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【書籍化】推し騎士に握手会で魔力とハートを捧げるセカイ(連載版)  作者: 緑名紺
第6章 推しエール訓練発表会

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46 同行者


時間は遡り、イベント前……。

 

 クラリス様のご紹介により、今回のイベントの同行者候補として挙がったのは……。


「ピノー先生、ですよね? 本当に、先生が訓練発表会に同行を……?」


 とある日の放課後、私はファンクラブのサロンの隅に席を設けてもらい、イベント前の顔合わせを行いました。

 まさかの人選で戸惑いが強いです。


 対面のソファに座っていらっしゃる若い男性は、ベルナール・ピノー様。

 なんと、この学校で教鞭をとっている上級魔術の非常勤講師です。

 本職は魔術関係の学者をされていて、週に数コマだけ授業を受け持っています。


 一年生の私はピノー先生の授業を受けたことがありませんし、在学中に関わる機会があるとは思っていませんでした。

 上級魔術の授業は高学年の生徒、それもかなり魔術の才能がある者でないと単位習得に苦労するらしいです。将来、魔術の専門職に進む生徒以外には無関係と言えるでしょう。


 しかし無関係のはずの私でもピノー先生のことは存じ上げておりました。

 まだ二十代前半とお若く、侯爵家出身で魔術のエキスパートで独身。貴族のご令嬢たちに狙われ、もとい、人気がある先生なのです。

 授業中、必要最低限のことしか口にせず、にこりともしないクールな態度に、十代の異性にはない知性や色気があるとクラスメイトが騒いでいました。


 確かに、お顔立ちも整っていて、陰のある美形と囁かれるのも分かる気がします。


「…………」


 私が問いかけてからもう十秒以上経過しましたが、ピノー先生から返答はありません。

 一向に目が合う気配がなく、どこか顔色も悪いような……まさか面識のない女子生徒が相手ということで緊張しているのでしょうか?


「先生、メリィさんが困っていましてよ」

「はっ!?」


 クラリス様の一声で、ピノー先生はソファの上で小さく飛び上がり、もじもじと居住まいを正しました。


「も、申し訳ない。私は……キラキラした女子が最も苦手ゆえ」


 第一声から「苦手だ」と面と向かって言われたのは生まれて初めてです。しかしそれほど不快ではありませんでした。

 ピノー先生から同族の気配――陰のオーラを感じたからです。


 私がキラキラした女子かどうかはさておき、先生の反応は理解できます。

 かくいう私もチャラチャラしていて声の大きな異性を苦手としています。

 なんとなくのイメージですが、自分とは全く別の世界の住人であり、他者の存在を一瞬で抹殺するような発言力やエネルギーを持っているように錯覚してしまうからでしょうか。


 偏見は良くないということも分かっています。よく知らない相手を勝手にカテゴライズしてしまうのが失礼なのは百も承知。

 ただただ蔑まれたり嘲笑されたり、否定されるのが怖いだけなんです。自分と正反対の陽の者への苦手意識はそう簡単には拭えません。


 今となっては本当に嫌われたくないヒトがいるので、以前より恐怖心が和らぎ、自然な対応ができるようになったと思います。こうやって陰の者は少しずつ少しずつ社交性を身に着けて大人になっていくしかありませんよね……。


「ああああ……やっぱり無理だっ。教壇に立って、教師という体裁を取り繕っていないと無理……家に帰りたいっ」


 既に大人の先生は、教師の仮面をかぶることで、その場をやり過ごしてきたようです。クールに振舞っていたのではなく、単純に心を無にして耐えてきただけ。

 この仕事に就くまでに一体どれだけの葛藤と努力を重ねてきたのか、想像するだけで涙が出そうです。


 クラリス様がため息を吐きました。


「しっかりなさってください、先生。訓練発表会、どうしても行きたいと仰っていたではありませんか」

「うぅ、そ、そうだ! ……このようなチャンス、もう巡っては来ぬ」


 ピノー先生は顔を上げ、初めて私を真っ直ぐ見ました。

 ……三秒で視線が俯いてしまいましたが、勇気を振り絞っているのは伝わってきます。


「メリィ氏! どうかイベントに同行させてくれたまえ! 絶対に貴殿の推し活の邪魔はしないと誓う! 私はどうしても、どうしても……ジュリアン様の晴れ舞台を拝みたいのだ!」

「……め、メリィ氏?」


 私が独特な呼ばれ方に引っかかっていると、クラリス様が嫋やかな微笑みで話を強引に進めました。


「ピノー先生は、ジュリアン従兄様のファン……重度で古参の“従士”ですの」

「え! そうなんですか!?」


 従士。

 それは、星灯騎士団の男性ファンが自らを称する言葉で、女性ファンの“姫君”に相当する存在です。

 ただし、正式な呼び名ではなく、あくまでも自称です。

 騎士様たちは男性ファンのことを“主様”や“町の王子様”、“我が主”などと呼んで大切にしているのですが、その呼び名に対して「滅相もない!」「身に余る!」と恐縮して“従士”と名乗るようになったとか。


 エストレーヤの国民は基本的に老若男女関係なく星灯騎士団を応援しています。

 ただし、特定の騎士様のために握手会に通いつめたり、カフェやイベントに足を運んで熱心に推しているのは圧倒的に女性ファンが多いんです。

 男性ファンは女性ファンの視線を気にしてか握手会で騎士の礼も求めず、慎ましく応援している印象です。

 もちろんリリンちゃんやバルタ様のように、熱狂的な男性ファンを抱える騎士様もいらっしゃいますけど、それは少数と言えるでしょう。


「ピノー先生が、ジュリアン様の……」


 ジュリアン様は騎士としては線が細く、聖職者のような神秘的な雰囲気の方。それでいて、騎士団全体をきびきびと取りまとめる辣腕の副団長です。

 治癒系の魔術が得意なことから、騎士様たちの無事の帰還を祈る国民の多くが、彼に魔力を託しています。

 使い魔戦でも必要不可欠な存在と言えるでしょう。


 穏和で優しげな紳士という印象が強いですが、時折アステル殿下の姫君に大人げなくマウントを取っていて、意外な人間味に親近感を覚えてしまいます。


 沼が深そうな騎士様だな、と常々思っていました。先日の魔女との一件を経て、ますますそう感じます。

 ピノー先生もまた、その沼の住人ということですか。熱心に誰かを推すタイプには見えなかったのですが……。


「ああ、彼は本当に素晴らしいんだ! 分野を問わない幅広い知識と教養、処理能力が高すぎる頭脳、相手に反論の余地も許さぬ切れ味抜群の弁舌! まさに新時代の賢者! ご自身が頂点に立てる資質を持ちながらも、エストレーヤ王家に忠誠を誓い、アステル殿下の一歩後ろに控える姿がまた格好良くて……! 彼の織りなす美しい魔術の発動反応光を思う存分浴びたい! いっそ植物に生まれ変わって、その光だけで成長したいくらいだ! ああ、なぜ落選してしまったんだ!? 普段は前線に出ない彼が手加減なしに攻撃魔術を繰り出すイベントを観られないなんて絶望! 絶望過ぎて虚無なのだが!? だから頼むメリィ氏!」


 突然の早口の賛美に私は確信しました。

 間違いありません。こちら側の住人です。

 なるほど、魔術を探究する者としてもジュリアン様のことを尊敬なさっているのですね。納得です。


「ふふ、すごい熱量でしょう? 身内を推されるというのは、ありがたいのですが、気恥ずかしいものですのね」


 クラリス様は苦笑して、補足説明してくれました。


 ピノー先生は、騎士団結成当初から副団長のジュリアン様を熱心に推し続けており、もちろん今回のイベント抽選にも応募したものの、残念ながら落選。

 当落が発表されてからずっと落ち込んでいたそうです。


 学校のファンクラブでは、ピノー先生の存在は知れ渡っており、当然クラリス様とも親交がありました。

 男性ファンが女性ファンに気を遣っているのと同様に、女性ファンも貴重な男性ファンに対して一目を置いて尊重しています。  

 ピノー先生にならば、たった一枚のイベントチケットを譲られても誰も文句は言わない。

 クラリス様はそう断言しました。


「…………」


 拝むポーズを取っている先生に対し、私はすぐにチケットを差し出すことができませんでした。


 ピノー先生とならば、お互いの推し活を尊重しつつイベントの時間を過ごせそうです。

 空席を作らずに済み、騎士様のイベントを心の底から楽しんでもらえるなら、私としても本望です。

 何より、恥も外聞もかなぐり捨てここまで必死にお願いされているのに、拒否することなんてできません。私は悪魔の血を引いていようとも、冷酷ではないつもりです。


 ただ……若い異性と二人でイベントに行くことに、若干の躊躇いが生じました。

 自意識過剰だと分かっています。私はもちろん、ピノー先生にも全くその気はありませんし、友人どころか同じ学校の教師と生徒という関係です。デートにはなり得ません。


 ですが、別の男性を連れてネロくんに会いに行くなんて、許されます?

 一体どう思われるのか。無神経な気がしてなりません。

 心優しいネロくんは理解を示して全く気にしないかもしれませんが……それはそれで悲しいです! 現実を知りたくない!


 ん? ちょっと待ってください。

 そもそも教師と生徒が一緒にお出かけというのは、保護者や生徒、他の教師に見つかったらかなりデンジャーな気がしますけど、不思議と先生もクラリス様もその辺りを気にした様子はありませんね。

 上級貴族ということで、クレームなんて怖くないのでしょうか。

 私も私で、チケットを餌にピノー先生になんらかの見返りを要求した、と周囲に思われないか心配です。上級魔術の授業を履修する予定はありませんが、もし他の授業で好成績を取っても不正を疑われてしまうのでは……?


「メリィさんが迷われるのも仕方がありませんわ。異性と、それも教師と出歩くことに躊躇いがあるのでしょう? 推し騎士様にどのように思われるかも心配ですわよね」

「!」


 私の心の動きを完璧に読んだタイミングでクラリス様がそう言いました。


「大丈夫。騎士様のイベントで、他の観客を気にしている者なんて滅多にいません。お二人は年齢が離れていますし、恋仲に見えることはないでしょう。それでももし、後で何か物申してくる方がいたらわたくしが直接事情を説明いたしますし、なんらかの不正を疑う者がいればフレーミン家の名前を使って証言いたします。ネロ様にも、ジュリアン従兄様を通じていくらでも配慮が可能です。ご安心ください」


 おお、なんて手厚いアフターフォローでしょう。

 公爵令嬢のクラリス様が証人となってくださるのなら、おかしな噂にはなり得ませんね。

 しかし、どうしてクラリス様がピノー先生のためにそこまでなさるのでしょうか。従兄であるジュリアン様のファンだから無下にはできないとか……?


 クラリス様は笑みを深めました。


「実は、ピノー先生は、美術部の副顧問をなさっていて、界隈では有名な神画家でもありますの。イベントで受けた刺激によって、どのような作品が生み出されるのか、わたくしたちは気が気ではなくって」

「え!?」


 その情報によって、どうしてクラリス様がピノー先生を私に紹介してくださったのか悟りました。

 ……以前、相談したことがあるんです。

 今から何十年もかけて練習すれば、ド素人の私にも他者にネロくんの尊さを伝えられるレベルの絵が描けるでしょうか、と。


 推し騎士様のとっておきの瞬間を絵にするにはどうすれば良いのか。

 目に焼き付いて離れない、ネロくんが異空間の壁を破壊するために放った一射を、なんとか形にして残したい。

 そのために私は絵を学ぼうと企んでいます。美術部への入部も検討中でした。


「僭越ながら、姫君のイベントレポの挿絵をよく依頼されている……私の未熟な腕では騎士様たちの輝きは、とても表現しきれていないが」


 先生は膝の上に乗せていたスケッチブックの中を見せてくれました。

 なんでこんなもの持っているんだろうとずっと思っていたのですが、全ての点が線となって繋がり、私は大興奮でピノー先生のデッサンを拝見しました。


「しゃ、写真みたいです。これが、神画家……!」


 やはりジュリアン様の絵が多いですが、他にもたくさんの騎士様が描かれています。


 武器を手に訓練している時の絵は躍動感があり、とても格好良い……。

 握手会の一幕では騎士様の柔らかな表情が描き込まれて、自然とこちらまで笑顔になってしまいます。

 さらには数年前の功績授与式でトップ騎士様が勢ぞろいしている力作が出てきて、思わずため息が漏れました。あまりにも尊い……。


「もし、もしもチケットを譲ってくれるのなら、お礼と言っては足りないかもしれぬが、メリィ氏の推し騎士様の雄姿も一筆――」

「ぜひお願いします! 一緒にイベントを楽しみましょう!」


 気づけば食い気味に返答してチケットを差し出していました。

 こうして、私は訓練発表会の同行者を見つけたのでした。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 46同行者を読みまして、真っ先に思ったのが……にんじん、ぱくーっ! あ、食いついた! ……でした。 ぐるぐる葛藤が、一瞬で、空の彼方へ(笑) [一言] 従士、の呼び方、良いですね。姫君、の…
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