〜緊急クエスト・武神討伐計画〜
〜緊急クエスト・武神討伐計画〜
「とってぃとってぃ勝つのはとってぃ!」
「とってぃとってぃ勝つのはとってぃ!」
私は今、冒険者協会の訓練場にいる。
「とってぃとってぃ勝つのはとってぃ!」
「とってぃとってぃ勝つのはとってぃ!」
この声援は主に女性冒険者たちが手拍子と共に送っている。
「とってぃとってぃ勝つのはとってぃ!」
「とってぃとってぃ勝つのはとってぃ!」
死んだ魚のような瞳の私とよりどりどり〜みんさんは、耳障りなこの声援を聞いて訓練場の真ん中に視線を集める。
すると堂々とした足取りで簡易闘技場に足を踏み入れてくるとーてむすっぽーんさんが、目の端にかかった髪をファサリとひらませながら右手を上げた。
途端に手拍子と声援はテンポが速くなっていく。
とーてむすっぽーんさんの正面には、親の仇のような視線を向け、威嚇する複数の冒険者たち。
そんな視線お構いなしに、とーてむすっぽーんさんはバラのエフェクトを顔の周りでキラキラさせながら指を高らかに鳴らした。
——————静まり返る訓練場。
「勝つのは、僕だ!」
キリッ! っとキメ顔をしながらそんなことを言い出すとーてむすっぽーんさん。
そして、女性冒険者たちから訓練場を震わせるほどの黄色い歓声。
「とーてむすっぽーんく〜ん! こっち向いて〜!」
「きゃーーー! 今日もとーてむすっぽーんくんはカッコ良すぎるわ!」
「とーてむすっぽーんくーーーん! ファイトー!」
………なんだ、これは。
すでによりどりどり〜みんさんの貧乏ゆすりは十六ビートの十六分キックよりも速い。
「セリナさん、責任とってなんとかして下さいね?」
額から大筋の汗を垂らし、眉間にシワを寄せる私。
確かにこんなことになったのは私の責任だ。
そう、あれは十四日ほど前。
前の世界風に言うと二週間前のこと………
☆
第五世代の怪我人は増え続ける一方だという苦情が、本部から耳が痛くなるほど届いている。
理由は簡単。
「俺は! 鬼人殺しさんみたいに伝説の冒険者になるんだぁ!」とか言って、初めてのクエストで中級モンスターに挑んでしまうお馬鹿さんや………
「私たちは、ぺろぺろめろんさんのパーティーよりも高いポテンシャルを持っているわ!」などと、意味のわからない自信に満ちた冒険者パーティーが中級モンスターの群れに飛び込んでいったり………
「俺には才能がある! 第五世代の冒険者たちは才能に溢れる選ばれし世代なんだ!」などと言って、誰かさんの真似してダガーでジャグリングしようとして自滅する冒険者が後を立たない。
ここ数日でも怪我人続出だ。
中には運悪く中級モンスターに重傷を負わされ、冒険者人生が危ぶまれてしまっている人もいる。
ガチで深刻な問題だ。
今や冒険者協会では『ビックマウスな第五世代』だの『口先だけの第五世代』だの『意識だけは無駄に高い第五世代』などと言われて馬鹿にされている。
第五世代の名付け担当としてこの状況をどうにかしたい、そう思った私は第五世代で最も慕われる冒険者の力を借りることにした。
「あの、なんで僕なんですか?」
カフェエリアに呼び出した第五世代で最も人気が高い冒険者が、私の前で青ざめている。
「あなたにしか頼めないことなんです! あなたの力で、第五世代の後輩たちを救って下さい!」
しかし大人気のはずの第五世代代表さんは、私の言葉を聞いて泣きそうな顔で頭を抱えてしまった。
「僕みたいな小物には絶対無理です! この前もセリナさんと一緒に第五世代の後輩に声かけに行ったの覚えているでしょう!」
今目の前で頭を抱えて今にも泣き出しそうな顔をしているのはとーてむすっぽーんさん。
この人、この前私と一緒に後輩に声掛けに行ったら………
『セリナしゃんのたんちょう冒険者の………とってもすっぽーんでひゅ!』
などと意味不明な自己紹介して赤面しながら逃げてしまったのだ。
あれ以来、女性冒険者たちから散々からかわれている。
「とーてむすっぽーん先輩かっわい〜!」とか「逃げないでくださ〜い! 私と一緒に冒険行って下さいよ〜!」などと言われながら追いかけ回され、最終的に般若面のよりどりどり〜みんさんがどこからともなく駆けつけてみんな怖がって逃げてしまうのだ。
現在、とーてむすっぽーんさんは絶賛女性恐怖症予備軍となっている。
私はため息をつきながら一冊のノートを取り出した。
「とってもすっぽーんしゃん(笑)。 このノートには、自分に自信を持てるようになるセリフ集があります! とりあえず声かけられたらここにある言葉適当に言えば自分に自信がつくはずです!」
「ちょっと! からかわないで下さい! ってなんですかこのノート、すごいたくさんセリフが、それにそのセリフを使うためのシチュエーションまで書いてある! なんてわかりやすいんだ!」
目をキラキラさせながらノートを読み始めるとーてむすっぽーんさん。
そのノートには、私が前の世界で聞いたことあるイケメンたちのセリフが大量に記されている。
『とーてむすっぽーんさんならどうせ恥ずかしがって言えないだろうし、恥ずかしがりながらこのセリフを言って噛んでたりしたらマジでおもしろそうだ』
などと思ったから渡した訳ではない。
彼には自信を持ってもらいたいのだ、つまりこのノートはおまけだ。
私が本当にして欲しいのは、彼自身の強さを彼に自覚してもらうこと。
だから私はここに宣言する!
「これから、『とってぃーずブートキャンプ』を開きます!」
ぽかんと口を開けながら私の顔をじっと見つめるとーてむすっぽーんさん。
「何、簡単ですよ! これから三日に一回、訓練場を借りて第五世代の後輩たちをしごいてもらいます! パイナポさんに以前されたように、闘技場のルールに基づいて後輩たちと戦ってあげるのです!」
「なるほど! それで僕が負ければ僕が本当は強くないと言う噂が広まり、この恥ずかしい呼び名もなくなる訳ですね!」
私が渡したノートに折り目をつけながら立ち上がるとーてむすっぽーんさん。
「ってちゃうわーい! 負けちゃダメですよ勝たなきゃダメです! 後輩たちに勝って、勝って、勝ちまくって、倒した後輩たちにアドバイスをしてあげて下さい! アドバイスはなんでもいいんですよ! そのノートに書いてあることそのまま言ってもいいですし、思ったことを素直に言えばいいんです!」
とーてむすっぽーんさんは再度ノートを開きながら眉根を寄せた。
「でも、後輩たちはみんな優秀ですよ? どるべりんみたいなクソ強い人がいたらどうするんですか?」
「何寝言言ってんですか! あなたどるべるうぉんさんに一回も負けたことないでしょうが! それにこれはあなたがゾーンに入るためのコツを覚えるためには最も効率の良いやり方です! この前言ってたじゃないですか? 『ゾーンに入るにはどうすればいいんですか?』って! 何回も戦いを経験して、感覚を覚えながら自然とゾーンに入れるようになればいいんです!」
机をバシバシ叩きながらとーてむすっぽーんさんを鼓舞する私。
「本当に大丈夫でしょうか?」
「安心して下さい、あなたが負けてしまったらこの計画は即座にやめて別の作戦に切り替えます! と言うわけで張り切っていきますよ! ほら、準備して下さい!」
その後、とーてむすっぽーんさん主催の【とってぃーずブートキャンプ】は大好評となり、最初の二回は私も見守っていたが、とーてむすっぽーんさんは予想以上に強すぎたので問題ないと思って放置してしまっていた。
十四日経った今、強すぎた彼はすっかり天狗になってしまい、私が渡したノートのセリフまで完璧に使いこなしている。
今もまた一人、銅ランクの第五世代が勢いよく場外に吹き飛ばされてしまった。
吹き飛ばされた冒険者を指差したとーてむすっぽーんさんはニヤリと笑う。
「まだまだだったね!」
すかさず巻き起こる黄色い声援。
額に血管を浮き上がらせながら殺し屋のような目をしているよりどりどり〜みんさん。
「さて、今日の挑戦者は後何人かな?」
木製の大剣を担ぎながらとーてむすっぽーんさんは挑戦者達の待合席に視線を送った。
『とってぃーずブートキャンプ』は大好評につき、第五世代以外の冒険者たちも参加するようになっている。
中には鋼ランクもちらほらいる始末。
「えーっと、二〜四〜六〜………八人か。 面倒だ、同時にかかってきて構わないよ? 雑種君たち?」
指をくいくいと曲げて挑発的な笑みを浮かべるとーてむすっぽーんさん。
待合にいた八人の冒険者たちは怒りを露わにしながら全員で協力してとーてむすっぽーんさんに襲いかかった。
☆
——————二分後
「え? 何? なんなんですか?」
思わず驚愕の声をあげてしまう私。
挑発された冒険者たちは、八人で取り囲んでとーてむすっぽーんさんを攻撃したにもかかわらず、攻撃は一度もかすらない。
それどころかとーてむすっぽーんさんは剣を担いだまま素手で圧倒してしまったのだ。
攻撃が外れ、交錯する冒険者の足を引っ掛けたり。
スレスレでかわしながら背中を押して他の冒険者にぶつけたり。
ましてや背後からの攻撃を避けながら腕を掴んで投げ飛ばす。
圧倒的すぎる展開に思わず目を疑う。
「どうしたどうしたぁ! ほらぁ! 今ここで限界を越えなきゃ、僕には勝てないよ?」
「クソガァぁぁ!」「うわぁァァぁぁ!」「ぶっ飛ばしてやる〜!」
残っていた五人が同時に斬りかかる。
とーてむすっぽーんさんに挑んだ冒険者たちは決して弱い訳ではない、にもかかわらず全く相手になっていない。
連携も攻撃のタイミングも悪くない、動きだって普通より動けている方だ。
とーてむすっぽーんさんが単純に強すぎる!
にもかかわらず、瞬く間に全員場外に投げ出されてしまった。
とーてむすっぽーんさんは、額に手を当て、やれやれと肩を窄めながら儚げな表情でつぶやいた。
「僕に勝てるのは、僕だけなのかな?」
待ってましたとばかりに巻き起こる黄色い声援。
そして、たまらずイラッとくる私。
そんな私の隣でよりどりどり〜みんさんがため息混じりに呟いた。
「別に、とーてむ君はクエスト中はあんな風になったりしないんです。 昨日も今日もいつも通りの彼のまま、変なセリフなんて一切言わずにクエストに行ってました。 けどこのくだらない訓練が始まるといつも人が変わっちゃう。 そんでもって恐ろしく強くなる。 多分何度も戦って行く内に必勝パターンってのができてしまったんでしょう。 この訓練場では絶対負けないという圧倒的な自信が、彼を最強にしてしまったんです。 樽飯庵さんとの戦いで見せた、武神降臨の時より格段に強くなってます。 もはや魔法を使わず彼にダメージを与えるのは不可能なほどに………」
イラついた表情はしているのだが、冷静な分析をしてくれるよりどりどり〜みんさん。
「何回も勝ってるうちに自信がつきすぎちゃったんですね、失策でした。 強くなってくれたのは嬉しいですが、流石にあれはうざすぎですよ」
私の一言に、ジト目を向けてくるよりどりどり〜みんさん。
「あのうざいセリフは、誰の入れ知恵なんですかね〜?」
………やばい、この返答次第では氷の魔女先生の逆鱗に触れてしまう。
ぎこちない動きでそっぽを向きながら、私は恐る恐る口を開いた。
「あの、大変まことにぴよぴよぷりんつです。 私が責任を持ってどうにかします」
「あの、今一瞬失礼なこと考えてませんでした?」
私は勢いよく首を振ってプルプル震え出す、この子目力が怖い!
「まぁ、いいですけどね。 私はただ、昔の素直で優しいとーてむ君に戻ってくれればなんの問題もないんです。 できることなら協力するので、ほんとにお願いしますよ?」
こうして、私はよりどりどり〜みんさんと協力して、武神と化してしまったとーてむすっぽーんさん討伐作戦を始めたのだ。
☆
翌日、カフェエリアに対策チームが集結した。
とーてむすっぽーんさんの幼馴染であるよりどりどり〜みんさん筆頭に、彼のパーティーメンバーであるどるべるうぉんさん、ぷらんくるとんさん。
今回この会議を開くため、ぺんぺんさんたちに協力してもらった。
とーてむすっぽーんさんは、ぺんぺんさんのパーティーに混ざって火山エリアに向かっている。
おそらく夕方まで帰ってこないだろう。
「さて、まずとーてむすっぽーんさんに強くなってもらうために『とってぃーずブートキャンプ』を開催しました。 これは第五世代の教育も踏まえています。 結果としては第五世代の怪我人は恐ろしいほどに減り、成績もぐんぐん伸びています。 この点は協会本部からお褒めの言葉もいただきました。 ただ一つ、深刻な問題があるのです………」
「豹変してしまったとってぃさんの性格ですよね?」
こめかみをポリポリと掻きながら、ため息混じりに発言するどるべるうぉんさん。
「私は、負けてあんなに悔しい思いしたの初めてですよ? 本当は私が調子に乗ってるとってぃさんを元に戻したかったんですが、お恥ずかしい話………勝ち筋が全く見えません」
実はどるべるうぉんさん、数日前に調子に乗ったとーてむすっぽーんさんを止めるため、本気で戦ったらしいのだが惨敗したらしい。
これがきっかけで、よりどりどり〜みんさんは私に相談を持ちかけたのだ。
「どるべるうぉんは必死に戦ってくれていたのです! あたしもあんな調子に乗ったとってぃ先輩は見ててむしゃくしゃするのです!」
顰めっ面をするぷらんくるとんさんの言葉に、静かに頷くよりどりどり〜みんさん。
「けれど悪い点ばかりじゃないの。 確かに今のとーてむ君は恐ろしいほどに強くなった。 これは冒険者としては喜ばしいことだと思うの。 でも、多分誰かに負けちゃったらきっと今の状態は無くなっちゃうと思う………」
「あの強さの源は、自分が強いと思い込むことによる錯覚的なものですからね」
よりどりどり〜みんさんの言葉に、私がすかさず言葉をつけたした。
二人でゆっくり視線を交わらせる。
「セリナさんは、あれから何かいい方法思いついたんですか?」
「思いついたことは思いつきました、けれどこれはかなり苦肉の策。 失敗すればとーてむすっぽーんさんはさらに調子に乗ってしまうでしょう。 しかし、うまく行ってさえくれれば、自分の力に自信を持ったまま、調子に乗った彼の鼻っ柱を折ってやることもできると思うのです!」
私の発言に、三人はごくりと息を飲んだ。
「その、作戦を具体的に伺ってもいいですか?」
恐る恐るどるべるうぉんさんが訪ねてくる。
「その前に一つ確認を取ってもいいですか?」
もったえぶる私の言葉に、焦ったそうに体をゆさゆさし始めるぷらんくるとんさん。 しかしどるべるうぉんさんはそんな彼女のことは全く気にせず私に真剣な目を向けた。
「なんの確認なのですか?」
「とーてむすっぽーんさんの強さは、おそらくあの異常に鋭い観察眼ですよね? 相手の筋肉や重心、体の向きから次の動きを予想する、異常なまでに発達した観察眼。 あの訓練は、闘技大会と同じルールで行われてるってことで間違いないなら、相手に直接攻撃しない魔法………つまり身体強化とか、視覚を惑わす系の魔法は使えますよね?」
私の言葉を聞き、すぐに意図を察したどるべるうぉんさんがポンと手を打つ。
「そうか! その手がありましたね! 彼にお願いすればきっととってぃさんを止めてくれる! そして彼も自分の観察眼の凄さに気づくと同時に、観察眼が使えない時の戦い方を考えるようになってくれる! 一石二鳥じゃないですか!」
勢いよく立ち上がるどるべるうぉんさんと私。
「そうですどるべるうぉんさん! もはやランクも世代も関係ない、とーてむすっぽーんさんに私たちが選抜した刺客を送るのです!」
よりどりどり〜みんさんも、私たちの会話で意図を察したようだ。
暗かった表情が一気にパッと明るくなる。
「行ける! それならきっと行けます!」
「すぐにあの人を探してきます! セリナさんたちはこちらで待っていて下さい!」
駆け出していくどるべるうぉんさんの背中を見送る私とよりどりどり〜みんさん。 しかし一人だけ意図を察していないぷらんくるとんさんは、頬を膨らませながら机をバンと叩いた。
「みなさんだけで勝手に話を進めないで欲しいのです! 私も混ぜて欲しかったのです!」
打開策が見えてきたことで緊張がほぐれた私とよりどりどり〜みんさんは、苦笑いしながら今回の作戦の詳細を丁寧に教えてあげた。




