三話 行くぞ京都観光……観光?
一話が大体一万文字。そんなつもりはなかったけど、そんな感じになりました。
鈴木少年が神社で黒づくめの女達に怒られ地面に正座を申し付けられていた頃。
この人達も京都に来ていた。
「まーこ、まーこ。あそこのコスプレしてる幼女……すごく臭い。湿布系の臭さだから近付くのはノーサンキューで」
「おぉ。なんとお洒落な駅舎になったものよ。これは隅々まで探険せねばなるまい」
「今回は遊びに来た訳じゃないんだから大人しくしてて」
京都駅に現れたのはボインの女神とその配下達。
彼女達はお仕事で京都に来ていた。そう、お仕事で。
それも『陰陽師』としてお呼ばれしたのである。
なのでこうなるのも当然だった。
「ボインの陰陽師だー!」
「写真撮っても良いですかー!」
「狩衣が本格的ですね」
「あの、このスリッパって?」
「……やかん? なんで背中にやかんが?」
「すいません、写真はちょっと……通してください。通してー!」
顔は狐の面で隠れているが、その『ワガママばでぃ』は隠せない。いやさ、むしろ主張する。
我、ここにありと。
「レベルたっか! なにこのコスプレイヤーさん! 見たことない子……新人でこれなの!? なんて攻撃力なのよさ!?」
「私はコスプレイヤーじゃないんですぅぅぅぅ!」
いや、コスプレイヤーじゃないほうが問題だから。
そんなスリッパの突っ込みも届かないほどにボインの陰陽師……『安倍真理亜』は京都駅のコスプレ会場で大人気となっていた。
なお、今現在怒られている鈴木君とは全く関係ない話なので鈴木君の方に話を戻すとする。
◇
お椀から誘われた『レッツ! フルチ○パレード!』を黒づくめの女達に阻止された鈴木中作。彼は神社の敷石の上で正座しお説教を受けていた。
ターバンを頭に巻き、背中には竹刀袋を背負った少年が地面に正座し、その周囲に黒づくめの女達が林立するのだ。
その光景は古都京都でも珍しいものである。というか、絶対に異様だよね。
「うわー。なんかデジャブる」
「あいつも変な事しては家族に怒られてたわね」
「はっはっは。伝説も家族には形無しですねぇ。面白いので撮っときましょう」
パシャリパシャリ。
そんな音を前後左右から聞きながら鈴木少年は理不尽に耐えていた。
「いいですか。あなたは人間です。なので人間らしい行動を心掛けて……いえ、徹底してください!」
目の前に立つ黒づくめが自分を見下ろす。この人は……『葵翼』さんだ。あおいつばさ、と読むが、背中にブルーの羽根があるわけではない。
特務六課でも一番真面目にして、むっつりスケベェな女性である。
最初に会って以降、ほぼ毎日お風呂を覗いてきたド変態お姉さんという……あれ? むっつり要素どこ?
そんな変態に鈴木少年は、お説教を受けている。
鈴木少年は理不尽に耐えていた。
「……了解です」
鈴木少年は空気を読む男。ここは納得できなくとも大人しく従うのがベターと判断した。
そもそも説教の内容自体が、なんか変である。なんだ、人間らしいって。
鈴木少年には『人間らしくない』行動がいまいち分からない。フルチ○パレードは間違いなく人間らしい行動だ。それは鈴木少年も胸を張って言える。そんなの人間しかやらねぇよ。彼は大きな声で、そう言いたい。でも黙ってる。
「……本当に分かってますか?」
「分かってます。はい」
ここで反発すると決して許されることなく永遠にお説教は続くのだ。敷石が痛いです。足が泣いてます。こうなれば度量の大きな男、鈴木中作は全てを飲み込んで笑ってやろう。そんな気概になるのも仕方無い。
「フルチ○になるのはお風呂だけです。いいですね」
「……はい」
まぁ異論はない。普通はそんなもんだし。
「今夜のお風呂は私と二人っきりで入る。これもいいですね」
「…………なぬ?」
鈴木中作、ターバンの巻かれた頭を傾げた。
そして途端に殺気立つ黒づくめの面々。神社は不穏な雰囲気に飲み込まれた。
「総員抜刀! 葵を裏切り者として切り捨てよ!」
「独り占めは許されませんわ!」
「だって仕方無いじゃない! 二人部屋しか取れなかったんだから!」
「そこは、くじで決める約束だったろうが!」
「本人と約束したらそれが最優先です!」
「このむっつり葵めっ!」
そして……黒づくめ同士で殺陣が始まった。あえて殺しあいとは表現したくない。
すごかったー。
斬馬刀とか初めて見た。いや、本当に使う人間がいるとは思わなかった。瑠璃子たんすげぇ。それこそ『人間らしくない』と思った。うん、鈴木少年はね。
外国人観光客は歓声をあげて楽しんでいた。カメラ貴公子も大興奮しながら写真を撮りまくっていた。地面の敷石とか斬撃受けて砕けてたんだけど……まぁそれも演出と思ったのだろう。
神社の人に怒られるまで、黒づくめ同士の戦闘は続いた。つまりすぐに終わりはしたのだが……まぁこうなった。
「ちょっと署までご同行願います」
黒づくめ、警察に連行される。ま、当たり前だね。むしろ黒づくめを連行できる警官の胆力に感心した。斬馬刀を片手で振り回す相手だよ?
黒づくめの女性達はここで脱落である。鈴木少年の修学旅行はここからようやく自由行動に移るのであった。
「んじゃ、次はどこに行こうか」
監視役が居なくなって心が晴れ晴れとした鈴木中作君。思わず彼の顔に笑顔が浮かぶのも仕方無い。仕方無いのだ。ふはははは。
「京都と言えば清水の舞台ですよねぇ。飛び降りて度胸を試す修学旅行生が続出とか」
「え、そうなの? そんな話は聞いたことないけど……とりあえずバンジー?」
次の目的地は決まったがバンジーとは何とも……それも京都なのかと鈴木少年は感心しきりである。
観光地に行くとテンションが上がる。無駄に上がる。そしておかしくなる。旅の恥はかき捨てと言うし、それは大昔から日本人に共通する特性なのだ。
そんな風に後から思った。うん。後からね。
「飛び降り続出なんて話は私も聞いたことないわよ! 凡人も少しは怯みなさいよ!」
「あそこはバンジーやってないよー?」
お碗と尼のツープラトンで中作のテンションが少し下がった。
「……え、紐無し? それはちょっと」
流石に怯む中作君。それはただの飛び込みであり、チキンダイブである。しかし飛び込む先が川ならば……うむ。それも京都か、宇治抹茶。
「意外と高さは無いそうですよ。今までに死人が出たとは聞いてませんし」
「……」
中作、更に悩む。初日に怪我をするかもしれない清水の舞台に行ってよいものか。
しかしその悩みはお椀の言葉で吹き飛ぶことになる。
「……あのさ、舞台の下は普通の地面だから大怪我すると思うよ?」
「そうなの!? 下は川じゃないの!? 清水なのに!?」
騙された。中作少年は騙された。わりと京都あるあるである。
「はっはっは。舞台の下が川ならば『清水の舞台から飛び降りる覚悟で』なんて温すぎますよ」
「まぁそうだけど」
……そうだろうか。今なら思う。
「だからなんであんたは納得してんのよ!?」
鈴木中作高校二年生。今度は尼さんから説教を受けることになった。やはり敷石の上に正座である。
なお、本当に飛び降りる馬鹿はまず居ないとのこと。舞台の上は、どんな馬鹿も怯むくらいの高さらしい。実際に行って、そこでようやく分かる事ってあるよね。
本当に飛び降りると多くの人に迷惑を掛けるので絶対に止めよう。下に人が居たりするので本当に止めとこう。中作君との約束だぞ!
◇
安倍晴明縁の神社で観光を楽しんだ面々。次の目的地はここになった。
時刻はおやつ時を少し過ぎた時分である。小腹が空いたということで一行はここに来たのである。
「……ファミレスですか」
観光地は基本的に観光地価格でボッタクリが当たり前。ファストフードやファミレスの方がお財布には優しいのである。
鈴木君のテンションは駄々下がりであるが、お財布には優しくするのが一流の男である。
「有名どころは全部混んでるし、クラスメイトと鉢合わせするのも困るから……むしろ正解か?」
鈴木君は何となく釈然としないが納得は出来た。みんなでポテトを摘まみながらドリンクバーで喉を潤し一休み。
ああ、青春してんなぁ。
鈴木少年は思ったという。
目の前でお碗がポテトをかじってる光景を青春に含めていいのか謎ではあるが。
「実は凡人に会っておいて欲しい人がいてさー。あぐあぐ」
「……おっぱいさんのご両親とか?」
それなんてお碗? むしろお茶碗とか漆塗りのお碗とかなのか。鈴木君はまだ見ぬ世界の深さに震えていた。
どうしよう。普通に挨拶すべきなのだろうか。フライドポテトをかじるお碗、その親に何を話せば良いのか少年には分からない。
「何でそんな発想になんのよ!」
「え、もしかして辛口さんの?」
辛口さんは、なんかエロい尼である。中作少年はあまり気にしないが、かなり年上っぽい人だなぁと感じていた。それも、お姉さんと言うよりもおばあちゃんという感じの年齢差である。
本人にそう言うと絶対に殴られるので言わないが、鈴木少年が辛口さんの無駄で濃厚なエロさに反応しないのは『おばあちゃん』を彼女に感じるからなのである。
そんな『おばあちゃん属性』の辛口さんのご両親である。
それなんてハイパーグランパ? それともウルトラグランマ?
なーんて思ってしまうのも、これまた仕方無いだろう。
旅先でちょっぴり大人になってる中作君は、思考もアダルティーなのだ。
「何で私の……あら、もしかしてそういうことなの?」
エロい尼が満更でも無さそうな顔をした。
鈴木君は、イラっとした。
「すいません。僕には好きな人が居るのであなたとはお付き合い出来ません」
「真面目に断られたっ!? まだ告白すらしてないのに!?」
「はっはっは。一途ですねぇ。あの公僕達には甘そうですが」
鈴木少年は心外である。そう見られていた事に心外である。緑色の炭酸ジュースをちゅーちゅー飲んでいる金髪紳士に一言言わないと気が済まない鈴木君である。
「あの人達は言っても聞かないんです」
少年は頑張っていたのだ。それこそ毎日のように断っていたのに今がある。
『好きな人がいるから応えられません』
『あら、どんな子なの?』
『……え!? あ、いや、その……』
『お相手をここに連れて来いやぁ! 断るならそこからだろうがぁ!』
そんな風に言われた。柊薫はガチだった。間違いなく話し合いじゃなくて殴りあいで決着がつくと鈴木少年は思った。
まさか『夢の中でしか逢えない人なんですぅ』なーんてロマンチックな返答が出来るほど鈴木少年は心が強くなかった。
鈴木少年は恋愛恐怖症になりつつある。というか女性恐怖症かも知れない。
「あー。確かにあの人達って、そんな感じだよねー。あぐあぐ」
「何でこんな凡人にあそこまでお熱なのかしらねぇ」
「ほんとにねー。おかしいよねー。あははははは」
鈴木君、笑う。その空虚な瞳には何処か狂気が見え隠れするがそれを気にする面子でも無し。なので更に少年は踏み込んだ。
「あの人達に関しては意味が分からないんだけど、死相はもう出てないよね?」
中作君は爽やかな笑みを浮かべてみる。イケメンである。辛口さんがじっと見つめてきて……可哀想なものを見る目で告げた。
「……女難の相が、すごくはっきり出てるわよ」
「……そっすか」
分かっていたが、中作君は凹んだ。
女難。まさに女難である。起きてるときは特務六課の女性達に頭を悩まし、夢の中では嫉妬する想い人のご機嫌を取る。
最近の鈴木君の日常は、そんなギャルゲーのような好感度調整に追われていた。
「モテ期……いや、これが妖刀の呪いか」
中作君、ようやく気付く。だから陰陽師達があんなに必死になって求めたのか。そういえば大人達の方が必死そうに見えていた気もする。
……うん。分からんでもない。だから辛口さんよ、そんな顔はしないでほしい。
「違うから。そんな妖刀無いから」
真顔で言われた。無の先の真顔である。
「はっはっは。もしそんな妖刀ならみんなが欲しがりますねぇ」
「だよねー」
ポテトをがじがじしているお碗が同意した。お碗は男でいいのか? まぁいいや。
「だから特務六課の人達が、まだ僕の周りにいるって事になるのかな?」
それなら納得。納得するけど心配になる。この国が。
でも、この人はキレた。ぶちギレたのだ。
「だからそんな力は妖刀に無いっての!」
エロい割に真面目な人だと中作少年は思ったね。
「でもさー。そうじゃないと説明が着かなくない? 僕は本当に普通の一般人だよ?」
中作少年も本当に疑問なのだ。彼自身も決して自分が『超絶イケメン野郎』とは思っていない。むしろ普通。普通に普通の男の子。それが自分の個性であると思っている。
それがなんだ。少し前まで考えられなかったような、美人で変態なお姉さん達に囲まれての浮き浮き生活である。肉食動物に囲まれた草食動物の気分だが、有り体に言えば天国である。うぇーい!
鈴木中作、17才。健康的な男子である。べっぴんさんに囲まれて嬉しくないはずがない。
いや、みんな変態だから嬉しくないんだけどね。最初は本当に嬉しかったのになぁ。ぐすん。
夢を壊され現実に打ちのめされた中作君。そんな彼に手を差し伸べる者がいた。ちょっと油まみれの手であるが。
「妖刀に呑まれない人間が普通の人間であるわけがない。だからそれを確かめたいんだよねー。ちょっと比叡山に行ってみない?」
それはポテトを貪るお碗からの意外すぎるお誘いであった。
「……ホワッツ?」
中作君、いきなりの誘いにバグる。
修学旅行の事前学習で京都の地理は多少調べた中作君である。
京都と言えば『比叡山延暦寺』と『高野山金剛峯寺』、それと『貴船神社』である。あとは清水の舞台とか寺が、わんさ。
金閣寺と銀閣寺も有名だけど、中作君の琴線には触れてない。
中作君が気になるのは湯葉と生八つ橋とおばんざいである。
京都に行ったら食い道楽じゃぁ!
妖刀騒ぎが起こる前は本気でそう考えていた。
そんなわけで、一応有名どころは調べてある中作君である。だからこそ『ホワッツ?』なのだ。
「……比叡山、遠くね?」
京都駅から移動だけで一時間以上掛かる場所、それが比叡山。好き勝手しているように見える鈴木中作君であるが、彼は一応修学旅行として京都に来ている。なのでその辺の下調べは既に完了済みである。
宿泊するホテルが京都駅のすぐ近くなので駅を基準にしたプランが幾通りも想定済み。備える男、鈴木中作。やはりイケメンか。
そんな備えたイケメンであっても一日掛かりの観光になるのが『比叡山巡り』なのだ。なんせ山である。遠いし広いし、普通に山巡りである。
しかし妖怪には、そんなこと関係無いようで。
「高野山よりは近いよー。あ、ほうれん草のソテーも食べたい」
「あ、うん。今はテーブルにある端末で注文とかハイテクだよね……ってそうじゃねぇ! 今日は流石に無理だと思うよ?」
中作君、至高のノリ突っ込み炸裂。お碗なのに、ほうれん草食べるんだ、とかは今更である。食べたものは何処に消えるんだろう、とかも気にしてはならない。本人も気にしてないみたいだからそれで良いのだ。
「明日の朝イチで行く感じー。行けるー?」
「まぁそれなら……って大丈夫なの? おっぱいさん、寺のモンクに討伐されたりしないの? 一応妖怪だよね?」
ムキムキの僧侶がホワチャ! とか叫びながら蹴ってきそう。どこまでもお碗が飛んでいきそうだ。
「延暦寺は少林寺じゃないわよ! 一応私の職場でもあるからアポなら大丈夫よ」
「へー」
ここで辛口さんから驚きの情報が出てきた。何となくそんな気がしてたので中作少年の反応は薄い。
「あ、ソーセージも食べたい。チョリソーも」
「はいはい」
ファミレスって便利だよなーと中作君は思う。そして端末から注文するのだ。ポチポチと。
「ちょっと! なんでスルーなのよ! そこはもっと突っ込みなさいよ!」
エロい尼さんはぷりぷりと怒っていた。
なお、急に静かになった紳士さんはファミレスに来てた他の客を撮影中である。ガチのコスプレイヤーさんで鎧兜姿だ。すげぇな、おい。
中作君は思うのだ。観光地にいる日本人って懐が無駄に深いよね、と。いや、コスプレイヤーだからか?
とりあえず次の日の約束をして、その日のオフ会は終わった。
鈴木君は夕飯前にホテルに集合することになっているので急いで移動。意外と時間が押してることに気付いたのだ。ファミレスにはこの三人が残された。
ここからは少し真面目な話になるので◇をぶちこんでおこう。
◇
男、鈴木中作が青い顔をしてファミレスを急いで立ち去ってからすぐの事。三人の妖異達は顔を付き合わせて、ひそひそ話に花を咲かせていた。
「……ねぇ。あれ……間違いなく妖刀よね」
「うーん。本物だね」
「あれは私も死にますね。よくもまぁこの国のお偉方は、あれを見逃す気になったものです」
ファミレスで始まった妖怪会議。それは先程までとは違う緊張感に包まれていた。
「どーするー? 下手に手を出して斬られるのは勘弁なんだけどー」
「かなり露骨に威嚇してたし。なんで本人は気付かないのかしら。鈍感すぎでしょうに」
「いやぁ、この年になってあれほどの妖気を浴びるのは中々に堪えますねぇ」
金髪の少年は額を拭う。微笑みを絶やさない紳士であっても汗はかく。
鈍感な中作少年は気付かなかったが、妖異である彼らはビンビンに感じていた。
なんなら京都駅に中作少年が現れてからずっと、それは感じていた。
鈴木中作の背中から刺すように飛んでくる妖刀マンゴスチンの意思を。
『手ぇ出したら分かっているわよね?』
それは妖異のみならず、普通の人も何となく察知できる『圧』であったらしい。中作少年は全く気付かなかったけども。
それが故に『踊るお碗』なんて不思議なものがあるのに京都の街は大した騒ぎになっていなかった。
普通の人も何かを感じて距離を取る。人間より気配に敏感な鳥や小動物は目につく範囲にそもそも居なかった。それほどの『圧』である。
気付いてないのは鈴木中作ただ一人。これは異常である。ただひとつの推測を除けば、であるが。
「あれ、間違いなく惚れてるね」
「ええ。ガチで恋してるわ」
「ラブラブですねぇ。それも青春……と呑気な事を言ってる場合ではなさそうですが」
紳士は真面目な顔で唸った。既に空気が真剣なものから変わっている。まぁ、それも金髪少年以外であるが。
「うむむ……超笑いたい」
「駄目よ……もう私も限界だけど」
日本でもトップに近い二人がこの反応。鈴木少年が居たときとは空気の深刻さが段違いである。
うん、変な方向にね。
尼さんなんて痙攣してるし。
「……今回は査察ではなく観光で来たんですけどねぇ」
「奴がキレたら援護してね。多分笑っちゃうから」
「……そんな無体な」
さらりと無理難題を押し付けたのは、お碗である。
今回の『オフ会』
これには勿論、日本の妖怪達の思惑が絡んでいた。
日本の妖異、妖怪は『陰陽師』関連が一段落したので、今度は『妖刀マンゴスチン』の危険性を調べることにしたのである。正確にはその持ち主を見極める事が第一であるが。
『妖怪大連合』
日本の妖異達を取り纏めるここが動いた。鈴木少年の修学旅行と被ったのは単なる偶然であるが、これこそ天の配剤と言えよう。
妖刀マンゴスチンは自分達にとって、どのような影響を与えうるものなのか。
お碗、尼、金髪少年は、その事前審査を任された。一人は完全に観光目当てで来ていたので騙されたとも言う。
そして明日。妖怪大連合の本部に妖刀の主と妖刀がやって来る。というか無理矢理にでも連れていく予定ではある。
妖刀の持ち主が話の通じる相手で良かったと思うべきなのか、それとも厄介だと考えるべきか。
最初は本当に真面目に考えてやってたのだ。お椀も尼さんも。
でも分かっちゃったらこうなった。
「色ボケ妖刀だよ。ぷーくすくす」
「そうね……ぷーくすくす」
「……本当にこの国の妖異は胆が太い」
お椀とエロ尼が顔を見合わせてゲラゲラと笑う。金髪少年だけは事の深刻さに呆れていた。
金髪の少年の姿を取る『紳士』は『外つ国』の妖異。それもそれなりの地位にある大物である。それらしく表現すると『悪魔』と呼ばれる存在となる。それも『爵位』を持つ『上級悪魔』と呼ばれるすごい存在なんだとか。
これは、とってもすごい存在なんだけど、日本の妖怪からすると『ふーん。で?』となるらしい。
価値観の違いって難しいよね。
ま、それはいいや。
外国人の『紳士』とお椀達とで反応が大きく異なるのは彼らの知識の違いにある。というか『知人』であるかの違いかもしれない。
お椀も尼も大昔に『妖刀マンゴスチン』と呼ばれる刀に相対している。
当時はまだ『妖刀卍護朱鎮』と呼ばれていたそれと遭遇しているのだ。
だから本当の意味で他人事ではない。その怖さも身に染みて分かっているが故にこうも思うのだ。
あの『妖刀』が色ボケしてる。それなんて冗談なの? とね。
その怖さをよーくと知ってるお椀と尼からすればこんなイメージになるのだろうか。
姪っこがレディースの総長になった。それはもうグレにグレまくって手が付けられなくなっちゃった。全国制覇とか普通にしちゃったの。
困ったから島流しの刑に処した。封印とも言うね。
うん、平和な時代がしばらく続いた。平和って良いよね。
なんか知らんうちに島に流れ着いた男と島でラブラブ生活を送ってるらしいとの情報が入った。
おや? おやや?
レディース時代の面影は何処に行ったのかなー? ぷーくすくす。あの子も女の子だったんだねぇ。くすくす。お赤飯炊こかー?
こんな感じだろうか。
島流しを普通にやるのが妖怪なので人間にはピンと来ないかも知れない。それ以外は近所のおばちゃん風味全開なのが妖怪である。
そんなフランクな妖怪達を恐怖のどん底に叩き落とした『妖刀』は『妖刀マンゴスチン』となり、そして乙女となっていたのである。
真面目な話が一気に色ボケしたのだ。そりゃ雰囲気も空気もガラリと変わるだろう。
だがしかし。
奴が『妖刀』であることに変わり無し。
事、ここに来て退くこと能わず。既に賽は投げられてしまったのだ。
金髪少年……『紳士』と名乗る『外つ国の妖異』は逃げ出したくて堪らない。
相手は『妖異を斬ることに特化した妖異』である。それは妖異からすれば天敵と称して然るべき存在だ。『外つ国の妖異』であっても間違いなく『消滅』されられるだろう。それは何となく理解した。側に居たから理解させられたとも言う。マジでヤバイ。マジで怖い。レディース総長、伊達じゃない。
紳士は本気で恐怖した。
恐怖しない日本の妖異がおかしいのだ。
こいつらは消滅が怖くないのか? アホなのか? 紳士は本気で恐怖する。妖刀よりもお椀と尼に恐怖である。
「あのですね。今すぐに帰国しても……」
「だめー」
「そうよ」
退路が絶たれた。紳士は絶望した。下手に出たのに許されなかった。それでも彼は諦めない。可愛い姪に再会するためにも、彼は諦められないのだ。
「斬られたら私も消滅させられる相手なんですが、策はあるので?」
「そんなのないよー。あるわけないじゃん」
無策かよ! 金髪少年のこめかみに汗が流れ落ちる。呑気にも程がある。しかしこれがジャポンの怖さなのだ。
「あの少年が居れば、あの妖刀もおしとやかに振舞いそうだし……くっくっくっくっく」
エロい尼、黒い笑みを漏らす。黒い。ひたすらに黒い。
「ま、何とかなるさー。とりあえず今は……ドリア食べたい」
「私はピザかなー。安心したらお腹空いちゃった。ずっと気を張ってたから肩も凝っちゃったわね」
そう言いながら肩をぶんまわす尼。ごきんごきんと人体が出してはいけない音がファミレス内に響き渡る。客が辺りを見回すほどのごきんごきんである。
……『紳士』は既に腹を括った。
二人が楽しそうにファミレスの端末を弄くる様を、遠い目をした金髪坊やが眺めている。
ああ、可愛い姪っこよ。私は遠い異国の地で散るだろう。願わくば君のこれからに幸多からんことを。
それが『紳士』の残した最後の想いだった。
そんなわけで次回に続く。
マンゴス姉さんはレディース総長。あくまでイメージです。なんか似合うわー。