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はじまりました! よろしくお願いします^_^
「両目を一晩、貸してあげてもいいわ」
綺羅星のその言葉にイエスともノーとも答える間もなく、僕は彼女の身体の中に吸い込まれていた。僕は綺羅星と綺羅星の目を共有することになった。
「身体や眼球を動かすのはわたし。わたしの身体だから。ただ、あなたにはわたしが見ているものと同じものが見えると言うだけ。そういう、共有よ」
綺羅星は、机に突っ伏したままの僕の身体に向かって言った。
「わかった」と、伏せたままで返事をする。
自分の声はいつも通り自分の内側から自分の耳に聞こえるのに、視線だけが綺羅星と同化して、僕の背中を見下ろしながら言ったものだから、自分でもわけがわからなかった。
「あなた、身体はいつでも自由に動かせるのよ。ただ、あなたの目が見ているものは見えずに、わたしの視界が捉えているものを見るしかないというだけでね」
「見えないのに、動かしては危ないな。頭を打つかもしれないし、階段を踏み外すかもしれない。つまり、動けないのと同じことだね」
「そうかもね。だから、今夜はおとなしく身体はあのままにしておくのがいいわ」
トイレに行きたくなったら、どうするんだろう。
疑問が湧いたが、僕は黙って問いを呑みこんだ。
「わたしはわたしでいつもどおりに過ごす。『あんなこと』するほど、わたしのプライベートが見たいなら、わたしの目を使ってわたしが見ている世界を見ればいい」
「……ごめん」
僕の身体が言った。
綺羅星の瞳はそれを確かに捉えていたが、彼女は何も答えず、暗い階段を下り、門灯の点いていないわが家の玄関から出て行った。
◇
歩く最中にも、綺羅星が瞬きをする。眼球を動かす。首を揺らす。
視線というのは、ただ歩くだけでこんなにもあちらこちらを警戒しているものなのか。
コンビニの自動ドアをくぐれば、さまざまな製品の色とりどりのパッケージや謳い文句が、雪崩のように目に注ぎ込まれてくる。
聞こえる音と見える景色もちぐはぐだし、目から入る情報の多さ、そして何よりも動きの予測がつかないまま視界が振り回されるので、船酔いしてるみたいに気分が悪くなる。
メインの通りからわき道へと入り、黄金山町へと登る道を彼女は進んで行く。
街灯がぽつぽつと等間隔に灯っているだけの、暗い道だった。
この坂は僕も何度か通ったことがある。
山のふもとはトタン張りの古い住居が多いが、坂を登れば登るほどモダンで洒落た家が集まっている。
初めて通ったとき、この坂の上は豊かな家族が暮らす場所なのだ、と僕は思った。
それは、綺羅星のイメージに合っていた。
そう、山の上には綺羅星の自宅があるのだ。
続きます!