〜鋼ランククエスト・炎纏猪討伐〜
〜鋼ランククエスト・炎纏猪討伐〜
クルルちゃんが指揮する豚人蹂躙戦はとんでもなかった。
なんせ豚人たちは戦意を失って逃げ始めているのに、冒険者たちは無慈悲に追い回しているからだ。
香芳美若さんだけは律儀に自己紹介してから突進して行ったが、まぁそれはいつもの話だ。
中でも私は初めて戦いを見る三人を注目してみていたが………
「ふらすこさんって本当に銀ランクなんですか?」
銀ランク冒険者であるふらすこさん、通称『ネジ抜けふらすこ』さんはたいして強そうには見えなかった。
みんなは最初に注意された通り五十メーター以内に近づかないように好き勝手暴れているが、ふらすこさんは大きな鎌を適当に振り回しているだけにしか見えない。 しかも全く当たってないし。
首をかしげる私にぺんぺんさんはため息をつきながら解説してくれた。
「あいつは間違いなく銀ランクだぞ? 俺は直接戦ってるところ見たことないからなんとも言えないが。 噂通りならきっと今は新兵器の実験中だ」
「新兵器の………実験?」
意味がわからない、新兵器の実験と言っているが今振り回しているのは長柄の大鎌だ。
大きさは二・五メーターくらいでかなり大きいが、これと言って変わったことは何もない。
「ああ、そもそもあいつは前衛冒険者でもないし、接近戦はどちらかと言うと苦手らしいぞ? そんなやつがあんな大きな鎌を軽々と振るってる、おかしいと思わないか?」
私は再度大鎌を振り回しているふらすこさんに視線を戻した。
確かにおかしい、あんな大きな鎌をぺろぺろめろんさん並みに軽々と振り回している。 実は怪力とかそんな感じなのだろうか?
そんなことを思っていると、ふらすこさんが急に甲高い笑い声を上げた。
「オーーーゥ! ジーーーザァス! この鎌は大成功デェース! 物凄く軽いシィ、物凄い切れ味デェス! さすがは両断蟷螂の鎌デスネ! 柄の部分を百足武者の装甲で作ったのも大成功デェス!」
………なぜ片言?
そんなことよりもあの人はあの武器をまさか手作りしたのだろうか?
ふらすこさんは大鎌を満足そうに見つめた後、ポイとその辺に投げ捨て近くに置いていた巨大なキャリーケースを広げ始めた。
豚人たちは戦場のど真ん中でキャリーケースを広げたふらすこさんに、好機とばかりに襲い掛かるがクルルちゃんは慌てて拡声器を口元に寄せた。
「全員退避! ふらすこさんがあれやろうとしてんぞ!」
あれってなんだあれって!
私の疑問などそっちのけでクルルちゃんの担当冒険者たちは脱兎の如く逃げ始めた。
パイシュさん、また後頭部から流血してるけど………また自分のヌンチャクで殴っちゃったのかな?
逃げる冒険者たちを見ながらそんなことを思っていたのだが、二人首を傾げたままクルルちゃんに視線を送っている冒険者が目についた。
「お〜いクルル嬢! あれってなんだあれって!」
「おいパイナポ、ネジ抜け野郎がなんかしようとしてんぜ?」
そんなことを言いながら、キャリーケースを広げ始めたふらすこさんに視線を送る二人。
クルルちゃんは慌てて拡声器に怒鳴り声をぶつけた。
「何してんだとっとと逃げろ! 死ぬぞ!」
クルルちゃんは相当焦っていたのだろう、かなり言葉が荒くなっている。
次の瞬間、ふらすこさんはキャリーケースから取り出したガスマスクのようなものを装着した。
一瞬で場の空気が凍りつく、ただならぬ気配を感じたパイナポと夢時雨さんも慌てて全力疾走で戻り始める。
「ワッタァーシハァ、運動神経も悪いシィ、魔法も苦手デェース! なので芸術を極めマシタ! これぞワタァシの真骨頂デェース!」
ガスマスクのせいで声がかなりこもっていたが、キャリーケースを踏みながら両手を高々と広げるふらすこさん。
すると次の瞬間、キャリーケースから夥しい量の紫の煙が溢れ出す。 煙に触れた豚人たちは次々と泡を噴きながら倒れていく。
全力で逃げながら振り返るパイナポはその惨状を見て顔を青ざめさせた。
「なんじゃありゃ! あんなの五十メーター以上離れねえと死ぬだろ!」
「だから退避って指示したでしょうがこのポンコツ! 私のことなめてんだろ!」
クルルちゃんに怒鳴りつけられ、パイナポは「すんませんした〜!」と叫びながら毒の霧から逃げている。
だがふらすこさんの攻撃はまだ終わっていなかったようだ。
「お次はこちらデェス! 皆サァン! お耳塞いでクダサァーイ!」
全員素直に耳を手で覆う、すると毒の霧が粉塵爆発のように大爆発した。
黙々と爆炎を立てる戦場から、パイナポと夢時雨さんが爆発の衝撃で吹き飛んでくる。
幸い怪我はないらしいが、恐ろしい規模の爆発を間近で見て震え上がる。
「あらぁあらぁ、お二人さぁん? だいりょーう? |すうにいやひてあえっあんね〜《すぐに癒やしてあげっかんね》!」
吹き飛ばされた衝撃で頭や腰を抑える二人に、もはや酔っぱらいすぎて何を言ってるか分からないパイシュさんが手をかかげると、二人は急に心地良さそうな顔で表情を緩めた。
「あれは癒しの風っていうパイシュさんの回復魔法よ? 風属性と水属性を使うパイシュさんはあの風で仲間を回復しながら最前線で戦える優秀なアタッカーなの」
クルルちゃんはふらすこさんの爆発で蹂躙戦が終わったと思ったのだろう、パイシュさんの能力を解説しながら私の元に歩み寄ってきた。 しかしあんな大爆発の中心にいたふらすこさんは大丈夫なのだろうか?
私は恐る恐るクルルちゃんの顔を見ると、クルルちゃんは呆れたような表情で爆心地を顎で示す。
「ハーッハッハッハ! 中々にいい大爆発デェシタ! ヤハリ、猛毒怪鳥の毒はよく燃えててくれマァース! 可燃性の毒、最高デェース! ワタァシノォ、戦闘道具は他にもまだまだたくさんありますガ、相手が弱すぎたのデ今日はここまでデェース!」
黙々と広がる爆炎の中から、かなりゴツいロボットのようなものが見えた。
私は目を細めてその物体を凝視する。
「あれはふらすこさんお手製の最強防具よ? 超高級素材の金剛獅子の外皮を軸に、鋼鉄兵器とか鉱石亀といった超硬いモンスターの素材を合成して作ったらしいの。 あれはあんな爆炎如きじゃびくともしないわ? 両断蟷螂の刃で傷はついちゃったらしいけどね?」
つまりあの両断蟷螂の刃でも両断できず、傷が少し入るだけで止められるということだろう。
それだけでもとんでもない硬さだということがわかる。 つまりふらすこさんは………
「ご覧のとおり、ふらすこさんはモンスターの素材を最適かつ最効率で使いこなす素材マスターよ?」
ニヤリと口角を上げるクルルちゃん。
ふらすこさんは半端ない、確かにそうなのだが、この惨状を見て私は思った。
「クルルちゃん、豚人の素材は?」
私の問いかけに、沈黙で答えるクルルちゃん。
辺り一体を見回すと、豚人の群れはどこにもいなくなっていて、小さな肉片しか残っていなかった。
☆
火山エリアまでの道中詳しく聞いた話だと、クルルちゃんは元冒険者だったこともあり、戦術とかを考えるのが苦手らしい。
彼女に豚人蹂躙戦の戦術はあったんですか? と聞いたところ、満面の笑みでこう答えてくれた。
「気合と根性があれば戦術なんて必要ないわ! 正面突破一択よ!」
香芳美若さんがああなった理由が一瞬でわかったのだが、クルルちゃんの言っていることも一理あるのだ。
何せ私が戦術を考えるのは、冒険者たちが安心して戦うためなのだ。
こうすれば絶対勝てる、相手の対策は万全だ。 そう思って戦うのと、何も分かってない状態で戦うのでは天と地ほどの差が出てくる。
なんせ相手の出方を伺ってビクビクしないといけないため、余計な緊張や迷いを生んでしまうのだ。 私の戦術はその迷いや緊張をなくして万全の力を出せるようにするために考えている。
しかしクルルちゃんの場合は、戦術云々ではなく気合と根性を冒険者たちに出させることで迷いや緊張を緩和させているのだ。
最低限お互いの邪魔はしないよう最初に注意しているため、冒険者たちも持てる力を全力で出して戦える。
セリフだけ聞くとバカっぽく聞こえるかもしれないが、こういった気合と根性でゴリ押しと言う相手は意外と倒せないし対応が難しい。
「ねぇセリナ? 今あなた失礼なこと考えてたでしょ?」
ジト目を向けてくるクルルちゃん。
私は慌てて「そんなこと考えてないですよ〜」と答えながら窓の外に視線を逃したが、しばらくクルルちゃんの視線が怖かった。
それにしても、クルルちゃんが元冒険者でかなり強いという話は初めて聞いた。
この事は香芳美若さんが休憩の時に私に教えてくれたのだが、言われてみればクルルちゃんは自分のことは全然話さない。
そもそも昔のことを聞こうとすると、彼女は怖い目で睨んでくるのだ。
受付嬢九年目のベテランだという事はメル先輩からこっそり聞いていたが、一体冒険者だった時はどんな感じだったのだろうか?
今はクルルちゃんが隣にいて怖いから聞けないが、後で香芳美若さんにこっそり聞いてみよう。
そうこうしている間に日も暮れ始めて火山エリアが近づいてくる。
すると見張りをしていたはずのみるくっくんさんが、いきなり馬車の中に入ってきて私をじっと見てきた。
「どうしたんですか? みるくっくんさん?」
「………おい女、うぬはわざと我のニックネームの最後に『ん』をつけたな?」
いきなりそんなことを言われても否定はできないが、なぜこんなタイミングで言うのだろうか? てっきり馬車の外に何か敵が来たのかと勘違いしてしまったではないか。
「まぁよい、面倒な敵が出たが………我が始末するから見に来るが良い。 我の力を知りたがっていたであろう?」
結局モンスターが出てきたって報告だったんかい!
イスからずっこけそうになる私。
「みるくっくんさん? なんのモンスターが出たんです?」
向かい側で話を聞いていたクルルちゃんが心配そうに声をかけてきた、しかし………
「スクランブルエッグ!」
「す、すくらんぶるえっぐ? そんなモンスターいたかしら?」
真面目に考え出してしまうクルルちゃん。
さてはこの人、本当に頭悪いのだろうか?
「ちょっとセリナ! 何よその目は! あなた知ってるの? スクランブルエッグ! どんなモンスターなのよ!」
むすっとした顔で間抜けなことを聞いてくるクルルちゃん。
「スクランブルエッグは知ってますよ? 卵を熱々のフライパンで炒めた料理でもあり、『す』から始まる言葉でもあります」
ようやく『スクランブルエッグ!』という発言の意味がわかったクルルちゃんは、顔を真っ赤にしてもじもじし始める。 ちょっと可愛い。
しかしそんなクルルちゃんを見て、呆れたようなため息をつくみるくっくんさん。
いや、そもそもお前が悪いんだからな?
とは思ったが直接は言えず、肝心なことを聞き忘れていた私はみるくっくんさんに視線を向けた。
「………っていうかなんのモンスターが出たんですか? みるくっくんさん!」
「炎纏猪だ」
炎纏猪【フラムサングリエ】火山エリアに出没する中級モンスターで、大きさは三メーターくらい。
常に真紅の炎を纏っていて、鋭い牙を突き立てて突進攻撃を繰り返してくる。
猪のため突進しかしてこないが、意外と小回りも効くしかなり早い。 文字通り炎を纏っているせいで直接触れば火傷する。
火山エリアはかなり強いモンスターが多く、森林エリアのように入れる冒険者には制限がかかる。
銅ランク以下は、鋼ランク同伴でないと入れないのだ。
「炎纏猪ですか、他の冒険者にも協力してもらいましょうか? みるくっくんさん」
「ふっ、我があの程度の化物に手助けがいると思うのか? 甚だおかしいわ!」
自信満々なみるくっくんさん、しかし私はみるくっくんさんがちゃんと戦っている所を見たことがないのでなんとも言えない。
第五世代でも珍しい鋼ランクのみるくっくんさん。
なんせビックマウスなどバカにされている第五世代は、怪我が多くて未だに鉄ランクばかりなのだ。
豚人蹂躙戦もふらすこさんが好き勝手暴れたせいで、みるくっくんさんの情報は未だに魔法が得意ということだけ。
育成学校時代は魔法を使わせれば右に出るものはいなかったという話だが。
そもそも何の属性に適性があるかすらわからない。
「セリナ! その〜、みるくっくんさんなら炎纏猪くらい平気だと思うから、見てきなさいよ!」
いまだに顔が真っ赤なクルルちゃんが、私に声をかけてくれた。
「それなら遠慮なくいかせてもらいますね? みるくっくんさん! どっちに出たんですか?」
馬車を降りながら火山エリアの熱気に当てられ私は顔を顰めさせる。 しかしこんな時もみるくっくんさんはブレない。
「海鮮丼! ………オーマイガァァァァぁ!」
お前、いい加減にしろよほんと。
☆
みるくっくんさんに服を引っ張られて炎纏猪の元に連れていかれる私。
はたから見ると、小さな男の子に連れて行かれているお姉さんって感じだろうか。 なんだかほっこりする。
そんなこと考えていたらみるくっくんさんが何か言いたげな顔で私を睨んできた。
ふっ、悔しかったら自分で話しかけてみろ! っと思いながらニヤリと口角を上げる私。
そんな私を見てみるくっくんさんは苛立たしげに唸り始めた。 犬か、お前は?
私の心の中では散々ツッコミまくっているが、口に出していないのでしりとりを始められないみるくっくんさん。
しりとりを始められないということはお話ができないということだ。
勝ち誇った表情の私を、みるくっくんさんはバシバシと小さな手で叩いてくる。 駄々っ子みたいで可愛い、喋らなければこんなにも可愛いのか………
とか思っていたのだがみるくっくんさんは勢いよく進行方向を指差した。
「あら、ふざけてる間に炎纏猪に見つかっちゃいましたね?」
「ねぎ」
「銀杏」
こんな時でもいつものくだりが必要らしい。
「このバカ女が! 貴様がいつまでも口を開かんせいで終わってしまったではないか。 まぁいい、思い知るがよい、我の圧倒的な力を!」
なぜ私は怒られているのだろうか?
文句言うくらいだったら自分から喋ればいいのに………
むすっとする私をよそに、みるくっくんさんは肩を窄めた。 しかし妙だ、すでに私たちは炎纏猪に見つかっている。
こちらを邪悪な瞳で睨んでいるにもかかわらず、一向に突進してこない炎纏猪を訝しみながら見ていると、みるくっくんさんが私を小馬鹿にしたような顔で振り向いてきた。
「おい女、貴様は賢い女だったな? あの化物がなぜ動かぬか、気づいておるか?」
「いやいや、わからないから訝しんでるんですよ私。 勿体ぶってないで教えてくださいよ? もしかしてふざけてるんですか? みるくっくんさん」
みるくっくんさんは私の言葉に対して鼻を鳴らしながら炎纏猪を指差した。
「つまらぬ女だ。 あやつはすでに死んでるから動かぬのだ。 うぬが我を妙な視線で見ている時にすでに終わっていた。 能力を見せてやろうとしたと言うのに、なぜうぬは肝心なところを見ていない?」
………は?
炎纏猪は、すでに討伐されていたと言うのか?
音もなく、なんの前触れもなく?
「なぁ女、我は察しの通りアルビノだ。 太陽が放つ光の危険さを誰よりもよく知っている。 だから我はその危険な光を使い、モンスター共にも我と同じ苦しみを味合わせてやろうとしたのだ」
得意げな表情のまま勝手に説明をし始めるみるくっくんさん。
「我は水と雷を使い紫外線を操っている。 深紫外線、それはウイルスや細胞を殺菌し_D__N__A_すらも破壊するほどの殺菌力を持つ。 普段はオゾン層がカットしているこの光を我は再現し、最も脅威と化す波長で化物に照射し続けるのだ。 すると我の深紫外線を照射されたモンスターはあのように全身の皮膚が壊死して立ったまま死ぬのだ。 哀れであろう?」
深紫外線、普段はオゾン層がカットしている強い殺菌作用のある光。
もしオゾン層がなくなり、深紫外線が地上に降り注いでしまえば地上に生き物は住めなくなると言われている。
そんな強大な力をいとも簡単に使いこなすと言うのだろうか。
私は、予想を遥かに超えるみるくっくんさんの強さを目の当たりにし、呆然と立ち尽くしながら未だに全身が燃え続けている炎纏猪を眺めていた。




