24 告発と告白
※ややシリアスです
人生、思わぬところから商機が舞い込んでくるものです。
控えめな破裂音とともに、空に光り輝く赤い花が咲くと、周囲から歓声が上がりました。
「メリィさん、これは素晴らしいと思うわ! ものすごく楽しい!」
「ええ! これでいついかなる時も、推し騎士様への愛を熱烈に表現できるもの!」
父に発明してもらった推し色の光が爆ぜるクラッカー。
とある日の放課後、学校の校庭をお借りして、生徒たちにこの商品を試してもらうことになりました。
一番手をお任せしたクラリス様とエナちゃんが子どもみたいにはしゃいでいます。それを見た他の女子生徒たちも、試作品を手に取って、思い思いの色の花を咲かせ始めました。
花火大会みたいになっていますね。とても華やかです。
「これはいいかもねぇ。すぐ駆けつけられるし」
「しかし、悪戯目的や誤って打ち上げられると、現場が混乱するのではないか?」
「何もなければそれでいいじゃん。民の安全第一!」
「うむ……イベント用と通報用で、差別化はしてもらいたいところだ」
リリンちゃんとクヌート様が真剣に議論を交わしています。
実はこの商品、不審者への警戒を続けている今、推し騎士様への愛のアピール以外の使い道が見出されたのです。
非常通報用――不審者に遭遇したら、すぐにこのクラッカーを打ち上げて危険を報せてはどうかという提案でした。
よほど訓練を積んでいないと、一般人が非常時に魔術で救援信号を打ち上げるのは難しいですからね。このクラッカーは紐を引っ張るだけなので簡単に危険を報せられます。音と光に驚いて、不審者も逃げていくかもしれません。
父が星灯騎士団への商品化の相談をした際、上層部の目に留まり、このようなご提案を受けました。まずは実際に若い学生に試してもらおうということになり、今日の場が設けられたのです。
私は皆さんの感想を記録して改善点を父に報告する係です。大役を任されてしまいました。姫君と騎士様の感想を書き連ねていきます。
「イベント用はもっと派手に光が散るように、通報用はもっと音を大きくして空高くまで光が上がるように、ですね。万が一通行人に当たっても大丈夫なように、安全性も重視する、と」
「あ、ボクのエンカラのも作ってもらってね。ビビッとくるピンク!」
「それなら水色も……いや、今は通報用の開発を優先させてもらおう!」
お二人のカラーの用意がなくて申し訳ないです。取り急ぎトップ騎士様のエンカラを作成したのです。
ミューマ様の白は表現に手こずり、銀の火花が爆ぜる仕様ですが、これはこれで綺麗でした。
……私だけが、ネロくんの紫色を持っていることは内緒です。
ちらりと校庭の木々を眺めます。どこかにネロくんが隠れているでしょうか。あの日以来、御姿を拝見できていません。
言われている通り一人になっていませんし、探してもいません。握手会も開催されておらず、しばらく二人きりで話す機会はなさそうです。
そっとネックレスに触れます。ネロくんに会えなくてほっとしたような、やっぱり寂しいような、複雑な気分です。同時に逃げ出してしまった罪悪感が膨らんでいきます。
ふと、クヌート様と目が合いました。私の顔をじっと見て何かを考えこんでいます。
「えっと、なんでしょうか?」
「……いや、失礼した。以前、私の同期が君のことを話していたのでな。とても世話になっていると」
「え、え、ネロくんが私のことを? 一体何を? どのような経緯から私の話になったのかも含めて一から百までお話しいただけますでしょうか!?」
「それは言えん!」
前のめりで詰め寄ったら、クヌート様に距離を取られてしまいました。
リリンの言葉が正しかった、とこっそり呟かれています。気になりますが、これ以上追求するのは周囲の目もあって憚られました。
「はぁ、楽しかった……メリィ、発売が決定したら赤色を予約させてね」
「ふふ、わたくしも。可能なら、虹色の豪華なものもお作りなったら? クラブの部費での購入も検討しますよ」
「ありがとうございます。大変参考になりました!」
エナちゃんもクラリス様もクラッカーを気に入ってくださったようです。他の女子生徒からもご好評の声をたくさんいただきました。
確かな手ごたえ……父には良い報告ができそうです。
数を確認し、かご一杯のクラッカーの残骸を手に、私は焼却炉に向かいました。リリンちゃんが運ぶのを手伝ってくれました。というか、ほとんど持ってくださっています。
「学校って思っていたより楽しいところだね。こういう雰囲気なら、ボクも通いたかったなぁ」
「今からでも遅くないんじゃありませんか? 学校に籍を置いている騎士様もいると聞きましたよ」
「それはある程度勉強ができる貴族の一部だよ。ボクは一から勉強しなきゃいけないから、騎士と学生の兼業は難しいんだ。まぁ、カフェの仕事も楽しいし、不満は全くないんだけどね」
そのようなことを話しながら歩いていると、前方を横切る人影が見えました。
この距離からでも見間違うはずがありません。ネロくんです!
「!」
私は咄嗟に校舎の陰に隠れました。リリンちゃんが首を傾げていますが、私の意を汲んだのか同じく身を隠してくれました。
本当はご挨拶をしたい! でも顔を合わせれば、またネックレスのことを聞かれるかも。いえ、ここはもういっそペアアイテムだと白状して許してもらうしか……!
私たちの気配に気づいたのでしょうか。足音が近づいてきます。心臓の鼓動がうるさすぎて、考えがまとまりません。
「あなた、ネロ・スピリオさんですよね。先日の功績授与式で拝見しました」
すぐ近くで、そんな声が聞こえました。一人の女子生徒がネロくんに話しかけたようです。
その聞き覚えのある声に、体が竦みました。
「そうですけど……あの、今はできるだけ一人で行動しないようにお願いします」
「ああ、すみません。私、以前はメリィ・ハーティーと仲良くしていた関係で、あなたにどうしても伝えたいことがあって。あ、今は全然交流はないんですけど、あなたを推してることは耳に入っています。あの子、とても目立つので」
彼女はイリーネちゃん。私の友人……だった方です。
入学してからずっと仲良くしていたのに、ある時を境に態度が変わり、次第に疎遠になってしまいました。今では廊下ですれ違っても目も合わせません。勇気を振り絞って話しかけたこともありましたが、冷たくあしらわれてしまいました。
きっかけに身に覚えはありませんが、嫌われてしまったようです。
私の家の悪い噂が流れ始めたのもその頃でした。イリーネちゃんの仲の良い子たちにもその態度は伝染し、私は一時期完全に孤立していました。
大変苦い思い出です。
エナちゃんやファンクラブの方々と交流するようになった今でも、その傷は完全に癒えていません。
どうして彼女がネロくんに話しかけているの?
嫌な気持ちがじりじりと心に積もっていきました。
「あまりメリィに関わらない方がいいですよ。きっとあなたも嫌な思いをしますから」
それからイリーネちゃんは、戸惑うネロくんに構わずにまくしたてました。
「知ってます? メリィの実家は、北部解放戦で没落した貴族家なんですよ。それってつまり、王家への反逆を見て見ぬふりをした一族ってことじゃないですか。よく王都の学校に入学できましたよね。恥ずかしくないんでしょうか?」
違う、違います!
私の祖父は確かに北部の貴族で、北部解放戦の影響で家は没落してしましたが、周囲に顔向けできないことは何もしていません。恥じることは何もないと、父は常々言っています。
「彼女の父親も、魔物の死体を加工して売る汚れた商売をしています。そこまでしてお金を稼ぎたいなんて、借金があるって大変ですねぇ。今日も騎士団の人気を利用して、公爵家のご令嬢たちに新しい商品を売り込もうとしているみたいですけど……何を材料にしてるかちゃんと調べた方がいいと思います。吸い込んだ人が病気になってしまうかも」
ひどい言いがかりです!
父の商売は公に認められたものですし、借金はもう完済しています。今日のクラッカーだって安全性は確かです。健康に害がないことは工房で実験済みですし、騎士団の魔術班にも分析してもらっています。
「母親なんて、どこの誰かも分からないんですよ。娼婦なんじゃないかって私の母は噂してます。メリィの異性への媚び方を見るに、大きく外れてないでしょうね。私の婚約者にも色目を使って、本当に大変だったんですから」
な!? 全てのことが聞き捨てなりません!
母は遠い外国から嫁いできただけで、由緒ある家の出身です。根も葉もない噂を流すなんて、これって名誉棄損ですよね?
それに、私が婚約者を誘惑した? 全く身に覚えがありません!
ネロくんに出会う前は、異性に興味を持つことさえありませんでした。大体イリーネちゃんの婚約者って誰? 知らないんですけど!
もしかして、急に態度が冷たくなったのも婚約者絡みですか? 私が何をしたって言うんでしょう!
あ り 得 な い。
屈辱のあまり、私は震えていました。
隣でリリンちゃんが心配そうにしていなかったら、あるいはネロくんが話を聞かされていなかったら、叫び出していたでしょう。
……そう、私はネロくんの反応が怖くて飛び出せずにいました。
イリーネちゃんの発言は全て、事実を悪い方に捻じ曲げた作り話です。それでもネロくんが信じてしまったらと思うと、気が気ではありません。
たとえ信じなくても……同じ学校の生徒にこのような悪意のある噂話をされるような女の子だと思われることが、たまらなく恥ずかしい。
こんなのひどいです。
ネロくんの前では、明るくてピカピカな女の子でいたかったのに……。
「どうか、騙されないで下さい。きっとあなたのことも美形の騎士様と付き合いたいとか、軽い気持ちで追いかけてるだけです。なびいた途端に、ぽいっと捨てられちゃいます」
軽い気持ちぃ?
私の鉛よりも重いネロくんへの想いをよくも……悔しい悔しい悔しい!
「あなたみたいな綺麗な人が未だに下位騎士なのも、きっとメリィが疫病神なんですよ。べったり付きまとわれて迷惑しているんじゃありません? もし良かったら、私から――」
「悪いけど、これ以上は聞いていられないな。メリィちゃんを貶めることを言うのは止めてほしい」
イリーネちゃんの言葉を遮って、ネロくんがはっきりそう言いました。
「きみがメリィちゃんのことを心の中でどう思うのかは自由だけど、俺にとっては代わりのいない大切な姫君なんだ。いつもたくさん助けてもらっていて、心の底から感謝してる。彼女の陰口は聞きたくない。きみも、そういうことは言いふらさない方がいいよ」
あの優しいネロくんが、珍しく声に嫌悪感を滲ませています。
イリーネちゃんは思っていた反応と違ったのか小さく呻きましたが、引き下がりません。
「はぁ? せっかく良かれと思って忠告してあげているのに! 私の話を聞いて何も思わなかったんですか! メリィは最悪でしょ!?」
「今初めて会った人の言葉だし、何も響かなかったよ。もし全部本当のことだったとしても、俺にとっては俺の知っている今のメリィちゃんが全てだから。……いつも俺のこと心配してくれる、優しくて礼儀正しい女の子だよ。ご家族に愛されて大切に育てられたんだと思う。それだけ分かっていれば十分だ」
先ほどとは打って変わって、私のことを語るネロくんの声は、胸が痛くなるほど穏やかで優しいものでした。
彼が今どんな顔をしているか覗きたいけど、少しでも動いたら声を上げて泣いてしまいそうです。
「あ、でも、一つだけ確かなことがある。握手会で魔力をもらっているから分かるんだ。メリィちゃんが、どれだけ俺のことを大切に想ってくれているか。軽い気持ちなんかじゃないよ。それはきっと、俺にしか分からないことだから、そちらこそ軽々しく触れないでほしい」
ああ、今この瞬間、私の中にあった全てのもやもやが浄化され、報われた気分になりました。
ネロくんに、届いていた。伝わっていた。
重くて迷惑かもしれない、と思いながらも捧げ続けた感情を、彼はとても大切に受け取ってくれていた。
それが嬉しくて、幸せという言葉では足りないくらい満たされました。
瞳から涙が溢れて止まりません。
リリンちゃんがクスリと笑い、小声で囁きました。
「熱烈なのろけだねぇ」
そうなのでしょうか。でも確かに、そう聞こえますね。そう思ってもいいですか?
心臓が高鳴って、切ない痛みが込み上げてきます。
イリーネちゃんはいくつか捨て台詞を吐いて去っていきました。今までは少し怖いと思っていた彼女のことも、今後は何とも思わずに済みそうです。
「メリィちゃん」
嗚咽を漏らしていたら当然ですが、簡単に見つかってしまいました。
「あの、あんなこと言われて辛いかもしれないけど、なんにも気にしなくていいよ。大丈夫だから」
「もうネロったら、そうじゃないでしょー?」
「え?」
「責任取って、メリィちゃんが泣き止むまで一緒にいてあげなよ」
リリンちゃんは私の持っていた僅かな荷物も引き受け、その場を離れました。二人きりになった途端、ネロくんはおろおろと慌てます。
「えっと、メリィちゃんが泣いてるのは、もしかして俺のせい?」
そうです、私は告げ口に傷ついて泣いているわけではありません。もはやそんなことどうでもよくなってしまいました。
初めて会った時からずっと好きで、毎日飽きることなく想い続けて、推し騎士様への愛は常に更新され続けていましたが、今日私は再びネロくんに恋をしました。私の全部を守ってくれた。
「私……ネロくんのことが好きです。大好き。私の持っているもの全部、ネロくんにあげたいです」
今はみんなの騎士様でも、いつか私だけの王子様になってほしい。
そんなことを願っていてもいいでしょうか。もっと強く、もっと重く、あなたを愛したい。
ネロくんは驚いたように目を瞬かせて、頬を赤くしました。
「あ、ありがとう。今は何も言えないけど」
「はい」
「……いつか必ず俺の気持ちも伝えるよ。待たせてごめん」
私はぶんぶんと首を横に振りました。
いつまでだって待ちます。その間ずっと、騎士としてのあなたを推しながら。
X(Twitter)にアステルのあざといQ&Aをアップしましたので、覗きに来ていただけると嬉しいです。
 




