6 始まらない会議 その1
トップ騎士。
それは星灯騎士団の頂点に君臨する騎士たちのことである。人気・実力ともに他の追随を許さず、使い魔との戦いは彼ら無しでは成り立たないと言われている。騎士団の、いや、エストレーヤ王国の顔と言っても過言ではないヒーローたちだ。
現在、トップ騎士と呼ばれているのはアステル団長以下六名だけ。
北部・南部にもそれぞれ交替で配属されている彼らが今日この日、王都の騎士団本部に集まることになっていた。
各種報告や今後の方針について話し合う、トップ騎士会議に出席するためである。
そんな重要な会議にどうして俺が呼び出されたのか。
正直言って、褒められるのか、叱られるのか、それすらも分からない。だからものすごく不安だ。
先日のカラスの使い魔討伐の際、確かに俺は戦功を挙げた。空中を素早く飛び回る使い魔を撃墜し、騎士団の反撃のきっかけを作ったのは、俺にしてはよく頑張ったと思う。
しかしよくよく自分の行動を振り返ってみると、独断専行をしていたかもしれない。下位騎士、しかも入団半年の新人が初めての使い魔戦にも拘わらず、部隊長の許可も取らないまま最前線に飛び出した。もしも撃墜に失敗していたら、自分だけではなく、戦いの均衡を崩してトップたちの命も危険に晒していた可能性もある。
使い魔の撃墜後は魔力が切れてしまったから、残った矢で牽制くらいしかできなかった。魔力配分を考えていない愚かな戦い方だ。
戦いの後、アステル団長は俺のことをめちゃくちゃ褒めてくれたけど、他の騎士たちからクレームが入ったのかもしれない。だとしたら、甘んじて叱責を受け入れよう。
ネガティブな想像をしながら、俺は会議室でトップ騎士たちの到着を待った。持ってくるように言われた、招集状と自分の訓練記録を握り締めて。
とにかく失礼のないよう、気を付けなくては。トップのほとんどは王侯貴族。「同期のよしみだからタメ口を許す、有難く思え」と言ってくれたクヌートとは違う。
彼らは雲の上の存在で、訓練でも簡単な連携確認くらいしかしたことがない。話したことのない騎士ばかりだ。
昔から王都で暮らしていれば、自然と彼らのことを知ることができたのだろうが、あいにく俺は田舎の村育ち。実家は新聞も取っていなかったから、彼らのことも朧気な知識しか持っていない。
王都に来てからも、慣れない宿舎暮らしや訓練に必死で、偉大な先輩たちについて知る機会を得られなかった。それはただの言い訳だけど。
でも大丈夫、俺にはメリィちゃんがくれた情報がある。
昨日メリィちゃんが騎士カフェにやってきて、リリン経由で一冊のノートを渡してくれた。俺がトップ騎士会議に呼び出されたこと、彼らについてほとんど何も知らなくて不安に思っていることを知って、わざわざ作ってくれたらしい。
トップ騎士のプロフィールや来歴、今までの功績や性格、人間関係、ファンからの評価など、学の乏しい俺でも読めるような文章で記されていた。
徹夜したのではないか、と心配になるような情報量だ。
『ほとんど授業中に書いたので大丈夫です!』
メリィちゃんは晴れ晴れと言い放ったという。
授業は真面目に受けた方がいいよ。俺もそう思ったし、リリンもそう言ったらしい。俺のためにメリィちゃんが成績を落とすのは申し訳なかった。
もう二度とこんなことはしないでほしいと思いつつも、メリィちゃんの献身を無駄にはできない。しっかりと勉強させてもらおう。
一ページ目には大きな文字でこう書かれていた。
『この情報は、公式の資料と様々な姫君への取材をもとにまとめたものです。断じて私の主観ではありません。私の推しはネロくんだけです!』
自分がトップ騎士に詳しいと、俺が不安がると思ってくれたのかな。
その注釈を嬉しく思いながら、ページをめくった。女の子っぽい丸い文字と可愛いイラストを見て少し癒されてから、俺はそっとノートを閉じた。
「…………」
もしこのノートをトップ騎士たちが目にしたら、大きな波紋を呼ぶだろう。多方面に差しさわりがある。だから俺は宿舎の自室の机に鍵をかけて保管することにした。俺に何かあった時のために、リリンに合い鍵を渡して処分を頼んでおくことも忘れない。
メリィちゃんは悪くない。ただこれはメリィちゃんや姫君たちの名誉を守るためにも必要なことなんだ。
ともかく、会議にノートを持ち込むことはできなかったが、内容自体はきちんと頭に入れてきた。強烈なインパクトとともに、知ってはいけなかった情報を知ってしまったせいか、なんだか緊張がどこかに行ってしまった。
「あれ、もう誰かいるよ」
「本当だ。もしかして、この前功績授与されていた射手の子かい?」
ほどなくして、会議室にトップ騎士が二名入ってきた。
壁際で敬礼をして、俺は招集状を手に名乗った。
「お疲れ様です。第七期入団、ネロ・スピリオと申します。本日は会議の一部に参加せよとのことで参りました。よろしくお願いいたします」
「ふぅん、そうなんだ。そんなに硬くならなくていいよ。まだ時間前だし、寛いでなよ」
銀髪の少年――彼はミューマ・レナスさん。
俺と同じ十六歳だけど、騎士団の設立時から在籍している魔術専門の騎士で、攻撃魔術と呪いを得意としている。ただ、前回の使い魔討伐では広範囲に結界魔術を張って閉じ込めることに注力していたため、攻撃には参加していなかった。
エンカラは白。小柄で目が大きな童顔ということもあって、実年齢よりも幼く見える。しかし、リリンと違って表情は乏しい。冷静で淡白、少し浮世離れした空気を纏っている。
実は、星灯騎士団の要である魔力の譲渡と蓄積を可能とする紋章魔術は、彼の祖父が開発したものだ。ミューマさんはその研究を引き継ぎ、データ収集をするために騎士団に入団したらしい。
祖父同様、彼も天才魔術師と名高く、本来なら十人以上の魔術師で行う複合攻撃魔術をたった一人で構築し、ぶっ放す姿は圧巻である。また、新たな魔術を発明しては騎士団の活動に貢献しているという。
『トップ騎士最年少! 全国民の孫! 白銀の天使! ミステリアスジーニアス!』
メリィちゃんのノートには活き活きとした文字でそう記されていた。多分、ファンの間でつけられた二つ名的な何かだろう。
彼は子どもの頃から騎士団活動をしていたため、ご年配の国民から孫のように可愛がられているようだ。もちろんその怜悧な美貌は、同年代の少女たちからも憧れられているだろうけど。
「何? 僕の顔をじっと見て、どうかした?」
「あ、いえ、すみません」
同い年なのにすごいなぁ、やっぱり強くて人気のある騎士は雰囲気から違うなぁ、と俺は気圧されていた。断じてメリィちゃんの煽り文が脳でこだまして、思考停止していたわけではない。
「……ねぇ、見た感じ僕と年齢、近い?」
「あ、はい。十六歳です」
「同い年だ。じゃあ敬語じゃなくていいよ。僕は別に役職も持ってないし、末席の貴族だし」
「え? ですが――」
戸惑っていると、後ろからもう一人の騎士が俺の首に腕を回した。
「俺からも頼むよ。ミューマは大人に囲まれて育ったから、同じ年頃の友達に飢えてるんだ、仲良くしてやってくれ」
「変な言い方しないでよ、リナルド。僕が寂しい子みたいじゃん」
「はは、ごめんごめん」
爽やかに謝っている青年――リナルド・ソレールさん。十九歳。
名門ソレール伯爵家の次男で、華麗な槍さばきで活躍する騎士だ。すらりとした長身に、甘いマスク。まさに貴族の貴公子という容姿をしていて、そこにいるだけで場が華やかになる男性だった。
エンカラはオレンジ。少し前から南部に配属されており、先日の使い魔討伐には参戦が間に合わなかった。
俺とはほとんど面識がないはずなのに、どうしてこんなに距離が近いんだろう。微かに香水の良い匂いがして落ち着かない。
『入団してすぐにトップ騎士の仲間入りを果たした、社交界の華! 騎士の鑑! ファンサの鬼! 泣かされるより泣かせたい! 放っておけない、わんこな貴公子様!』
メリィちゃんのノート、最後の方がちょっとよく分からなかった。リナルドさんの世間からの評価は、どうなっているんだろう……?
「ネロだっけ。きみ、好きな子いる?」
やんわりとリナルドさんを引き離しながら、俺は動揺を顔に出さないように努めた。
「す、好きな……」
「あー、これはいるな。幼なじみ? 馴染みの店員さん? それともファンの子?」
「!」
「はは、ファンに惚れてしまうようじゃ、まだまだだな」
すぐにバレた。恥ずかしい。
リナルドさんは円卓の椅子に腰かけ、白い歯を見せて、ふ、と笑った。
「新人時代、俺にもすっごく可愛いファンがいた。あまりにも熱心に応援してくれるものだから、いけないと思いつつ俺も淡い恋心を抱いてしまったものだ。次の使い魔を倒したらデートに誘って、手応え次第では退団して求婚しちゃおうかな、とか考えていた」
「はぁ……」
「なのに突然、彼女は握手会に来てくれなくなったんだ。俺は本気で心配したさ。病気か怪我でもしたんじゃないかって。でも彼女のことは名前以外よく知らなくて、探しようもなかった。歯がゆかったね。でも一年ほど経って、彼女はまた笑顔で握手会に来てくれた……旦那と一緒にな」
「え、ツラ……」
ミューマさんの淡々とした呟きに、俺の心の声がシンクロした。
「俺への不毛な恋に苦しんでいる時、慰めてくれたことがきっかけで二人は結ばれたらしい。彼女、随分と綺麗になっていたな。お腹には子どももいるって笑ってた。今度は家族三人で握手会に来てくれるそうだ」
リナルドさんは清々しい表情で、窓の外の青空を見た。
「永遠に推します、大好きって言ってくれていたから、少し寂しかったけど……二人の仲睦ましい姿を見て俺は精一杯祝福した。こういう尊い光景を守るために俺は命懸けで戦っているんだって実感したよね。本当に良かった。おめでとう、ミリヤ。末永くお幸せに……」
「涙拭きなよ」
勢いよく机に突っ伏したリナルドさんは、嗚咽を漏らしながら言った。
「ああああ! 星灯の騎士になったら女の子にたくさんちやほやしてもらえると思ったのに! 確かにモテるよ!? 握手会は死ぬほど楽しい! でも思ってたのと違う! ストレスの方が大きい! ちくしょう! 所詮、自由に恋愛できる男には敵わないんだ!」
突然の豹変に驚く俺に対し、ミューマさんは「いつものことだから」と肩をすくめた。
「よく聞けネロ! 本気で好きな子がいるなら、恋愛禁止の騎士なんて長く続けちゃいけないよっ。ファンの子が自分から卒業していくだけでもキツいんだ。本命相手だったら生きていけない……!」
一体なぜこんな哀しい話を聞かせたんだろうと思ってけど、単純に俺のことを心配してくれたかららしい。
最初の印象からがらりと変わって、俺はリナルドさんのことが不憫でならなかった。誰か彼を温めてあげてほしい。
微力ながら励まさないと、と俺はよく分からない使命感に突き動かされた。
「そ、それでもリナルドさんは騎士を続けているんですね。立派です」
「だって国は守らないと! あんなにたくさんの女の子に応援されてるのに、結婚したいから辞めますなんて言えない! 泣かせたくない! みんな可愛いし! たった一人を選べないし! 運命の相手が現れてくれたらすぐにでも寿退団しちゃうけどね!?」
荒ぶるリナルドさんの肩を、ミューマさんがポンポンと叩いた。
「この怒りは魔女と使い魔にぶつけるといいよ」
「ああ、そうだ! 使い魔に変な縛りつけやがって! 暴れたいのはこっちだっつーの! 今度は南部の近くに出ろや!」
恋人や妻がいる者が戦場にいると、使い魔は暴れ狂って手が付けられなくなる。確かにおかしな習性だ。魔女の思想の影響だという噂だけど、とんでもなく理不尽に思えてきた。
恋愛禁止の苛立ちを発散するためにも、今度はリナルドさんが使い魔討伐に参戦できることを俺は密かに祈った。
 




