〜エピローグ・義理人情〜
〜エピローグ・義理人情〜
火山エリアから戻った私たちは、冒険者協会の食堂で宴会をしていた。
クルルちゃんは今回のクエストの責任者になってもらったため、達成手続きは彼女にお願いしたのだ。
なんせ戦意を失いかけた冒険者たちを奮い立たせたのはクルルちゃんだ。 私がやったのはせいぜい岩石魔神の観察だけ。
クルルちゃんは『セリナがあきらめないで必死に作戦考えてたから、冒険者たちがめげなかったのよ?』などと言っていたが、この戦いにクルルちゃんがいなければこんな結果にはならなかったと断言できる。
私一人の力では、小賢しい策を考えて失敗に終わっていただろう。
それに活躍したのもほぼクルルちゃんの担当冒険者たちだ。
全員に最適な武器を提供したふらすこさん。
最後の最後まで諦めず、私を励ましてくれたパイシュさん。
降り注ぐ岩石や岩の槍を薙ぎ払い続けたみるくっくんさん。
話を聞いたところによると、戦意を失いかけてた冒険者たちを鼓舞したのは香芳美若さんだとも聞いた。
クルルちゃんの担当する冒険者たちは、義理堅くて根性がある。
受けた恩を絶対に忘れない姿勢で戦っている。 本当にカッコよすぎだった。
そんな事を考えながら宴会の席に座っていると、既に出来上がっているパイシュさんが私の肩に寄りかかってきた。
「セリナさぁ〜ん! わたひと結婚して〜♡」
「何バカなこと言ってんですか、性別変えて出直して下さい」
パイシュさん、めちゃめちゃ酒臭い。
この人は酔っ払うと………ってかいつも泥酔しているか。
泥酔のさらに上の状態ってなんと言うのか?
——————酩酊?
「え〜〜〜? |ってころは〜あっちがおとおになっあら結婚してうえんの〜《ってことはあたしが男になったら結婚してくれるの?》?」
「いや、しないですよ? て言うか重いので離れて下さいよ! つーか酒臭いし!」
思い切り体重をかけてくるパイシュさんを押し返すと、そのまま反対側にいた香芳美若さんの肩ににずてーんと体重をかけた。
「おやおやパイシュさん! もうベロベロではないですか! お水を飲んだ方がいいですよ?」
真摯な香芳美若さんは、ぐったりとするパイシュさんに水を差し出す。
差し出された水を飲むと、そのままコロリと寝てしまったようだ。
ため息をつきながら毛布をかけてあげる香芳美若さん。 面倒見がいいなこの人。
「遅くなったわね〜! 岩石魔神の討伐ランク決まったみたいよ〜!」
そのタイミングで手続きが終わったクルルちゃんがやってくる。
全員討伐ランクはかなり気になっていたようで、酔っ払って腕相撲を始めたパイナポと夢時雨さんも、揃って視線をクルルちゃんに集めた。
「え〜、発表します! 岩石魔神の討伐ランクは〜!」
「どぅるるるるるるるるるるるるるるるる」
私は思わず唇を震わせる。
すると全員首を傾げながら私に視線を集めた。
「セリナサァン? もしかしテ、酔っ払ってるんデェスカ?」
「キャステリーゼ二世が不思議そうな顔をしているぞ?」
どうやらこの世界はこう言うノリがないらしい。
「ほら、この効果音あった方が盛り上がるでしょ?」
やれやれと肩をすくめながら、不思議そうな視線を向けるみんなにこの効果音の素晴らしさを伝えようとした。 しかしパイナポは鼻で笑う。
「なぁセリ嬢! 今の顔、面白かったからもっかいやってくれ!」
なんか腹立ったので目の前にあった魚の骨を投げてやった。
だがしかし、なぜか反射的に私が投げた魚の骨を掴もうとする夢時雨さん。 そっか、猫科の獣人だもんね。
「ちょっと〜、静かにしなさ〜い! じゃないと討伐ランク教えないわよ〜」
騒ぎ出す私たちにジト目を向けるクルルちゃん。
私はペコリと頭を下げ、岩石魔神の討伐ランク発表を待つことにした。
「岩石魔神の討伐ランクは金ランク(仮)になりました〜! 理由は単純!『討伐に向かった冒険者たちの報告では参考にできない、再度現れた際は慎重に当たるように!』 との事で〜す! つまりこう言う事! 私たちが強すぎてぇ〜、岩石魔神の討伐ランク下がっちまったってよぉぉぉ!」
クルルちゃんの発表を聞いて、冒険者たちは腹を抱えて笑い出した。
「そりゃそうだ! 勇者級の冒険者が七人もいりゃあ、討伐ランクなんて参考になんねぇよ! 下がっちまうに決まってらぁ!」
パイナポが爆笑しながら机をバンバン叩いている。
私は岩石魔神討伐後に冒険者たちに詰め寄られた、誰が核を壊したか教えろと。
困った私は『見えなかった』と言ったことで、今回は七人全員が勇者ってことでいいじゃんとクルルちゃんがいい出した。
何せ詰め寄られた時クルルちゃんは口パクで私にこう伝えていたらしい。
『核に触れたのは、七人ほぼ同時よ?』っと。 ま、砕いたのは一人だけだったが……
そんなことはともかく、全員仲良く勇者という事になったからこそここにいる冒険者たちはみんなかなり仲が良くなったのだ。
しかしみるくっくんさんだけは端の方にちょこんと座り、浮かない顔で冒険者たちをチラチラ見ている。
どうかしたのだろうか?
私はさりげなくみるくっくんさんの隣に移動する。
「なんだか浮かない顔してますが、どうかしたんですか? みるくっくんさん?」
私が声をかけると、珍しく儚げな顔で俯いたままポツポツと喋り始めた。
「我は、香芳美若に言ってはならぬことを言った。 合わせる顔がない。 今まで他人に言った言葉でこんなにも悩んだのは初めてだ、どうすればいいかわからん。 何せ、魔法を覚えるまでずっと家の中にいたからな」
みるくっくんさんはいつもの傲慢な態度は嘘のようにしょんぼりしている。
パイナポに聞いたが、みるくっくんさんは香芳美若さんに酷いことを言って、みんなにブチギレられたようだ。
そのせいで一人寂しく端っこに座っていたのだろう。
遠くから私たちの様子を見ていたパイナポが、顔を顰めながらポリポリと頭を掻いた。
「おいみるくっくん! お前のレーザーすごかったぜ! お前いなかったら今頃みんな大怪我だったろうな! その〜、えっと〜………ありがとよ」
顔を真っ赤にしてそっぽを向きながらそんなことを言い出すパイナポ。 不器用だが彼なりに気を遣っているらしい。
「確かにそうですな! ぺんぺんさんとみるくっくんさんが降り注ぐ岩の槍や岩石から私たちを守ってくれた! あれがなければ押しつぶされていても不思議ではなかったですぞ!」
香芳美若さんが笑顔で言いながら、私たちの方に前に歩み寄ってくる。 彼に寄りかかっていたパイシュさんはずでーんと転がっていたが、もはや誰も気にしていない。
笑顔で歩み寄ってくる香芳美若さんを見て、急にオロオロし始めるみるくっくんさん。
「助けてくてれありがとう! みるくっくんさん!」
深く頭を下げて感謝の意を示した香芳美若さんを見て、みるくっくんさんはとうとう頭を抱えてしまった。
「なぜ我などに頭を下げる? 我はうぬにとんでもない暴言を吐いた、なのになぜうぬは我に感謝をする? なぜ我に暴言を吐かない? なぜ我を責めない?」
あたふたするみるくっくんさんに、香芳美若さんはにっこり笑いながら答えた。
「私は暴言など吐かれていません。 あなたはただ、しりとりをしていたのでしょう?」
その一言で、なぜか知らないがふらすこさんがわんわん泣き出した。
「香芳美若サァン! あなたってカタワ! あなたってカタワァ!」
鼻水をズビズビと垂らしながら泣き出すふらすこさんを見て、全員が笑い出した。
パイナポはそんな冒険者たちを見てすかさず立ち上がる。
「悪かったなみるくっくん! ありゃただのしりとりだったか! あん時は俺も頭に血が上っててな! 八つ当たりしちまってすまねぇ! この通りだ!」
パイナポが両手を合わせながら深く頭を下げた。 その姿を見て、みるくっくんさんは目頭に涙を溜めながらキョトンとした顔で立ち尽くしている。
だから私はこっそり耳打ちしてあげた。
「あなたが今までどんな酷いことを言われてきたかは知りませんが、ここにはあなたを侮辱する人なんて一人もいない。 あなたが彼らに少しでも恩を返したいと言うのなら、言葉ではなく結果で示してあげればいいんですよ?」
私はそれだけ言ってその場から離れた。
夜風にあたりながら協会の外で空をぼーっと見上げていると、クルルちゃんがニヤニヤしながらやってくる。
「セリナ、あのあとみるくっくんさんもみんなと仲良く話してたわよ! そしたらお酒飲み過ぎたみたいで、酔っぱらってとうとう泣き出しちゃったの! 『我は、我はお前らとクエストに行けて本当によかったぁぁぁ!』とか言いながらね? お酒って人の本性を無理やり出すって言うけど、みるくっくんさんがあんなにも繊細だったのは驚いたわ?」
私はさりげなく隣にきたクルルちゃんをちらりと見たあと、気になったことを聞いてみた。
「クルルちゃん、なんで今回は私を連れて行こうとしたんですか? てっきり、岩石魔神を怖がってるのかと思いましたよ?」
「はあ? 私がモンスター相手にビビるわけないでしょ? あんたはナンバーワンになりそうな逸材だから、何かしら理由つけて近くで見てみたかったのよ。 用は私のお勉強のためね。 まぁ私、勉強しても受付嬢の才能ないけど?」
クルルちゃんからネガティブな発言を聞くのは珍しい。
いつも『失敗したら結果で挽回だ!』とか『カッコ悪いとこ見せないように頑張るんだ!』とか、私の前ではポジティブなことしか言わない。
だからついつい驚いて顔を凝視してしまう。
「何よ? だって私、モンスターはボッコボコにしちゃうし、作戦考えるのとか得意じゃないもの。 蹂躙戦も上級モンスター討伐の時も毎回突撃一択よ? ぶっちゃけ受付嬢になってから一回もナンバーワンになったことないし?」
鼻を鳴らしながら当然のようにそんなことを言い出す。
「キャリームちゃんやメルちゃんに速攻で追い抜かれた時は、ぶっちゃけかなり凹んだけどね〜。 それでも引退した私が冒険者たちと一緒に戦えるのって、受付嬢しかないじゃない? だから私は才能がなくても続けたいのよ」
儚げな顔で冒険者協会の中を覗きこむクルルちゃん。
この人、さっきから受付嬢の才能がないと何度も言っている。
彼女なりに勉強したり,努力したのだろう。
それでも後からデビューした受付嬢にことごとく成績を抜かれてしまった。
でも………この人は王都の受付嬢達の中には誰もいない、物凄い才能がある。
「でも、最強の冒険者は教育できるんですよね?」
私の問いかけを聞いてジト目を向けてくるクルルちゃん。
「………誰に聞いたの?」
「パイシュさんです」
私たちはしばらく無言で立ち尽くしていたが、急にクルルちゃんが頬を真っ赤に染めながら協会の中に駆け込んでいった。
「こらぁ起きろ飲んだくれ! お前セリナに全部話しやがったなぁ!」
「ちょ〜いらいいらい! やめれクルルひゃん! 頭が割れるぅ〜!」
協会の中から響いてくる声を聞きながら、私は思わず吹き出してしまった。
クルルちゃんは自分を才能がないと言ってはいるが、あの人も以外とネガティブだった。
いや、ネガティブだからこそ、そんな自分を変えようと色々な事を考えたのだろう。
自分を鼓舞するために、ありとあらゆるプラスな考えが浮かぶのだろう。
そんな彼女だからこそ、モンスターとの戦闘前にかけられる号令に迫力や説得力があるのだろう。
今回のクエストでは、クルルちゃんにいろんなことを教えてもらった。
私はいつもモンスターを倒すため、綿密に能力の分析をしたりする理論派だ。
でも中には理論が通用しないモンスターだっている、そう言う時に大事になってくるのは絶対に勝つという気迫と根性。
私の担当冒険者たちはみんな強い。
それならその強い冒険者たちを信じて、最大限強さを活かせる方法を考える必要がある。
クルルちゃんのように闘魂を刺激する号令、以前キャリーム先輩も月光熊戦の前にものすごい気迫で冒険者たちを鼓舞していた。
私に足りないのはそう言ったカリスマ性。
あの二人には劣るかもしてないが、それでも冒険者たちの気持ちを沸かせるために何か考えるのも必要だ。
他の受付嬢と仕事をすると、自分に足りないものがわかる。
今度本部にこう言う提案をしてみるのもアリかもしれない。
『他の受付嬢がどういう指揮を取るのか勉強する機会が欲しいので、他の受付嬢と二人で指揮する機会をもっと増やして下さい』と。
そんなことを考えながら私は宴会の席に戻って行った。
次は誰と一緒にクエストに行けるのだろうか?




