〜エキシビジョンマッチ・油断大敵とはこの事ですね〜
〜エキシビジョンマッチ・油断大敵とはこの事ですね〜
「セリナ、私はね………。 昨日から色々なセリフを考えていたんだ」
私の隣で、ものすごく影の差した表情でオカリナを持ったままポツポツと話すレイト。
「試合には負けたが、勝負には勝ったようだね! どうだい? うちの銀河さんは優秀だろう? ——————今頃私は小躍りしながらこう呟くはずだったよ………」
オカリナを吹くことも忘れ、目に見えて落ち込んだ表情のレイト。
「それが、蓋を開けてみれば最強の無傷無敗女王ぬらぬらさんに惨敗だ。 勝つことは難しくとも、私たちは引き分けには持っていける自信があったんだ………。 あったんだ………♬〜」
キーの外れた間抜けな音が久々に響くと同時に、そこはかとなく気まずい雰囲気が漂う。
流石のレミスさんも気を遣って無言を貫いている。
「あぁ、詰めが甘かったんだね、もっと高く飛んでいて貰えばよかったのかな?♫ むしろいつもの武器と同じ質量の金属をアクセサリーと言い張って装備させていればよかったんだね?♪ あの金属の量だと、あの高さが限界だと言っていたからね♩」
「………まぁ、たまには正々堂々戦うのもいいじゃないですか。 銀河さんは正々堂々戦って敗れたんですから………とりあえず讃えてあげましょう?」
正々堂々と戦うなら、金属武器を持ち込むこと自体がグレーゾーンではあるが………
気まずすぎて何故かレイトを励ましてしまう私。
ぶっちゃけここまでガチ凹みしてるレイトを見るのは初めてで動揺しまくっているのである。
「ほ、ほらほら! レイトさんもセリナさんも、次の試合始まりますよ? 最後まで応援して試合を終えんと………」
「レミスさんお願いだから空気読んでください」
すかさずレミスさんを睨みつけながら口早に注意する私。
「………本当にぴよぴよぷりんつ」
そして、気まずそうに明後日の方を向きながらボソリと謝罪するレミスさん。
すると闘技場で退屈そうに待っているぺろぺろめろんさんの元に、赤髪のツンツンヘアーをしたいかにも悪そうな見た目の冒険者が近づいていく。
「おうおうおう! お前が噂のぺろぺろめろんか? てろてろねおん! 俺の名前はフェアエルデ! でらメルヘン!」
レイトの金ランク代表の人が闘技場に上がると同時に意味不明なことを言っている。
………でらメルヘンってなんだ? ものすごくメルヘンな人なのだろうか?
「ん〜? フェアエルデって呼びずらいからふぇんふぇんでいいよね〜? よろ〜!」
あくびしながら大斧を担ぐぺろぺろめろんさん。
相手は一応金ランクだと言うのにも関わらず、あからさまに退屈そうな顔をしている。
そういえば昨日の会議の時も、レイトの担当冒険者はみんな中衛が多いからせこい手を使ってくるか注意するように言ったのだが、ぺろぺろめろんさんはそれを聞いた瞬間隣のすいかくろみどさんと指相撲を始めていた。
武闘派が相手じゃないとつまらないらしい。
「おいおいぺろぺろめろん、オメェが強ぇのは分かってる、アラベスク。 お前からすると俺はアウトオブ眼中か? 探求だ。 上等じゃねえかその自信満々なお前をボロクソにのしてやる! オリエンタル!」
「あぁ〜うん。 よろ〜!」
ぺろぺろめろんさんがめんどくさそうに手をくいくいと曲げる。
それを見たフェアエルデさんはニヤリと笑いながら、試合開始の合図と共に闘技場の中に沈んでいった………
——————は? 今、闘技場の中にぽちゃんと落ちてったぞ?
ぺろぺろめろんさんも急に闘技場の中に沈んで行ったフェアエルデさんを見て目を丸くする。
「今、あの人何したんです? 闘技場の中に沈んだように見えました! コンクリートがまだ固まってないシーズンだ! ………あはっ!」
「あはっ? じゃないですよ反省してないですねレミスさん?」
すかさずヘッドロックでお仕置きする私、なぜかレミスさんは頬を紅潮させて喜んでるように見えるが気にしない。
レイトはそんな私たちを横目に見て、さっきまでの落ち込んでいた表情から一変し、ニヤリと笑う。
「もしかしてぺろぺろめろんさん、油断しているのかな? フェアエルデさんが接近戦が苦手な人だと勘違いしてるとか?」
レイトの意味深な笑みを見て、ごくりと喉を鳴らす私たち。
「彼は大地を自在に変形させる能力だよ?♩ いくらぺろぺろめろんさんでも、大地にその足を立てている以上フェアエルデさんの力からは逃れられない♫ 彼は大地を司る金ランク冒険者なんだ♪ ましてや油断なんかしていたなら、火傷ではすまないからね?♬」
レイトのそのセリフと同時に、ぺろぺろめろんさんの体が闘技場に引き摺り込まれる、腰から下が闘技場に沈んだぺろぺろめろんさんは慌てて飛ぼうとしたのだろうが、眉を歪ませる。
「え? なんで動かないん?」
「お前はもう俺から逃げられねぇ、インゲンマメ! お前を沈めた直後に周辺の地面は超硬化させたからな! 王道だ!」
いつの間にか身動きが取れなくなったぺろぺろめろんさんの背後に現れたフェアエルデさんの攻撃がぺろぺろめろんさんの銅鎧を破壊する。
私は彼の戦いをしっかりと見ていなかった、なぜなら初戦のメル先輩との戦いは朧三日月さんの霧のせいで何が起きてるかわからなかったからだ。
おそらく朧三日月さんは彼のあの能力を知っていたから、霧で目眩しして逃げ回っていたのだろう。
フェアエルデさんは朧三日月さんに負けていた、その朧三日月さんを普通に倒したぺろぺろめろんさんなら余裕で勝てると心のどこかで思っていた………
けど蓋を開けてみれば、これは相性最悪すぎる。
大地を操ると言っていたが、そもそも闘技場に沈められた理由がわからない!
一体どんな仕組みなのだろうか………
「ふふ、セリナ?♩ 随分と顔色が悪いようだねぇ?♬ フェアエルデさんは自分の周囲の大地を液状化して闘技場の中を泳ぐように自由自在に移動しているのさ!♩ その能力を利用し、ぺろぺろめろんさんの周囲を一瞬だけ液状化し、体が半分以上埋まった状態で硬化させた。♫ 流石の彼女も圧倒的パワーがあっても踏ん張りが効かなきゃ満足に力を振るえない!♪ この勝負、いただいたよ!」
思わず下唇を噛む私、しかしぺろぺろめろんさんは唯一動く上半身で勢いをつけて闘技場に大斧を振り下ろした。
耳をつんざく轟音と共に闘技場が板チョコのように粉砕される。
フェアエルデさんはあらかじめ予測していたのだろうか、闘技場から飛び出して宙を舞っていた。
闘技場を粉砕し、体が自由になったぺろぺろめろんさんはすかさず空中のフェアエルデさんに大斧を向ける。
空中では身動きが取れない、ここで場外にして長期戦を避けたいところだ!
しかしフェアエルデさんは、予測していたかのようにひび割れた闘技場に手をかざした。
するとひび割れた闘技場から細い岩の柱が飛び出してくる。
ぺろぺろめろんさんの大斧がフェアエルデさんを捉える寸前で細い岩の柱がフェアエルデさんの足下まで伸び、その柱に足をかけて再度飛び上がりながら体をくねらせた。
余裕の表情でぺろぺろめろんさんの大斧をかわすフェアエルデさん、すぐに闘技場に着地した瞬間目を疑う光景を目の当たりにする。
「は? なんなんですかあれ!」
「闘技場が………元通りに治っちゃった? 驚きの光景に、後頸部ピリつきました! ———アタッ!」
またしても下らない事を口走るレミスさんを、間髪入れずに引っ叩いてやった。
そんな事はさておき、フェアエルデさんが闘技場に足をついた途端、ぺろぺろめろんさんが粉砕した闘技場が、動画の逆再生を見ているかのような勢いで元通りに治ってしまった。
その光景を見て立ち尽くすぺろぺろめろんさん。
「どうした? ぺろぺろめろん? 降参か? それなら俺に王冠だ! 手も足も出なくてビビったかよ? 俺の実力、見知ったか!」
ドヤ顔のフェアエルデさんにゆっくりと視線を向けるぺろぺろめろんさん。
途端、全身が震え上がるほどの殺気が振りまかれた。
「なにが中衛でせこい手しか使ってこないだし。 セリナさん、とんでもない嘘ぶっこいてくれたわ」
このおぞましい殺気を向けられているにも関わらず、楽しそうに笑っているフェアエルデさん。
「俺は合格か? どうなんだ? ぺろぺろめろん?」
「ふぇんふぇん! 舐めた態度取っててほんと申し訳なかったよ! 全力で捻り潰してあげっから! 歯ぁ食いしばりな!」
足場を粉砕させながら飛びかかるぺろぺろめろんさん。
同時にフェアエルデさんは闘技場の中に沈んで行く。
それを確認したぺろぺろめろんさんは、闘技場に足をつけないように大斧を振り下ろす。
再度粉砕される闘技場、しかし今回は全く違う。
いつの間にか闘技場は二等分されていた。
フェアエルデさんの能力で闘技場は二つに分けられたのだ! ぺろぺろめろんさんが破壊したのは半分にされた闘技場の片方だけ。
ぺろぺろめろんさんはまだ無事な方の闘技場にフェアエルデさんがいると読み、ひび割れた闘技場に一瞬足をついた。 しかし、その一瞬で足が闘技場に沈んでしまう。
ぺろぺろめろんさんはすかさず沈んだ足元に大斧を振り下ろし、足を固定してる闘技場の一部を破壊する。
だがフェアエルデさんはその隙を見逃さない。
一瞬で背後を取られ、ぺろぺろめろんさんの左の肩鎧が粉砕された。 残るは腰鎧と右肩鎧のみ。
このままでは攻撃に移れない。
すかさず上空に逃れようともう片方の足で闘技場を蹴ろうとしたのだろうが、その足は液状化した闘技場に再度沈んでしまう。
思わず頭を抱える私とレミスさん。 しかしここでぺろぺろめろんさんはまさかの行動をとった。
「何故彼女は………大斧を捨てたのかな?♪」
動揺するレイトの声に釣られ、私たちも首をかしげる。
無論隙をついて背後に現れたフェアエルデさんも目を丸くしている。
「なんのつもりだ? グローリア!」
「いちいち足の拘束を解こうとしてたら隙だらけになるからさ、こーすんだし!」
危険を察知し、慌てて左の肩鎧を破壊したフェアエルデさんの腕を、タイミングよくがっしりと掴むぺろぺろめろんさん。
「オゥ! ヤッベェ!」
「捕まえたよふぇんふぇん! 足の自由を奪われても、腕が使えるならあんたを捕まえられる!」
フェアエルデさんはすかさずもう片方の手をぺろぺろめろんさんの足元に翳そうとしたが、その腕もぺろぺろめろんさんにがっしりと掴まれた。
「おいぺろぺろめろん落ち着け! 話せばわかる! 掲げた旗っす!」
「めっちゃ楽しかったよふぇんふぇん! これでうちの勝ちだぁ!」
フェアエルデさんの腕を掴んだまま、ハンマー投げをするようにブンブンと振り回すぺろぺろめろんさん。
「ぎゃあぁぁぁぁぁ! やめて! やめてお願い! こわいこわいこわい!」
ブンブン振り回されているフェアエルデさんの悲鳴が響き、それを見ている観客たちも顔を青ざめさせている。
あれはすごくかわいそうだ。
ぺろぺろめろんさんはこれでもかと言うほど振り回して勢いをつけてから、場外にフェアエルデさんをぶん投げた。
ものすごい轟音と共に砂煙が舞い上がる。
その光景を見て絶句する観客たち。
審判もドン引きした顔で砂煙を呆然と見ている。
「ちょっ! これもしかして回復士読んだ方が良くないですか?」
ものすごい破壊音に青ざめながら、思わず叫ぶ私。
それを聞いた途端、大会本部席から大量の人が飛び出してきた。
「担架を呼べ! もしかしたら大怪我だぞ!」
「回復士をありったけ呼ぶんだ! 会場内の観客に回復士はいませんか!」
「砂煙を振り払え! 急いでフェアエルデさんを救出しろ!」
大慌ての大会実行委員たちに反し、思わず力が入り過ぎてしまった事をなんとなく感じていたぺろぺろめろんさんは、気まずそうな顔でそろそろとその場から逃げていった。
☆
「フェアエルデさん無事だったらしいですよ? 無意識に着地する壁周辺を液状化して威力を緩和したらしいです」
控室にいつの間にか逃げていたぺろぺろめろんさんにジト目を向けながらフェアエルデさんの無事を伝える私。
ぺろぺろめろんさんは、控え室のドアの真横で膝を抱えてちょこんと座っている。
「生きてる? はぁ〜、よかった〜! うち殺人犯になっちゃったかと思ったよ〜!」
しかしフェアエルデさんの無事を知った途端、元気よく立ち上がってニコニコし始めるぺろぺろめろんさん。
なんだか悪戯をした子供みたいだ。
「まぁ、相手が金ランクだったから無事でしたけど、本来ぺろぺろめろんさんは鋼ランクなんですからね? 一応対人戦の時は少し力をセーブしてあげないとマジで危ないですよ? とーてむすっぽーんさんみたいに相手を病院送りにしたくないでしょ?」
控室の端の方でビクリと肩を揺らすとーてむすっぽーんさん。
「セ、セリナさん。 初戦の失敗を掘り返さないで下さい………」
バツの悪そうな顔でこめかみを掻くとーてむすっぽーんさん。
そんな彼を見てみんなが笑い出す。
「よかったですねぺろぺろめろんさん! 相手を病院送りにした鬼畜さんはトッティさんだけですみましたよ?」
ニヤニヤしながらとーてむすっぽーんさんをチラリと見るどるべるうぉんさん。
「おいどるべりん! お前最近僕のことからかいすぎだぞ!」
「いやいや、とってぃさんからかうと面白いんですよ!」
両手を組み合って喧嘩し始める二人を見て呆れたように肩を窄める夢時雨さん。
「全く、うちの代表はみんな揃って騒ぎを起こしすぎなんですよ」
「あの、夢時雨さん? こんなことを言うのは失礼かもしれませんが、前の試合では一番あなたが迷惑をかけているかと思います」
気まずそうな顔で夢時雨さんに異議を唱えるぬらぬらさん。
夢時雨さんはぬらぬらさんの一言を聞き、地面にのの字を書きながらぶつぶつ言い始めてしまう。
相変わらず騒がしい冒険者たちを見て、私も思わず鼻を鳴らしてしまった。
「なんだかんだでエキシビジョンマッチも全勝できましたね。 終わってみると少し寂しいですが、来年もありますから皆さん今日からまたひたすら修行の日々を送って来年の闘技大会に備えましょう!」
私の一言に、今回選ばれた五人の冒険者たちは嬉しそうに頷く。
「来年だと私はおそらく、金ランク出場になってしまいます。 銀ランクの後釜を探さないといけませんね?」
「あ、ぬらりん安心しなよ! うちら多分もうすぐ銀ランク上がれるよ? べりちょん毎日魔法の練習とか頑張ってるもん!」
ぬらぬらさんとぺろぺろめろんさんがニコニコしながら手をがっしりと繋ぐ。
「いやいや! 僕たちだって銀ランクになってますよ! むしろ後釜探しなら鉄ランクとかじゃないですか?」
「確かに銅ランクは僕がまだいますからね、でも夢時雨さんが銀ランクになっちゃったら鋼の後釜も探さないとダメじゃないですか?」
夢時雨さんの一言にとーてむすっぽーんさんが反応する。
「いやいやとってぃさん。 あなた銅ランクとかもはや詐欺じゃないですか。 あなた鋼ランクに上がるの秒読みですよ?」
どるべるうぉんさんが肩を窄めながらとーてむすっぽーんさんに言及する。
ワイワイ騒ぎ出す冒険者たちを見ていると、大会が終わってしまうのが少し寂しい気持ちにもなってしまう。
けれどまた来年再来年と新しい冒険者が出てくるし、それに応じて新たな策や駆け引きが繰り広げられていく。
この闘技大会は冒険者たちそれぞれの判断力だけではなく、勝負強さもかなり強くなる。
見ているだけでも色々な勉強にもなるし、この大会を経て化ける冒険者もたくさんいる。
個人的に前衛だけではなく、中衛や後衛も活躍できる大会があればいいのに、そう思いながら私は控室を後にして閉会式に足を向けた。




