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二話 まだ京都駅だよ、中作君。

 コケー! コッコッコッ……コケー!


 きゃー! にわにわにわにわとりがぁぁぁ! いえ、特に意味は無いんですが……二話目にしか書けないかなぁと。




 少し前。中作少年は、とある事件に巻き込まれて警察沙汰を起こすことになった。それは学校も巻き込むものだった。


 校内にコスプレした小学生が多数潜り込み、それを捕縛するために女性警察官らしき人達も校内に侵入。


 学校は大騒ぎとなった。


 原因は不明。学校からの説明も皆無。どうやらコスプレ小学生達は鈴木中作を目的にして学校にやって来た、というところまでは学校の生徒達も掴んだ。


 しかしその後一週間、鈴木少年は学校を休み、説明も無いまま真相は闇のなか。更にその後、彼の入院の知らせが学校に届いたのである。


 頭部に怪我をしたとして二週間の入院。つまり一週間のお休みを足して、三週間以上学校を休む事になったのだ。


 これにより鈴木君は学校内の生徒全てから好奇の視線を向けられる事になる。


 生徒達曰く。


『鈴木はコスプレした小学生にボコボコにされて入院した』


『子供達の親にヤクザがいて、拷問をかけられてた』


『実はあの小学生達はみんなが鈴木君の隠し子で、彼に認知を求めに来た。鈴木君が認めないので相手の親がぶちギレて結果入院した』


 などなど、好き勝手な噂を立てまくったのである。これには温厚な鈴木君もぶちギレて然るべし。


 ツンツン祭りもおかしくはない。


 二週間の入院からようやく帰ってきた日常。一週間の自主休講も含めれば三週間。休日を入れるとほぼ一月が消えた事になる。


 やっと学生に戻れるー!


 そんな鈴木君を待っていたのは好奇の視線を隠さないクラスメイトと親しくもない先輩、後輩達であった。

 

 そりゃツンツンしまくるよね。


 幸いにもその事件を起こした原因らしきものは解決された事になっている。


 その原因こそが『陰陽師』


 この国の闇をずっと支えてきた者達。いや、この国の闇そのものとも言える。


 その『闇』を体現したような彼らは求めたのだ。


 鈴木中作少年がインターネットオークションで手にした『刀』を。


 かつて妖異を切る妖異として生まれた妖刀……『妖刀マンゴスチン』を。


 鈴木中作少年は、この妖刀を持つがゆえに『陰陽師』に狙われ、その護衛として現れたのが『特務六課』のお姉さん達だったのだ。


 外に出れば『陰陽師』に襲われ、家には彼の護衛兼監視役として『特務六課』の女性達がいる。


 そんな一週間が過ぎようとした所に事件は起きた。鈴木少年が暴走した『陰陽師』、正確には元陰陽師達に襲われた事件である。


 鈴木少年は百人近い暴漢に囲まれて……あっさりと木刀で殴られ昏倒した。


 この襲撃を『特務六課』は静観。妖刀の持ち主である鈴木少年ごと元陰陽師達を切り捨てるつもりであった。いや、『陰陽師』という組織を潰すついでに妖刀の持ち主も消すつもりだったのだろう。


 たとえそれが正当防衛であろうが妖刀を使った時点で少年を殺す。そして妖刀を合法的に回収する。それが『特務六課』に出された命令、任務だった。


 国にとって害と判断されたものを『力づく』で排除する組織。それが『特務六課』である。


 鈴木少年は妖刀を所持する『危険人物』として国から『殺害命令』が出されていたのだ。それは国も『妖刀マンゴスチン』を求めていた事に他ならない。


 陰陽師は妖異を使役し、この国の闇を支えた。その力は国も恐れる程であった。


 その妖異に対して絶大な力を持つとされたのが『妖刀マンゴスチン』である。


 陰陽師に代わる組織を作ろうとしていた国にとって、これほど魅力的なものはない。


 しかし『妖刀マンゴスチン』は抜かれなかった。鈴木少年が暴走した陰陽師に襲われても。


 その身に命の危険が生じても。なんなら木刀で殴られ頭が凹んでも。


 これにより『妖刀』の評価は地に落ちることになる。


 そもそも『それ』は、本当に妖刀なのか。


 なんせ名前からして『妖刀マンゴスチン』である。まともな大人であるほど疑うのも当然である。

 

 鈴木少年の監視、見極めに着いていた『特務六課』の報告では『間違いなく本物』とされていたが、国はそれを『偽物』と断定した。


 持ち主があまりにも『普通』というのもその判断に拍車を掛けた。


 妖刀らしきものを所有する人間が狂っているのならば、それを『妖刀』であると判断し、何の問題もなく持ち主を殺して刀を回収できた。


 しかしそうではなかった。


 持ち主を狂わせるから『妖刀』は『妖刀』と呼ばれる。それを確かめる為に派遣した特務六課である。


 その特務六課をして『持ち主は普通の少年。むしろ結婚したい優良物件』との報告である。


 これにより妖刀の所有者、鈴木中作に出されていた『殺害命令』は撤回された。妖刀の回収も諦める事となった。噂ほどの妖刀ではなかろうと。


 実はそれこそが鈴木少年の捨て身の策であり、妖刀を守るための壮大な演技だと知ることもなく。


 国も『特務六課』も『陰陽師』も全てが彼に騙された。そういうことである。


 かくして命を捨てて命を拾った鈴木少年は平和な日常を取り戻した。


 ……はずだった。



 ◇




 ここはお洒落な京都駅。修学旅行で京都にやって来て、まだ駅から出れてない鈴木少年に場面は移る。



「……本当に着いてくるんですか?」


「当然ですわ」


 今度の黒づくめは『桔梗瑠璃子』である。黒づくめの中の人は半時ごとに交代する決まりになっている。何故か知らないがそうなっていた。


 彼女も『特務六課』の一員で唯一、鈴木少年と身長が同じくらいの女性となる。


 見た目は小柄な女性。しかし彼女は女豹のようなしなやかさを持つ筋肉レディである。なんと体の重さは鈴木少年の二倍を優に越える。特務六課でも最重量である。


 時代錯誤と言おうか、奇妙な言葉使いをするが、彼女はガチのお嬢様なので、そこは仕方ない。


 これで金髪ドリルなら文句なしなのだが、彼女は日本人。黒髪のボブである。キリリとした目元が素敵なお姉さん……年齢は不詳である。

 

 体型はスレンダーなのだが密度がヤバイ。見た目は美女というより美少女なのだが、それに騙されると握手で手を砕かれる。そんな人である。


「……なんで一々紹介をしないといけないのかなぁ」


 と鈴木少年は思った。メタな発言なのでスルー推奨である。


「パパのお友達ならちゃんと紹介してもらいませんと困りますわ!」


「……パパちゃうわー」


 どうやらメタな呟きを聞かれていた模様。そしてパパではない。嫌ではない。むしろ胸高鳴るわ。


 彼女も特務六課の一員なのだが鈴木少年に餌付けされて堕ちた一人である。最初こそツンツンしていた桔梗さん。カボチャの煮付けであっさりと堕ちました。


 鈴木少年としても彼女ならありかなーと最初は思っていた。普通に可愛いので。でもそれは彼女が片手で子供を吊り上げるまでの短い片思いであった。


 鈴木少年は少し前に子供の集団に襲われた。この子供達……こいつらこそが『陰陽師』と言われる存在だった。


 この子供達の親、祖父世代に襲撃され鈴木君の頭蓋骨は陥没することになるのだが、今注目すべきはそこではない。


 鈴木少年は陰陽師コスプレをした小学生くらいのチビッ子達に襲われていた。この事実が重要なのだ。


 それ、なんて親父狩り? カツアゲ? 


 この国の『陰陽師』とは、その全てが『チビッ子』だったのだ。チビッ子にあらずんば、陰陽師にあらず。


 陰陽師というものが心底恐ろしくなる話であるが、それが現実である。


 そのチビッ子暴れん坊達は何度も鈴木少年を襲撃。その度に鈴木君の近くに潜んでいた特務六課のお姉さん達にみんな確保されることになった。特務六課は、そのための護衛でもあったのだ。


 その時の一幕である。


 他の面々が投げ縄、投網、素手による捕獲をするなか、桔梗瑠璃子は子供の襟首を掴んでチビッ子を捕獲していた。まるで親猫が子猫を運ぶが如しである。


 いくら相手が子供とはいえ、その重さは人間が片手でぶら下げられる重さではない。


 それを苦もなくやってのけたのが桔梗瑠璃子。他の面子は俵抱きや小脇に抱えたりするなかでの剛力無双である。


 今も鈴木少年の手は黒づくめレディに握られている。文字通り命運も握られているのだ。胸高鳴るけど、別の意味でも胸高鳴っちゃってる鈴木少年。


「これから会う人達は恥ずかしがりやさんなので出来れば一人にしてもらえると……」


「どうせ尾行しますし、遠くから監視しますわよ?」


「……うわぁ」


 この桔梗瑠璃子は真っ直ぐな人でもある。だからこそ中作君は惹かれ……引いたのだ。


「さ、行きますわよー!」


 桔梗瑠璃子は意気揚々と歩き出す。勿論手を繋がれた鈴木少年も引きずられるようにして後を追う。


 それは傍目からするとデートを楽しむカッポーに見えただろうか。


 片や、頭に黒ヴェールを被った黒づくめの何か。片や、頭にターバンを巻いた背中に竹刀袋を背負った少年。


 京都で『陰陽師フェス』をしていなければ警察に通報間違い無しのカッポーである。


 そして警察に職務質問されると鈴木少年は一発アウトになるのだ。


 彼が背中に背負ってる竹刀袋。その中身は紛うことなき『刀』である。それも大騒動を巻き起こした件の『妖刀マンゴスチン』そのものが入っている。


 頭の包帯ターバンはハゲを隠すものだが、背中の刀は流石に言い訳出来ないレベルである。


『へっへっへ。こいつで無差別テロを起こしてやんよ。げへへのへ』


 とは鈴木少年も彼の内なる悪魔も考えてない。


 彼はメイドのキキーモラちゃんズに言われたのである。



『危険物をここに置いて遠出はやめてください、ご主人様』


『……修学旅行を諦めろと?』


『背負って行けば大丈夫です、ご主人様』


『……刀を? 修学旅行に? 京都だよ? 新幹線にも乗るんだよ?』


『抜けない刀は、ただの棒です、ご主人様』


『……』


 ご主人様呼びってグッとくるよね。そんな謎の感動を噛み締める鈴木少年はとりあえず置いといて。


 鈴木少年も、あれだけの騒ぎを起こした『妖刀』を家に置いて修学旅行に行くのは少しばかり不安ではあった。いや、すごい不安だらけだったけど。


 少年自身もそれしか選択肢がない事は分かっていた。


 だが、それを『特務六課』から言われるのは予想外にして意外だったのである。


 『特務六課』は鈴木中作少年の『殺害命令』を受けて行動していた『国の刀』である。決して味方とは言えない存在。絶対に心を許してはならない相手である。たとえメイドでも。ぐぬぬ。


 当然その提案にも何か裏があるのではと少年が勘繰るのも致し方なし。


 ここで鈴木少年と特務六課とで見えてくる光景は異なってくる。


 鈴木少年としては特務六課の女性達は『ヤバイお姉さん達』という評価になる。それも『国の命令を受けて活動する組織』という認識である。


 故に彼女達の行動は全て『国からの命令』に基づくものだと思っている。一応彼女達が警察組織の一員なのは確かなので、この認識になるのも当然といえば当然である。


 しかし実際は異なる。大きく異なるのだ。


 特務六課の『刀』は確かに国からの命令を受けて国家の害となるものを排除する任務を負う。


 だがそれだけではないのだ。


 この時の鈴木中作君は、まだそれを知らない。知っていたら、もっと彼女達との関係が変わっていた……とも思えないので多分知らされなかったのが正解だったのだろう。


 この時も鈴木少年は常に綱渡り状態で進んでいたのだから。


 まぁそれは後々分かることとして。



 コスプレイヤーだらけの京都駅。そこをご機嫌で進む黒づくめの女『桔梗瑠璃子』とターバン少年中作君は駅ビル内のとあるお店に向かっていた。


 鈴木少年と掲示板仲間がオフ会の待ち合わせ場所にしたきちゃてん……きっちゃてん……喫茶店である。なんか横文字のオサレなコーヒーショップであった。


「ここがあの女のハウスですわね!」


「いや、ここスター……」


「突撃ですのー!」


「……まぁ仕方ないのかなぁ」


 こうして妖怪掲示板参加者によるオフ会が、オマケ付きで始まることになった。



 ◇




 そのコーヒーショップはオサレであった。とかくオサレ。なんかそこらにオサレな椅子というか一人用ソファーがあって、コーヒーの良い匂いが漂うオサレなお店であった。


 そのお店の一画。わりと、ど真ん中にそいつらは居た。


「……高いわね」


「うん、値段高い」


「なんでこんなに高いのかしら」


「注文も意味わかんないしー」


「はっはっは。それもこの店の醍醐味ですからねぇ。海外だと、もっとお高いですよ。大体これの五倍はしますから」


「たっか!」


 それはコーヒーショップに居ること自体、そぐわぬ人達だった。


 いや、京都ということを考えれば適してるのか。


 肩に喋るお椀を乗せた妙齢にして妖艶な尼。そして高そうなスーツを着た金髪碧眼の少年がひとつのテーブルを囲み談笑していた。


 テーブルには紙のカップが三つ。二人なのにカップは三つである。肩のお椀の分だろうか。


 明らかに異様。しかしこの日は『陰陽師フェス』である。客の大半はコスプレしたオタクである。


 明らかに狂ってる髪の色をした露出高めの巫女が居たり、巨大なリボンを頭に着けたこれまた露出高めの巫女もいる。魔女っぽいコスプレをしている人もいるので店の中は異世界ごちゃ混ぜであった。


 そもそもコーヒーショップがファンタジー過ぎて、妖艶な尼も、その肩で喋るお椀にも違和感がないという不思議な光景がそこには広がっていたのである。


「うわぉ」


 鈴木少年は目を輝かした。


 露出たっか! 肌色率たっか! エロ巫女いっぱい! 京都来て良かったー! ありがとう、おばんざい。


 少年は心の中で五体投地である。なお、おばんざいは多分関係ない。


「……えっと、どの方がパパのお友達なのでしょうか」


 真っ黒お化けな桔梗さんも店内の様子に怯んでいた。あまりにもカオスである。いや、桔梗さんもカオスなんだけどね。


「えーっと……目印は『お椀』だったんだけど」


 まだ店内の入り口に入ったばかりであるが、それは嫌でも目に入ってくる。


「あのー……写真撮っても良いですか?」


「いいよー」


「うわ、すっげ。これどうやって動かしてるんですか?」


「……ふ、腹話術よ」


「すごいですねー!」


「はっはっは。人気者ですねぇ」


 尼の肩で踊るお椀。店内でも一際目立つ存在だ。周囲のコスプレイヤー達も思わず撮影してしまうほどに、その完成度は高かった。


 妖艶な尼さんの顔は引きつっているように見えるが……まぁ腹話術使用中ならそんなもんだろう。鈴木少年は深く詮索することを止めた。


「……パパ。あれ、ガチですわ」


「……流石に分かるんですねぇ」


 こうしてオサレなきっちゃてん……コーヒーショーップ! に入店した鈴木君は、すぐさま真っ黒な桔梗さんに首根っこを掴まれてズリズリと店の外に連れ出されるのでした。



 ◇



「では改めまして……『おっぱい』です」


 お椀が言った。


「私が『辛口』よ」


 妖艶な尼さんが言った。


「私は『紳士』ですね」


 金髪碧眼のスーツ姿の少年が言った。


「僕は……『凡人』だっけ?」


 頭にターバンを巻いた少年が言った。


「…………わたくしの事は気になさらないでくださいまし」


 黒づくめの何かは小声で呟いた。


 楽しい楽しいオフ会の始まりである。今回のオフ会はコーヒーショーップ!ではなくカラオケルームで始まった。桔梗さんのテンションが低めなのは何故だろう。


 コーヒーショーップ! の入り口での騒ぎを丁度『お椀』『妖艶な尼』『金髪少年』の三人に見られていた中作君。黒づくめの女に多目的トイレに連れ込まれそうになっていた所を、寸での所で助けられたのだ。


 そして頭を抱える桔梗さんの提案でカラオケルームに移動した。みんなが席に座り、自己紹介からオフ会は始まったのである。ただし黒いのは除く。


「この面子でオフ会って不思議よねぇ」


 まずは妖艶な尼さんが口を開いた。何故か感慨深そうな感じであるが、その理由は鈴木少年には分からない。


 それよりも目立つものがテーブルに乗っているから、そっちが気になるのだ。


「そこの真っ黒さんは……まぁいいや。本当に妖刀を持ってるのに狂ってないんだねー。ふっしぎー」


 それはカラオケの個室、ど真ん中にあるテーブルの上に乗っていた。


 お椀である。


 壁際に立つ黒づくめの桔梗さんをチラリと見たがすぐに興味を無くしたようだ。


 今更だが、このお椀には手足が生えていて普通にテーブルの上に立っている。というか踊っている。明らかに異常な光景であるが、みんなの頼れるナイスガイ中作君は、そんなの気にしない。


「そんなにこれってヤバイの? 特になんも無いんだけど」


 これ、と言いつつ背中に親指を向けてみる。今も彼の背中には竹刀袋が背負われている。中身は勿論『妖刀マンゴスチン』だ。


 少年としては普通の刀……それも抜けない刀なので木刀と変わらない感覚である。


 だが彼の隣に座る『紳士』と名乗ったスーツ姿の金髪の少年は、少し怯えながらも鈴木少年の背中を……竹刀袋を凝視していた。


「ヤバイなんてものじゃありませんよ。多少勘の良い者ならすぐに気付くレベルです。よくまぁこれに触れていて平気ですねぇ」


「ありゃまぁ」


 鈍感なのか、それとも……やっぱり鈍感なのか。呑気な鈴木少年である。


 しかし呑気な鈴木君とは違い、その様子を壁際で見ている桔梗瑠璃子は黒のヴェールの奥で汗だくになっていた。


『パパの嘘つき!』


 本当はもっと複雑な心境であるが、彼女の一番大きな想いはそれである。


 何故に妖怪とオフ会なんぞしているのか。


 何故にそんなに仲良しなのか。


 彼女を含めた全ての特務六課の隊員は、さるやんごとなきお方から特命を受けている。


 それが為に彼女達は鈴木少年の側に控えているのだ。


 それでもこれは予想外に過ぎた。


 ヤバイ。


 本当にヤバイ。


 何がヤバイって、普通にヤバイからヤバイのだ。


 彼女もこの国の暗部に身を置くもの。


 だから分かる。


 妖艶な尼の正体がなんなのか。


 それと親しげなお椀も間違いなく闇に属するもの。というか見るからに妖異なのは確定である。


 だがそれは良い。まだ良いのだ。良くなってしまうのだ。彼女が真に恐れているのは金髪碧眼の少年の方である。


 スーツに身を包んだ上品そうな少年。貴族と言われれば信じてしまいそうな気品もある。鈴木少年よりもやや若く、青年というよりも少年と言いたくなる年齢だ。


 特に恐れる要素は見当たらないし、ショタスキーならむしろ喜ぶ所だろう。


 桔梗瑠璃子にもその傾向は確かにあるが、そんなことなど吹き飛ぶ事態である。


「……パパ。友達は選ぶものですわよ」


 思わず呟きが漏れた。


 監視対象が『人ならざるもの』と関係がある可能性も少しは考えていた特務六課である。


 だが鈴木少年と談笑する三人の姿を見るに、それは『顔見知り』程度の軽い付き合いでない事が一目瞭然であった。


 妖異と、ずっぷり。


 しかも相手が大物過ぎて瑠璃子は泣きたくなった。尼ならまだ良い。同じ国の人だから。


 でも『外つ国の妖異』は別だ。普通に外交問題である。


 下手すればラグナロクや黙示録が世界規模で起こる。それだけ『外つ国の妖異』は、デリケートな問題なのだ。


 日本の妖怪は呑気で自由気ままなアンポンタン揃いなので勘違いしがちであるが、他国の妖異はガチの災厄であることが多い。


 ワンチャン、金髪の少年が日本の妖怪の変化であることを期待する瑠璃子であるが、それは甘すぎる期待だろう。金髪少年の着ているスーツ……海外の超高級ブランド品であることをすぐに見抜いた瑠璃子は半分魂が抜け出ていた。


 そんな瑠璃子に気付いてか、それとも気付かずか。

 

 やたらと色気の濃い尼さんが目を三角にして怒りだした。


「……あんた、パパってどういうことよー!」


「こっちが知りたいわー!」


 こっちもわりと本気でぶちギレたターバン鈴木。色気ムンムンの尼に怯みもせずに立ち向かう。デコとデコがガチンとぶつかるほどの接近戦である。


「はっはっは。実際に会っても凡人君は全く変わりませんねぇ」


「だねー。あ、ドリンク何にするー?」


「私は……そうですねぇ。緑色のあれにしましょうか」


 こうして『京都でドキドキ! オフ会やるべー』は滑らかな滑り出しで始まったのである。




 ◇



 そして一時間後。



「ここがあの安倍晴明が住んでいた屋敷……の跡地に出来た神社かぁ」


「あれを神格化するのは止めてほしいんだよねぇ。本当に」


「そうなのよねぇ。あの人……元から人としておかしかったから、神にされると本当に困るのよねぇ」


「安倍晴明にそんな真実がっ!?」


「いやぁ、一度は来てみたいと思ってたんですよ。姪っこにも写真をせがまれてまして」



 なんか普通に観光することになった。


 まずは京都駅周辺で有名な所、それも外せない所にやって来た『珍姿一行』の面々。


 京都と言えば、やっぱり『安倍晴明』だよねー。


 そんなノリで一行は観光することにし、カラオケ屋を出たのだ。


「そう言えば陰陽師ってチビッ子しかなれないんだよね? 安倍晴明もチビッ子だったの?」


 鈴木少年は神社を見ながら気になった事を聞いてみた。観光客で賑わう神社に……チビッ子陰陽師の姿はない。コスプレしてる巫女チビッ子ならそこそこいる。何故か魔女っ子も。大半のコスプレイヤーは何故か忍者だ。全然忍んでない忍者ばかりだった。


「……晴明の中身は、いつまでもチビッ子だったかなー」


「……そっすか」


 お椀がしみじみと語るのを見て、鈴木少年は何となく察した。尼さんの肩が定位置のお椀である。すぐ横にある尼さんの顔も何となく疲れた顔をしてるので、そういうことなのだろう。


 晴明さん、やんちゃやったんやなぁ。そんなことを思う鈴木少年である。


 そして感傷に浸る二人とはうってかわってこの人はノリノリであった。


「いやぁ最近はなんでもかんでもインターネットで画像が見れますが、やはり実地で体験してこそ分かるものがありますねぇ」


 カメラ小僧、いや、カメラ貴公子がそこに居た。ごっついカメラで神社をパシャパシャ撮ってる変な外人少年がそこに居た。


 機敏に動くスーツ姿のカメラ小僧。周りの観光客達も距離を取る異様な光景である。


 その様子を呆れたように見るのは尼さんだ。


「ほんと、外国の人はこういうのが好きね」


「アニメとか映画の影響なのかな、やっぱり」


「だろうねー。知り合いにもそれでメイドに嵌まった奴がいるし」


「ちょっ、その話、詳しくっ! 見る専? それとも着ちゃう方? 似合ってる? それとも滅殺系?」


 鈴木少年は修学旅行を楽しんでいた。まるで学生のように楽しんでいた。それはもう楽しそうで……それを遠巻きに見ている特務六課の黒づくめ達はどうしたものかと真剣に悩んでいた。



「……隊長。どうします?」


「……どうしよっか」


「……あれ、私には斬れないと思います」


「うん。私も無理だ。つーか斬ったら戦争になるから」


「……ですよねー」


「なんにせよ任務は続行。出来れば彼の素性が分かると助かるが……」


「知らない方が良いと思います。多分ですが、観光目的で来日されている爵位持ちかと」


「……やっぱり爵位持ちだよね、あれ」


「……なんてものが来てるんですの」


「隊長……中作君は大丈夫でしょうか」


「うーん。見た感じすごく親しげだし穏健派だとは思うんだけど」


「……いつ仲良くなったんでしょうか。ネットの利用状況は全て検閲していましたが……もしかして文通……いえ、そんな素振りもありませんでしたし」


「……少年にはまだ秘密がありそうだな」


「調べられるものは全て調べたつもりだったのですが……」


「タンスの中も確認しました」


「お風呂もですわ!」


「うーん。悩んでも仕方無いとはいえ……騙された感はあるな?」


「そうですね。これは責任を取ってもらいませんと」


「きっちり面倒みて貰いますの!」


「ん、では引き続き任務に当たる。次の担当は……どうしようか」


「隊長で」


「隊長に任せます」


「ここは隊長の出番ですわ」


「……そうなるよなぁ。はぁ……気が重い」


 ため息を吐きながら浮かれポンチ中作を見やる黒づくめの柊薫。人の気も知らないで、と思うが何故か憎めないし心惹かれてしまう。


 きっと彼とは前世からの運命の人なの。そんな恐ろしい事を本気で考えてる柊薫である。


 乙女なのか狂気なのか、いまいち判定しずらいが、中作と愉快な仲間たちの方も、変な盛り上がりを見せていた。


 それは尼の肩に乗るお椀の提案から始まった。


「あ、そうだ。ここに来たんだし、折角だからアレ、やっとく?」


「アレ? 何それ?」


 ターバン中作が頭を傾げた。


「安倍晴明の代名詞みたいなもんかなー。フルチ○パレード」


 その瞬間、辺りの時が止まった。


「貴様ぁぁ! ちょっと待てぇぇぇぇぇい!」


 柊薫。猛ダッシュで止めに入った。フォームが陸上選手のそれである。これには隠密とか言ってられない事態である。


 すぐに尼さんも止めに入ったので鈴木少年は渋々諦めた。本当に渋々である。金髪の少年はそれを見て、ずっと笑っていた。


 修学旅行はまだまだこれからが本番。何せ今日が初日である。一体このあとにはどんなイベントが起きてしまうのか。



 そんなわけで次回に続く。



 この物語はフィクションです。フィクションだよ? フィクションなのだー! フィクションなんですご免なさい。

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