40 番外編 特別な誕生日・前編
「ネロ! これ見て! 大変だよぉ!」
カフェの厨房で皿洗いをしていた俺は、リリンの声に慌てて振り返った。
なんだろう。提供した皿に不備があったのかな。だとしたら本当に大変だ。
しかしリリンの顔は言葉とは裏腹に全く焦っていなかった。むしろ嬉々としている。
「今エナちゃんが一人で来て、これを予約していったの!」
目の前に広げられたのは予約票だった。
「予約? 珍しいな……」
一応、騎士カフェ二号店でも席の予約はできるけど、一日に数組しか受け付けていない。以前、とあるご令嬢が人を雇って予約を入れまくり、カフェを貸し切りにしてしまったかららしい。それ以来、制限を設けたのだと聞いた。
一人がやるとみんながやろうとするもんな。
金の力で騎士を独り占めするのは美しくない、貴族も平民もファンに対しては平等であるべきだ……と、いろいろなところから苦情が来て、予約枠が少なくなったのだ。
『特別な事情がない限り、予約枠は長時間並べない者に譲ってあげてほしい』
アステル団長がそう発言してからというもの、ほとんどの姫君は普段は予約せず、律儀に並んで待ってくれるようになった。
つまり、予約を入れるのは、特別な理由のあるお客さんだけ。
体が弱くて並べないとか、遠方からやってきてこの日しか来店できないとか、推し騎士の誕生日をどうしても祝いたいとか、その逆に……。
「誕生日プレートの予約!? え、まさか――」
「そのまさかだよ! 再来週メリィちゃんの十六歳の誕生日なんだって!」
推し騎士に誕生日を祝ってもらいたい姫君もまた、席とともに誕生日専用の特別なデザートプレートを予約する。
すぐに日付を脳内に刻み込んだ。宿舎に帰ったらすぐに特別訓練の予定や当直当番の日付を確認しなくては。
「そっか……メリィちゃん、十六歳になるのか」
エストレーヤ王国において、十六歳は成人を意味する。学生のうちはまだまだ子ども、みたいな共通認識はあるけれど、お酒も飲めるし店を構えることもできるし……結婚することもできるようになる。大人の仲間入りだ。
メリィちゃんの人生において、間違いなく特別な一日。絶対に当日一緒にお祝いしたい。
それにしても、好きな女の子の誕生日をこんな形で知ることになるなんて……二人きりでお祝いするのは立場的に難しいけれど、大切な誕生日に同じ空間にいられて、騎士カフェの店員として堂々と祝うこともできる。今はこれで十分だと思うことにしよう。
うん、誕生日を知らずに通り過ぎてしまわなくて良かった。
エナちゃん、ありがとう!
「気のせいかもしれないけど、予約取る時にエナちゃんに『分かってるだろうな?』って顔されたの。これは一秒でも早くネロに伝えて準備してもらわないといけないと思って」
「うっ」
のしかかるプレッシャーが凄まじい。
わ、分かってるから。
大丈夫、当日は絶対騎士カフェのシフトに入れるようにするし、誕生日プレートの盛り付けも俺がやるし、ホールに配膳しに行って全力でお祝いする!
できればプレゼントも渡したいけど……これはいろいろな人に相談しないといけないな。誕生日とはいえ、他の姫君の目もあるとなるとあまり特別扱いをしてはいけない。他の騎士はどうしてるのかな……?
とにかくメリィちゃんに喜んでもらえるよう、できる限り頑張る!
……という意気込みも虚しく、早々に躓いた。
よりにもよって、メリィちゃんの誕生日の前日が月に二回しかない当直当番だったのだ。
一晩中、騎士団本部に待機していなければならない。過去百五十年、魔女の使い魔が夜に出現したことはないけれど、だからと言って無警戒というわけにはいかず、各地から使い魔出現の急報が伝えられた際はマニュアルに従って対応することになっている。
当直自体は嫌いじゃない。
日誌を書く以外に特にやることがないんだ。
当番は二人一組。ペアの相手はほぼ毎回変わるため、いろいろな先輩たちと交流できる。勉強を教えてもらったり、噂話を聞かせてもらったり、一緒に夜食を作ったりして、基本的に楽しく過ごしている。たまに気難しい先輩もいるけれど、悪い人はいないから……。
今度の当直は落ち着かないだろうな。
何より徹夜明けでカフェに出勤するのが問題だ。騎士団の規定では当直明けは休暇が義務付けられている。タイムカードを記入しなければすぐにはバレないかもしれないけど、一緒に働く騎士たちには分かってしまうだろうし、規定違反を見逃してもらうことで共犯者にするわけにはいかない。
リリンに当番を代わってもらう? いや、リリンもメリィちゃんの誕生日を祝いたいと言っていたし、当日カフェにいてもらった方がありがたい。
じゃあクヌートに……上手く説明できるかな。クヌートに恋愛相談するのはまだ少し恥ずかしい。この前少し話した時も、意外にもぐいぐい食いついてきたから。
「なんだよ、そんなの俺に言えよな。その日の当直、代わってやるよ」
「いいんですか!?」
騎士団本部の食堂で俺が浮かない顔をしていたら、通りがかったジェイ先輩が事情を聞いてくれ、快くそう提案してくれた。なんて優しく頼もしい先輩だろう。
「ああ。メリィちゃんの誕生日、バッチリ祝って来いよ」
「ありがとうございます……!」
「代わりと言っちゃなんだけど、今度またウチに飯作りに来てくれ。弟たち大喜びだったからさぁ」
俺は何度も頷いた。この程度お安い御用だ。
それから俺は図々しくも、メリィちゃんを喜ばせるために何をすべきかいろいろと相談してしまった。
ジェイ先輩は少し考えるように宙を見る。
「ま、プレゼントは要るだろ。成人祝いでもあるし……こっそり渡せるといいよな。できるだけ小さなプレゼントにしろよ。あ、角の七番の席を確保しておけ。混み具合とタイミングによっては、他のお客さんからは死角になってバレねぇと思うぜ」
なるほど、為になる。
「……プレゼントを渡したのがバレたらやっぱり怒られますか?」
「うーん、心配なら、団長に一言言っておけば大丈夫じゃね? 握手会常連の姫君にプレゼントしてる騎士も結構いるし」
そうなんだ。
でも、日頃のお礼渡したくなる気持ちは分かる。彼女たちはいつも貴重な時間を割いて、一生懸命推してくれてるんだ。感謝の言葉だけでは返しきれない恩がある。
「リナルドさんなんか、自分で自分の誕生日会開いて、参加してくれた姫君にプレゼント配ってたし、姫君たちの誕生日にもこまめに直筆のメッセージカードを贈ってるぜ。あれだけ堂々としてたら、逆に何も言えねぇだろうけど」
さすがだ。俺にはいろいろな意味で真似できない。
リナルドさんのファン――通称・リナルドガールズは非常に民度が高いという噂だが、きっと本人のファンサの賜物だろう。
「へぇ、メリィちゃん、成人するのか。それはお祝いしないとな!」
そういうわけで、後日俺はアステル団長にファンにプレゼントを贈る許可をもらいに行った。
ただでさえお忙しいのに俺なんかに時間を割いてもらうのは申し訳なかったんだけど、最近はたまにポムテルの遊び相手を頼まれているから、話す機会はあるんだ。
散歩を済ませて団長の執務室にお邪魔すると、ちょうど休憩するみたいだったから時間をもらった。
「特定のファンだけにプレゼントを渡すのは……表立っては許可できないけど、今回は見逃してやる。メリィちゃんにはこの前怖い思いをさせてしまったし、これからも騎士団とネロを応援してもらいたいし」
内緒な、と人差し指を口元に立てる仕草があまりにも絵になっていて動揺した。たくさんの姫君が魅了されるのも無理はない。
「あ、ありがとうございます!」
「きゃん!」
ポムテルも自分のことのように喜んでくれた……ように見える。いや、俺が手に取ったブラシが気になるだけみたい。
これは散歩後の日課だった。こまめに梳いてやらないと、せっかくの柔らかい毛並みが玉になってしまうんだ。
早速ポムテル用のクッションに乗せてブラッシングしてやると、すぐにヘソ天して目を閉じた。空中を泳ぐかのようにくねくねしている。これだけ気持ちよさそうにしてもらえるとやりがいがある。
「何度見ても可愛いな。癒されるー」
「はい、とても」
しばしポムテルを愛でるだけの優しい時間が流れた。
愛犬の耳の辺りをくすぐりながら、団長は困ったように笑った。
「……悪いな、ネロ。本当は二人きりで盛大に祝ってあげたいだろうに」
「いえ、そんな、団長が謝るようなことは何もありません。星灯の騎士を続けると決めたのは俺なので……こちらこそすみません」
騎士団の規則に抵触するようなことをしようとしているのに、お目こぼしをくれるだけでありがたい。
「その、メリィちゃんと将来的に、堂々と二人きりで過ごせるような関係になれたら、待っていてもらった分の心も込めて毎年たくさんお祝いするつもりです」
団長はなぜか息をのみ、そして最終的に期待で瞳をキラキラさせながら述べた。
「そうか……我慢してくれてありがとう! いつかその日が来たら、俺も盛大に二人を祝福するからな!」
「きゃん!」
ポムテルも同意を示すように元気よく鳴いた……のではなく、多分ブラッシングの手が止まっていたことに対する抗議だろう。
寝落ちするまでブラッシングした後、俺は改めて礼を言って退室した。アステル団長は非常にご機嫌だったし、後日どうだったか報告するように頼まれた。気のせいでなければ、ものすごく楽しみにしているみたいだ。なんでだろう。
とりあえず、根回しは済んだ。
後はメリィちゃんの誕生日当日までにいろいろ準備しないと!
なかなか更新できなくてごめんなさい。
今年もよろしくお願いいたします!




