹かれるものだ。不思議とな。つまりはダメな女でもあるんだが……まぁいい。
その『特務六課』のダメなお姉さん達は、今現在ここには居ない。お堂の中は『治外法権』であり、政府の人間は立ち入りが禁止されている。ここまで表記が無かったが、決して書き忘れた訳ではない。ハゲのせいで、彼女達の事をすっかり忘れていただけだ。
ハゲが『妖怪あふーんパレード』を始めた辺りで既に彼女達は外でお留守番である。それもあってか、鈴木少年のテンションが爆上がりしたのかも知れぬ。
彼も彼女達の監視の中では、何かとやりにくさを感じていた。その束縛からの解放感により、少年は『頭光指殺少年』へと変身したのかも知れない。いや、どうだろう。素か?
そんな訳で……いや、どんな訳かよく分からんが、鈴木中作は今、彼の持ちうる全てをさらけ出していた。本気の本気である。
ここまで散々引っ張っておいてなんだが、彼の目的はただひとつだ。
『好きな人と一緒に居たい』
ただそれだけなのだ。
それだけのために、彼は全力を出している。
なんと甘く切なく酸っぱいことか。
忘れがちであるが、この物語は一応ラブロマンスである。多分初めて知った人も多かろうが、ラブロマンスなのだ。ラブコメディではなく、ラブロマンスであることに注目だ。
鈴木中作は本気である。本気で恋に生きている。
だが、悲しいかな。
真面目にやればやるほど『おかしく』なるのが世の常である。
そう、今この瞬間の真面目な雰囲気を吹き飛ばす怒号が『奥の院』から聞こえてくるように。
「ぎゃぁぁぁぁぁ! 止めろぉぉぉぉ! 尻尾は止めろぉぉぉぉ! お手入れが大変なんだよぉぉぉぉぉ!」
静寂は破られた。汚い悲鳴で破られたのである。
緑に埋もれる『奥の院』から、次いでこんな叫びも聞こえてきた。
「うるせー! 尻尾が多けりゃ偉いとでも思ってんのか、ごらぁぁぁ!」
「こちとら九本までこつこつ頑張って増やしてきたんだよ! 一本尻尾に、この苦労が分かってたまるかぁ!」
そして『奥の院』は吹き飛んだ。まるでギャグ漫画のように見事に爆発した。
妖怪大連合との会合は、まさかの『爆発オチ』で始まることなく終わるのであった。
……散々引っ張っておいてなんだがな。本当に。
◇
比叡山で行われるはずだった会合。それは始まることなく会場が吹き飛ぶという不思議な流れとなった。しかしここは妖怪達を統べる『妖怪大連合』の大本山。
そんな不思議な事が、よく起きるのが妖怪クオリティ。
古びた庵が跡形も無く吹き飛んでも怪我人一人、出ることはなく、会合も『奥の院』があった場所、森の中の小さな広場で行われる事になった。
ここにようやく妖怪と人間と妖刀の会合が始まる。鬼婆全裸添い寝事件の真相まであと少し。もう少しだけ我慢である。
「……もっふもふやね」
会合の始まりは鈴木中作の発言からであった。
『青空会合森の中』
これが始まったのである。
鈴木中作少年は森の中で感動していた。狐である。それも尻尾が九本ある狐が目の前にドカン!と座っているのだ。目線が嫌でも上を向く。
「……命ばかりはお助けを」
狐は震えていた。お座りで震えていた。狐は座っているのだが、そのサイズは二階建ての建物とどっこい。とても巨大な狐である。その狐が頭を下げて震えている。変な事も言っているが、中作君の耳には入らない。
もふもふやで。もっふもふなんやで。それしか中作君の頭にはない。
とりあえずでかいのだ。お座りしている狐だけど、とにかくでかい。でかすぎる。
この巨大すぎる狐が『奥の院』を吹き飛ばした犯人。妖怪大連合のボスにして、妖艶なる尼、その本物である。妖怪掲示板で『辛口』としてポチポチしていたのがこいつである。
なお、中作君達といた尼は影武者で、実は狸である。今は変化を解き、ゆるふわお姉さんの姿で巨大狐の足をげしげしと蹴っているが。
「なにしてるんですかー! 建て直すのも只じゃないですよ! というか重要文化財になにしてんですかー!」
「いや……ほら、みんなでやればすぐに直せるし」
「重文だから面倒なんですよー!」
巨大な狐は反省しているのか、してないのか分かりにくい反応であった。ゆるふわお姉さんのぶちギレ具合からすると多分反省はしていないのだろう。だが見上げるほどの巨大な狐が言葉を喋り、ふさふさの耳がぴこぴこと動く光景は、中作君の心を惹き付けて離さない。
「……もふもふだね」
「そうですね」
モフモフの巨大な狐に呆けている中作君。そのすぐ横に銀髪のメイドがいることを彼はまだ気付いていない。
巨大な狐に現を抜かす中作君。そんな彼を無視して中作の肩に乗ってるお椀がメイドに手を振った。
「曇天、まーちゃんは無事?」
「はい。無事ですよ」
「……どこ?」
お椀がきょろきょろと辺りを見渡す。
だがお椀が見る限り、彼の主は何処にも見当たらない。もしかしたら巨大な狐の背後にいるのかも知れないが、そんなことをする意味が分からない。仲間が二人付いているので大丈夫なのは間違いないのだが。
とりあえず互いの自己紹介から始めようとお椀は思っている。今この場で動けるのが彼しかいないので仕方なく彼が動くしかないのだ。紳士は震えて隠れてるし。
「真理亜さんは、あの遠くの木の陰に隠れていますね。どうやらそこのハゲ。いえ、妖刀の持ち主に警戒しているようです」
曇天が指差した先、狐の面が木の幹から少しだけはみ出しているのが見えていた。ものすごく遠巻きである。
「……ま、いっか」
お椀は自己紹介を瞬時に諦めた。恥ずかしがりやというか、人見知りな主である。流石にいきなりのハゲはハードルが高いとお椀も思ってる。
「もふもふ……これは……抱きついても、おっけ?」
まるで夢遊病患者のようにフラフラしだした中作君。ゾンビか? ある意味猛烈ファンタジー。大蛇よりも遥かにファンタジーな光景に彼の子供魂が揺さぶられていた。
「見た目よりも硬くて気持ちよくはありませんよ」
「へぇ、そうなんだ…………メイドだとぅ!? め、メイドだとぅ!? しかも銀髪だとぅ!? お主何奴……いや、メイドさんか」
ここでようやく中作君は隣にいる銀髪メイドの曇天に気付いた。驚愕からのバックステップ、そして三度見からの納得という、オチまで付けた完璧なリアクションである。
曇天もこれには内心で苦笑いである。
しかし銀髪メイドの曇天は、あえて塩対応を取ることにした。
「曇天と申します。以後よしなに」
完璧なカーテシーと共に曇天は挨拶をした。メイドとして色々とポンコツな彼女であるが、カーテシーはプロ級まで鍛え上げてある。その見事なメイドっぷりに中作君は……普通に応対した。
「あ、はい。鈴木中作です。今後ともよろしく……で良いのかな」
軽く会釈。そして爽やかな笑顔、ナイスガイスマイルもおまけで付いてきた。歯がキラリと光り、頭が『ペッカー!』と光輝く。
「……普通ですね」
曇天の口から思わず本音が漏れていた。
……いや、普通か?
「……え、なんか面白い事を言わないとダメなの?」
そんな妖怪ルールなんて知らんでよー、と中作君は思ったという。いきなりのダメ出しだから中作君悪くない。
「普通だけど普通じゃないのは曇天も分かるでしょー?」
肩のお椀が楽しそうに問うていた。そう、それはとても楽しそうに。
曇天は『ぴきーん!』と来た。これはお椀からの絶妙なパスである。ボケろというアシストである。
いつも無表情な曇天の口の端が僅かに上がる。
「……そうですね。この私に欠片も欲情しないなんて……間違いなく男色家ですね、このハゲは」
「初対面なのに酷いなぁ!?」
見た目は銀髪メイドの美人さん。しかしこいつもやはり妖怪なのかと中作君は思った。
そしてそれを木の幹に隠れて聞いていた安倍真理亜は大興奮である。狐の面の下は紅き雫で大変な事になっていた。
……少し長くなりすぎたか。
続きは次回に。
ここに来てようやく主人公の中作君にフォーカスが向けられます。彼が何故『鈴木中作』なのか……その謎がこれから解かれていくのです。多分。