〜岩石魔神討伐戦・七人の勇者たち〜
〜岩石魔神討伐戦・七人の勇者たち〜
セリナとパイシュは岩石魔神の弱点を見つけるために拠点を出ていった。 しかし残った冒険者たちは俯いたまま動こうとしない。
クルルは俯いた冒険者たちを見たまま何も言おうとしなかった。
「俺たちだけでは手数が足りない、キャステリーゼ二世もそう思うだろう?」
ぺんぺんは腰につけたぬいぐるみを優しく手に持った。
「ワタァシたちには、強力な火力を出せる冒険者がいまセェン。 ソモソモ、あの巨体ジャ動かすことも不可能なのデ、手の打ちようもありまセェン!」
「………同感だ、凡愚の割に頭わ回るのだな」
ふらすことみるくっくんは早々に拠点内に戻って行ってしまう。 しかしそんな二人を悔しそうな目で追う香芳美若。
「私は、銅ランクの上に未だなんの役にも立てていない。 第二世代で未だに銅ランクなのは私だけだ。 正真正銘落ちこぼれ代表かもしれない。 ですが! セリナ殿は諦めていない! パイシュ殿もそうだ! 落ちこぼれの私がこんなことを言っても、馬鹿だと思われるかもしれないですが、あの方々が諦めていないのなら、私も諦めたくない! 一緒に手を考えましょう! ふらすこ殿、みるくっくん殿!」
香芳美若は力のこもった声で帰ろうとする二人を止めた。 しかしそんな彼に呆れたような瞳を向けるみるくっくん。
「脳なし!」
みるくっくんの一言は、しりとりと共に香芳美若を侮辱する一言になった。
悔しそうに下唇を噛みながら伸ばしかけた手を下ろそうとする香芳美若。 しかしみるくっくんの一言を聞いたパイナポは、ものすごい剣幕でみるくっくんの胸ぐらを掴み上げる。
「てんめぇ! ふっざけんじゃねぇ! 撤回しやがれ! あいつは脳なしでも落ちこぼれでもねえ! 今さっきまで俺様も諦めかけてたけど、あいつの一言で目が覚めた! 諦めかけてた自分が恥ずかしくなっちまった! それなのにテメェはなんも思わねぇのかよ! みるくっくん!」
血走った目で掴み上げたみるくっくんに怒鳴りかけるパイナポ。
みるくっくんはそんなパイナポをものすごい目つきで睨み返した。
「我の絶望を知らぬ凡愚が! 知ったような口を聞くな! 我とて諦めたくはない! だが我はあいつよりも落ちこぼれの劣等生だ! この肌のせいで、冒険者になるのは他のものより何年も遅れた! 魔法がなければ日の下すら歩けぬ我はなんの役にも立たぬ劣等生だ! あの絶望の塊は、我のような劣等生が何を足掻こうとどうにもならんのだ! なぜそれが分からん!」
ただならぬ雰囲気の二人を香芳美若が慌てて止めようとしたが、クルルが肩をがっしりと掴んで止めてしまう。
驚いた顔で振り向いた香芳美若に、クルルは『黙ってみてろ』と目で訴えかける。
「はぁ? てめぇ何腑抜けたこと言ってやがる! 俺様だって落ちこぼれだから冒険者やってる! 貴族の家で育ったのはずの俺様は、才能がないから家督の手伝いすらさせられねぇって家を追い出された! 親父は遠回しに言ってたがな、『長男と次男に家は任せて、お前は自由に生きろ』っとか聞こえのいいこと言ってな。 テメェだけ被害者ずらすんじゃねえよ」
みるくっくんの胸ぐらを乱暴に離したパイナポは、不機嫌そうな顔でそそくさと自分の武器を取りに向かう。
そんなパイナポを横目に見ながら、夢時雨はゆっくりと顔を上げた。
「僕も、肉食の獣人のくせに弱すぎて故郷で生きていけなくなったので、人間の世界に逃げてきました。 あなたと同じです。 僕だってただ現実から目を背けて逃げた臆病者だ。 それでも香芳美若さんの言う通り、僕もまだ諦めたくない」
ぐっと拳を握り、夢時雨もパイナポを追って武器を取りに向かう。
「そう言う事なら俺もだな、キャステリーゼちゃんもそうだった。 親に捨てられた不良品だ、勇気をくれてありがとう香芳美若! 一緒に戦おう!」
香芳美若に握りこぶしを向けるぺんぺん。
嬉しそうな顔で向けられた拳に自分の拳をぶつける香芳美若。
「チョット! 置いてけぼりにしないで下サァイ! 私なんか、故郷で指名手配されてマァス! 弟子に騙されて研究成果を持ち逃げされた学者デェス! 国の人達に殺されかけたところをホームラ………クルルさんに助けられマシタ! 人間は信用するのは未だに怖いデェス。 デスガ! あなたの言葉に何も感じないほど人間不信ではありまセェン!」
拠点に戻ろうとしていたふらすこも踵を返し、香芳美若の元に駆け寄る。
そんな彼らを見てため息をつくみるくっくん。
「………悪かったな、香芳美若とやら。 撤回する、許せぬと言うのなら我のことを好きにいたぶるが良い」
「そんなことはしません! 皆さんありがとうございます! 我々はまだ戦えます!」
グッと拳を握り、嬉しそうに全員の顔を見渡す香芳美若。
「リック、ベイル! お前たちは危険だから下がっていていいぞ!」
「香芳美若さん! 僕たちだって戦いますよ!」
グッと拳を握り、力強く声を出すリック。
「さすが私の仲間だ! お前たちは中衛のお二人を援護してくれ! ベイルはふらすこさんのバックを持ってあげろ! そうすればふらすこさんは戦いに集中できるはずだ! リックはぺんぺんさんの支援だ!」
香芳美若の指示を聞き、二人も戦う決意を見せる。
そんな彼らの顔を見たクルルがため息をつきながら、団子にまとめていた髪を解いた。
「なんだよ、アタイが気合い入れ直してやるまでもなかったみてぇだな? お前ら根性あるじゃねぇか。 香芳美若、お前は特にな」
風になびく長い髪をかきあげながら、クルルは香芳美若の肩をこずいた。
クルルが髪を解いた瞬間、憧れの人を見ているような瞳を向ける香芳美若とふらすこ。
「けどなぁ、テメェら全員何おちこぼれアピールしてんだ? んなもんなんの自慢にもなりゃしねぇ!」
どっしりと腕を組み、物凄い闘気を溢れさせるクルルに、全員驚いて足をすくませる。
「貴族の才能がなかっただとぉ? 当然だろうが! テメェには冒険者の才能があんだからなぁ!」
クルルに睨みつけられたパイナポは、驚き目を見張った。
「故郷から逃げただとぉ? ちげぇな、テメェは自分が必要とされる場所を自分の足で探してたんだ。 ここがそうだろ?」
クルルの鋭い視線を向けられた夢時雨はゆっくりとうなづく。
「親に捨てられたとかほざいたなぁ。 おめぇ、元の生活に戻りてぇか? こいつらと会えない人生想像して楽しそうか?」
ぺんぺんは腰につけたぬいぐるみをちらりと見つめ、ゆっくりと全員の顔を見る。
「ランクなんて関係ねぇだろ? 銅ランクだろうがなんだろうが、テメェの一言はこいつらに戦意を取り戻させた。 周りに追い抜かれても諦めなかったオメェの一言だったからこそな」
香芳美若は何度も頷き、涙を堪えながら鼻を啜る。
「おい、自分が強くなれたのはなんのおかげか考えてみろよ、その肌があったからじゃねえのか? 自分の弱点を自分の強さに変えたから、テメェは速攻で強くなったんだろ?」
自分の肌を見つめ、少しだけ口角を上げて鼻を鳴らすみるくっくん。
「弟子に騙されたのは、テメェの知識が喉から手が出るほど欲しかったからだろ? 他人に羨ましがられる知識がテメェにあっからだろ!」
キャリーケースをチラリと見て、目つきを変えるふらすこ。
クルルが一人一人にかけた言葉で、ここにいる全員………もはや自分を落ちこぼれとは思わなくなっていた。
そしてそれと同時に全員からものすごい勢いで闘気が溢れ出す。
「前を見ろ! あそこに突っ立ってんのはただの岩の塊だ! テメェらは岩も砕けねぇ雑魚なのか!」
「「「「「「違う!」」」」」」
全員が瞳をギラギラと輝かせ、声を揃えて雄叫びを上げる。
「あの岩の塊は、おとぎ話にすら出てくるバケモンだ! けど、その場を動かねえし動きもとろい! あんなん、テメェらならサンドバックとかわんねぇだろ!」
「「「「「「応!」」」」」」
全員が自分の武器を握りしめ、岩石魔神を鋭い瞳で睨む。
「猛れ! 勇敢な冒険者なら!
滾らせろ! 強者の魂を!
奮い立て! 勇者共!
あのハリボテぶっ壊して、テメェらが真の勇者になるために!
——————この冒険譚の、主人公になるために!」
「「「「「「オォォォォォォォォォォォォ!」」」」」」
拠点を震わせるほどの雄叫びが、空に響き渡る。
「覚悟決めろよテメェら!
——————血祭りだァァァァァァァァァァ!」
クルルは渾身の怒号を冒険者たちに響き渡らせた。
☆
現在セリナは岩石魔神から直径八百メーター離れた岩陰に潜み、水晶板で岩石魔神の全身を隈なく観察している。 すると突然、背後から物凄い雄叫びが響いてくる
セリナは驚いてビクリと肩を揺らし、拠点の方に視線を送った。
「な、なんですか今の声?」
その叫びを聞いたパイシュは、ニヤリと口角を上げる。
「あぁ、闘魂注入だねぇ。 それも、あの感じだとマジでやばい」
セリナは首を傾げながらパイシュに視線を送る。
「クルルちゃんたち、すぐ戻ってくるよ? セリナさん、なんかいい策思いついた?」
試行錯誤を繰り返すセリナは、ただ一つだけ作戦が思い付いてはいた。 しかし現実的ではない、そう自分で決めつけて言いずらそうな顔で下を向く。
「はは〜ん? 思い付いたってことね? 言ってみなよ、あっち最初に言ったじゃん。 『あなたの本気を見せて』って」
パイシュの顔を見たセリナは覚悟を決め、ゆっくりと立ち上がり、大きく深呼吸をした。
「作戦名は、だるま落とし作戦です」
☆
岩石魔神の観察が一通り終わった頃、拠点からものすごい勢いでダッシュしてくる冒険者たち。
数分前とは比べ物にならないほどの闘気を全員がみなぎらせている。
一体この数分で何があったと言うのだろうか?
漲る闘気を纏わせた冒険者たちは、私の前で立ち止まる。
視線を集められた私は思わず足をすくませてしまった。
「セリナ殿、策は思いつきましたか?」
香芳美若さんが、静かに声をかけてくる。
私は気圧されながらも今の状況を説明した。
「すみません、作戦は何も思いつきませんでした。 けれどあのモンスターは胸の辺りに核があるはずです。 昨日夢時雨さんとパイシュさんが砕いた足は非常に簡単に壊れたと思ったんですけど、ふらすこさんが飛ばしたレーザーは胸の辺りをほんの少ししか溶かせませんでした。 核に近いほど岩は硬くなると言うことです」
私の説明を聞き、ふらすこさんはベイルさんが担いでいたキャリーケースを漁り始める。
「皆サァン、これを使って下サァイ!」
ふらすこさんは冒険者たちに魔物の素材を投げ渡していく。
夢時雨さんは受け取った黒い毛皮を見ながら、ふらすこさんに視線を向けた。
「これ、月光熊の毛皮ですか?」
「そうデェス! 数ヶ月前、腹に大穴が空いた月光熊の遺体が納品されマァシタ。 状態がひどいと言うことで安く購入したワタァシガ、無事だった腕まわりの毛皮を加工して作った籠手デェス。 ちなみに腕の骨が捩れたようにぐちゃぐちゃでしたガ、あれは少しグロテスクでビックリデェシタ! ………………これは、あなた方ガ討伐した月光熊デ間違いないでショウ?」
腹に大穴が空いた月光熊と聞き、鼻で笑ってしまう私。 しかし夢時雨さんは受け取った籠手を何も言わずに装備した。
他にもふらすこさんは、金剛獅子の骨でできたヌンチャクをパイシュさんに
鋼鉄兵器の核と角雷馬の角をみるくっくんさんに
おそらく鋼鉄兵器の装甲で作った大量の武器をぺんぺんさんに
氷帝鯱の宝石を埋め込んだ槍を香芳美若さんに
リックさんとベイルさんにはそれぞれ暗殺豹のブーツを
そして昨日パイナポに渡した両断蟷螂の刃で作った大剣を、一対差し出すふらすこさん。
差し出された一対の大剣を見たパイナポは、ニヤリと笑いながら受け取った。
「おい、いいのかよふらすこ。 こんなすげー武器借りちまって? それに俺様は二刀流なんてやったことないぜ?」
「何言ってるんデスカ? あなたのセンスなら二刀流の方ガ火力出るデショウ? それにその武器は差し上げるんデェス」
パイナポは受け取った大剣を、それぞれの腕でブンブン振り回しながら鼻を鳴らす。
「軽いから二本あっても余裕で振り回せんな、後で後悔すんなよふらすこ。 こんなすげー武器あったら——————お前の出る幕ねぇぞ?」
挑発的な言葉を聞いたふらすこさんは、ゆっくりと振り返りながら邪悪な笑みを見せる。
「ヌかせ三下。 貴様如きがこのワタァシを超えル? やれるもんならやってみろヨ」
「おんもしれぇ! 上等だネジ抜け! そのセリフ、そっくりそのまま返してやんよ!」
パイナポとふらすこさんの闘気と、ただならぬ雰囲気を浴びて、私は全身に鳥肌を立てた。 しかし遅れてやってきたクルルちゃんは、鼻を鳴らしながら二人の様子を見守る。
なぜかクルルちゃんは、お団子に括っていた髪を解いていた。 私は思わずクルルちゃんに見入ってしまう。
そんなクルルちゃんにパイシュさんが嬉しそうな顔で駆け寄っていった。
「やっと来てくれましたかクルルさぁ〜ん! あっ、それとも今は別の名前で呼んだほ〜がい〜? ホームランさん?」
「クルルのままで結構だ。 さて、セリナ。 こいつら見ててどうだ? 小賢しい策、必要か?」
パイシュさんは楽しそうに笑いながらふらすこさんから受け取ったヌンチャクを振り回す。
クルルちゃんが纏っている雰囲気が明らかに違うことに気づいた私は、ごくりと喉を鳴らした。
「策は思いつかなかったんで、だるま落とし作戦でいってもらおうと思ってます!」
こわばる私の声を聞き、眉を歪めながら私に視線を送るクルルちゃん。
「別にびびんなくていいんだぜ? こいつらのへたれた根性を叩き直すのに、ちっと昔のアタイに戻っただけだ」
クルルちゃんはまさにレディースの総長とでも言わんばかりの風格だった。
ただ立っているだけで圧倒的な存在感、隣に立つだけで心臓の鼓動が高鳴っていく。
隣に立てるだけで誉れだとすら思ってしまうほどの存在感。
クルルちゃんの気迫に驚いているうちに、準備が万全とばかりに冒険者たちは前に出る。
そして、横並びに並んで岩石魔神を睨みつける冒険者たちの後ろ姿を見た私は、ふと思ってしまった。
——————このメンバーなら、相手がなんだろうと絶対に負けない。
自信に溢れる冒険者たちの後ろ姿に、私は大声で呼びかけた。
「岩石魔神の核は胸の辺りにあります! 足をひたすらぶっ壊しまくって、降り注ぐ岩の雨もぶっ壊しまくって、根性で胸にある核をぶっ壊します! 小賢しい策も騙し討ちも必要ありません! 真っ向勝負で正面から叩き潰します! 再生が間に合わないほど怒涛の攻撃を浴びせてぶっ壊してきてください!」
「「「「「「「上等!」」」」」」」
七人の冒険者たちが、私の掛け声と共に弾かれるように飛び出した。
少し遅れてリックさんとベイルさんもサポートのため中衛の二人に着いて行く。
まるでバイクのように、全員が岩石魔神へ一直線に駆けていく。
「いい気合い入ってんじゃねえか、セリナ。 やっぱりあんたはアタイが見込んだ受付嬢だ」
クルルちゃんに肩を叩かれ、私は心の底から勇気が溢れてくる。
私の目を見たクルルちゃんはニヤリと笑いながら拡声器を口元に寄せた。
「セリナの顔に、泥ぬんじゃねぇぞテメェら! あいつの核をぶっ壊して
——————勇者になって見せろォォォォォォ!」
火山エリアを震わせるような気合の叫びと共に、冒険者達は岩石の雨に突撃していった。
だるま落とし作戦、ただひたすら再生が間に合わないほどの勢いで足を破壊しまくり、胸にあるであろう核をぶち抜く。
足を破壊すれば自然と胸も地面まで落ちてくる、再生など間に合わない勢いで………壊して壊して壊しまくる。
ただ力任せのゴリ押し作戦。
シンプルな能力を使う岩石魔神には、こちらもシンプルに挑むしかない。 だから今のこのメンバーに小賢しい作戦は必要ない。
降り注ぐ岩石の雨ですら彼らの勢いを止めるのは難しいだろう。
何せ彼らは、最強の冒険者を育て上げた受付嬢が連れて来た………
——————新たなおとぎ話を作ろうとする勇者たちなのだから。




