〜武神討伐計画・最強の刺客〜
〜武神討伐計画・最強の刺客〜
「とってぃとってぃ勝つのはとってぃ!」
計画当日、私たち武神討伐班は堂々とした笑みで、これから行われる予定の試合を見届けようとしている。
「とってぃとってぃ勝つのはとってぃ!」
相変わらずやかましい声援の中、とーてむすっぽーんさんはカッコつけながら訓練場の真ん中へ歩いてくる。
「とってぃとってぃ勝つのはとってぃ!」
今回はよりどりどり〜みんさんも自信満々の表情だ。
そして例に従い、右手を高々に上げ指をパチリと鳴らすとーてむすっぽーんさん。
静まり返る訓練場内で、ニヤリと口角を上げたとーてむすっぽーんさんがゆっくりと顔を上げるが………
今回は言わせないよう手を回してある。
「勝つのは………」
「ぼっぼぼぼ! 僕だぁぁぁ!」
恥ずかしそうに、顔を真っ赤にしながら叫んだ我らが刺客。
するととーてむすっぽーんさんは、うっすらと笑みを浮かべながら叫んだ冒険者に視線を向ける。
「おやおや、どろぱっく君ではないか? 久しぶりじゃあないか!」
余裕の笑みを浮かべるとーてむすっぽーんさん。 しかし笑っていられるのもここまでだ。
なんせどろぱっくさんの能力は不可視化だ。
相手の筋肉の動きを見て動きを予想するとーてむすっぽーんさんにとって、これほど相性が悪い相手はいないであろう。
もはや勝ったも同然!
我々対策班は余裕の笑みで二人を見守る。
「お久しぶりですとってぃさん! 今日はあなたのブートキャンプに参加させていただきにきました!」
「別に構わないさ、なんせ最近は鋼ランクの人たちや、第三、第四世代の先輩たちも参加しているからねえ?」
とーてむすっぽーんさんは全く動揺した素振りも見せず、指をくいくいと曲げる。
それを見たどろぱっくさんも、片手剣を上段の構えでどっしりと構えて腰を落とす。
「一応確認です! 闘技大会とルールは同じなんですよね?」
「ああそうさ! 早くお得意の不可視化を使ってごらん?」
とーてむすっぽーんさんの一言に、私は眉を歪めた。 なぜ焦ったそぶりを見せないのだ?
遠慮なくどろぱっくさんは不可視化を発動し、完全に景色に紛れ込んだのだが、とーてむすっぽーんさんの虚な瞳は何かを追うように視線を泳がせている。
「ばっ! バカな! とってぃさんはどろぱっくさんが見えているのか!」
どるべるうぉんさんが動揺しながら声を荒げた。
確かにどろぱっくさんの不可視化は体の周囲に水滴を作り、それを鏡のようにして周りの景色に紛れ込む。
つまり注意してみればその姿は捉えられないことはない。
しかし戦闘中は相手が格下だろうと緊張状態になるはず、一対一の戦いで相手が不可視化すれば、相当集中しなければ見えるわけがない!
だがとーてむすっぽーんさんは、何もないところで体を捻り始めた。
「ウソなのです! 完璧に避けているとしか思えないのです!」
「確かに近くにいれば、彼の姿はうっすらとぼやけて見えたりはするが、完璧なタイミングで避けるなんて不可能だ! せめて武器でガードするとかならまだしも、あれが本当に回避行動なら、とってぃさんはどろぱっくさんの動きをしっかり読んでいるとしか思えない!」
どるべるうぉんさんの動揺の声が上がり、周りで見ていた冒険者たちも驚愕の表情をする。
「知っているかい? どろぱっくくん。 君の不可視化は冷静にしっかりと観察すればその姿を捉えることができる。 しかし人間というのは戦闘中や興奮状態の時、視野が狭まるんだ。 だから君は一対一なら相手に見つかることはないだろう。 僕以外が相手だったらね!」
とーてむすっぽーんさんが大剣を振るう。
すると、木製鎧のかけらが場外に吹き飛んでいった。
「間一髪で避けたか? さすがどろぱっくさん、自分の能力をおごらず、訓練をしているんだね? だけど残念ながら今の僕は冷静沈着でね。 ガラスってさ、透明だけど目を凝らせば見えるだろ? 君の不可視化はそれとおんなじだ」
話の途中、突然とーてむすっぽーんさんは武器を左手に持ち替えて体を後ろにそらした。
すると訓練用の片手剣が、空を切る音が訓練場内に響く。
「普段は見えているものも、戦闘中、あるいは走ってたりすると見えずらくなる。 これは脳が緊張、あるいは興奮状態にあるからだ。 残念ながら今の僕はセリナさんからいただいたノートのおかげで、戦闘中も冷静に周囲を見ることができるようになったんだ」
私があげたおふざけノートは、そんな用途に使うためではなかったのに!
結果的に役にたってしまったおふざけノートを思い出し、頭を抱える私。
「あのノートに書いている言葉を読んでいるだけで、不思議な気持ちになるんだよ。 まるで僕は王様になったような、最強の戦士になったような気持ちになれるんだ。 だから君の不可視化は僕には通用しない」
会話の最中もどろぱっくさんは必死に攻撃を仕掛けていたのであろう、とーてむすっぽーんさんは全ての攻撃を回避しながら話している。
「透明になっていてもわかる、肘の角度、足の開き方、つま先の向き。 視線や筋肉の動きを見なくても、大方攻撃の意図や軌道は読めるのさ」
ずっと回避していたとーてむすっぽーんさんは、大きく後ろに飛び、両手で大剣を振りかぶった。
「つまり、スケスケだよ!」
また私のあげたノートのセリフを、めっちゃ絶妙なタイミングで使いおった!
とーてむすっぽーんさんが大剣を思い切り振り抜くと、鈍い音が響いた後に場外でドタドタと音が鳴る。
全員、音がした方に視線を送ると、吹き飛ばされたどろぱっくさんが苦悶の表情を浮かべながら横たわっていた。
「くっ、ごめんなさいどるべるうぉんさん………勝てませんでした」
静まり返る訓練場。
とーてむすっぽーんさんは大剣を担ぎながら場外に吹き飛ばされたどろぱっくさんの元に歩み寄る。
「君の不可視化は僕には通用しなかったかもしれない。 だけど認めよう、今の君は………強いよ?」
紳士のように手を差し出すとーてむすっぽーんさん。 また、私のノートのセリフを使いやがった………
だけど、シチュエーション的に使い方違う! 無惨に負けそうになった時、逃げようとして使うセリフだろそれ!
悔しすぎて肩を震わせる私たちの周囲からは、ものすごい勢いで黄色い声援が上がった。
☆
翌日、対策班は新たな刺客を誰にするかを話し合うためにカフェエリアに集まっていた。 しかし全員が暗い顔で俯いていて、雰囲気はまさに葬儀の後のようだ。
「………どうしましょうなのです」
「あの目は厄介すぎる。 どろぱっくさんでもダメってなると、もう誰もいないんじゃないかな?」
ぷらんくるとんさんとどるべるうぉんさんは、既に諦めモードになってしまっていた。
「こうなったら力押しで行くしかありません。 鋼ランクならいいんですよね? っていうかあの実力なら銀ランク冒険者呼んでもいいじゃないですか?」
「セリナさん、それでもしとーてむ君が勝っちゃったらどうするんです?」
よりどりどり〜みんさんの指摘を受け、黙り込む私。
「最終手段のぬらぬらさんを呼びます?」
「それではぬらぬらさんにボロ負けして、とってぃさんは自信を失っちゃいます」
今度はどるべるうぉんさんの反感を食らう私。
「いい勝負して負けるっていうのがベストなのです。 となるとパイナポさんや夢時雨さんはどうでしょうか?」
ぷらんくるとんさんは控えめに手を上げながら提案したが、それは少し危険な気がする。
「こんなこと言うのは少し気が引けますが、勝てる確率はぶっちゃけ五分だと思います。 あの二人は確かに強いですが、確実に勝てる保証はないですよ」
ため息混じりに私がつぶやくと、ぷらんくるとんさんはシュンとしてしまう。
「あ、いるじゃないですか! 鋼ランクかつ超強い冒険者!」
急に立ち上がったよりどりどり〜みんさんに全員が視線を集めた。
「私、話したことないですけど………お願いしてみる価値はあるはずです! セリナさん、キャリームさんにお話通せませんか?」
キャリーム先輩が担当する鋼ランク冒険者と聞き、二人の女の子が思い浮かんだが………
「なるほど! さすがよりどりどり〜みんさん! あの人ならきっととってぃさんに勝てます! 触れなきゃ倒せない闘技場のルールなら、きっと勝ち星が見えるはずです!」
どるべるうぉんさんの発言を聞いて、私もワンテンポ遅れて気がついた。
流石に今回はぷらんくるとんさんも気がついたようだ。
なんせ闘技場であんなに強い人、他にはいないのだから!
☆
「とってぃとってぃ勝つのはとってぃ!」
毎度おなじみの声援の中、私たちは今度こそ悲願を達成することを確信して刺客の登場を待っている。
「とってぃとってぃ勝つのはとってぃ!」
あのあとすぐにキャリーム先輩に事情を話したら、渋々受諾してくれた。
相変わらずキャリーム先輩は天使のような笑顔だった。
「とってぃとってぃ勝つのはとってぃ!」
いつもの声援の中、とーてむすっぽーんさんが訓練場の簡易闘技場の上に上がり、指を鳴らす。
静まり返る訓練場でとーてむすっぽーんさんがキメ顔で口を開こうとした瞬間、今回の刺客はフライングで飛び出してきた。
「勝つの………」
「じゃっじゃじゃ〜ん! 闘技場の絶対王者、ぬらぬら姉さんの妹分! 鈴雷様のご登場っすよ!」
とーてむすっぽーんさんの目の前で元気よくピースサインを作る鈴雷さん。
そう、この人は前回の大会で、ぬらぬらさんと無敗同士の頂上決戦をした最強の刺客。
強すぎるが故に銀ランクの枠でしか出場できなかった鋼ランクの鈴雷さん。
彼女に触れれば感電して動けなくなる、そしてとーてむすっぽーんさんは飛び道具などの武器を使わない!
絶対に勝てるはず!
「おや? 珍しいお客さんだねえ? あなたも僕に挑戦しにきたのかな?」
「ふっふっふ! 噂通り随分と調子に乗ってるっすね! 闘技場最強は姉さんしかいないっす! その姉さんを差し置いて強者ぶってるあんたを、今日私がぶっ倒してやるっす!」
強気な挑発をしながらビシッととーてむすっぽーんさんを指差す鈴雷さん。
「おやおや、あまり強い言葉を使わない方がいいですよ? 弱く見えますから」
………あれは、あのノートの中にある台詞の中で、私が一番好きな台詞に似ている気がする。
なんであの人はあんなに余裕でいられるんだ?
相手はあの鈴雷さんだ、飛び道具が使えないとーてむすっぽーんさんじゃ勝ち筋が全く見えない。 にもかかわらずあの余裕の笑み。
私たち対策班もとーてむすっぽーんさんの表情を見て一瞬で顔をこわばらせた。
「ふふ〜ん。 随分と余裕があるようっすね〜。 でもその強気な態度、改めさせてやるっすよ!」
鈴雷さんが勢いよく飛び出した。
とーてむすっぽーんさんは鈴雷さんの突進を避ける、反撃はしないようだ。
流石に触れれば感電する、防戦一方のとーてむすっぽーんさんに鈴雷さんは怒涛の攻撃を仕掛けていく。
固唾を飲んで見守る対策班。
「どうしたっすか! さっきまで威勢が良かったわりに、避けてるだけじゃないっすか! 避けてるだけじゃ勝てないっすよ!」
長太刀を起用に素早く振り回す鈴雷さん。
「そんなに長い剣を器用に使いこなすなんてすごいですねぇ。 僕じゃないと避けるのは困難でしょう」
ものすごい身のこなしで鈴雷さんの猛攻撃を避け続けるとーてむすっぽーんさんの言葉に、鈴雷さんは鼻を鳴らした。
「はっ! もう一人忘れちゃいけないっす! ぬらぬら姉さんだっているんすからね!」
鈴雷さんの長太刀が空を切る、しかしその一撃でとーてむすっぽーんさんは闘技場の隅に追いやられた。
「後がなくなっちゃったっすね! 追い込まれたみたいっすけど、どうするっすか? 今なら正直に謝れば許してあげるっすけど!」
「ふむふむ、確かに後がないみたいですね。 あなたは優しい人だ、負けそうな僕に慈悲をくれているんですか?」
あごをさすりながらも余裕の笑みは崩さないとーてむすっぽーんさん。
いいや違う、あの人はきっと………誰もが一度は言ってみたいあのセリフを言いたいだけだ。
私の予想通り、とーてむすっぽーんさんは大剣を構えながら満足そうな顔をした。
「だけど、断ります!」
なぜだ! なぜ自己流にしてしまったんだ! そこは自己流にしちゃダメなんだ!
頭を抱える私に、首を傾げながら視線を向けるぷらんくるとんさん。
しかし次の瞬間………
「——————は? もしかしてとってぃさん、あれを狙ってたのか!」
どるべるうぉんさんの驚愕の声が上がり、慌てて闘技場に視線を戻すと驚きの光景が広がっていた。
「やっば!」
慌てふためく鈴雷さんの声。 しかしすでに遅かった。
「知ってますか? 鈴雷さん、人はチャンスだと思うと体に力が入るんです。 あなたはその一撃で僕を倒すつもりでしたが、見通しが甘かったですね?」
いつの間にか鈴雷さんの背後に回っていたとーてむすっぽーんさんが超高速で大剣を振ると、闘技場の端がさっくりと切れた。
前回大会の樽飯庵さんとの戦いで見せたあの時と全く同じ。 闘技場の端が木製の剣で切断されている。
流石の鈴雷さんも、足元が崩れていればバランスを崩して隙が生まれてしまう。 鈴雷さんがおぼつかない足元の中、すかさずバランスをとって崩れゆく闘技場から戻ろうとするが………
「鈴雷さん………君はいつから僕が追い込まれたと錯覚していたんですか?」
くっ、またしても私が好きな台詞を………
思い切り大剣を投げたとーてむすっぽーんさん。
崩れている闘技場のせいでバランスを崩していた鈴雷さんは避けることができず、すかさず長太刀でガードするが………
大剣の重さ、崩れる足元、投げられた大剣の勢い。
さまざまな要素が邪魔をし、そのまま尻餅をついてしまった鈴雷さんは、場外に放り出され、その場でへたり込んでしまった。
「絶対は僕なんです、頭が高いですよ?」
しんとする訓練場に、とーてむすっぽーんさんの決め台詞が反響する。
予想だにしない事態が発生し、膝から崩れ落ちるどるべるうぉんさん。
顎が外れたかのように口をあんぐり開けているぷらんくるとんさん。
絶望的な表情で立ち尽くすよりどりどり〜みんさん。
そしてもう万策尽きた私は、ぼーっと闘技場を眺めることしかできなかった。
「鈴雷さん、こんなにヒヤヒヤしたのは初めてですよ。 ぶっちゃけ最後の一撃は賭けだった。 あなたが大振りをしてくれたおかげでギリギリ後ろに回り込めました。 僕はもっと俊敏性もあげたほうがいいかもしれないですねえ。 でも、これが僕の下克上ですよ?」
左手を前に突き出し、大剣を構えながらどこかで聞いたようなセリフを、どこかで見たことある構えで言うとーてむすっぽーんさん。 しかしそんな彼に元気な声がかけられた。
「とってぃ〜! 面白そうなことしてんじゃ〜ん! うちも混ぜてよ〜!」
可愛らしい声がして、とーてむすっぽーんさんはこのブートキャンプが始まって以来初めての動揺を見せる。
「あ、あなたは………」
闘技場の真ん中でニコニコしながら腰に手を当てて胸を張っている可愛らしい少女。
その少女は………桃色の髪を二つに括り、人懐っこそうな可愛らしい笑顔で自分の身長よりも大きな木製斧を軽々と持ち上げた。
「とってぃずブートキャンプは、誰でも挑戦していいんっしょ? うちもとってぃと戦ってみたかったんだよね〜!」
「ぺろぺろめろんさん………まさか、あなたまで来るとは思いませんでしたよ」
とーてむすっぽーんさんは額から汗を垂らし、大剣を構えながらぺろぺろめろんさんの正面まで歩いていく。
「いや〜、間に合って良かった〜! だって協会の食堂に人が少なかったからさ〜適当な子に聞いてみたらここのこと聞いてさ〜! 闘技大会のとってぃ見た時から、ずっと戦ってみたいって思ってたんだよね〜! まじ、ワクワクが止まんないよ〜」
ぺろぺろめろんさんが歪な笑みを浮かべた瞬間、訓練場内の空気がガラリと変わる。
闘技場の外にいた私たちですら背筋が凍るほどの気迫。
「これはこれは、とんでもない人がきてしまいましたね。 でもぺろぺろめろんさん、あなたは確か鈴雷さんに一度負けてましたよね? 僕は今、その鈴雷さんを倒しましたけど。 大丈夫ですか? 僕に負けて
——————凹んじゃわないですか?」
とーてむすっぽーんさんからも、闘気が沸々と湧き上がる。
「ほぉ〜? 言ってくれんじゃん。 とってぃもやる気まんまんってことね〜? でも………そうこなきゃ、面白くないっしょ!」
ぺろぺろめろんさんは歪な笑みを浮かべたまま、勢いよくとーてむすっぽーんさんに飛びかかった。




