表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【書籍化】推し騎士に握手会で魔力とハートを捧げるセカイ(連載版)  作者: 緑名紺
第5章 射抜かれたハート、駆ける星々

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

25/55

25 消えた姫君

 


「私……ネロくんのことが好きです。大好き。私の持っているもの全部、ネロくんにあげたいです」


 メリィちゃんに告白された。

 これは絶対にそう。騎士としてではなくて、男として「好き」って意味だ。


「っ!」


 その時の幸福感と言ったら……なるほど、自分の内側から想いが溢れて爆散しそうだった。特に頬の辺りが震えて大変だ。

 俺もだよって言いたかった。まだ泣いている彼女を抱きしめて、いつもみたいなピカピカの笑顔を見せてくれるまでずっと愛の言葉を伝えたかった。

 それを、なけなしの理性で我慢せざるを得なかった。

 今、騎士の立場を失うわけにはいかない。母のためにも自分のためにも、そして、メリィちゃんを守るためにも。


 少し心配だ。

 返事を保留しているとはいえ、両想いだとはっきり自覚してしまった。これは言葉での契約に当たらないかな。次回の討伐で使い魔の暴走を引き起こしたら大変だ。恥ずかしいけど、今度ミューマさんに確認しないといけない。


「さっきのお話、全部違うんです! ネロくんには誤解されたくなくて……」


 それからメリィちゃんは、先ほどの女子生徒から聞かされた話を否定し、本当のことを教えてくれた。

 北部出身の没落した貴族家の血を引いていること、父親が魔物の素材を使って商品を発明・販売していること、母親は外国の貴族家の出身だということ……かなり事実を曲げて俺に告げ口したみたいだ。


「それに、男子生徒に色目なんて使ってません! ネロくんだけです!」

「……そ、そうなんだ」


 俺には色目を使っていた……?

 前に可愛いこぶっているとは聞いていたから、そうなのかもしれない。ずっと可愛いからよく分からない。

 人によって態度を変えるのは良くないことかもしれないけど、好きな人の前で取り繕うのは当然のことだと思うし、別に構わない。

 好きな人、か……あ、ダメだ。デレデレしてしまう。

 嬉しくて心がふわふわしている。しっかりしないと、ぽろっと決定的な言葉を言ってしまいそうだ。


 それにしても、やっぱりメリィちゃんは貴族の血を引いているんだ……。

 現在の階級は平民みたいだけど、相当裕福な家みたいだ。先程校庭で打ち上がっていた商品もすごかったし、メリィちゃんのお父さんは天才なんだな。

 俺も頑張ってちゃんとしないと、将来胸を張って迎えに行けない……。


 下校を促す鐘が鳴り響いた。


「あ、そろそろ帰りますね……お仕事中なのに、長々と引き留めてごめんなさい。お話、聞いてくれてありがとうございました」

「俺は大丈夫。休憩時間だったんだ。メリィちゃんの方こそ、もう大丈夫……?」


 話しているうちにいつの間にか元気いっぱいに戻ってくれたけど、自分が悪く言われている現場に遭遇して傷ついていないわけがない。


「はい! ネロくんのおかげで元気が出たので! ……いつもそうです。半年前、イリーネちゃんに冷たくされるようになって一人になっちゃった時も、ネロくんに出会って救われたんです。どんな理不尽な目に遭っても、推し騎士様にまた握手会で会えると思ったら、無限の力が湧いて無敵になれる……ネロくんのおかげで今は毎日すっごく楽しいです!」


 メリィちゃんはたくさん「ありがとう」と言って、軽やかな足取りで校舎に戻っていった。

 力をもらっているのも、楽しい気持ちにしてくれるのも、メリィちゃんの方なんだけどな……。

 この想いを返すことを許される日が来ても、積もり積もった感謝の気持ちを伝えきれるか心配になる。語彙力を鍛えるべき……?


 俺は校内に残っている生徒がいないか、また巡回を始めた。

 通学路は軍人たちが厳戒態勢で警邏しているから大丈夫だと思うけど、本音を言えばメリィちゃんを家まで送り届けたかった。まだ話していたかったし、単純に心配だ。


「あ」


 そう言えば、またお守り石のネックレスのことを聞けなかった。

 そういう雰囲気ではなかったし、時間もなかったから仕方がない。また明日、機会があったら尋ねてみよう。


 その時の俺は、明日も何事もなくメリィちゃんの笑顔を見られると信じていたんだ。






 翌朝、王立学校で巡回任務を開始しようとした俺に一報が届いた。


「メリィちゃんがいなくなったって本当ですかっ?」


 メリィ・ハーティーという少女をよく知る騎士として、俺とリリンが騎士団本部に呼び出された。

 いつかの会議室に王都配属のトップ騎士たちが顔を揃えている。

 アステル団長、ジュリアン様、トーラさん、ミューマさん、そして軍の関係者数名が沈痛な面持ちで俺たちを出迎えた。

 机の上には、学生カバンとクラッカーの残骸が置かれている。


「今朝、通学路から離れた路地で、紫色の光源魔術らしきものが打ち上がったので、急ぎ確認に向かったところ、巡回中の兵士がこれを発見した」

「紫色……絶対メリィちゃんだよ。昨日の試作品の中にはなかったもん」


 リリンがクラッカーの残骸を見て断言する。

 急ぎ自宅に連絡したが、メリィちゃんはいつもの時間に家を出たそうだ。学校にも彼女が登校した様子はない。

 メリィちゃんは忽然と消えてしまった。


「そんな、誘拐されたってことですか? まさか、悪魔に……」


 視界が歪む。途方もない絶望が押し寄せてきて、足が――。


「ネロっ」


 ふらついた俺を、リリンが力強く支えた。


「全く、情けないですね。しっかりしなさい。まだ終わったわけではありません」


 ジュリアン様が呆れたように息を吐く。

 そして資料を何枚か机に広げた。外国から取り寄せた研究書みたいだ。


「たとえ悪魔に攫われていたとしても、魔女が肉体を乗り換えるには、ある程度時間がかかるようですよ。肉体は生かしたまま、元の持ち主の精神を殺さないといけないそうです。今後自分が使う肉体に対して手荒なことはできませんし、まだ猶予はあります」


 だけど、魔女や悪魔の居場所なんて分からない。この百五十年間ずっと、尻尾を掴めずに王国は呪われ続けているんだ。

 どうすればメリィちゃんを救出できる?

 いや、普通に人間の誘拐犯の可能性もあるのか。その場合、今まさにメリィちゃんが痛い思いをしているかもしれない。

 どちらにせよ、怖い思いをしているのは間違いなかった。


 アステル団長が俺の肩に手を置いた。俺の心が折れないように、力強く。


「つい先ほど、軍と騎士団総出で王都全域の捜索を開始した。聞き込みを徹底して、検問も過去類を見ないほど厳重に行っている。ネズミ一匹逃さない。人間が相手なら、これで絶対に助け出して見せる。ネロとリリンは、行方不明になった少女のことを詳しく教えてくれ。……その子のご両親にも連絡はしているが、母親は誘拐犯からの連絡に備えて屋敷に待機してもらってそちらで話を聞いている。父親の方は出張中で今こちらに向かっているそうだ。先にお前たちの話を聞かせてくれ」


 俺とリリンは、メリィちゃんの外見的な特徴を伝えた。性格や普段の言動なども知り得る限りの情報を話す。なんだか視界の端でトーラさんがドン引きしているような気がするけど、今は気に留めていられない。


「可能性の一つとして念のため確認したいんだが、彼女が自ら失踪した可能性はないか? 何か悩み事を抱えていた様子は?」


 リリンが心配そうに俺を見た。


「昨日のアレは大丈夫でしょ? ネロが話を聞いて、元気になったんだよね?」

「うん。大丈夫だって言ってたけど……」


 俺が昨日の女子生徒のことを報告すると、ジュリアン様がふっと笑った。


「些末なことなので無視していましたが、そう言えば王立学校の生徒から、ネロ・スピリオくんについてのクレームが入っていましたよ。仕事をサボっていた、声をかけたら暴言を吐かれた、隠れてファンと付き合っている、など。釈明の弁はありますか?」

「……全部、事実じゃないです」

「うわぁ、絶対あの子じゃん。ボクが証言しますよ。向こうが突っかかってきたんです! 言いがかりですよぉ!」


 俺はショックだった。こんな風に誰かに悪意を向けられ、根も葉もないことを語られる恐怖。きっとメリィちゃんもたくさん嫌な思いをしただろう。

 怒る気力もない俺の代わりにリリンが憤慨してくれた。

 トーラさんは「下らねぇ」と顔をしかめ、ミューマさんは「女の子って怖いね」と淡々と述べる。


「ですが、攫われた少女はトラブルの種を抱えていたということですね。一応、その女子生徒の事情聴取をしましょう。荷物が発見された場所が通学路から離れているのが気になります。あと、親しいご友人にも話を聞きたいところですね」


 ジュリアン様が指示を出してからしばらく、騎士や軍人が忙しなく会議室を出入りして報告をしていくが、メリィちゃんが発見されるどころか、手掛かり一つ見つかった様子はない。

 焦りばかりが募り、俺がじっとしていられなくなった時、勢いよく会議室のドアが開いた。


「メリィがいなくなったってどういうことですか! って、〇△%□☆!」

「落ち着いて下さい、エナさん!」


 エナちゃんが入ってきてすぐに、中にいる面々を見て目を回した。クラリス様が支えなかったら、背中から豪快に倒れていただろう。


 そうだった。エナちゃんは、アステル団長推しの姫君だった。しかも最近沼落ちしたばかりで、握手会だってまだほとんど参加したことがないらしい。免疫のない状態でこんな至近距離で団長の輝きを浴びたら、母国語で叫んで石化してしまうのも無理はなかった。


「きみは、メリィ・ハーティー嬢の友人だな。クラリスが連れてきてくれたのか」

「は、はい。わたくしもメリィさんとは面識がありますし、生徒会の人間として付き添いを……先生は――」


 その時、小気味よい音が会議室に響いた。

 固まっていたエナちゃんが、勢いよく両頬を自らの手で叩いたのだ。それからすっと姿勢を正す。


「……大変失礼いたしました。親友の危機にもかかわらず、推し騎士様に遭遇してうひょーとなった心を殺しました。もう大丈夫です」


 あまりにも凛々しい。だけど言動の端々が残念すぎる。

 三徹もかくやとキマりきった眼光に圧されて、沈黙がその場を支配した。歴戦の騎士や軍人たちを慄かせるなんて、エナちゃんは何者なんだろう。

 最初に動いたのはアステル様だった。くっきり指の形で真っ赤になったエナちゃんの頬を見て、しゅんと眉を下げる。


「行動の理由は分かったけど……痛そうだな。もう二度と自分を傷つけるようなことはしないでくれ。俺が悲しくなる」

「ひぃん!」


 凛としたエナちゃんは秒で崩れた。ジュリアン様だけが「当然ですね」みたいな顔をして頷いている。

 その後、エナちゃんはなんとか自分を持ち直し、最近のメリィちゃんの様子について語り出した。


「メリィが自分から失踪なんてあり得ないです。騎士カフェが営業再開したらまた一緒に行こうって話してましたし、今度紫色のティーセットを特注で作ってもらうってお小遣いを貯めてましたし、第五回推し騎士様語りパジャマパーティーの約束もしてましたもの!」

「そうですわね。過去のイベントレポを読み漁って未来の幻覚を見たり、本人不在の誕生日会の会場選びを相談されたり、クラブ主催の推し騎士様への恋文ポエム大会へもエントリーして下さっていましたわ。先の楽しみを作ることで、推し騎士様への渇望をきちんとコントロールしていましたので、衝動的に失踪するのは考え難いかと」


 女子生徒二人の証言に、ほとんどの男性陣は首を傾げた。ジュリアン様だけが「推し活を満喫しているようで何よりです」と満足げだ。

 ……とりあえず、メリィちゃんが「毎日楽しい」って言っていたのは本当だったんだな。それは良かったけど、何も解決していない。


「遅くなりました。ご指名の生徒を連れてまいりました」


 そこに学校の教師が、昨日の女子生徒を連れてやってきた。





X(Twitter)にトップ騎士六名のQ&Aをアップしています。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] エナちゃんかわよ
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ