五話 比叡山に行くでよー。
今回は短め。キリがよいとこで切りました。スパンとね。
その日は良く晴れた日であった。天気予報では一日晴れ。占いでは牡牛座さんが一位になった日である。
まだ朝と言える時間。降り注ぐ気持ちいい朝日を電車の中で浴びる少年は微睡んでいた。
そう。
微睡んで……眠りについていた。
「中作ぅぅぅぅぅ!」
「どわぁぁぁぁぁ! 落ち着いて姉さん!」
「落ち着けるかぁ! おま! お前ぇぇぇぇぇ!」
ここは中作君の夢の中。夕日が綺麗な、何処かの神社である。ここは不思議空間で、不思議な存在が住んでいる。
でも今はそんなことを説明している暇はない。
「ひっひっひっひ。女難がすごいねぇ。男の子ならむしろご褒美かい?」
「ばーちゃん! とりあえず姉さんを止めて! ぐぬぬぬぬ!」
「このぉぉぉぉ! 浮気ものぉぉぉ!」
中作君。日本刀を振り下ろす和服の女性に絶賛斬り掛かられています。真剣白羽取りの真っ最中だね。大上段からの唐竹割り。その殺意は本物だ。
「……中作。ゲームの充電が切れた。早くコンセントのある場所に」
「鬼ぃ! お前も見てないで助けろぉぉぉ! ぐぉぉぉぉ!?」
中作君。よそ見して生まれた隙を突かれ、思いっきり腹を蹴られた。和服の女性の見事なヤクザキックがボディに炸裂である。そして吹き飛ぶハゲの中作。十メートルくらい馬鹿みたいに飛んだ。まるでアクション映画のワンシーンである。
蹴り飛ばされた中作君は、神社の壁にぶち当たり、地に崩れ落ちた。ぐしゃりとね。夢の中じゃなかったら死んでるよぉ。
「足か! お前は足に弱いのかぁ! あの女に踏まれて喜んでいたわよね!」
「……否定はしない」
地にひざまずき、口から血を流す男、中作。ここで嘘を吐かないのが中作クオリティ。
「姉さん……蹴るなら素足でお願いします」
「この変態っ!」
このあとフルボッコにされた。雪駄は脱いでくれなかったよ。ちっ。
◇
そしてフルボッコ後。
夢の中だとすぐに傷が治るから素敵だよね。ハゲは治らんけど。
大暴れして落ち着いた姉さん……マンゴス姉さんに膝枕してもらいながらの会話である。
「で、なんで比叡山に行くのよ」
「姉さんの安全性をアピールするためだよ。別に現実でも暴れたい訳じゃないでしょ?」
「……まぁ……うん」
さっきまで大暴れしてて僕の肉体がバラバラになってたけど、それはまぁ……うん。
マンゴス姉さんは微妙に目をそらしていた。暴力志向が強い自覚はあるんだろう。
「歪んだ愛だねぇ。女なら男の浮気の百や二百は受け入れてやるもんだよ。その上で搾れるだけ搾りゃいいんだ。ひゃっひゃっひゃっ!」
白髪の老婆が笑い声を上げる。見たまんま鬼婆だ。襤褸を身にまとっただけのセクシーすぎる鬼婆である。だからパンツぐらい履いて。ほんと。見えてんだよ。
「ばーちゃん怖ぇよ。女性恐怖症になるっての」
「……確かにな」
今度は渋い声の同意が聞こえた。これは鬼の声だ。ムキムキでイケメンなんだけどパンツ一丁という、ものぐさ野郎だ。せめて服着ろよ、ほんとにもー。
親子でそっくりだなーもー!
この『鬼』と『鬼婆』。それと膝枕してくれている『和服の女性』が、僕の夢の中の住人だ。和服の女性は僕の想い人でもある。
「ううっ……中作が悪いんだもん。色んな女とイチャイチャして!」
僕の想い人は、ものすごく嫉妬深い人だ。ヤキモチ妬きだね。他の女性と会話しただけで膨れてしまう面倒なゲフンゲフン。
……可愛い人だ。
「僕、誰かとイチャイチャしてたかな?」
手と足が無事にくっついたので、動作確認するついでに頭を撫でて記憶をまさぐってみた。
……はて、イチャイチャなんてしてただろうか。いや、してないよね? 僕、我慢したもん!
でも姉さんからすると違ったようで。
「お、女教師に抱かれて寝てたでしょ!」
「……あれは僕の頭の皮膚だけが目的の変態さんだよ」
猟奇的な感じがして僕は最終的に震えていたね。触感フェチとか聞いたことねぇよ。
「黒づくめの女と手を繋いでいた!」
「無理矢理掴まれてたんだけど。あの人達、みんな握力が100越えだよ?」
ふとした瞬間に手を握り潰されないか、割りと不安でした。
「女風呂を覗きに行った!」
「……入り口で阻止されましたが」
イチャイチャしてねーよ。芋虫ウニウニだよ。
「ぐぬぬぬぬぬ!」
なんか唸ってる。犬みたいだ。
普通に面白い人だと思う。これで名前が『妖刀マンゴスチン』なんだから納得である。いや、本人には言わんけど。
「あの妖怪女の体にも触った!」
おおっと、まだ姉さんのターンだ。そしてそこはクリティカル!
「服越しで、しかも脇腹だよ?」
僕もちょっとアウトかなーとは思ってます、はい。つついた瞬間に出てきた『はぅん!』って声は色っぽくてびっくりしました。
「破廉恥よ! 破廉恥すぎるわ!」
僕を見下ろす彼女のお顔は真っ赤である。真っ赤なお顔でマンゴス姉さんは叫んでる。でもこれって……。
「……姉さんもされたいの?」
そんな風に聞こえた。多分そういう事なんだろう。マンゴス姉さんも『むっつり』であると確認済みである。そんなにツンツンされたかったのかー。むふふ。
「は、破廉恥よ! そんな……は、破廉恥にすぎるじゃないの!」
手をバタバタさせて騒ぐ様子は中学生か。いや、今の中学生はおませさんとも聞くし。
「……うーん。まずは手を繋いでみる?」
実はまだ僕らは手を繋いだことも無かったりする。それなのに膝枕は大丈夫ってどゆこと?
「だから破廉恥すぎるわよ!」
「……面倒な小娘だねぇ」
「だな」
「うっさーい!」
こうして僕の夢の中はいつも賑やかなのである。
◇
「……ふぬ?」
「あ、起きたー? なんか死んだように眠ってるから死んだのかと思ったよ」
目を覚ますとそこは電車の中だった。それもただの電車ではない。ケーブル電車だ。
比叡山に行くにはバスを使うか電車とケーブルカーを乗り継いで行くか、あとは車でブインブインと山登りするしかない。京都観光として駅から歩いて行くのは死ねるらしい。
ケーブルカーに乗り換えしたところで中作少年は力尽き眠ってしまったのだ。
そして夢の中で折檻された。短いようで、長いお仕置きタイムだった。
「あー……着いた?」
夢と現実。その境にまだ居るようで頭がスッキリしない中作君。目の前の座席にお椀が一人で立ってるからめっさファンタジーなのだ。
「もうちょいで着くよー。あとさ……遭ってたよね?」
車内の座席の上でお椀が上目使いで見上げてくる。それは何かを探る気配だ。きっと背中の竹刀袋が気になるのだろう。
「……折檻された」
探られても痛くも痒くもないので中作君は素直に吐いていた。体感で三時間ぐらいは夢の中に居た気がする。その大半がお仕置きタイムだ。姉さん、マジおこりんぼ。
「……そこまでは分からなかったなー」
お椀がガックシしてた。なんだか悪いことをした気になる。
「なんか現実でも起きてたの? 僕の悲鳴が聞こえたとか」
そうなるとあれな気もする。おういえすかもんかもんとか寝言で聞かれてる事になる。
……ヤバイな。
中作君は嫌な汗が出るのを感じた。それは流石に恥ずかしい。
「……ねぇ、本当に大丈夫?」
「……え、どっち?」
心配そうなお椀の問いに中作君は迷った。
己の性癖がバレているのか、それともバレてないのか。バレた上で心配されているのか。もしくは本当にバレてないのか。
中作君には分からない。判断が着かないときに下手なことを言うとやぶ蛇ですらある。嫌な汗が止まらない中作君である。ツルツルピカピカの頭が更に汗でテッカテカー!
そんな迷える中作君の背後。後ろの座席から馴染みのある二人の話し声が聞こえてきた。
「ううっ……私としたことが、あんな小僧にしてやられるなんて……」
「まぁまぁ。彼は妖刀に認められたもの。侮るのはよくありませんよ」
「でもハゲなのよ!? ハゲ! まさに小僧なの! それなのに……ううっ……負けた……私、お姉さんなのにぃ。あの子の魔手に屈したのぉ……」
……ハゲ、関係無くない? そう思うも、ガチ泣きしている感じがするので言い出せない。
なので中作君は声を潜めてお碗に聞いてみた。目の前のお碗にな。
「……ねぇ、おっぱいさんや。僕の頭ってさ」
「……まぁハゲだよね」
「……ハゲちゃうわ。剃ってんねん」
でも僕もきっとツルツルピッカピカの頭を見たらそう言うだろう。
……ヘルメット持ってくれば良かったなぁ。ぐすん。
◇
比叡山。
ここは山である。
寺もあるが山である。
山のあちこちに施設が散らばってるので観光するのも体力がいる場所だ。
ガチの山登りとまでは言わないが、かなり本格的なハイキング並みの負荷は掛かる観光地……いや、観光地にしても容赦の無い場所である。
まぁ、寺だし。
でも基本的に寺だから……あれだよね。
た・い・く・つ・だー!
「きっと昔の人は寺フェチだったんだね。特に京都人」
はんなりどすえーと言いながら、寺を見ては興奮して鼻血ブーだったに違いない。京都ってなんとなく血生臭い歴史があるけど、そういうことなんだね。鼻血ブー。
「あー……晴明も似たような事を言ってたなぁ。坊主はどんだけ仏像が好きなんだーって」
「……業が深いねぇ」
「うん。深いよねぇ」
お椀と一緒にしみじみしてしまう中作君である。自然豊かな比叡山をてけてけ歩いていたが、彼は、すぐに飽きた。なんせ寺である。見るものは建築物と自然と仏像のみ。
「仏像フェチなら楽しめるのかな」
「多分ねー」
ハゲとお椀のコンビはそれでも山々の自然を楽しむ余裕があった。季節は初夏。素敵なハイキングである。
しかしこの人は、へこんでいた。
「何故……何故に写真撮影禁止に! この前調べた時は大丈夫だったのに!」
金髪少年紳士さん。至るところに『撮影禁止!』の看板が立ってるのでずーっと嘆きっぱなしである。
「あ、今回の会合に合わせて禁止したんだった。ほら、色々とヤバイのが来るでしょ? 万が一ってのも考えてそうしたのよ」
先導する尼さんは坂道でも構わず、すたすた進んでいく。観光案内を務めているのだが普通にキツい。なんせ山ですので。道は舗装されてるけどアップダウンがね?
「ガッデム! いやさ、死ねよ、神!」
「ちょっと! お寺でそんな呪い吐かないでよ! まぁ良いけど」
良いんかーい! いや、神様も、おるんやないかーい!
そんなことを思いながらも、尼さんプレゼンツのお寺巡りは平和に進んだ。
なんか忘れてる気がするだろうが、それは多分『黒づくめ』だと思われる。別にあえて彼女達を無視している訳ではない。
黒づくめの人達は遠巻きに中作君達を監視していた。何故か知らんけど電車に乗った時点で中作君から距離を取ったのである。
中作君としては別にかまわないので放置してるが……まぁ害が無ければ良いのだと彼は前を行く尼さんの尻を見て、尼を追いかけていた。
尼の尻である。
字面が似ていて読み間違えそうになるが『ジャパニーズシスターズヒップ』である。これも字面が酷いなぁ。
なんか僧衣の尻辺りに、尻尾みたいなのがあるんだよね。気のせいかと思ってたけど。うん、多分尻尾だ、これ。
「辛口さーん。お尻触ったら怒るー?」
「当たり前でしょ!? あんた何を言い出すのよ!」
「ちぇー」
ハゲはセクハラも嗜むもの。だからハゲは嫌われるのだ。この世の真理に辿り着いたブライト中作。
比叡山巡りは怒声と嘆きが入り交じるカオスな賑やかさで進んでいった。
一方その後方で黒づくめの女達は、こんな会話をしていたそうな。
「……総本山に来ちゃったね」
「……来ちゃいましたね」
「電車に乗った時点で我々にも監視が付くとは思いませんでしたが」
「……最悪、戦争ですわ」
「……やっぱり戦争だよなぁ」
「仕込み刀でどこまで殺れるかですね」
「いや、殺るな。ここは絶対に動くな。電車にメイドがいた」
「……そこまで大事ですか」
「妖怪達にとって、あの妖刀は間違いなく本物という事ですわね。やはりパパは本性を隠していたと」
「隠していたのか、我らが見抜けなかったのか。なんにせよ一騒動はあるだろう。今回の会合……安倍家も来るそうだ」
「あのお椀も安倍の式ですよね。かなり打ち解けているように見えますが。旦那様は友達が居ないタイプでしたのに」
「……同級生よりも親密ですわね。パパの今後がすごく心配になりますの」
「……まぁ私達が居ますから」
「それより見つかったのか? 彼の想い人とやらは。同級生は全員確認したが居なかった。彼は年上好きだから上級生、もしくは教師という可能性も高かったが……」
「学校の人間は全て調べましたが該当者は存在せず。近所の人やスーパーのパートさんも調べましたがやはり存在は確認出来ず、ですね」
「……そうなるとパパの想い人は、パパの妄想ですの?」
「その可能性が高いです。アニメや小説のキャラという可能性も……なきにしもあらずですね」
「……うわぁ」
「でも、物証は何もありませんわよ? フィギュアもポスターも部屋にはありませんでしたし」
「そうなんですよね。あるのはゲームくらいですし。年頃の男の子としては枯れすぎてる気がします」
「……そう言えばアイドルにも興味なさそうですね。その手のものが全くありませんでしたし」
「……同級生とお話し、ちゃんと出来てるのかしら」
「……た、多分平気ですわよ。多分」
「……本当に大丈夫かしら」
「最終的に我らが責任持って引き取るから問題あるまい。それよりもだ……」
「今夜のパートナー……ですね?」
「昨日は教師に盗られたが今夜は渡さんぞ」
「いっそ全員で……」
「そうですわね、その方が……」
「うむ。手っ取り早く行くにはそれしか……」
「決まりですね。ふふふ……」
山の自然に心癒されている中作君。彼の背後に忍び寄る怪しくもアダルティな気配。
ブライト中作君の今夜はどうなる!
ということで次話に続く。
不思議なもので……ここのサイトに他のとこで書いたのをコピーすると印象が変わるんですよね。なんでだ?