50 推し騎士の活躍
「さて、今回の競技会では得点と命中率を競っていただきます。これからフィールド内に魔術による自動操作で大量の的が出現いたします。一つ的を壊せば十点を獲得、一試合終了後に命中率をかけ、最終的な得点とします。時間制限形式で全部で三試合行い、上位半分が次の試合に進み、第三試合で勝利した者が優勝です」
ジュリアン様のルール説明に、私はふむふむと頷きました。
例えば十回矢を放ち、八回命中した場合は、八十点×命中率八十パーセントで六十四点になるということですね。
連射して外すくらいなら、一つ一つ確実に的を壊した方が有利のように思えます。
「趣向を凝らし、様々な種類の的を用意しました。第一試合は静止した的、第二試合は一定の規則で動く的、第三試合は魔物の動きを再現してランダムに移動する的……中には攻撃したら即失格の的も出てきます。焦らず冷静に、騎士として正しい判断をしてくださいね」
ついに射手の競技会が始まります。
微かな風が、舞台に掲げられている旗を揺らしていました。
訓練場の南側に設けられた舞台の上から、八名の射手がそれぞれの武器を構えます。ほとんどが弓を手にしていますが、それぞれ形が違いますし、中にはクロスボウやスリングショットを手にしている方もいますね。
背後には大量の矢が用意されていました。
「じゃあ、結界張るよ」
ミューマ様によって観客席の前に再び結界が張られました。
気づけばフィールド内には、鎧を着た判定員さんが配置についています。誰がどれだけの的を壊したのか、カウントする係のようです。
あ、リリンちゃんとクヌート様らしき判定員さんが……!
お二人も心の中でネロくんを応援していることでしょう。
「さっきの新人くんの腕前に期待だな!」
「あれだけ言って、全然ダメだったら……ふふ、それはそれで可愛いわね」
「ニコラ様ぁ! 今日こそ真の実力を発揮して下さーい!」
他の観客たちの声が聞こえてきて、私は気が気ではありませんでした。
観客の視線がかつてないほどネロくんに集まっています。この期待を裏切ってしまったらどうなるか……ううん。私は信じています!
ネロくんなら絶対に良い成績を残せます! 頑張って!
ドキドキしながら心の中で必死にエールを送ります。
「それでは……第一試合開始!」
懐中時計を手にしたジュリアン様の号令と同時に、フィールド上に一斉に的が現れました。
地面の中からにょきにょきと大量の木の板が生えたのです。
「――ッ!」
弦の音と、的を射抜く甲高い音が断続的に続きます。
射手の騎士様たちは次々と的である木の板を割っていきました。
「射手の強みは、何と言っても瞬発力だよね。魔術は詠唱に時間がかかるから」
「そうですね。我が星灯騎士団の射手部隊は少数精鋭です。それぞれ正確無比な射撃技術を持っています。静止した的ならば、まず外しませんね。制限時間を待たず、的がなくなりそうです」
ミューマ様とジュリアン様の解説を聞きながら、私たち観客は射手の騎士様の腕前に感嘆していました。
本当に全然外しません。見る見るうちに的がなくなっていきます。
「あと残っているのは……一番遠いエリアだね」
「おや、発育不良でしょうか? ただでさえ遠いのに的が小さい。さすがに狙いにくいのではないでしょうか」
「……白々しいよ、ジュリアン。そういう仕掛けにしたくせに」
舞台から最も遠いところにある的は、私の握りこぶしほどの大きさしかありません。
普通に考えたら当たりません、よね……。
さすがに騎士様たちの手が止まりました。外して命中率が下がると不利になってしまいますから。
しかし。
「!」
誰もが躊躇う中、ネロくんの一射が最後の的を破壊しました。
「きゃー!!!」
「ど、どうしたメリィ氏。乱心か!?」
思わず馬鹿みたいに甲高い悲鳴を上げてしまいました。
だってだって、格好良すぎません?
観客席もどよめき、また拍手が起こりました。
瞬きすら最小限にしてネロくんを見つめていた私には分かります。流れるような動作で弓を引き続け、放った矢が的に届く前に次の矢を番えていました。
命中するのを見届ける前に次の的を狙う姿……最高にクールでした!
ネロくんの動きが一番早かったように思えます。これは結果に期待してしまいます。
「第一試合が終了しました。集計の結果を発表します。第一位、ネロ・スピリオ。百二十点。パーフェクト。続いて第二位――」
ずっと拍手が鳴り止みません。
私もすっかりのぼせてしまって、大興奮で手を叩き続けました。
「――第二試合に進めるのは以上の四名です。なかなか興味深い結果になりましたね」
上位四名に残れず、脱落してしまった騎士様へも惜しみない賞賛が送られています。
得点は僅差でしたし、ネロくん以外にもパーフェクトの方はいます。しかし、部隊長に「射手のエース」と言わしめた実力が証明されたのではないでしょうか。
続く第二試合でも、ネロくんは絶好調でした。
フィールド上を一定の規則で動き回るカラフルなボールを、四名の射手が狙います。
跳ねたり、左右に移動したり、くるくる回ったりするボール。攻撃が当たってボールが破裂すると、中からキラキラした紙吹雪が舞いました。小さな子どもが大喜びするほど綺麗なのですが、視界が悪くなり、次のボールが狙いづらくなっているような気がします。
いきなり難易度が跳ね上がってしまいました。
それでもネロくんは外しません。それどころか――。
「おっと、一射で二個同時に撃破ですか」
「今の、まぐれじゃないよね。すごい」
ボールの軌道を読み、一線で繋がる瞬間に矢を放って同時に撃破する、という神業を見せてくれました。
天才すぎる……。
「素晴らしいな、メリィ氏の推し騎士様。話で聞いていたよりも、ずっと凛々しい少年だ。凪いだ湖面のように落ち着いていて、姿勢も弓を引く所作も美しい。長年幾度も同じ動作を繰り返し、体に染みついて洗練されていったのが分かる」
「そういうレビュー最高です。ありがとうございます!」
ピノー先生もひどく感心して、スケッチブックにラフを描き始めました。
これは名画が誕生する予感がします。
第二試合の集計結果も発表され、ネロくんはまたしてもパーフェクトでの一位で通過でした。
二位はニコラ様です。彼もネロくんと同じく一射で二個のボールを破壊したことで、命中率掛け算で一気に得点を伸ばしました。
「オレのは完全にまぐれだけど……なんか今日は運が良いかもっ」
ネロくんとニコラ様の二人が第三試合――優勝を決める最後の試合に臨みます。
この試合では開始前に、フィールド上に魔物を模した的が放たれました。
魔術でランダムに動くようにプログラミングされた魔物の人形のようです。リアルすぎると小さな子どもへの刺激になりますし、可愛いと罪悪感が湧くからでしょうか、絶妙に不気味で間抜けなデザインでした。
地面を走り回ったり、飛び跳ねたり、空を飛び回ったり、動きは完全に動物のそれです。
「こ、これは! 去年論文が発表されたばかりの人形魔術を応用しているのか!? 素晴らしい! こんなに滑らかで変則的な動作をどうやって? まさか一体ずつ術式を変えているというのか? 魔術スタッフ働きすぎぃ……」
ピノー先生にいたっては、仮想魔物の仕組みに興味津々でした。
観客たちも初めて見る魔術に大喜びです。
「時間経過とともに新しい的が出現しますので、最後まで気を抜かず、優勝を目指してください。……では、第三試合、開始!」
ジュリアン様の合図と同時にお二人が同時に矢を放ちます。
その瞬間、今までにない強い風が訓練場全体に吹き荒れました。舞台上の旗も大きくはためきます。
風で軌道が逸れ、お二人とも一射目から外してしまいました!
ああ、ネロくんのパーフェクト記録が途切れちゃった……。
「なんです? ミューマ、その胡乱な目は」
「……ううん、疑ってごめん。どう考えてもこの強風は自然のものだよね」
「ふふ、そこまで意地悪に見えます?」
「日頃の行いかな。うん、ただでさえ難しいのに、さらに難易度が上がっちゃったね」
「部隊長が意地を見せるか、期待の新人が優勝を攫うか、見ものです」
「うん。ニコラはリアルラックに定評があるし、ネロも今日は不思議と緊張していないみたいだ。どちらの優勝もあり得ると思うよ」
「そうですねぇ。特にネロ・スピリオくん、彼はゾーンに入っているようですね。ものすごい集中です」
確かに今日のネロくんは凄まじいです。
時折吹きつける風にも心を乱されることなく、二射目は見事に的中させました。
さすがに連射をせず、狙いを定めて慎重に射っていますが、少し怖いくらい真剣な表情です。
何が彼のやる気を駆り立てているのでしょう。普段の穏やかで控えめな言動を見る限り、勝ちにこだわるタイプではなさそうなのに。
「さぁ、そろそろ最後のお楽しみと行きましょうか」
ジュリアン様が手を挙げると、土の中から新しい的が現れました。
手足がある二足歩行の生き物。お猿さん?
いえ、違います! これは……。
「ヒト型の的は、当然だけど壊しちゃダメだよ。即失格になるから」
数体の土人形がフィールドを自由に駆け回り始めました。
大人や子ども、男性や女性など大きさや体つきで区別できますが、顔までは造りこまれていません。動くマネキンみたいです。これはさすがに不気味ですね。
「難易度上がりすぎだよぉ」
ニコラ様は狙いが定まらず、ヒト型の的のいないスペースを探しています。
一方ネロくんはフィールド全体に目を凝らし、そして、はっとしたように弓を構えました。
「――ッ!」
彼の手を離れた矢が、ヒト型の人形の肩を射抜きました。
私とピノー先生を含めた観衆が大きな悲鳴を上げます。当ててはいけない的に当ててしまったということは……!
「あ。ネロ、失格?」
「……いいえ。よく見てください」
ジュリアン様が笑みをこぼしました。
「あ! あのヒト型人形、ナイフを持っているぞ!」
「もしかして、女性型の人形を追いかけていたんじゃない?」
「これは射っていいやつ!」
なんという罠!
狙ってはいけないと言われた的の中に、見過ごしてはいけない犯罪者モデルの人形が混ざっていたようです。
ネロくんはそれに気づき、失格のリスクを負ってでも肩を射抜いて無力化しました。
「騎士として正しい判断です」
もしかしたら今日一番かもしれない温かい拍手が会場を満たしました。
私は再びの号泣タイムに入ります。
あまりにも尊い。私の推し騎士様……!
そのまま第三試合が終了し、結果が発表されました。
「今回の射手の訓練発表競技会、優勝は――ネロ・スピリオくんです! おめでとうございます!」
ジュリアン様とミューマ様、射手部隊の先輩方や判定員の皆様が、ネロくんを称えています。
惜しくも敗れて二位になったニコラ様も、屈託なく笑ってネロくんの優勝を祝福していました。
もちろん、会場の観客たちも。
「これはすごい新人騎士が出てきたな」
「知らないの? この前の使い魔討伐の時から活躍してた子でしょ!」
「……軽率に沼落ちしそう」
「これ以上、推し騎士様を増やしたら体が足りなくなっちゃう!」
にわかに活気づき、今にも人気の導火線に火が付きそうです。
「実に見事な腕と判断力でした。これからも、その才能を仲間や国を守るために使ってください」
「あ、はい。頑張ります」
「では、応援してくださった観客の皆様に一言どうぞ」
ネロくんは優勝して気が抜けたのか、少しぼんやりした様子でした。
ジュリアン様に促されてから数秒黙り込み、観客席を見渡し、そして。
ちらりと私の方を見たのです。
え、気のせいでしょうか? 一瞬ですが、バッチリ目が合ったような……。
 




