〜調査要請クエスト・大虐殺者〜
〜調査要請クエスト・大虐殺者〜
クルルちゃんに案内され、応接室に入ると六人の冒険者が待っていた。 四人は話したことのある冒険者だが、残りの二人は話したことがない。
少し緊張気味で部屋に入ると、顔見知りが早速声をかけてくる。
「セリナ殿! ようやく来られましたか! お久しぶりです、香芳美若です!」
元気よく声をかけてきたのは香芳美若さん。 この人とは一緒に仕事したことがたくさんある。
月光熊討伐や蜥蜴兵蹂躙戦でも一緒だったし、火山龍討伐戦でもヤツの片目も潰した冒険者だ!
「お久しぶりってほどではないですが、なんか久々な気がしますね? 火山龍戦での働きはお見事でした!」
私が声をかけると、香芳美若さんは後頭部をポリポリかきながら照れた表情をする。
後ろには彼のパーティーメンバーであるリックさんやベイルさんもいる、やはり顔見知りがいると安心する。
「んん〜、セリナ? 感動の再会をしてるところ悪いけど、すぐに出発するから他の冒険者は馬車の中で紹介するわね!」
というわけで、クルルちゃんの担当冒険者たちと顔合わせだけしてすぐに馬車へ移動する。 どうやら私が来るまで応接室で待っていてもらっただけらしい。
せかせかと歩くクルルちゃんの後ろをゾロゾロと歩き始める私たち。
香芳美若さんたち以外にも、もう一人知り合いがいるため私はさりげなく横に移動して挨拶してみた。
「お久しぶりです! みるくっくんさん!」
白い瞳をチラリと私に向け、フンと鼻を鳴らすみるくっくんさん。
この人は少し変わり者と勘違いされがちだが、ただ自分の容姿を気にして周りと話したがらないだけなのだ。
なんせ、白い髪に白い瞳、白い肌をしている小人族だ。
いやでも目につくだろう。 本人自身、白が嫌いなため衣服は全身真っ黒だ。
「セリナ、みるくっくんさんは少し変わった方で、意思疎通が………」
「おい女、我に話しかけるときは言葉尻に気おつけろ」
普通に話し始めたみるくっくんさんを見て、目をまん丸に開くクルルちゃんたち。
「えっ? みるくっくんさん! 言葉話せたんですか?」
「………カルボナーラ」
みるくっくんさんは普通に話しかけてもこのように勝手にしりとりを始めてしまう。
クルルちゃんはぽかんと口を開けたまま呆然としていたので、私はこっそり耳打ちしてあげる。
するとクルルちゃんは私の言葉を疑いつつも、恐る恐ると言った感じで口を開いた。
「………ええっと、らんたん!」
「おい女、妙なことを吹き込むな。 我がいちいちこいつらの言葉に応じる手間が増えてしまうではないか」
むすっと口を尖らせながら私を睨みつけるみるくっくんさん。
「面倒なら普通に話してくださいよ。 クルルちゃんも混乱してるじゃないですか!」
そもそもなぜみるくっくんさんは、私でなくクルルちゃんを担当に選んだのだろうか?
ネーミングの時は私のことを『気に入ったぞ女!』などと言っていたくせに、思わせぶりなのは罪だ。
このクエスト中に、機会があれば問い詰めておこう。
私はその後、みるくっくんさんが普通に話をしたがらない理由をみんなに話していいか本人に許可をとり、『勝手にするがいい』と言われたのでネーミングの時のことを簡潔に説明した。
みんな納得がいったところで馬車の前に到着する。
パイナポは、私が応接室に行くタイミングで別れてぺんぺんさんたちを呼びに行った。
とりあえず私が知らない二人はぺんぺんさんのパーティーが合流してから紹介してくれるらしい。
紫の長い髪をかんざしで適当に括ってる千鳥足の女性と、ブロンドの髪を無造作にかき上げた鼻が高くて荷物がかなり多い男性だ。
知らない冒険者たちのはずなのだが、女性の方はどこかで見たことある気がする。
そんなことを思いながらチラチラ見ているとぺんぺんさんたちが馬車に向かって歩いてくるのが見えた。
「待たせて悪かったな〜セリ嬢!」
「全然待ってなかったんで大丈夫です!」
パイナポが申し訳なさそうに声をかけてきたが、本当に全然待っていない。 待ったのは馬車の前についてから二〜三分くらいだろうか?
意外と早く到着したぺんぺんさんたち三人、しかし夢時雨さんが急に眉根を寄せながら立ち止まった。
「………あ」
「あらぁ?」
夢時雨さんは、紫髪の女性冒険者を見て急に声を漏らした。 二人の雰囲気から察すると、どうやら知り合いらしい。
「あなたは、闘技大会の時相手したパイシュさんじゃないですか。」
「そういうあなたわ〜、ゆめしうれくん? だったっけ〜? ひっさしうりやぁ〜ん! なんかぁ、少し丸くなったったぁ〜?」
パイシュさんと呼ばれた冒険者は、フラフラしながら夢時雨さんに手を振る。
つーかこの人………呂律回ってないし、目がとろんとしている。 完全に泥酔状態だ。
服装は中華風の武道技をイメージさせる白を基調とした衣服、帯の結び方はしっちゃかめっちゃかだ。
腰に瓢箪をぶら下げていて、太ももについている皮のバックにはヌンチャクが入っている。
「夢時雨さん、お知り合いなんですか?」
「知り合いも何も、武闘大会でクルルさんの鋼ランク代表ですよ!」
私は武闘大会のエキシビジョンマッチを思い出そうとこめかみをちょんちょんこづく。
そうだ、そういえばクルルちゃんの代表に酔拳を使う女性冒険者がいた!
夢時雨さんもめちゃくちゃ攻めずらそうにしてて、少し苦戦していたのを思い出した。
印象的なのは、泥酔しているせいでヌンチャクがうまく扱えず、自分の後頭部を思いっきり殴ってしまい流血していた印象だ。
あれは痛そうだった。
「セリナ、もしかしてパイシュさんの事忘れてたでしょ? どうせ全敗した私の事なんて、そりゃあ覚えてませんよね!」
「いやいや、覚えてますよもちろん。 そんなことよりパイシュさんすでにかなり泥酔してますけど大丈夫なんですか?」
クルルちゃんは私の顔を見ながら拗ねてしまった。
私は困り顔で話を変えようとするのだが………
「あっちわね〜! |でぇすぃしてからぁほんりょ〜はっきすんらよ〜《泥酔してから本領発揮するんだよ!》! まっじあっちに勝ったからって調子乗んらよ〜!」
泥酔しているパイシュさんは、全く関係ない一般人に食ってかかっている。 もはや誰が誰かすら認識できていないではないか。
香芳美若さんが慌てて止めに行ったのを見てクルルちゃんが頭を抱えている。
ちなみにクルルちゃんの代表には銅ランク代表に香芳美若さんも出ていて、とーてむすっぽーんさんとめちゃくちゃ熱い試合をしていた。
結果的にはとーてむすっぽーんさんが僅差で勝ったが、あれは大変良い試合だった。
「とにかく、ぺんぺんさんたちも来たし、馬車に乗ってから改めてお互いを紹介しましょう!」
このままだと収拾がつかなくなりそうなのを悟ったクルルちゃんは、半ば無理やりパイシュさんを馬車に押し込んだ。
☆
岩石魔神が発見された火山エリアまでは馬車でおよそ七時間。
長距離移動になるが、今日中に火山エリアに到達しておきたい私たちの行軍は早足になる。
モンスターを見つけた際はそれぞれ交互に対処することになった。
まずクルルちゃん側の六人を二チームに分け、ぺんぺんさんたちはそのままパーティーで動いてもらう。
計三チームの冒険者たちを見張りチームと戦闘チーム、休憩チームのローテーションで回す。
基本的に二時間交代で回すが、あまりにも敵が多かった場合に備えて三回戦闘した時点でチェンジ。
こう言ったルールで進むことになった。
「じゃあ私の担当冒険者を紹介するわね? って言ってもほぼ紹介終わったようなものだし、みるくっくんさんはセリナの方が詳しいかしら?」
「いやいや、私はみるくっくんさんと普通に話す方法しか知らないので戦闘は見たことないです。 一応戦闘の立ち回りとか特徴も知りたいです」
私は現在見張りをしているみるくっくんさんに視線を送ると、不機嫌そうに鼻を鳴らされる。
「あら、みるくっくんさん………機嫌良さそうね?」
「え? 鼻鳴らされましたけど、あれ機嫌いいんですか?」
クルルちゃんはニヤリと口角を上げながら私をじっと見つめてくる。
「ま、私はみるくっくんさんの担当ですから? それくらいはわかるわよ?」
ものすごいしたり顔で私をじっと見つめてくるクルルちゃん、この人まともに話し方も知らなかったくせによく言うよ。
「そんなことより、あの鼻が高いブロンドの人はどなたですか? 荷物が多い人!」
私はまだ紹介してもらっていないブロンド髪の冒険者に視線を送った。
するとクルルちゃんは驚いたような顔をする。
「え? セリナあの人知らないの? かなり有名な方よ?」
私の記憶ではあんなパンチが強いか外見の人に見覚えはない。
何せブロンド髪を無造作にかき上げたナチュラルなオールバックですっとした鼻筋。
ここまでの説明だとただのイケメンだと感じるだろう、問題は服装だ。
医者のような白衣の下に黒地に真っ赤で太めのストライプが入ったスーツ。
そしてかなり大きいキャリーバック、人が三人くらい入れそうだ。 コスプレでもするのかな?
あとはなんと言っても特徴的なのが、なぜか持っている丸底フラスコ。
あれは一目見て思う………マッドサイエンティストだ!
私がそんなことを思いながらマッドサイエンティスト風の冒険者さんを見ていると、休憩中だったぺんぺんさんが困り顔で耳打ちしてきた。
「セリナさん、あいつは銀ランクのふらすこだ。 名前くらい聞いたことあるんじゃないか? 『ネジ抜けふらすこ』って通り名が通っているほど有名なやつだぞ?」
ぺんぺんさんは困ったような表情だ、私も風の噂では聞いた事がある。
『ネジ抜けふらすこには近づかない方がいい、あいつといると何個命があっても足りない』
そんな言葉を食堂で何度も聞いたことはある、だが実際に戦っているところを見たわけでもないので今の時点では何とも言えない。
ただ確実なのは………
「クルルちゃんが選んだ冒険者さんなら、そんな怖がることないってことでしょう?」
私は腕を組んでカッコつけながらぺんぺんさんに視線を返した。
すると私の言葉を聞いて機嫌良さそうにニヤつき始めるクルルちゃん。
そんなタイミングで香芳美若さんが馬車に向かって駆けてくる。
「クルルさん! 前方に豚人の群を発見しました! 数は五十程度です! このメンバーならそう時間はかからないと思いますが………」
豚人【ユマコション】人型モンスターで体調は三メーター程度。
動きも遅く皮膚もそんなに固くないので下級モンスターとされているが、パワーはかなり強い。
パワーだけでいうなら鬼人とも引けを取らないが、鬼人は豚人の三倍は早い。
ただこのモンスターは割と大人数で移動するため、発見した場合近くには最低でも五〜六体いるのは覚悟した方がいいだろう。
下級モンスターではあるが、囲まれると危険なため油断はできない。 しかしクルルちゃんは、豚人の群れ発見という報告を聞きニヤリと口角を上げた。
「グットタイミングじゃない! セリナ! 私の指揮する蹂躙戦を見せてあげるわ!」
声高々にガッツポーズをするクルルちゃん。
私たちは急いで火山エリアに向かっているはずなのに、豚人の群れが出たと聞いてなぜか喜ぶクルルちゃん。
普通怒るところだよね?
そんなことは言えず、ワクワクしたような表情で私の返事を待っているクルルちゃん。
とりあえず私は苦笑いしながら答えておいた。
「火山エリアに急がないといけないので、できるだけ速攻で倒してくださいね」
「ふふ! セリナは私の蹂躙戦を見たことないものね! 豚人五十体なんて、一瞬よ?」
クルルちゃんが馬車の外に颯爽と出ていったのだが、なぜかうずうずしているパイナポと夢時雨さん。
私は首を傾げながら二人に声かけてみた。
「お二人とも、落ち着かないようですがどうかしたんですか?」
私の質問に、待ってましたとばかりに食いつくパイナポ。
「俺様も行ってきていいか! 肩慣らしにゃあちょうどいいだろ!」
なんだ、この二人は戦いたくてうずうずしていただけか。
そう思いながら「行ってきていいですよ〜」と軽く返事をしたのだが、馬車の外を駆けて行く夢時雨さんが意味深なことを呟いている。
「まさかあの大虐殺者が直々に指揮をとる蹂躙戦に参加できるなんて! 僕たちはついてるよ!」
——————ん? じぇのさいだー? ってなんだ?
「おい急げ時雨! とっとと行こうぜ! クルル嬢の有名な大虐殺はストレスかなり解消されるらしいぞ!」
——————はて? じぇのさいど?
物々しいワードが飛び交っている、私が知っているジェノサイドは民族や特定の集団を集団殺戮するという意味だが、蹂躙戦だもの意味は合ってるけどなんか言葉のニュアンスが物々しい。
ぺんぺんさんにちらりと視線を向けると、どうやら彼も怖いもの見たさに馬車の隙間から外を覗いているようだ。
とりあえず私も馬車の窓からクルルちゃんたちを覗いてみると、クルルちゃんの前に集まった冒険者たちがウォーミングアップしていた。
心なしか全員、出走前の競走馬のようにうずうずしている。
「えー、これから豚人の蹂躙戦を行います。 各自、間合いの主張をお願いします!」
クルルちゃんの担当冒険者たちは、慣れているようで各々が間合いを主張していく。
みるくっくんさんの間合いは「するめいか!」らしい。
誰も何もツッコんでいないのでいつものことなのだろう。
「えー、いつも通りふらすこさんの五十メーター以内に近づかないこと、お互いが主張した間合いの中に入らないこと、周りの人には最低限気を配ること、いいですね!」
クルルちゃんの呼びかけに、これから蹂躙戦に参加する予定の冒険者たちが元気よく答える。
みるくっくんさんは例によって「ねんぶつ」と答えていた。
さてどんな蹂躙戦をするのだろうか、そんなことを想像しながら黙ってみていると、ワクワクしながらぺんぺんさんが声をかけてくる。
「くるぞセリナさん! くそ! 俺はここの護衛のために一応残ったが、本当は参加してみたかったぞ! キャステリーゼ二世も残念がっている!」
私はこの時、クルルちゃんの蹂躙戦を甘くみていた。
なんでみんなそんなに参加したがるのだろう?
なんでみんなあんなイキイキした目をしているのだろう?
なんでみんな、入念にウォーミングアップしているのだろう?
その疑問は、クルルちゃんが発した次の言葉で一瞬で明らかになった。
「では冒険者の皆様、お待たせしました。 堅苦しい決まり事はここまで、それでは早速………
——————血祭りだオラァァァァァァァぁぁァァ!」
クルルちゃんの号令と共に、血走った瞳で駆け出す冒険者たち。
豚人たちは冒険者たちのただならぬ雰囲気に、驚いて呆気に取られている。
猛スピードでかけていく冒険者たちはもうバーサーカーにしか見えないほど目がやばい。
私の隣でその様子を見ていたぺんぺんさんもかなり興奮気味に叫んでいる。
それにしてもこの光景、現実世界にいた時に映画で見た気がするなぁ。
不良映画でヤンキーの集団が他のヤンキー集団と戦争する時も、お互い全力ダッシュでぶつかっていく演出がある。
まさにあれだ。
「おるぁぁぁぁぁ! 一番つえーのはどいつだぁぁぁ! 俺様とタイマンハレやゴラァァァァァ!」
「まとめてかかってきやがれオラァァぁぁ! この俺がァァぁ! 一人一人脳天かち割ってやんぜぇ! ひゃっはっはっはっはっはぁ!」
パイナポと夢時雨さんも完全にノリノリだ、何せ目がやばい。
冒険者たちのモザイク必須な暴言の嵐と共に、豚人の群れがちぎっては投げられていく。
心なしか、豚人たちが怯えて逃げているようにも見えてきてしまう。
クルルちゃんの号令で、一気にバーサーカーと化した冒険者たちの蹂躙戦は、まさに大虐殺でした。




