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2-11. 世界を作る数式

「あら! レヴィちゃん、いらっしゃい!」

 おかみさんが声をかけてくる。

「あー、おかみさん、久しぶり! いつものヨロシク!」

 レヴィアはおかみさんに手を振ると、常連っぽく注文した。

「さっき、ここをね、巨大なドラゴンが通ったのよ!」

 おかみさんは興奮しながら言った。

「えっ! ドラゴン! 我も見たかったですー!」

 キラキラした瞳を見せ、合わせるレヴィア。

 ヴィクトルはルコアと目を見合わせてクスッと笑い合った。


 また樽が運ばれてきてレヴィアの前にドン! と置かれる。

 樽が二つも並んだテーブルにヴィクトルは圧倒され、言葉を失う。もはや食卓ではない。

 レヴィアはパーンと上蓋を割って上機嫌に言った。

「よし! 大賢者にカンパーイ!」

「カンパーイ!」「かんぱーい」

 ルコアとレヴィアは樽をゴン! とぶつけ、ヴィクトルは水のコップをコン、コンとぶつけた。

 二人は樽をグーっと傾けてエールをゴクゴクと堪能している。自分だけなぜ水なのか、ヴィクトルは渋い顔をしてコップ内で揺れる水面を眺めた。


「で、大賢者様は何が聞きたいんじゃ?」

 レヴィアは挑戦的な目でヴィクトルを見た。

 ヴィクトルは居住まいを正すと、

「だ、大賢者はやめてください。自分の無知さに打ちひしがれてるくらいなので……」

 そう言って頭を下げた。

「ふーん、でもお主のそのステータスは何じゃ? こんな数字見たことないぞ」

 レヴィアはニヤッと笑う。

「実は妲己と戦わねばならなくなってですね……」

「だ、妲己じゃと!?」

 驚くレヴィア。

 ヴィクトルは事の経緯をレヴィアに語った。


「それはまた……面倒なことに巻き込まれたのう……。それ、妲己だけで終わらんぞ」

 レヴィアは渋い顔で言う。

「え? それはどういう……」

「よく考えてみろ、ゴブリンシャーマンごときが、妲己を召喚できる魔法陣なんぞ描けるはずが無いじゃろ?」

「確かに……そうですね……」

「つまり、誰かが絵を描いておるんじゃ」

 そう言ってレヴィアはため息をついた。

「お心当たりがある……のですか?」

「……。まぁお主には関係のない話じゃ。ステータスとか関係のないレベルの話じゃからな」

 レヴィアは気になることを言う。

「ステータスや魔法はレヴィア様が作られたと聞きましたが……」

 ヴィクトルは恐る恐る聞く。

「いかにも。魔法は便利じゃろ?」

 レヴィアはうれしそうに言って、また樽をグッと傾けた。

「なんで……そんなことができるのでしょうか?」

 レヴィアは手の甲で口を拭うと、ヴィクトルをじっと見て言う。

「ふむ、お主はこの世界が何でできてるか知っとるか?」

 ヴィクトルはいきなりの根源的な質問に気おされる。

「せ、世界……ですか? 物は分子の集まりでできていて、分子は原子の集まりでできているのは知ってますが……それ以上は……」

「原子にはな、中心に原子核というのがある。原子核は陽子や中性子でできておる。そしてそれらはさらに細かい素粒子でできていて、最終的にはこの世界は17種類の素粒子で成り立っておるんじゃ。『超ひも理論』じゃな」

「どんな物でも17種類の物の組み合わせで構成されているんですね」

「物だけじゃなく光もな。それで、これらの17種類の素粒子の挙動は一つの数式であらわされる」

「え? 数式が一つだけ?」

「そう、17種類の素粒子と一つの数式、これがこの宇宙の全てじゃ。アインシュタイン、キュリー夫人、シュレーディンガー、世界中の天才たちが寄ってたかってついにたどり着いた真実がこれじゃ。テストに出るぞ……って、この星の人は知らんか……」

 レヴィアはそう言うとまた樽を傾けた。

「そ、それは凄い……話ですが、それと魔法にどういう関係が?」

「大賢者様はずいぶんせっかちじゃな」

 レヴィアは運ばれてきたステーキ肉の塊を手づかみにし、美味しそうにかぶりつく。

 自分の頭と同じ大きさの肉を(むさぼ)る様はあまりに異様で、ヴィクトルはしばらくレヴィアの食事風景に圧倒されていた。

 それにしてもとんでもない話だと思った。この世界の全て……人や動物や大自然の複雑な営みが一つの数式で表されるなんて、そんなことがあるのだろうか? たった一つの数式で表される世界なんて、どう考えてもショボい物にしかならなそうだが……。ヴィクトルはレヴィアの話をどう理解したらいいのか途方に暮れた。














2-12. 疑惑の天然知能


 そんな困惑しているヴィクトルを見て、レヴィアが言った。

「素粒子があり、それは一つの数式で挙動が決まる。これ、何だかわかるか?」

 いきなりの禅問答みたいな質問にヴィクトルは悩む。

「何と言われても……、何でしょう? 一つの仕掛けみたいですが……」

「おぉ、ま、そういうことじゃ。『素子』じゃな。情報処理回路の基本要素じゃ」

「情報処理回路?」

「コンピューターじゃ、それじゃよ」

 そう言ってレヴィアは、ヴィクトルの手元に置いてあったiPhoneを指した。

「へっ!? 宇宙がiPhoneってことですか!?」

 全く想像もしてなかったものが結びつき、ヴィクトルはビックリする。

「そうじゃ、宇宙は超巨大な量子コンピューターともいえるのじゃ。もちろん、この宇宙のコンピューターは宇宙を運営するだけの機能しか持ってない。だから放っておくと単に太陽が生まれ、惑星が生まれ、宇宙の営みが実行されるだけじゃ。アプリが一つだけのシンプルなコンピューターじゃな」

「はぁ……」

 ヴィクトルは話があまりに壮大過ぎて困惑する。

「iPhoneにはいろんなアプリがあるじゃろ?」

「はい、さっきゲームをやりました。女の子を操作して猿を倒したり……」

「あ、あのゲーム面白いよのう」

 そう言ってレヴィアはまた樽を傾けた。

「で、宇宙とゲームに何の関係が?」

「お主、鈍いのう」

 レヴィアはゲフッとしながら、樽を置き、ニヤッと笑ってヴィクトルを見た。

 ヴィクトルは下を向き、必死に考える。

 宇宙は巨大なコンピューター、それはiPhoneみたいなもので、iPhoneにはゲームアプリがある。女の子が壮大な世界を冒険して魔物を狩る世界……。

 その瞬間、ゾワッとすべての毛が逆立つような感覚がヴィクトルを襲った。

「ま、まさか……」

「ふふん、ようやく気づいたか、大賢者」

 レヴィアはうれしそうにそう言うとまた樽を傾け、グッと持ち上げて一気に最後まで空けると、

「プハ――――! おかみさーん! おかわり!」

 と、店に向かって叫んだ。

「いやいやいや! ここはゲームの世界なんかじゃないですよ!」

 ヴィクトルはバッと顔を上げ、レヴィアに向かって叫んだ。

 レヴィアが示唆したアナロジー、それはこのヴィクトルの住んでいる世界は、宇宙という壮大なコンピューターの中の一アプリに過ぎないというものだった。しかし、そんなことがあるわけがない。ヴィクトルは百年以上この世界に住んできていて、その間、作り物だったような不自然な現象など一つもなかったのだ。大自然は人の想いとは関係なく壮大な規模で営まれ、人が気がつかなかったような世界はまだまだ森の奥に、極地に、深海に広がっていた。誰かが作ったような世界ならどこかで矛盾が出てるはずだ。

 と、ここまで考えてきてふとヴィーナ様を思い出した。そうだ……、自分は一回死んでいるのだ……。実は自分の存在そのものが……矛盾だった。

 固まり、そしてうなだれるヴィクトルにレヴィアが言う。

「今から五十六億七千万年前のことじゃ、宇宙が誕生してからすでに八十一億年経っていたが、ある星でコンピューターが発明された。コンピューターは便利じゃった。あっという間に性能がぐんぐんと上がり、人工知能が開発された」

「人工知能……?」

「機械でできた知能じゃな。iPhoneが賢くなって話し始めるようなものじゃ」


「はい、おまたせー」

 おかみさんが新しい樽を持ってきて、レヴィアはまた上蓋をパカンと割った。

 ヴィクトルは、美味しそうにエールを飲むレヴィアを羨ましそうに見ながら、聞いた。

「機械が話すなんてこと……、本当にあるんですか?」

「お主は『自分は機械じゃない』ってなぜ確信を持ってるんじゃ?」

 レヴィアは手を止めるとヴィクトルをチラッと見て、嫌なことを言う。そして、また樽を傾けた。

「えっ……?」

 ヴィクトルは言葉を失った。自分は生まれながらの天然の知能と当たり前のように思っていたが、それに根拠なんてあるのだろうか? 『自分は機械で作られたものじゃない』となぜ言えるのだろうか? 脳があるから天然だろうと一瞬思ったが、『脳は単なる伝達器官だよ』と言われたら反論できない。そもそも脳が自分自身の思考を生み出していることそのものにも自信がなかった。

 なんとか『自分は機械なんかじゃない証拠』を探してみるが、思い浮かばない。むしろ、転生して前世の記憶が引き継がれていることを考えたら……むしろ天然である方が不自然だった。

 ヴィクトルは百年以上生きてきて初めて自分自身の存在に疑問を持ち、自我が揺らぐのを感じた。手を見るとガタガタと震えている……。

「僕は……何なんだ……?」

 そう言って、震える手を無表情にただ眺めていた。

 ヴィクトルはふぅっと大きく息をつくと、ルコアの樽を奪って持ち上げ、グッと一気に(あお)る。

「あー、主さま! それ、私のですー」

 ルコアは不満げだったが、ヴィクトルは無反応で、焦点のあわない目で動かなくなった……。












2-13. いきなりの裸婦


 ヴィクトルは温かく気持ち良い揺れの中、目が覚めた。

「あれ……?」

「主さま、お目覚めですか?」

 ルコアの声がする。

 なんとヴィクトルは、ルコアに背負われて夜の石畳の道を運ばれていた。

「ゴ、ゴメン……」

「こうやってお世話できるのはうれしいんですから、気にしないでください」

 ルコアは後ろを振り向き、ニコッと笑う。

「ありがとう……。子供の身体ではお酒はきつかった……」

 ヴィクトルは反省する。

「いいんですよ、レヴィア様も『酒くらい飲みたくなるじゃろ』って笑ってました」

「しまったなぁ……」

 ヴィクトルは酒に逃げてしまった未熟さを恥じ、今度謝らねばと、大きく息をつく。

 そして気持ちの良いルコアのリズムに揺られ、温かな体温を感じながらまた、意識が薄れていった。


        ◇


 バシッ!

 ヴィクトルは、はたかれて目が覚める。

「う、うーん……」

 目を開けるとまだ薄暗いベッドの上で、誰かの腕が額の上に載っている……、ルコアだ。

「ちょっと、もう……」

 腕を払いのけ、起き上がりながらルコアを見て、ヴィクトルは固まった……。ルコアは素っ裸で、美しく盛り上がった胸をさらしながら、呑気に幸せそうな寝顔を見せていたのだ。

 ヴィクトルはゴクリとツバを飲む。

 その均整の取れたプロポーション、美しい透き通るような肌はまるで西洋絵画のように厳かな雰囲気さえ漂わせていた。

 しばらくその姿に見ほれていたヴィクトルは、知らず知らずのうちに手が伸びてしまっているのに気がつく。六歳児とは言え中身は大人の男である。そこには(あらが)いがたいものがあった。

 しかし、寝込みに手を出すようなこと、あってはならない……。ブンブンと首を振り、毛布をそっとかけて立ち上がる。そして、水差しの水をコップに入れると、ゴクゴクと一気に飲み干した。

「ふぅ……」

 カーテンを開けると、東の空は鮮やかな茜色に染まり、朝露に濡れた石畳はその茜色を反射して静謐(せいひつ)な朝の街を彩っている。


 ヴィクトルはそっと窓を開けた。

 チチチチッ

 小鳥の鳴き声が聞こえ、涼しい朝の風が入ってくる。

 ヴィクトルはその爽やかな風を浴びながら頭を冷やす。そして、昨晩の事を思い出していた。


 この美しい世界が誰かに作られたものらしいこと、そして自分自身の思考も機械上で動いているのかもしれないこと、それらは実にとんでもない話だった。この美しい朝焼けの街が、(ささや)き合う鳥たちの営みが、それらを感じている自分が、誰かに作られているというのは、あまりにも飛躍しすぎている。

 と、ここで、死後の世界で会った女神、ヴィーナの言葉を思い出した。

『あなたの功績にはとても感謝してるわ……』

 確かこんな事を言われた覚えがある。しかし……、自分がやっていたのは単にレヴィアの作った魔法システムを分析していただけに過ぎない。魔法について知りたければレヴィアに聞けばいいだけの話で、自分のやったことが功績になるとはとても思えなかった。

 しかし、ヴィーナは喜んでいるようだった。一体これは何なんだろうか?

 魔法を知りたいわけではないとしたら、自分の活動の何を評価してくれたのだろうか……。

 眉をひそめて必死に考えていると、プニっと誰かに頬を押された。

「なーに、怖い顔してますか?」

 見るとルコアが毛布を巻いて立っていた。

「いや、ちょっとね……。あ、昨晩はゴメンね」

「ふふっ、弱った主さまも可愛かったですよ」

 ルコアはニコッと笑う。

「はは、参ったな……。で……、何で裸なの?」

 ヴィクトルは頬を赤らめて聞いた。

「うふふ、触っても……良かったんですよ?」

 ルコアは斜に構えて妖艶な笑みを浮かべる。

「いや、あまりに美しくてつい……ね。でも、毎晩裸になられても困るんだけど?」

「私寝るときはいつも裸です。裸じゃないと寝られません。それとも龍に戻ります?」

 不満そうなルコア。

「龍って……この部屋入らないよね?」

「今、龍に戻ったら、この建物壊れますね」

 ルコアはニヤリと笑い、ヴィクトルは肩をすくめた。

「分かった分かった。その代わり毛布かぶっててよ」

 ヴィクトルが折れると、ルコアはそっと近づいて耳元で、

「ふふっ、いつでも触っていいですからね」

 そうささやいて、うれしそうに洗面所へと入って行く。

「へっ!?」

 ヴィクトルは間抜けな顔をさらし……、目をギュッとつぶって宙を仰ぐとしばらく動けなくなった。



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