(2)
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僕が綺羅星の部屋に盗撮カメラを仕掛けたのは、彼女の手首の秘密を見てしまったことがきっかけだった。
確か、最初に気付いたのは新入生歓迎の遠足の日だったと思う。
「高校生にもなって、遠足とかやってらんないね」とぶうたれていたくせに、自由行動の時間になると、改装したてで地域では話題になっていた千田公園の緑の芝生で、鬼ごっこなんて子供じみた遊びで僕たちは盛り上がった。
「マジ、あっつい! 汗掻いたね」と、女子たちがトレーナーやパーカーを脱いでいく。
私服姿の女子の姿は、なかなかに目新しく、男子たちの視線——僕も例に漏れず——は自然と彼女たちの脱衣の仕草に注がれた。
綺羅星も「あっつい、あっつい」と言っていたが、彼女は上着を脱がずにいた。
そのかわりか、二の腕の中間くらいまでの腕まくりをした。袖をすぐ元に戻した。
その時、僕は見たのだ。綺羅星の白い手首に、まだ新鮮な赤い掻き傷があるのを。
生々しい傷痕は、爽やかな青空と眩しい緑とあまりに似合わなくて、ざらつくような違和感を覚えた。
ただ、何かの見間違えか、ただのケガか、肌荒れかそんなものだろうと思っていた——思おうとした——。
その時、無邪気な高校生たちに踏み荒らされたシロツメクサが青く水っぽい匂いをあたりに立ち上らせていたことを妙に記憶している。
それからというもの、僕は綺羅星の手首を目で追うようになっていた。
彼女は夏でも長袖を着ていた。
僕が彼女の手首を見ることができるのは、その長袖の隙間からか、彼女がまれに腕まくりをしたとき——手を洗う時や、掃除用の雑巾を絞る時——だけだったが、手首の傷がない日はなかった。
僕は彼女の手首を観察し続けた。
かさぶたになったり、痕が薄れて治りかけてきたかと思うと、その数日後には、また鮮やかなみみず腫れが刻まれている。
深く切り込んだというよりは、引っ掻いたという程度のいわゆるためらい傷で、とても血管までは届くものではないだろう。
だとしても、治りかけては生まれ、治りかけては生まれることを繰り返す綺羅星の手首の傷に、僕はすっかり心を囚われた。
——間違いない。綺羅星は、リストカットをしている。
しかし、彼女が死にたがる理由が僕には想像がつかない。
彼女は決して目立つ生徒ではないが、肌が透き通るように綺麗で、精巧な細部を持つ美しい顔立ちをしている。女子の友達も多く、遠足のときも溌剌と走り回っていた。深刻な悩みを持つ要素が見当たらない。
学校生活に問題がないとなると、家族絡みで大きな困難があるか、もしくは年上の男と不倫——あるいは、それに値するような不幸な恋愛——でもしているか。
毎夜毎夜——夜、というのはあくまで僕の想像だが——手首を切り刻み、死を思い詰めるほどの事情とは、一体どんなものだろう。
「そんなに気になるなら、仲良くなって聞いてみればいいじゃない」。
そりゃ、ね。
正論だ。
でも僕には、それは無理だと感じられた。
女子と仲良く——しかも、死を望む理由を聞かせてもらうほど——なるなんて、僕にとっては地球がオレンジの実に姿を変えるのと同じくらい難しい芸当だ。
そこで、もっと簡単な方法を考えた。盗撮カメラを彼女の自宅に仕掛けることにしたのだ。
続きます!