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4-21. トラとウサギ

 それから数カ月――――。


「ルーちゃん、そろそろお昼にしようか?」

 暗黒の森深く、壮麗な火山のふもとに開拓した牧場で、ヴィクトルが牧草を刈る手を休め、額の汗をぬぐいながらルコアに声をかけた。

「そうね、お昼にしましょ、あ・な・た!」

 うれしそうに笑うルコア。

 二人は木陰に作った丸太のベンチに座り、手作りサンドウィッチを頬張る。

「僕の思ってたスローライフって畑だったんだよね~」

 ヴィクトルはそう言って、牛が点々と草をはむ、広大な牧場を見渡しながらコーヒーをすすった。

「ごめんなさいね。私、肉しか食べないので……」

 ルコアは申し訳なさそうに言う。

「いやいや、僕はルーちゃんと一緒に居られるだけで幸せだからいいんだよ」

 ヴィクトルはそっとルコアの頬にキスをした。

「ありがとっ、私も幸せよ」

 ルコアはお返しにヴィクトルの口を吸った。


 その時だった、ヴィクトルの索敵魔法に何かが反応する。

「ちょ、ちょっと待って!」

 ヴィクトルはルコアから離れ、ピョンと飛び上がると、侵入者の方へすっ飛んで行った。

 魔物除けの結界を突破してきているのだから人間だろう。こんな暗黒の森の奥深くまでやってくるとは尋常じゃない。一体だれが何の目的で……。ヴィクトルは(いぶか)しく思いながら速度を上げる。


 どうやら五人の男たちが暗黒の森の中を進み、牧場を目指しているようだ。

 ヴィクトルは彼らが森を抜けるあたりに着地し、腕を組んで彼らが出てくるのを待ってみる。


「やっと森を抜けました……」

「おぉ、到着じゃな」

 男たちが話をしながら出てくる。

 ヴィクトルはその顔を見て驚いた。なんと、国王に騎士団長、それに班長たちだった。

「国王陛下!? ど、どうなされたんですか?」

 国王はヴィクトルを見つけると帽子を取り、驚いて言った。

「おぉ、アマンドゥスよ、いきなり訪ねてすまん。ちょっと話できるか?」

「も、もちろんです。おっしゃっていただければ私の方から出向きましたのに……」

「いいんじゃ、お主がどういう暮らしを選んだのか見ておきたかったんじゃ」

 ヴィクトルは丸太のコテージへと案内した。


       ◇


「のどかでいい所じゃな」

 国王は()きたての香り高いコーヒーをすすりながら言った。

「神の使途としての仕事をしながら、牧場もやっているんです」

「おぉ、そうかそうか、ご活躍じゃな……。それで……。お主が言っておった『変わらないと神に滅ぼされる』って話じゃが、余はどうしたらいい?」

 国王はまっすぐな目でヴィクトルを見た。

 ヴィクトルは悩んだ。助言はご法度だ。それに国王といえどもできることには限界がある。周りの王侯貴族の同意が得られないことはできないからだ。

「規則により、私は助言できません。申し訳ありません」

 頭を下げるヴィクトル。

「ふむ……。そうか……」

 残念そうな国王。

 ヴィクトルはしばらく思案して、口を開いた。

「陛下……。トラとウサギはどちらが強いと思いますか?」

「えっ? それはトラじゃろう」

 国王はすっかり白くなった眉をひそめながら答える。

「そうです。対戦させたら必ずトラが勝ちます。でも、トラはわが国では絶滅し、ウサギはたくさん繁殖し、どこにでもいます」

「むむ……。実はウサギの方が強い……という事か?」

「ウサギは住む場所を変え、エサを変え、どんどん環境に合わせて生き方を変えていったんです。トラはトラのままでした」

「変わらねば……滅びるってことじゃな……」

 国王は腕を組んで黙り込んでしまった。

 ヴィクトルはコーヒーを一口飲み、少し考えると言った。

「一つアドバイスすることがあるとしたら、若者がやりたいことに専念できる環境があるか? これが目安になるかと」

「若者?」

 国王は顔を上げ怪訝(けげん)そうな表情で言った。

「そうです。国の未来を作っていくのは若者です。彼らが思う存分斬新な事をできるのならそこに変革が起こり、きっと神様も満足されるでしょう」

「なるほど……、若者か……」

 国王はそう言ってしばし、思索にふけった。


         ◇


 その後、外で控えていた騎士団長たちを交えて簡単なパーティを開く。

 ルコアが急いで東京で買ってきた、芸術的な造形のチョコが乗ったケーキをふるまった。

「なんじゃこりゃぁ!」

 その斬新な見た目と繊細な味に驚く国王。

「神様のおわす国の若者が作ったケーキです。若者が夢を持ち、研鑽(けんさん)するというのはこういうことなんです」

「なるほど、神様が求められていることが少し分かった気がするぞ」

 国王はパクパクと食べながらうなずいた。


 騎士団長は質素なコテージを見回しながら言う。

「『神の使徒』であれば宮殿や神殿に住んでいると思ってました」

「僕は素朴に、静かにのんびりと暮らしたいんですよ」

 ヴィクトルはニヤッと笑う。

「あー、余もこういう暮らしには憧れるぞ」

「そ、そうなんですか!?」

 騎士団長は驚く。

「田舎で休暇を取りたい時はおっしゃってください。別荘をご用意してお迎えに上がります」

 ヴィクトルはニコッと笑って国王に言う。

「おぉ、それは嬉しいぞ。楽しみじゃ」

 国王はうれしそうに微笑み、ヴィクトルはゆっくりとうなずいた。













4-22. 限りなくにぎやかな未来


 月日は流れ、ルイーズや国王の尽力により、街のニュースにも斬新な話題が混ざるようになってきた。ヴィクトルが秘かに支援する若者の数も増えている。

 ヴィクトルは朝の日課となっている若者のチェックを行っていた。画面に映される天才たちのやる気に満ちた熱いまなざし……。ヴィクトルはうんうんと軽くうなずき、この星の未来を左右する彼らの活動をしばし見入った。

 果たして彼らの活躍が神々のお気に召すものになってくれるのか、ヴィクトルにはよくわからない。だが、彼らの非凡な挑戦は心に迫るものがあり、きっといつかは何らかの成果につながってくれるだろう。

 ヴィクトルは大きく息をつくと、負けていられないなと気持ちを新たにする。


        ◇


 朝食後、牧場の作業をするべく作業着に着替えていたヴィクトルは、

「パパ~、どこ行くのぉ?」

 という声で振り返る。

 そう、娘が生まれていたのだ。ヴィクトルの身長はもう180センチを超え、ガッシリとたくましいパパになっていた。

「おぉ、ツァルちゃん、おいで」

 ヴィクトルはかがんで手を伸ばし、銀髪碧眼のルコアそっくりの可愛い子供を抱き上げた。幼児独特のミルクの甘い匂いがふんわりとただよってくる。

 きゃは!

 ツァルはクリクリとした目を見開いて、うれしそうに笑う。

「パパはね、お仕事へ行ってくるよ。牛さんにエサをあげないとね」

 そう言って、柔らかく細い銀髪の頭をゆっくりとなでた。


 その時だった、

 ヴィーン! ヴィーン!

 コテージの中に警報音が鳴り響く。

 ヴィクトルはハッとして急いで空中に映像回線を繋げる。

 浮かび上がったのは金髪のおかっぱ娘、レヴィアだった。

「おぉ、ツァルちゃん! 可愛いのう……。お姉さんのこと、覚えとるかぁ?」

 開口一番、娘に絡むレヴィア。

 きゃは!

 ツァルはうれしそうに手を振った。

「で、何があったんですか?」

 ヴィクトルはツァルをゆっくりとゆらしながら、渋い顔で聞く。

「おぉ、そうじゃ! 今、シアン様から連絡が入ってな。どうやら指名手配のテロリストがうちの星に潜入したそうじゃ。お主、捕まえてきてくれ」

「え――――? またですか?」

「我に文句言うな。情報は送っといたから今すぐ発進してくれ」

「レヴィア様も手伝ってくださいよ」

「何言っとるんじゃ、これはお主の研修。場数を踏んで早く立派な管理者になってもわらんと。ただ、どうしても我の助けが欲しくなったら『レヴィア様愛してる!』って叫ぶんじゃぞ。飛んで行ってやる」

 ニヤッと笑うレヴィア。

「絶対言いません!」

 ヴィクトルはブチっと通信を切った。

 そして、ふぅとため息をつくと、メッセージを確認する。

「えーと……南極!? なんでこんな寒そうなところに……」

 そう言って憂鬱な顔をした。

「パパ、だいじょーぶ?」

 ツァルはそう言って首をかしげ、つぶらな青い瞳でじっとヴィクトルを見る。

「大丈夫だよ――――!」

 ヴィクトルはパァッと明るい顔をしてすりすりと頬ずりをする。

 すると、ツァルは

「ふわっ!」と言って動かなくなった。

「え?」

 直後、

 ハックチョン!

 と、可愛いくしゃみと共にボン! と、爆発音が上がり、ツァルはドラゴンの幼生に変化した。幼生といってももう体重は一トンを超えている。

「おっとっと!」

 ヴィクトルはバランスを崩し、

 ズン!

 床が抜けそうな衝撃音を放ちながら倒れ、あえなくドラゴンに押しつぶされた。

 ぐぇっ!

「キャ――――! あなたぁ! ツァルちゃんどいて!」

 ルコアが飛んできてヴィクトルを助け出す。

「ツァルはだいぶ重くなったな」

 そう言いながらヴィクトルは這い出して、キョトンとしてる幼生のドラゴンをなでた。そして、

「では、ひとっ飛び南極まで行ってくるね」

 と、言ってルコアにハグをした。

「あなた……、気をつけて……」

 ルコアは不安そうな目でヴィクトルを見る。

 ヴィクトルはルコアに軽くキスをすると、

「大丈夫、ツァルをお願いね」

 そう言って優しく頬をなでた。

 ゆっくりとうなずくルコア。


 ヴィクトルは牛皮の靴を履き、ウッドデッキに出る。

 両手をグンと伸ばし、気持ちいい朝の澄んだ空気を大きく吸い込むと、トンッと跳びあがり、そのまま澄んだ青空へと舞いあがった。

 まだ朝もやの残る森の木々が徐々に眼下へと小さくなっていく。

 振り返ると、人間に戻ったツァルを抱いて、手を振っているルコアが見えた。二人の銀髪が朝の風に揺れている。

 

 この瞬間、稲妻に打たれたように、ヴィクトルを愛しさと切なさの衝撃が貫く。

「あぁ……」

 ヴィクトルはしばし胸がいっぱいになって動けなくなる。

 そして、自分の生まれた意味を初めて理解した。


「そうか、僕はこのために生まれてきたんだ……」


 心の奥から溢れてくる温かいものについ涙ぐみ、そして大きく手を振り返した。

 愛する人と共に暮らし、そしてみんなのための仕事をする。そう、これがずっと欲しかった本当の人生だったのだ。


 二度目にして手に入れた最高の人生。


「ありがとう、ルコア、ツァル……そして、みんな……」


 こぼれてくる涙をふきもせず、ヴィクトルは目をつぶり、五十六億七千万年前から延々と続く、命と想いの織りなす奇跡の系譜全てに感謝をする。


 爽やかな朝の風が、森の香りを載せてヴィクトルの頬をなでていく。


「よし! 約束通りこの星を宇宙一にするぞ!」

 輝く朝日の中、ヴィクトルはそう誓うと、心の奥底からとめどない力が体中に湧き上がってくる。


 ヴィクトルはクルクルとキリモミ飛行をし、

「よっしゃ――――!」

 とガッツポーズで叫ぶ。


 そして、ドーン! と音速を突破すると、一直線に飛行機雲を描きながら、そのまま南極へつなげたゲートをくぐっていく。それはテロリストがかわいそうになるくらいの勢いだった。


「パパ、いっちゃった……」

 ツァルが不安そうにつぶやく。

「大丈夫、すぐに戻ってくるわ」

 ルコアはそう言って、ツァルの柔らかな頬を優しくなでた。

 そして、澄み切った青空にたなびく飛行機雲が、朝日にまぶしく輝いているのを愛おしそうに見つめた。



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