5.『1G』
前庭には、ざっと見ても20からなる食卓が築かれており、どの机にも人が溢れ雑然としていた。僕の背丈では、奥の方までは視界も通らず空いている席はどうにも見つかりそうになかった。そんな僕を見かねてか、給仕の服を着たふくよかな女の人が声をかけてきた。
「坊ちゃん、女の子はこっちで預かるよ」
突然の言葉に妹を抱える腕に力が入る。女給仕は、声を落として続けた。
「背負ったまんまじゃ食事をとるのも大変でしょ。使用人の部屋で寝かせておいてあげるから」
僕は、女給仕の配慮に感謝を伝え、眠る妹をそうっと渡す。村を出て以来、ずっと眠り続けている妹だ。それが普通の状態ではないことは、医者じゃない僕にだってわかる。だが一方で、妹をどう介抱すればいいのか僕には一切わからなかった。
妹を、自身の手の届かぬところに置くことに大きな不安はあった。だが、空腹と疲労感に僕は抗うことができなかった。妹を失った背中が、とてつもなく寂しく感じられ、その隙間を埋めるかのように罪悪感が襲ってくる。
「おおい、こっちの席が空いているぞ」
男の声は、前庭の奥の方から聞こえてきた。声を頼りに、人ごみをかき分けて進む。
「そうそう、こっちだ」
まん丸としたお腹を抱えた大食漢が、僕に手を振って見せた。大食漢の座る机は4人掛けで、その向いにもう一人、鋭い目つきの男が座っていた。
テーブルに近づき、僕は二人に会釈をした。
大食漢は笑顔で返してくれたが、目の鋭い男はジロリと一瞥をくれるだけだった。できれば気のよさそうな大食漢の隣の席が良かったのだが、彼のその巨大に膨れ上がったお腹はゆうに二人分の席を占有している。
僕は、多少の居心地の悪さを感じながらも仕方なく目の鋭い男の隣に腰をおろした。
まるで机の木目を隠すかのように隙間なく並べられた料理は、圧巻の一言であった。そう長く生きてきたわけでもないが、生まれてこの方、こんなに恵まれた食卓を囲んだことなどないはずだ。僕の顔よりも大きいパンに、思わず喉がなる。
手元には、大量の料理の隙間を縫ってカトラリーが並べられている。
ナイフとフォーク、スプーン。
―――そして1枚の銅貨。
はて、と首を傾げる。
僕は、田舎者ではあるが礼儀を知らないわけでは無い。テーブルマナーだって、農夫の息子とは思えない程厳しく躾けられたものだ。カトラリーの扱いなら、王侯貴族にだって引けをを取らないはずだ。
そんな僕でも、食卓における、この1枚の銅貨の扱い方にだけは見当もつかなかった。