〜エキシビジョンマッチ・酒は飲んでも飲まれるな〜
〜エキシビジョンマッチ・酒は飲んでも飲まれるな〜
銅ランクは勝てると思っていたクルルちゃんは散々騒ぎ散らしていたが、次の選手が入場したと同時に自信満々の表情に変わっている。
相変わらず私にトゲトゲとした視線を送ってくるが、私のチームは現在二戦二勝零敗。
なので私は王者の風格を崩さず、余裕の笑みを浮かべている。
「セリナさん、クルルの嬢さんといつまで顔芸大会してるんでやんすか? そろそろ次始まるでやんすよ?」
隣にちょこんと座っている鬼羅姫螺星さんが、呆れたような顔で視線を送ってくる。
親戚の子供みたいな可愛い外見のクセに、意外としっかり者なのだ。
「それにしても私はこのパイシュという方は知らないですなぁ。 セリナさんは彼女の戦いを見ていたりしますか? いったいどのような戦法を使うのかさっぱり分かりません。 いや、分からないと言って簡単に諦めるなどセリナさんの担当としてあってはならないことだった! 未知という不可能を可能にしてこその………」
「あーはいはい、頑張って不可能を可能にしてくださいね。 ちなみに私はクルルちゃん対キャリーム先輩の戦いは見てましたよ! 鬼羅姫螺星さんと双子さんも一緒でした! 鬼羅姫螺星さん的にパイシュさんはどう見ます?」
私は韻星巫流さんの長い口上を早々に断ち切り、鬼羅姫螺星さんに意見を求める。
すると顎をさすりながら眉をくねらせる鬼羅姫螺星さん。
「水属性の魔力を常に体の周辺を漂わせているでやんすね。 攻撃魔法じゃないのは確かでやんす。 しかしあの水属性の魔法がどういう効果をもたらすのかは未だによく分からないでやんす」
鬼羅姫螺星さんが言うことは最もだ。
キャリーム先輩の鋼ランク代表だったドンマイ少女ことキャザリーさんは、何かを知っていたのだろう。
あまり接近せず、攻撃する際は一瞬で近づいてすぐに離れるヒットアンドアウェイ戦法でちまちま鎧を破壊していた。
そもそもパイシュさんは、試合が始まる前からトロンとした目でフラフラしていて、体調が良さそうには見えなかった。
でも割とキャザリーさんの攻撃には対処?していたし、試合時間も制限時間全て消費していた。
不思議な戦いだったのは覚えている。
なんせキャザリーさんの攻撃は、避けられていると言うよりも『何故かハズれた』と言う表現の方が合っていたからだ。
あの時はおぼつかない足元でよろよろしているパイシュさんが、ちょうどふらついたタイミングでキャザリーさんの攻撃を免れているように見えた。
その光景は私から見ると、奇跡的にハズれたようにしか見えなかった。
キャザリーさんも一発攻撃したらものすごい勢いで離れてしまっていたし、本当によく分からない戦いだった。
鬼羅姫螺星さんと双子さんも当時は『初めてみる型だな、弟よ』『ああ兄、あれは相当な修行をしているな』とか、『水の魔力でやんすか? なんの能力なのかさっぱりでやんす。 相手も超警戒してるから能力にかかってないでやんすねぇ』などと一人でぶつくさ言っていた。
二人が分からなければド素人の私にわかるわけがない。
闘技場で夢時雨さんを待っているパイシュさんは、ヨタヨタしながらトロンとした目であらぬ方向を見ている。 もしや焦点があっていないのだろうか?
腰の辺りまで伸びた紫の長髪で、中華風の武道着。
貂鳳さんのチャイナドレス風戦闘服とは違って、お色気要素は微塵もない。
背中に『亀』って書いてありそうな、白を基調とした女性用の武道着だ。
武道着なのに帯はしっちゃかめっちゃかだし、腰には瓢箪がぶら下がっている。
私がパイシュさんをじっと観察していると、首をパキパキ鳴らしながら入場してくる夢時雨さん。
夢時雨さんの登場に会場の観客たちは大歓声を送った。
「あぁ? なんだテメェ? フラフラしてんじゃねえか、俺をなめてんのかよ?」
あの口調だとすでに臨戦体制に入っているのだろう、ごくりと息を飲む私。
しかしパイシュさんはおぼろげな顔で夢時雨さんに視線を送り、ニンマリとしながら手をゆさゆさと振る。
「おぉ〜! あんたがゆめしうれくんからぁ? あっちはパイシュだよ〜? よろしうねぇ?」
………はて、舌が回っていないのか? それとも滑舌が悪いのか?
「………臭うな、フラフラ女。 テメェこの俺と戦う前に酒呑みやがったのか?」
歯を剥き出しにしてパイシュさんを睨みつける夢時雨さん。
夢時雨さんは酒の匂いがすると言った、さすが獣人の嗅覚。
彼は猫科だから犬科の獣人ほど鼻は効かないが、それでも普通の人間よりそう言った感覚は強い。 しかし闘技大会に泥酔状態で挑むって、正気だろうか?
「こわい顔しないれよ〜! いまのあっちは、間違いなくいっちゃん強いんらかんねぇ?」
にまにましながら太ももにつけていた鞄から木製のヌンチャクを取り出し、勢いよく振り回すパイシュさん。
カンフー映画のように達人のような動きで振り回し、最後は脇の下で挟み込んで………失敬、挟み込んでフィニッシュしようとしたみたいだが、失敗してヌンチャクは後頭部に直撃しました。
現在パイシュさん、絶賛流血中。
ご本人はニマニマしているが、ドン引きしている観客たち。
「舐めてんのかテメェ? まぁいい、秒で終わらせてやっからよぉ!」
開始の合図とともに低い姿勢で突進していく夢時雨さん。
そのままパイシュさんの目の前に踏み込んで胴鎧を狙った蹴り繰り出すが、ふらついたパイシュさんは夢時雨さんの蹴りをよろけて上手く回避した。
夢時雨さんは蹴り上げた足をそのまま振り回しながら、片足を上げたままにも関わらず左の拳からものすごい勢いのボディーブローをお見舞いしようとした。 しかしこれも足元をよろけさせたパイシュさんは上手く逃れる。
目を見開く夢時雨さんと、ニヤニヤしながら千鳥足でステップを踏むパイシュさん。
次いで反撃とばかりにパイシュさんのヌンチャクが勢いよく振り下ろされたが、夢時雨さんは身をそらして回避。 しかし、自分で振り回したヌンチャクを受け止めきれなかったパイシュさんは、勢い余って自らの胴鎧を破壊してしまう。
「なにやってんだゴラァ! んっん〜。 何してるんですかパイシュさん! 自滅はやめてくださいってあれほど言ったのに!」
一瞬、クルルちゃんの掛け声がものすごく汚い口調に聞こえたが、これはあえてスルーしよう。
「あはっ! よくもやったなぁ〜? ひどいぞぉ、ゆめしうれくん!」
なぜかにっこりと笑うパイシュさん、そして銅鎧の破壊は夢時雨さんのせいにした。
夢時雨さんはその後、何度も攻撃を仕掛けるがよろよろしながらも完璧にかわしきるパイシュさん。
まるで夢時雨さんがわざと外しているかのような錯覚に陥るほど、パイシュさんは巧みに攻撃をかわしている。
はたして、あの回避はよろけた時に運よくハズれているのか、意図的に避けているのかまったく見分けがつかない。
「あれって意図的なんですか?」
なので解説の二人に聞いてみたが、なぜか鬼羅姫螺星さんは頭を抱えていた。
「なるほど、夢時雨の旦那はもうパイシュの嬢さんが使ってる能力にかかってしまったでやんす!」
鬼羅姫螺星さんに詳しく話を伺おうと、彼の横顔を凝視する私。
「パイシュの嬢さんは体の周りに水魔法を纏ってるでやんす! おそらくあれは相手の平衡感覚か視覚? よくわかりやせんが感覚神経のいずれかを鈍らせる魔法。 すでに夢時雨の旦那はその能力にかかって攻撃が当たらないでやんすね」
「それだけではありませんぞ? 彼女、よろよろしてるだけに見えますが、あれは全身を脱力させることにより、相手の動きに合わせて自然に体を反射させると言う高等技術。 カウンターに持ち込まれたらかなり厄介ですし彼女は恐らく相当な武術の使い手です。 あのよろけた足取りは、相手を油断させるにも関わらず重心は常に攻撃に移れるよう巧みに移動し………」
鬼羅姫螺星さんの魔力解説に続き、韻星巫流さんがつらつらと解説を述べてくれたが………長い!
「あの! 韻星巫流さん! 簡潔に教えてください!」
思わずやけになって話を遮ってしまう私。
「つまり! あれは意図的です!」
「それを先に言わんかい! 説明下手くそか!」
私の華麗なツッコミと共に韻星巫流さんの頭を引っ叩くと、それはもういい音がした。
そしてパッチーンといい音が響いた瞬間、会場中から動揺の声が上がり始める。
慌てて闘技場に視線を戻すと………なんだあれ?
「ごろにゃあぁぁぁぁぁ! テメェクネクネ動きやがってウザすぎにゃんです! この僕に舐めた態度とったこと後悔しやがれです!」
四つんばえでパイシュさんを威嚇する夢時雨さん。
構えもそうだが、口調がおかしい。
「あらぁ〜? ゆめしうれくん、そのよく分からない構えはなんらの〜?」
「今のこの構えにゃあ意味とか存在しねぇです!」
四つんばえで威嚇しながら、頭についたケモ耳を右手で猫のように掻く夢時雨さん。
いや、今は右手というより右前足と言った方がいいのだろうか?
今の夢時雨さんは臨戦体制に入る前の敬語と一人称、臨戦体制後の荒い言葉遣いとニ人称、そして猫っぽい言葉が度々出ている。
いったい何がどうなってあんなに豹変してしまったのだろうか?
鬼羅姫螺星さんに聞いてみようと視線を送ったが、頼みの綱である鬼羅姫螺星さんも口をあんぐり開けて動揺していたため、私は静かに視線を闘技場に戻した。
☆
「よけんじゃねぇですにゃ! こんのフラフラおんにゃぁぁぁ!」
もし、夢時雨さんが女の子だったのなら、あの語尾の萌えポイントは非常に高いだろう。
しかし……彼は男だ。
「うわぁ! ゆめしうれくん重心低すぎだよぉ! すっごくやりずらいおぉ!」
初めて困った顔で夢時雨さんから距離をとるパイシュさん。
しかし夢時雨さんは四足歩行で近づいていき、ブレイクダンスのように右腕で全体重を支えながら両足を振り回す。
主にパイシュさんの足下を払う感じで蹴りを繰り広げ、外せばそのまま逆立ちして踵おとし。
パイシュさんはよろけながらかわしているが、重心が低い相手は初めてのせいか攻めあぐねている。
一連の攻撃が終われば夢時雨さんは再度四足歩行に戻る。
この攻防が始まってからパイシュさんは夢時雨さんの攻撃に対応しきれていない、すでに鎧は半壊状態になっている。
「あの動き………まるで別人でやんす」
「なんらかの理由で猫の本能が目覚めてしまったのでしょうか?」
鬼羅姫螺星さんの呟きに答える私、すると私たちの隣に一人の男性冒険者が腰掛けてきた。
「あれは夢時雨の泥酔状態だ」
「おやおやぺんぺん殿ではないですか!」
まさかのゲストが登場し、珍しく一行以内に会話を終わらせる韻星巫流さん。
「夢時雨の戦いだけ見に来たのだが、観客席からお前らのことがちらりと見えた。 おまえら何が起こってるか分からないって顔をしていたからな、俺が解説しに来てやったのだ!」
「泥酔状態でやんすか? って事はパイシュの嬢さんが纏っている水魔法は、アルコール?」
ハッとした顔で闘技場に視線を戻す鬼羅姫螺星さん。
私も釣られて視線を戻す。
「にゃにゃにゃ! フラフラおんにゃ! おまえ、分身しやがったんですか!」
「おやぁ? もうベロンベロンになっちゃったかなぁ? これは反撃チャンスかなぁ?」
切羽詰まった表情だったパイシュさんはニンマリと笑う。
「まずいでやんす! 時間をかけすぎたでやんすね! おそらくパイシュの嬢さんの狙いは接近戦を長引かせて相手を泥酔状態にすること! このままじゃ大逆転されるでやんす!」
鬼羅姫螺星さんの叫びを聞き、キャザリーさんが必死にヒットアンドアウェイ戦法を使っていた理由がわかった。
おそらく彼女の纏うアルコールに酔わないために、必死に距離をとりながらちまちま鎧を壊していたのだ。
今までの私は、映画とかでよく見る酔っ払い武闘家が使う酔拳なんて強いと思わなかったが、近づいたものを酔わせてしまうなら話は別だ。
酔拳で戦うのに慣れた相手に、初めて酔拳を使って戦う人が負けるのは必須!
「ごろにゃぁぁぁ!」
パイシュさんのヌンチャクが夢時雨さんの銅鎧を破壊した。
相変わらず千鳥足なのに、一撃の威力や動きのキレは半端じゃない。
渾身の一撃を食らった夢時雨さんは、叫びながら宙を舞う。 しかし次の瞬間、驚くべき身体能力を見せる。
「は? 何それ? ゆめしうれくん………完全に猫化してる?」
空中で身を捻らせ、見事に着地した夢時雨さん。
その動きはまるで高いところから落ちた猫が、華麗に着地するような優雅な仕草。
「にゃあぁぁぁ!」
完全に猫のようになってしまった夢時雨さんは、パイシュさんの周りをものすごいスピードで駆け回る。
動揺するパイシュさん。
既に酔ってしまっている彼女は、夢時雨さんの高速移動を目で追えずに適当にヌンチャクを振り回す。
するとパイシュさんの背後に一瞬で踏み込んだ夢時雨さんが腰鎧に猫パンチを繰り出す。
パイシュさんは渋い顔をしながらすぐに振り返るが、すでに夢時雨さんは駆け回っている。
「ちょっとぉ! ゆめしうれくん! 駆け回ってないでせーせーどーどーたたかえー!」
頭上でヌンチャクをクルクル回しながら抗議を始めるパイシュさん、しかし次の瞬間肉薄した夢時雨さんにスネ鎧を破壊されると同時に足を払われた。
尻餅をつきながら、振り回していたヌンチャクが自分の後頭部にぶつかるパイシュさん!
「ヘイ! 審判! ゆめしうれくん、いまあっちの後頭部に猫パンチしたお! すっごく痛いお!」
呆れた顔で棒立ちする審判。
無論後頭部を殴ったのは自分のヌンチャクだ、夢時雨さんは何もしていない。 つまり反則ではないのでこの抗議は無意味。
その後、動き回る夢時雨さんに対応できなかったパイシュさんは肩鎧以外全て破壊されて制限時間を迎えた。
まるで猫のような動きをする夢時雨さんにまったく対応できていなかったらしい。
試合に勝利した事が分かった瞬間、夢時雨さんは闘技場の高いところに登ってしまい、後ろ足で自分の耳をポリポリ掻いている。
酔っ払ったせいで完全に猫化してしまった夢時雨さんはその場を一向に動く気配がなかったため、そのまま放置されて、残る銀ランクと金ランクの戦いが開かれた。
私は勝利確定したため試合は見ずに闘技場の柱の上に登ってしまった夢時雨さんを救出するため、巨大猫じゃらしを持って夢時雨さんの前で必死に揺らしている。 しかし夢時雨さん、丸くなって寝てしまい一向に興味を示さない。
ツンツンつついてもグルルルルと喉を慣らして威嚇してくる。
この無駄にでかいクソ猫は、気まぐれなせいで私がせっかく作った猫じゃらしに興味も示さない。
途中から合流したぺんぺんさんとパイナポも協力してくれたが、話を聞くと酔っ払った夢時雨さんはいつも高いところに登って丸くなってしまうから手を焼いているとか。
もはや撃つ手がなくなった私は仕方なくべりっちょべりーさんを呼び、回復魔法でアルコールが抜けないかと相談したところ快く承諾してくれた。
こうして無事にアルコールが抜けた夢時雨さんは、登っていた柱から何食わぬ顔で降りてきて、冷たい視線を向ける私たちにこう聞いてきた。
「なんで皆さんそんな冷たい目で僕を見るんですか? って言うか僕、さっきまで戦ってたはずなんですが………どうしてあんなところで寝てたんでしょうか?」
夢時雨さんの救出に大変時間がかかったため、既に金ランクの試合が終わってから二時間経過している。
夢時雨さんはキョトンとした顔で私たちを見ているが………
「ふふふ、酒のせいで記憶がないという理由を仕方がなく受け入れるほど、世の中は甘くないですよ? 夢時雨さん」
腕まくりをする私に続き、指をパキパキと鳴らすパイナポと首をコキリと鳴らすぺんぺんさん。
物々しい雰囲気を感じ取った夢時雨さんは、とりあえず逃げようとする。
「逃すなぁ! こんのクソ猫がぁ! セリ嬢と俺たちがどんだけ苦労したと思ってんだちくしょう!」
「キャステリーゼ二世もお怒りだ! 大人しくお縄につけ!」
全力で逃げ出す夢時雨さんを、私たちは鬼の形相で追いかけ回した。
こうしていつの間にかエキシビジョンマッチ初戦は終わり、後で聞いた話によると五戦全勝だったらしい。
翌日クルルちゃんに散々嫌味を言われたが、私は苦笑いしながら話を聞き流した。
どうやらクルルちゃんは相当悔しかったらしい。
次の試合はレイトとのエキシビジョンマッチ!
レイトは前衛に強い冒険者が少ないため、中衛冒険者がルールを破らない程度の卑怯な手を使ってくるが、おそらく大丈夫だろう。
この時はそう軽く思っていたが………
レイトとのエキシビジョンマッチ当日、私は予想以上に苦戦を強いられることになる。




