〜武神討伐計画・憧れた冒険者〜
〜武神討伐計画・憧れた冒険者〜
とーてむすっぽーんさんとぺろぺろめろんさんの戦いは白熱を極めた。
二人が戦っていると聞いて、訓練場にはギャラリーがごった返している。
なんせこれは闘技大会では決して実現しない夢の対決だ。
第五世代を代表する二人の直接対決。
この戦いの決着は、すなわち第五世代最強がどちらかを決める戦いなのだ。
「ぺろぺろめろんさん。 この攻撃は小手調べですか? 動きが分かり易すぎてあくびしながらでも避けられますよ!」
「なめんなとってぃ! くっそ! 全く当たらな〜い!」
ぺろぺろめろんさんが猛攻撃を仕掛けるが、とーてむすっぽーんさんは涼しい顔でかわし続ける。
「あのぺろぺろめろんさんですら歯が立たないというのですか?」
ぷらんくるとんさんは両手を握りしめ、祈るような姿勢で戦いを見守っていた。
「ちょっと〜! ぷらんくるとんちゃんだっけ〜? うちのぺろりん甘くみんなよ〜?」
背後から聞き慣れた声が聞こえてくる、驚いて声がした方に視線を送る私たち。
「すいかくろみどさんに、べりっちょべりーさん! いらっしゃっていたのですか!」
どるべるうぉんさんが二人の名前を呼ぶと、後ろで手を組んでモジモジし始めるすいかくろみどさん。
「お、お久しぶりです。 どるべるうぉんくん」
「ちょ、くろみっち? なんでモジモジしてんだし?」
隣でモジモジしているすいかくろみどさんを見て首を傾げているべりっちょべりーさん。
さすがファンクラブ創設者、あからさまに恥ずかしがっている。
そんなことを思っていると、闘技台の方から鎧が弾ける音が響く。
慌てて闘技台に視線を戻す私たち。
「ウソなのです! ぺろぺろめろんさんの腰鎧が壊されちゃったのです!」
「落ち着きなさいぷらんくるとんちゃん! まだ鎧は一部しか壊されてないよ!」
動揺するぷらんくるとんさんを落ち着かせるよりどりどり〜みんさん。 しかしすいかくろみどさんが闘技台を睨みながら眉根を寄せた。
「ありゃあバケモンだね。 あたし、今のとってぃ相手に魔法なしで戦うとか絶対無理。 勝てるわけないわ」
すいかくろみどさんの発言に唖然とする対策班。
「す、すいかくろみどさんでも勝てないだなんて………冗談ですよね?」
駆け寄っていくどるべるうぉんさん、石のように固まって視線を泳がせるすいかくろみどさん。
「ごっ、ごめんなさいどるべるうぉんくん! あたしはあなたを困らせたかったわけじゃないの!」
急に可愛らしい声で喋り出すすいかくろみどさんに、女性陣がジト目を向ける。
すると先ほど場外に叩き出された鈴雷さんが涙目でテクテク帰ってきた。
「セリナさん! 負けちゃったっす! 申し訳ないっす! 私のせいでとーてむすっぽーんさん、余計調子に乗っちゃったっす!」
「気にするなし! 今のあいつ、マジやばいらしいし………」
べりっちょべりーさんが涙目で鼻を啜る鈴雷さんの肩にポンと手を置く。
「厄介すぎるのはあの未来視に近い観察眼っす! あれがある限り、闘技場であいつに勝てるのはぬらぬら姉さんくらいしかいないっす!」
「同感ね、鈴っち。 あんたで勝てないってなると正攻法じゃとってぃには勝てないよね〜」
急にいつもの口調で解説を始めるすいかくろみどさん。
わざと押してどるべるうぉんさんにくっつけてやりたいけど、今はそれどころじゃない。
このままぺろぺろめろんさんにまで勝ってしまえば、今まで素直で謙虚だった可愛らしいとーてむすっぽーんさんが、今後ずっとうざキャラになってしまう。
八割私のせいだけど。
「またカウンター! あんなん対処できないっす」
鈴雷さんの呟きを聞いた私は、くだらないことを考えるのはやめて闘技台に視線を戻す。
ぺろぺろめろんさんはすでに胴鎧と肩鎧が半分だけ。
これ以上攻撃を喰らえば確実に敗退が濃厚になってしまう。
「ぺろぺろめろんさん! 単調な攻撃は僕には通用しない。 いつまで手を抜くつもりですか?」
大きく距離を取ったぺろぺろめろんさんに、とーてむすっぽーんさんは肩を窄めながら声をかけた。
「悪いんだけど、これっぽっちも手加減してないし、単調な攻撃してるつもりもないんだな〜。 つーかそれ挑発っしょ? にしてもフェイントも通じないし、速さの勝負でも負けちゃうし………参ったなこりゃ。 とってぃ強すぎだし! てんてんよりやりずらいわ!」
とーてむすっぽーんさんは、ぺろぺろめろんさんの発言を聞いた瞬間顔色を変えた。
その顔色は、いつも見ているとーてむすっぽーんさんの顔によく似ている………
「まあ、闘技場のルールは僕にとって都合がいいですからねぇ?」
少し不貞腐れたような口振りでそんなことをつぶやくとーてむすっぽーんさん。
「魔法ありの勝負なら、今頃僕はコテンパンにされているでしょう? 魔法なら筋肉の動きも体の向きも関係ないですから。 視線だけでも避けることは可能ですが、それも限界がある」
「………何が言いたいん?」
ぺろぺろめろんさんは、眉間にシワを寄せながら問いかける。
「僕が輝けるのは、闘技場の上だけだってことですよ? クエストに出てしまえば、僕の実力なんてたかが知れていますからね。 皮膚が硬いモンスターにはいまだに爆薬を使わないと倒せないし、魔法で攻撃してくるモンスターなんかは逃げ回って仲間に助けてもらわなきゃ勝てない! 僕はまだまだ弱い! 弱すぎるんだ! 現実を見るのは嫌気がするほどに弱すぎる! だから今この時間だけ………僕は別人になれる。 自分が唯一輝くことができる闘技場の上だけは、理想の自分になれるんですよ!」
ぺろぺろめろんさんは、その一言を聞いて斧の握り手を握りつぶしてしまった。
「また、とってぃは。 こんなに強いのに、こんなにかっこいいのに………なんで自分をそんな風に否定しちゃうのかな〜」
ぺろぺろめろんさんの様子を見ていたすいかくろみどさんが、ごくりと息を呑む。
「ま、まずい………ぺろりんブチ切れた」
☆
闘技台の上で睨み合う二人。
「なんの話です? 僕は事実を言っているまでで………」
「あんたが勝手に決めつけたことなんて、事実でもなんでもない! 事実っていうのは、あんたが虫ピー(※両断蟷螂)蹂躙戦でゆめピーを助けた事や、まぐまぐりゅう(※火山龍)との戦いでパイナピーを助けた! これが事実。 うちはね、他の冒険者が強いモンスターを倒してもかっこいいだなんて思わない! 仲間を守ってる冒険者の方が、断然かっこいい! だからうちはあんたが自分をどう思っていようが、命張って仲間を助けたあんたがかっこいいってずっと思ってたんだよ! 誰よりも早く、仲間の危険を察知できるあんたが羨ましかったんだよ! それをいつもいつも! 目の前でネチネチディスりやがって………ぶっ飛ばしてその考え改めさせてやっかんな!」
ぺろぺろめろんの怒りの叫びが訓練場内にこだまする。
「ぺろりん………やっちゃえ!」
べりっちょべりーの叫びと共にぺろぺろめろんは斧を投げた。
とーてむすっぽーんは投げられた斧を普通に避けて大剣を構えるが、すぐに眉根を寄せた。
「また、闘技台をひっくり返すんですか。 そんなの僕には通用しない!」
闘技台の割れ目に指を突っ込んだぺろぺろめろんが勢いよく闘技台をひっくり返すが、予測して距離をとっていたとーてむすっぽーんは何食わぬ顔で下敷きになるのを防ぐ。
するとひっくり返した闘技代を破壊しながら突っ込んでくるぺろぺろめろん。 しかし体制が明らかに不自然だった。
ぺろぺろめろんは、とーてむすっぽーんに背中を向けるように、後ろ向きで突っ込んでいた。
すかさずとーてむすっぽーんは意図を察する。
「体で武器を持ってるのを隠してるんですか? 振り向き様に投げようとしてるんですね! スケスケですよ!」
とーてむすっぽーんが臨戦体制を取ると、ニヤリと笑ったぺろぺろめろんが勢いよく振り向いた。
次の瞬間闘技台を見ていた男性陣がみんな慌ててそっぽを向いた。
「なっ! 服を………!」
ぺろぺろめろんは来ていたシャツを破いてとーてむすっぽーんの前に投げたのだ。
必然的に布で視界は完全に遮断される、動揺するとーてむすっぽーん。
その一瞬を見逃さないぺろぺろめろんは、とーてむすっぽーんにスライディングで迫る。
服を投げられて視界を遮られたとーてむすっぽーんは、足元から接近するぺろぺろめろんの対処に遅れる。
次の瞬間、ペろぺろめろんはとーてむすっぽーんの脛当てをがっちりと掴んだ。
「………しまっ!」
「ゥオラァァァぁぁ!」
壁に向けてとーてむすっぽーんを勢いよく投げつけるぺろぺろめろん。
とーてむすっぽーんは空中でどうにか抵抗しようとするが、抵抗虚しく勢いよく壁に激突した。
訓練場全体に衝撃が響く。
壁にめり込んだとーてむすっぽーんを指差し、ドヤ顔で立ち尽くすぺろぺろめろん。
「とってぃ! あんたが自分を否定し続けようが、うちはあんたを肯定し続ける! あんたは間違いなくうちが理想とする冒険者! その観察眼と自分の実力の凄さにもっと自信持ちなさーーーい!」
静まり返る訓練場内。 しかし慌てふためいたすいかくろみどの叫びが、その静寂を破った。
「ぺろりん! 下着が! あぁァァァァぁぁ! 誰か布よこせぇぇぇ!」
てんやわんやする訓練場内。
そんな中でも全く気にした様子がなく、ふんすと鼻を鳴らしながら気絶しているとーてむすっぽーんを指差し続けているぺろぺろめろんに、すいかくろみどが慌てて布をかぶせた。
☆
壁にめり込んだとーてむすっぽーんさんを救出し、医務室に運び込む。 なんだかんだあったが、無事に武神の討伐は完了した。
問題は敗北したとーてむすっぽーんさんのメンタル。 と言いたいところだが、さっきからぺろぺろめろんさんにチクチクした視線を向けるよりどりどり〜みんさんも少々厄介。
そして、後ろでは妙な雰囲気ですいかくろみどさんがどるべるうぉんさんをチラチラ見てる。
この中でまともなのはべりっちょべりーさんとぷらんくるとんさんの二人だけ。
「とりあえずとってぃに回復魔法かけたし! 目を覚ますまではもう少し様子みとけし!」
医務室には看病用の椅子は一つしかない。
すやすやと寝息を立てるとーてむすっぽーんさんの枕元に、椅子はたった一つ。
「じゃあうちが様子見ててあげっからみんな帰っていいよ〜! 気絶させちゃったのうちだから、ちゃんと責任取んないと………」
「いやいや、何言ってんですかぺろぺろめろんさん! あなたまたキレたら何するかわかんないですから、幼馴染の私が看病しますよ?」
始まってしまった、ある意味武神討伐ミッションよりも厄介な戦いが!
「あ、あの〜どるべるうぉんくん! その〜、えっと〜………。 今日はいい天気だよね!」
「あっ、えっと〜………はいっ! すごくいい天気でした! もう夜ですけど!」
後ろはもはや放っておいていい、おそらくこれ以上会話は続かないだろう。
問題なのはバチバチ火花を散らしている恋する乙女のお二人。 なんで余計面倒なことになってしまったのだろうか?
そもそもぺろぺろめろんさんのあれは、恋愛感情ではなくリスペクトだ。
よりどりどり〜みんさんもそれが分かればきっと………
「どりりん先生はさ〜、そんなぷりぷりしてるからとってぃに振り向いてもらえないんだよ? うちの方がとってぃにはふさわしいし! 同期だし!」
「ちょっ! ぷりぷりなんてしてないですし! 同期とか関係ないですし! 私は小さい頃からとーてむ君と一緒ですし!」
あれ? ぺろぺろめろんさんのあの感情は………リスペクトだ、よね?
「知ってます〜? 幼馴染とか〜男の子にとっては友達としか思ってないですからね〜? むしろ可哀想なのは勝手に恋愛感情持たれて勝手に怒られる男の子だよね〜。 うちなんかまだ会ってからそんなに時間は経ってないけど〜、とってぃのすごさいっぱい知ってるし〜!」
「むっ! むきーーー! かわい子ぶっちゃってなんなんですか! ちょっと可愛いからって調子乗らないでください! 私のとーてむ君にちょっかい出さないで! 半径五メーター以内に近づかないで!」
おいおい落ち着けよりどりどり〜みんさん、まだとーてむすっぽーんさんはあなたのものではありません。
「あの! どるべるうぉんくん! なんだかその………騒がしいね!」
「た、確かに騒がしいですね」
困り顔のどるべるうぉんさんが可哀想だからあんまり必死に声かけるなすいかくろみどさん。
おそらく状況がよく分かってないぷらんくるとんさんとべりっちょべりーさんはキョトンとしながらキョロキョロしている。
私もさりげなく安全圏である二人の隣に移動して、とーてむすっぽーんさんが目を覚ますのを待って………
おかしい、とーてむすっぽーんさんのまぶたがピクピクしている。
———むむ?
「とーてむすっぽーんさん、起きてるなら早く何か言わないと収拾つかなくなりますよ?」
寝ているとーてむすっぽーんさんの耳元で耳打ちする私。
「そ、そんなこと言われても、今この状況じゃ目を覚ませないじゃないですか!」
小声で必死に助けを求めるとーてむすっぽーんさん。
私はニンマリと口角を上げて、お互いのほっぺをつねりあってる恋する乙女たちに視線を送った。
「私が上げたノートのセリフでどうにかしてあげられそうですよ?」
「は? マジで言ってます? ちなみに何ページですか?」
この時、誰が予想していただろうか、この惨劇を。
こしょこしょばなしをする私たちに、ぷらんくるとんさんが視線を送っていることに、私たちは気がつかなかったのだ。
「セリナさん、とってぃさんとなに内緒話してるのです?」
私ととーてむすっぽーんさんはギョッとした顔でぷらんくるとんさんに視線を送るが、時すでに遅し。
「おやぁ? どりりん先生、こんな所に泥棒猫がいますよ〜? どうしちゃいます〜?」
「尋問ですね。 何を企んでいるのか、舌を凍らせて洗いざらい吐かせましょう」
そう、新たな敵が現れた時、人は争いをやめて同盟を組むのだ。
そしてその新たな敵になってしまったのは紛れもなく………
「捕まえろー!」
「違う違う違う! 誤解ですから話聞いて下さい!」
「問答無用! そのよく回る舌をカチンコチンに凍らせますからね!」
私はこの後全力で逃げたが、あえなく捕まってしまい、濡れ衣を晴らすのに大変苦労した。
☆
結局次のとってぃずブートキャンプからはとーてむすっぽーんのパーティー四人とぺろぺろめろんのパーティー三人、計七人が主導で開催されることになった。
とーてむすっぽーんさんが調子に乗りすぎないよう全員見張りと言う事らしい。
新体制になったとってぃずブートキャンプが始まる前、いつも通りの表情に戻っていたとーてむすっぽーんがぺろぺろめろんに歩み寄る。
「この前は色々なことがあったせいで、言い忘れちゃいましたが………ぺろぺろめろんさん、ありがとうございます」
頭を下げるとーてむすっぽーんを見て、口角をわずかに上げるぺろぺろめろん。
「とってぃ、ちゃんと自分の凄さに気づいた?」
「ぶっちゃけ言うと、まだ自分を信じたわけではないです。 けど、仲間を守りたいって思いはあなたと同じくらい強いですよ? なんでかわかります?」
とーてむすっぽーんの問いかけに首を傾げるぺろぺろめろん。
すると、鼻を鳴らしながらとーてむすっぽーんはぺろぺろめろんの腹部に視線を落とした。
「あなたたちが角雷馬を討伐した時のこと覚えてますか?」
「そりゃもちろん覚えてるよ? お腹ぐっさりやられて死にかけたもん!」
ぺろぺろめろんの言葉を聞いて、とーてむすっぽーんはケラケラと笑いだす。
「あなたは仲間を守る冒険者がかっこいいって言いましたが、自分が守った冒険者のこと覚えてないんですか? 初めて会ったにも関わらず、命懸けで守った岩ランク冒険者のこと!」
ケラケラと笑うとーてむすっぽーんを、ぺろぺろめろんは驚いたような顔でみつめた。
「えっ? もしかして、あの時の岩ランク冒険者って………」
「はいはい、失礼しまーす! こんなところで喋ってないでブートキャンプの準備して下さいねー! ほーらとーてむ君こっちいきましょー? ぺろぺろめろんさんは自分のパーティーメンバーの方行って下さーい!」
話の途中に割り込んできたよりどりどり〜みんにがやがやと文句を言い出すぺろぺろめろん。
またも喧嘩し始める二人を眺め、とーてむすっぽーんは困ったように笑いながら二人に聞こえないようにぼそりとつぶやいた。
「あの時のあなたが、ものすごくかっこよかったからずっと憧れていたんです。 あなただって仲間どころか、知らない人すら命張って守れる超かっこいい冒険者じゃないですか」
とーてむすっぽーんはそう呟きながら、ふと思いを馳せる。
——————あの日僕を助けてくれたかっこいい冒険者みたいに、強くなりたいと思って今日まで必死に頑張れた。
見ず知らずの人を命懸けで守れるかっこいい冒険者になりたくて、がむしゃらに戦い続けた。
強くなるために、たくさんのことを学んできた。
いつか、あのかっこいい冒険者みたいになれることを信じて………………
僕が思い描いた理想の強さにはまだまだなれそうにないけど、ただ一つ言えることがある。
今の僕は、あの日憧れたかっこいい冒険者が認めてくれるくらい………………
——————強くなれたんだ。




