58 観劇
そもそもなぜ夏季休暇に南部のリゾート都市へ旅行することになったのかと言えば、母が南部の友人から観劇のチケットを贈られたからです。
以前母がプレゼントしたチケットのお返しで、今南部の劇場で最も人気の公演とのこと。巷ではプレミアムチケットとなっているものを奇跡的に手に入れ、母にぜひ観てほしいと言ってくださったのです。
何より重要な決め手が、母が長年推している俳優さんが出演されていること。
『絶対に行く』
即断した母は「せっかくだからリンピア観光もしましょう。付き合ってくれるわよね?」と私たちに微笑みました。
お供役の私と支払い係の父は黙って頷くのみです。
一応、過去にリンピアへは行ったことがありますが、その時はまだ幼く、父の仕事のついでに立ち寄っただけでほとんど記憶がありません。
行きたいか行きたくないかで言えば、間違いなく行きたいです。
そして私たちハーティー一家はエナちゃんを誘い、四人で出発しました。
「せっかくの家族旅行なのにお邪魔してしまって申し訳ありません。費用もほとんど負担していただいて」
「気にしないで、エナさん。いつもメリィと仲良くしてくれてありがとうね」
「そうよ。何も遠慮しないで。せっかくエストレーヤに留学しているんだもの。観光名所も見てもらいたいわ」
両親は礼儀正しいエナちゃんのことをとても気に入っていて、彼女が夏季休暇に帰郷しないことを知ると旅行に誘うことを提案してくれました。
お友達と旅行なんて初めてのこと。
母に強引に誘われた旅でしたが、とても楽しみになりました!
「わぁ! 噂通り速いわね!」
「ちょっと怖いです……!」
南部のリゾート都市へは専用の馬車を乗り継いで向かいました。
エストレーヤ王国が誇るこの街道には最新の魔術が施されていて、馬車全体の重量が軽くなる他、馬の脚に祝福がかかってかなりのスピードが出るため、移動時間を大幅に短縮できます。
動物や魔物が立ち入らないようにところどころ結界が張られ、追い払う仕掛けもしてあるそうです。たまに大きな音が鳴っていたのはそのせいでしょう。
使い魔が出現した時、すぐに主力部隊が駆けつけられるよう、長い時間をかけて東西南北にこのような特殊な街道が敷かれました。
御者も専任の方が務めており、平時は予約制の有料の街道として一般国民にも使用が許可されています。
夏の時期、リンピアに続く街道は大人気でしたが、父が商売をしている関係でなんとか予約が取れました。
「…………」
もしかしたら、ネロくんもこの道を通ったかもしれません。
そんなことを考えていたら、移動時間はあっという間に過ぎました。
姫君になって初めての夏。
私としたことがリサーチ不足でした。
星灯騎士団関係の夏のイベントといえば、アステル殿下とトーラ様の誕生日と南部にて行われる海上訓練。
その海上訓練の参加メンバーはランダムで、実施日も非公開……なのですが、ネロくんを含む第七期の新人騎士様が選出される可能性は大いにあります。
先日の研究協力の際に聞いたミューマ様の思わせぶりな発言。
そして、騎士カフェ二号店の掲示板に貼られたリリンちゃんが一週間不在にするというお知らせ。
点と点が線になって繋がり、閃きました。
これは、ある。
ネロくんが今年の海上訓練に参加する可能性と、それに奇跡的に行き会う可能性が!
「っ!」
いけません。
今回の旅行は家族と友人とひと夏の思い出を作るためのもの。
目の前にいる大切な人に集中して楽しまないと!
ネロくんへの想いは心の隅に宮殿を建ててそっと置いておきましょう。
存在を感じ取れたら幸運くらいに思っておいて、あまり考えないように……。
そして辿り着いた南部のリゾート都市・リンピア。
潮の香りを運ぶ風。
建物の隙間から見えるキラキラ光る海岸線。
どこか浮かれた服装の方が多い賑やかな街。
日常と離れたことを実感して、私とエナちゃんはお互いの手を合わせて興奮を分かち合いました。
「ふふ、来ちゃった」
馬車のキャビンから出るや否や、母はとある方角を見てうっとりとため息を吐きました。
事前に地図を見てきたので分かるのですが、あの方向には確か南部一の劇場があるはず……。
私たちが観る公演は明日ですが、ちょうど今の時間も母の推し俳優さんは舞台に立っていることでしょう。
くぅ、推しの所在が分かるなんて羨ましい!
心の宮殿が早くも揺らいでいます!
「面白い母子……」
「見ていて飽きないよね」
対照的な状態になっている母と私に、エナちゃんと父がそのような感想を述べました。
そして翌日。
私たち四人はおめかしをして、劇場の三階のボックスシートでその歌劇を観覧しました。
「オレは勇者なんかじゃねぇ! だけど、やってやるよ! こんな理不尽な世界、ぶっ壊してやる!」
新進気鋭の劇作家が書き下ろした新作ということもあって、私も簡単なあらすじしか知りません。
卑屈な性格の青年が聖剣に勇者として選ばれ、文句を言いつつもヒロインや仲間に出会い、戦いや旅のひと時の間に絆を育んでいく……。
アクション多めの冒険活劇です。
旅の目的は『復活した魔王の討伐』とのことですが、おそらくその部分は今回描かれないでしょう。
この舞台はタイトルに「前編」と銘打たれています。
つまり続編前提。思い切った興行ですね。
主演はなんと元星灯の騎士様です!
母曰く、一年ほど剣士部隊で活動した後、退団してこの劇団にスカウトされ、めきめきと頭角を現して名が売れ始めた役者さんとのこと。
さすがです。
演技はもちろん、アクションシーンの迫力が凄まじいですね。これが初主演作品とは思えません。
そして何よりお顔が良い。
実力、話題性、容姿……歌唱パートだけ少し緊張が伝わってくる出来映えでしたが、それすらも味があって良い。
ストーリー自体も面白く、これは人気公演になるのも納得ですね!
客席のそこかしこから息をのむ音が聞こえてくる気がします。
私も隣のエナちゃんも完全にお芝居に見入っていました。
そして終盤。
主人公一行が息の合った連携で、長年その地の民を苦しめていた手強い魔物を倒したシーン。
序盤であんなに険悪だった仲間たちが、手を取り合って勝利を喜んでいます。
なんて尊い……。
良い舞台でした。思っていたよりも短く感じるのは、それだけ面白くてあっという間だったからでしょうか。
そんなことを考えながら私が終わりに備えて拍手の準備をしていたところ――。
「あはは! いいねいいね、かっこいいね、勇者くん。きみならもしかしたら、父上を倒すことができるかもしれないね?」
突然、全体の照明が落ちて、真っ赤なスポットライトが勇者と現れたもう一人に当たりました。
客席から声にならない悲鳴が上がり、「待っていました!」と言わんばかりの熱が広がりました。
現れたのは、黒ずくめの衣装をまとい、頭に角を生やした美少年です。
見るからに敵役――劇中で示唆されていた上級魔族の装いです。
そして、オーケストラバンドが激しい演奏を始め、魔族の少年が歌い出しました。
凄まじい美声です。
え、信じられない。知らない役者さんです。
男女問わず有望な新人俳優が出てきたら、母が絶対に話題にしているはずなので、もしかしてこれがデビュー作?
私が純粋に驚いている間に、ストーリーは進みます。
新たな敵と戦い始める勇者一行。
しかし、全く歯が立ちません。
魔族役の少年は優雅な動作で踊り、その度に勇者の仲間が次々と倒れていきます。
「この野郎!」
勇者が渾身の力で斬りかかっても、魔族の少年は余裕を崩しません。
簡単に転ばされてしまいます。
「あはは、ダメだよ、勇者くん。こんな弱者となれ合っていたら成長は望めない。魔王を倒したいんだろう? ならば全てを削り、全てを捨て、全てを諦めるべきだ」
「何を……!」
「過去も未来も意味がない。きみは勇者として世界のために孤高の犠牲にならないと。ああ、でも……死ぬ時だけは僕が一緒にいてあげる。だから寂しくはないよ」
魔族の少年が優しい表情で勇者の頬を撫で顎クイをしたところで、観客席が今日一番の熱狂を見せました。
もちろん上演中ですので声は出していませんが、皆様の昂りはひしひしと伝わってきます。
あまりにも耽美で、私には刺激が強すぎました。
ギリギリ成人しているのでなんとか耐えられますが、もっと若い少年少女が観ても大丈夫でしょうか?
今後の人格形成に大きな影響を与えそうで心配です!
「やめなさい!」
立ち上がった仲間の魔術師が、勇者と魔族の少年を引きはがそうと攻撃しました。
しかしその攻撃魔術は跳ね返され、魔術師は再び倒されてしまいます。
……ちなみに魔術師役は母の推し俳優さんが務めており、勇者の態度を窘めつつ、旅を導く重要人物でした。
発声も間の取り方も完璧。苦しんで息絶える演技も見事です。
仲間の名前を叫ぶ勇者に、魔族の少年は興ざめしたように離れました。
「またね。全てを喪い、強くなったきみとの再会を楽しみにしているよ」
最後に少年は魔族の王子だと名乗り、上品にお辞儀をして退場していきました。
いつの間にか手に汗を握っていたようで、彼が視界から消えた途端私の体からすうっと力が抜けていきます。
その後、生き残った勇者とヒロインが仲間の墓を作り、別離の涙を流しながら復讐を決意するバラードナンバーとともに幕は閉じました。
勇者とヒロインの熱演と熱唱に目尻に涙が浮かびましたが、脳内は混沌としています。
なんだかとんでもないものを見てしまったような……。
カーテンコールで役者さんたちが出てくると放心状態だった客席が目覚め、スタンディングオベーションで拍手と歓声を贈りました。
私とエナちゃんも称賛を惜しみません。
勇者役の主演役者さんが劇中とは打って変わった柔らかな表情で手を振って、「続編もぜひ観に来てください!」と元気よく挨拶をしています。
一歩、魔族の王子役の役者さんは「再会を楽しみにしています」と、客席に向かってウインクして乙女のハートを爆撃していました。
素もちょっとキザな方なのでしょうか。
「す、すごかった」
「ですね」
全体的にとても面白く、何度も目頭が熱くなりました。
つ、続きが気になる……。
今後も当然出てくると思っていた仲間の半分が退場するという衝撃の結末。
これは続編のストーリー次第でかなり荒れそうです。
恐る恐る横目で母の様子を確認しました。
推しをガン見しているか、その役の退場を惜しんでいるか、将来有望な若手俳優の登場を喜んでいるのか、それとも。
「…………」
母は立ち上がって拍手はしていましたが、鋭い眼光を舞台に向けていました。
どういう感情を抱いているのか、まるで読めません。
その奥では父もどこかぼんやりとしています。
「……あなた、どう思った?」
「うーん、そうだね。怪しいかな。でも確信が持てない」
「そうね。私も同意見よ。あり得ないことだもの」
夫婦で謎の会話をしたと思ったら、私たちに向けて母は困ったように笑いました。
「メリィ、エナさん。ごめんなさいね。用事を思い出してしまったわ。この後の買い物は二人だけでも大丈夫かしら?」
「? はい」
いつも舞台の余韻に浸ってなかなか帰ろうとしない母が、誰よりも先に会場から出ていきました。
感想を聞きたかったのに……残念です。




