表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
86/130

〜エキシビジョンマッチ・逃げるは勝ちとはよく言ったものだ〜

〜エキシビジョンマッチ・逃げるは勝ちとはよく言ったものだ〜

 

 エキシビジョンマッチ最終戦の相手はレイトだった。

 レイトの担当冒険者は中衛の強い冒険者が多いため、前衛中心の武闘大会ではいつも結果が出ない。

 ………そう思っていた。

 

 今大会のレイトの成績はかなり奮っている。 メル先輩との一回戦は一勝四敗。

 エキシビジョンマッチのキャリーム先輩との試合は一勝三敗一分。 クルルちゃんとの試合は一勝二敗二分。

 引き分けとは、お互いの鎧破損率が一緒の状態での時間制限を指す。 ちなみに引き分けの試合があったのは今大会初だとか。

 

 中でも銀ランク代表だけは無敗を誇っている。

 私もレイトの試合を一度見ているが、あれはぶっちゃけ反則と言われても仕方がないほどセコイ。

 つまりレイトは、ガチで勝ちにきているのだ。

 レイトとの最終戦、現在三戦三勝零敗。

 

 結果的に私の勝ちは決まったが、かなり厳しい戦いとなった。

 一回戦の鉄ランク代表は相手が長槍でひたすら突いてくる戦法をとった。

 どるべるうぉんさんは持ち前の片手剣ジャグリングで遠距離攻撃を仕掛けて対応、勝ちはしたが鎧は半壊して片手剣も彼の手元には一本しか残っていないという満身創痍の状態だった。

 

 二回戦の銅ランク戦は、大楯で身を隠しつつ隙を見て槍で突くという攻防一体の戦法だった。

 これはとーてむすっぽーんさんの大剣全力スイングで少しずつ相手を闘技場の外に吹き飛ばしていき、制限時間ギリギリで場外。

 場外じゃなかったら鎧の破損率でとーてむすっぽーんさんは敗北していただろう。 こちらも大変ヒヤヒヤした。

 

 鋼ランク戦はワイヤーを使ったトラップ戦法。

 試合開始と同時に闘技場に無数のワイヤーを仕掛けて夢時雨さんの行動を制限。

 夢時雨さんは逆に、設置されたワイヤーを利用して闘技場内をものすごい速さで飛び回るというバカ高い身体能力を見せた。

 流石にこれは私も予想していなかったため相手も観客もビックリしていた。 ちなみにワイヤーとは言ったが、訓練のため金属製ではなく硬い縄を使っていた。

 

 クエストではこの人の武器はワイヤーのため、縄を持ち込むのは許可されていたのだ。

 ここまでの三試合の内、唯一圧勝したのは夢時雨さんだけだった。

 

 そして次が問題の銀ランク代表戦。

 相手の戦法は分かっているが、こればっかりは流石のぬらぬらさんでも対応のしようがないだろう。

 観客たちも次の試合が待ち遠しいらしく、ソワソワしている。

 

 「ふふふ! 今のところ惨敗だが、次の銀ランクでは一矢報いさせてもらうよ!♩」

 

 私の隣でオカリナの音色が響く。

 

 「あの、レイトさん? あなたの応援席あっちですよ?」

 

 私は呆れ混じりに向こうの応援席を指差した。

 

 「つれないことを言わないでくれよ♪ せっかくだから一緒に観戦しようじゃないか!♫」

 

 とても楽しそうにオカリナを吹くレイト。

 この人、鋼ランクの負けが決まった瞬間しれっと私たちサイドの応援席にやってきて、私の隣に勝手に座って勝手にオカリナを吹いているのだ。

 

 「まあいいじゃないですかセリナさん! レイトさんの戦績を一緒に復唱しましょう! ………()()()()! 零勝()()! ———えへ?」

 「えへってなんだよ!」

 

 ついつい突っ込んでしまう私。

 今回の解説にはレミスさんを呼んだのだが、目がいいため意外なところに気がつく優秀な解説者である。 しかし時たま挟むギャグがかなり寒い。

 

 「ふふ♩ レミスさんは面白い冗談を言うじゃないか!♬ まあ見ていてくれ、あの無敗の女王ぬらぬらさんに初黒星ならぬ初の灰色星をつけてあげようじゃないか!♩」

 

 自信満々にオカリナを吹くレイト。

 彼女が言う灰色星とは、おそらく引き分けのことだろう。

 彼女は銀ランク代表だけ一度も負けていない。

 

 負けてはいないってだけで三回引き分けている、奇跡的にメルさんとの戦いで神怒狼夢シンドロームさんを破っていた。

 そんなレイトの銀ランク代表は皆さんご存知のあの人だ。

 

 「頑張れぎんが!」

 「今回も小賢しい戦法使うのかぎんが!」

 「ぬらぬら相手とか! どんまいぎんが!」

 

 観客の冒険者たちが口を揃えておちょくっているあの人だ。

 

 「何度言ったらわかるのだこの馬鹿ども! 私はぎんがじゃない! ギャラクシーだ!」

 

 闘技場の上で顔を真っ赤にしながら地団駄を踏んでいる銀河ギャラクシーさん。

 

 「第一世代の意地を見せろぎんが!」

 「そうだそうだ! 第一世代は強いってところ見せてくれぎんが!」

 「よっ! 第一世代の人気者! 期待してるぜぎんが!」

 

 ちなみに、いつものお約束の如くいじられているが、彼は第一世代ではない。

 

 「私は第二世代だ! お前ら全員顔を覚えたぞ! それと私はぎんがじゃなくて………」

 「お待せしました、ギャラクシーさん。 どうぞお手柔らかにお願いします」

 

 おちょくってくる観客たちにガミガミ文句を言っている間に闘技場に上がっていたぬらぬらさんは、礼儀正しく銀河さんに挨拶をする。 しかし頭を下げたぬらぬらさんを見てキョトンとした顔で立ち尽くす銀河さん。

 

 「お前は………私の名前をしっかりと覚えてくれているのか?」

 「ええもちろん。 あなたは有名な方ですし、頭もよく戦闘能力も高い。 機動力も火力も高く弱点が少ないかなり優秀な方の名前を、私が覚えていないと思いますか?」

 

 聖母のような微笑みで槍を構えるぬらぬらさんを見て、銀河さんは服の袖で目頭を拭った。

 

 「お、お前のような冒険者がまだいたとは! 心も清らかで相手への真摯な姿勢! 素晴らしい相手だ! 私はお前のような素晴らしい冒険者と戦えることを誇りに思う!」

 

 ただ名前を間違えられなかっただけで嬉し泣きする銀河さん。

 あの人………本当は頭悪いのだろうか?

 

 「銀河さんは、随分と人気者だねぇ?♩ 龍殺しの英雄のような知名度だ!♪」

 

 ………この人はなんでこんなに神話に詳しいのだろうか?

 私が前いた世界で有名だった神話が書かれた本が、なぜかこの世界にあるのだがこの人はそれが大好きでよく読んでいる。

 そのせいでこんなにも発言が残念と言ってもいいくらいだ。

 

 私は呆れた顔で頬をひくつかせていると、試合開始の合図が鳴ってしまった。

 合図と同時に体がブレるぬらぬらさん。

 

 「ふっ! 貴様の初手は何度も見てきた! 来る場所がわかっていれば避けるのは容易い!」

 

 銀河さんは振り返りながら大きく後ろに飛ぶ。

 すると背後をとっていたぬらぬらさんが槍を空振り、驚いた顔で銀河さんを睨む。

 

 「動きが読まれてた! ()()を取るのをあらかじめ予測していたの? ()()()格! ………ええっと」

 「レミスさんシャラップです! しかし一手目が外れたらまずいですね!」

 

 焦る私をよそに、銀河さんはいつも操作している金属をどこからともなく出して足元に持ってくる。

 そして板状に変形させた金属に乗って空高く舞い上がった。

 

 「完璧だよ銀河さん!♩ これでこの試合は引き分け確定だ!♫ あの無敗のぬらぬらさんに灰色星を初めてつけた冒険者となるのだ!♪ 君はまさしく闘技場の革命者となるのだ!♩」

 

 ものすごく嬉しそうに声を上げるレイト。

 

 「ねぇねぇセリナさん、武器の持ち込みって禁止なんじゃないんでしたっけ?」

 

 レミスさんが言いたいことは分かる、初戦はメル先輩も抗議したらしいが………

 

 「あれは武器じゃないんだよレミスさん!♫ ただの金属………そう! アクセサリーだ!♪」

 

 彼女はこんなことを言って抗議の声を黙らせた。

 いや、この一言で抗議をやめてしまったメル先輩もメル先輩だが、流石に無理矢理すぎはしないだろうか?

 まぁ当時のメル先輩は三勝して勝ちが決まっていたからムキになって抗議する意味もなかったと言うのも分かる。

 

 かく言う私もすでに三勝しているためムキになる必要がないが、この試合にはぬらぬらさんの無敗記録更新にも関わってくる。

 今頃あれは武器だと駄々をこねてもどうにもできないが、どうにかして隣で小躍りするこの変人オカリナ受付嬢を黙らせたい。

 この前私が教えた名探偵のテーマをオカリナで吹いているご機嫌なレイトに、長年の因縁を持ったライバルに向けるような視線を送る私。

 

 「まずいですね、空に逃れられてしまっては槍を投げても避けられて終わりです」

 

 全身に走らせていた電流を解除するぬらぬらさん。

 

 「悪いなぬらぬら! 私はお前に勝てないが、負けない方法ならいくらでもあるのだ!」

 

 このゲスのような戦法を見ても一切ヤジを飛ばさない観客たち。

 レイトは毎年最下位のため、応援する客が多いのだ。

 というか必死に勝とうと卑怯な手を使う彼女を笑いながら、温かい目で見ている。

 どるべるうぉんさんとどろぱっくさんの試合で起きた名シーンの時も思ったが、なんて心の広い観客たちなのだろうか。

 

 「油断するなよぎんが!」

 「足滑らせて落ちるなよぎんが!」

 「負けなかったらみんなちゃんと本名で呼んでくれるようになるぞぎんが!」

 

 空中をふよふよ浮いている銀河さんに声援? を送るギャラリーたち。

 

 「お前ら応援する気ないだろう! って言うか今からちゃんと本名で呼べ! 私はぎんがじゃなくてギャラクシーだ!」

 

 空から大声で捲し立てる銀河さん。 しかしぬらぬらさんはそんな銀河さんから視線をそらし、二本の槍のうち一本を地面に刺して曲げたりしてしなり具合を確認し始めた。

 ………まさか、そんな事しないよね?

 

 「意外と木製の訓練用槍でもしっかりと作り込まれているのですね? このクオリティなら大丈夫でしょうか?」

 

 ぼそりと呟いたぬらぬらさんに開場中の人間が訝しむ視線を送る。

 

 「ぬらぬらさんは何をしているのかな?♩」

 「槍の()()()具合を確認してますね。 何してるか教えて欲()()()()! あ、あのー………しなりと欲しーなりでいい感じに、こう———」

 

 『もはや何も言わなくても分かるだろう?』と言うメッセージを込めた視線をレミスさんに送ると、彼女はモジモジしながら両手の人差し指をツンツンとぶつけ合いながら赤面している。 しばらくするとぬらぬらさんが銀河さんを見上げながらブツブツと何かを呟き始めた。

 遠すぎるためここまでは聞こえないが、ぬらぬらさんはぶつぶつ呟きながら闘技場の端まで移動する。

 

 ゴクリと息をのんで次の動きを待つ観客たち。

 銀河さんも何やらただならぬ雰囲気を感じたのだろう、すぐに対応できるよう金属の板に乗りながら少し重心を下げた。

 ぬらぬらさんが闘技場の端に着くと、屈伸をしたりしてウォーミングアップをし始める。

 

 「もしかして銀河さんに隙だらけだとアピールして攻撃を誘っているのかな?♩」

 「流石にそんな誘いに乗るほど銀河はバカじゃないですよ? ちなみにぬらぬらもそんなアホな作戦考えないと思います!」

 

 私の両隣でそれぞれ頭の悪い解釈をしているようだが、私は彼女が何をしているのか薄々勘付いている。

 会場中の全員がぬらぬらさんの次の動きを見守る中、ぬらぬらさんは再度身体中に電流を走らせた。

 銀河さんはそれを見て目つきを変える。

 

 次の瞬間ぬらぬらさんの体がブレた。

 銀河さんは思わず背後に視線を送るが、もちろんそんなところに移動できるわけがない。 銀河さんは現在地上から五十メーター程度の高度を保っている、さすがのぬらぬらさんもただのジャンプじゃそんなに高く飛べるわけがない。

 

 ………そう、ただのジャンプなら。

 

 「え! なにしてんのぬらぬら!」

 

 レミスさんが動揺した声を上げると、銀河さんの下で闘技場に槍を刺し、ぬらぬらさんの体重に耐えられずぐにゃりと曲がる槍が見えた。

 それは私が元いた世界で見たような姿勢。

 まるで棒高跳びの選手のような姿勢でしなる槍にしがみついているぬらぬらさん。

 ぬらぬらさんが持っている槍は短槍、長さ的には百八十メーター程度だ。

 短槍かもしれないがぬらぬらさんの身長よりは長い。

 そのため彼女の身体能力や体重、槍の頑丈さから考えてもあの姿勢からなら彼女は………

 

 「ぬぁ!」

 

 六十メーターくらいはジャンプできるだろう。

 動揺する銀河さんの目の前に飛んできたぬらぬらさん。 銀河さんは慌てて離れようとするがもう遅い。

 超高速でもう一本持っていた槍を振り抜く。 ぬらぬらさんが振り抜いた槍が銀河さんの脇腹にめり込んだ。

 

 すると空中にいたため踏ん張れない銀河さんは、ものすごい勢いで場外に叩き落とされてしまう。

 静まり返る闘技場へ、優雅に着地するぬらぬらさん。

 

 「これで私の無敗記録は更新されましたね? 銀河さんより高く飛ばないように調整するのは大変でした! ぶっちゃけ少し低かったのですが、槍が届いてよかったです!」

 

 まさかの大番狂せに震え上がる会場内、それを見たレイトはものすごく悔しそうな顔でオカリナを吹いた。

 

 「これは、悪夢だ♪ ぬらぬらさんの一撃はナイトメアだった♫」

 

 もはや現実逃避をしている彼女を横目に見ながら、どさくさに紛れて抱きつこうとしてくるレミスさんのおでこを右腕一本で抑える私。

 何はともあれ笑顔で会場の声援に答えて手を振るぬらぬらさんは、とんでもない身体能力を持っているということがわかった。

 こうして無事に無敗記録を伸ばしたぬらぬらさんは大歓声と共に闘技場から降り、場外の地面にめり込んだ銀河さんに視線を送っていた。

 地面に叩きつけられた銀河さんは、ぶっ倒れたままボーッと空を眺めている。

 

 「あんなのありか? もっと高く飛んでおけばよかったのか?」

 

 銀河さんは呆然とした顔で地面にめりこみながら腕を組み、ぶつくさと呟いている。

 

 「大丈夫かぎんが!」

 「頭打ったかぎんが!」

 「回復士呼ぶかぎんが!」

 

 観客たちはぼーっと空を眺めている銀河さんに口々に声をかける。

 ちょうどそのタイミングでぬらぬらさんが倒れている銀河さんの元に歩み寄り、優しく手を差し伸べた。

 

 「ギャラクシーさん? 少し強く叩きすぎてしまいましたか? 空中だったので力の加減が難しかったのです、お許しください!」

 

 しかし銀河さんはぬらぬらさんが差し出した手をバシリと叩きながら起き上がる。

 

 「何度も言わせるな! 私はぎんがだ! ギャラクシーじゃないと言って………いないぞ? すまん間違えて叩いてしまった。 私はギャラクシーで合っている」

 

 キョトンとするぬらぬらさんから目をそらし、赤面しながらモジモジし始める銀河さん。

 銀河さんは気まずそうな顔で、先ほど叩き落としたぬらぬらさんの手を取り直しゆっくりと立ち上がる。

 

 「す、すまんぬらぬら。 お前ほどのいい冒険者が私の名前を間違えるはずないよな? いや、本当にすまん」

 

 ペコペコと謝る銀河さんを見て、観客席から彼をおちょくっていた冒険者たちが腹を抱えて笑い出した。

 

 「ぎゃっはっはっはっは! ぎっ、ぎんがの旦那! 今間違えてぬらぬらの嬢さんに八つ当たりしたでやんす! ぶわっひゃっひゃっひゃっひゃ!」

 「ぎんが! おまえ負けたからって八つ当たりはよくねえぞ!」

 「ひでぇぞぎんが! ぬらぬらかわいそうじゃねぇか!」

 

 なんか今聞いたことあるような声が混ざっていたが、深く考えないようにしよう。

 

 「ひどいのは貴様らだ! 元はと言えば貴様らが私の名前を間違えるから頭がこんがらがるのだ! 文句言うくらいだったらちゃんとギャラクシーと呼べ! このボケカスどもが!」

 

 その後、困った顔で立ち尽くすぬらぬらさんの前で、銀河さんと観客たちの口喧嘩は数分間に渡り繰り広げられ、審判に襟首を掴まれて無理やり退場させられた銀河さんでした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ご拝読ありがとうございます! もしよろしければ、ブックマークの登録やレビュー、感想の記入をお願いしますm(_ _)m
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ